望月 鏡翠
2025-11-13 18:56:20
970文字
Public 日課
 

#1902 リュネストの領地で、ある日のこと2

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


 海に出ていた男たちは、セイレーンに引っ張られた魂を取り戻すように、地上の女と酒を求める。そのため、リュネストの港にはとりわけ酒場が多かった。
 この街はレシーから到着したばかりの者も多く、彼らが戸惑わぬように文化的な緩衝地帯になっている。店構えも料理も、人々の服装も、異国風の格好をしたものが多かった。
 船員を楽しませる陽気な楽師。美しい花。獣のような臭いをさせる海の男たち。
 南国風の黒髪に褐色の肌は、この町では珍しくない。
 当たり前のように酒場の裏口に向かったトルガは、店主に苦い顔をして追い返された。
「勘弁してくれ」
「それは俺のセリフだ。どうして馴染みの店から叩き出される」
 肩をすくめて傷ついたような顔をして見せるが、その男はけしてその程度でショックを受けるような柔らかい心をしていない。
「あんたが今やここの領主で、ただならぬご身分だからだよ。荒っぽい連中も多いんだ。うちの店で何かあったらどうする」
 トルガ・ミノーフィッシュは、商人から貴族の身分に取り立てられた身の上である。
「言っておくが、元からこの街じゃそれなりの身分だったんだぞ。店だって俺の所有だったろ」
 王が身罷り、この地での趨勢を見極めるべきときが来た結果の抜擢である。身一つでのし上がってきた才覚と、蓄えた資金力を期待して与えられたリュネストの席だ。
 仮初の地位だろうということはわかっている。後継も後ろ盾もない元平民の男など、引きずり下ろす手段はいくらでもある。トルガ・ミノーフィッシュは、貴族の家に迎えられても、トルガ・リュネストではなくミノーフィッシュのままだ。
 ミノーフィッシュという姓は、特定の血筋に連なるものを示す名前ではない。レシーもリュネストも、海洋国家だ。海賊の血が流れる男たちは陸に居つかず、行きずりの女に手を出す。
 尊き血筋とわかっていても、父がわからぬことにしなければならぬ私生児が多いのだ。
 トルガの父も、どこの誰か想像がつかぬわけではない。自分の子孫が絶えたとき、子種が必要となる。だからこそ、目をつけていたはずだ。
 今回のことも、もしかしたらその血筋が関係しているのかもしれない。
 トルガが王となれば、名乗り出てくるかもしれないが、今のところリュネストという家名以外に面倒なしがらみはなかった。