冬服を二、三枚買い足そうと思い、村椿はザーメンズモールの服飾エリアを歩いていた。今年は寒暖差が急な落差で設定されているのか、暖房の効いたモールに入ってから村椿はほっと肩の力を抜く。
常であれば気に入りの店へと真っ直ぐ向かう村椿であるが、季節の変わり目であることだし物珍しいものでもないかとフロアをのんびり歩いて店先を覗いていれば、ふと目についた男性の姿。
若者向けではないが大人の男性に似合う小洒落た服を扱う店の前、一歩店のなかへ進もうとしては戸惑ったように足を引っ込めているジャージ姿の男性がおり、村椿はなにか困りごとかしらと思って足をその男性のほうへ向けた。
「もしもし、どうかなさいましたか」
「えっ!」
なるべく落ち着いた声音を心がけて話しかけたのだが、意識を随分と店へ向けていたらしい男性は飛び跳ねんばかりに驚いた様子で村椿のほうを振り返る。
隈の浮かんだ目元。疲れたように暗い目をしている男性は、しかしなんとも端正な面差しをしており、村椿は彼の纏うくたびれたジャージとの差異に些か驚いた。
「突然、申し訳ありません。なにかお困りなのではないかと思って」
「あ、あー……いや、服買いに来たんですけど、なに選べばいいか迷っちゃって」
男性の声は雰囲気とは反して快活というか、はっきりとしていて聞こえやすい。日頃からなにかお話しをされている方なのかなと思いながら、村椿は困ったように頬を掻いている男性を見つめる。
「……もしご迷惑でなければお手伝いしましょうか?」
村椿は服飾が好きだ。自分で身につけるのも知り合いに見立てるのも。それは仕事柄、現地の伝統衣装に触れる機会による影響も大きい。お土産にと選ぶお客様に見立てることもしばしばあるのだ。
男性はしぱしぱとまばたきをしながら村椿を眺めると、その服装になにかしら納得したのかぱっと顔を輝かせる。
「いいんですか! お願いします」
「お任せください。ああ、でも店員さんのほうが適切かもしれませんが」
「……店員さんだと緊張しちゃって」
「ふふ、その気持ちは分かります」
「……ほんとうに?」
「ほんとうです」
初対面の人間に服を選ぼうという人間が店員に動じるものであろうかと男性の目が言っているけれど、村椿はそれこそ動じることなく頷いてみせる。
「ええと、好みの系統は……あ、いけない」
「え?」
「すみません。ぼくは村椿と申します」
服選びに話すのに不便だろうと名乗るのを聞いて、男性の顔が僅かに力を抜いたように緩んだ。
「俺は山野です」
名乗る声はやはりはっきりとしていて聴き心地が良かった。
がらんがらんと鳴らされたベルが大きな音を立てる。
「おめでとうございます! 四等です!」
ザーメンズモールの一角で催されていた福引。買い物時に貰う福引券の枚数によって回せる回数の変わる福引器は、山野が三回回したところでお菓子と引き換えの白色ではなく、初めての色付きである青色の玉を吐き出した。
「おめでとうございます。四等ですって」
「やりましたね! 四等ってなんだっけ」
「こちら割引券となっております。モール内であればどのお店でも利用できますので、是非ご利用ください」
福引担当者が丁寧に両手で差し出す割引券を受け取り、山野が疲労を帯びた顔をぱっと輝かせる。村椿は山野の肩に手を置き、反対の肩に軽く顎を乗せながら彼の手元を覗き込む。十パーセントオフの割引券。嬉しい景品である。
「当たって良かったですね」
「これで牛丼行きましょ!」
今日はまた山野の服を選びにモールを訪れており、既に買い物は済ませてそろそろお昼にしようかと話していたところでの福引だった。
マンションを同じくし、会う頻度もそこそこ多い山野とは友人のような関係となっている。初めて互いの年齢を明かした際、村椿は物憂い蘭芷の風情を持つ彼が年上であることに驚いたし、山野は村椿が同年代ではないことに驚いたようであった。だが、その年の差はやり取りに深い影響を与えることはなく、ふたりはこうして足取りも軽く牛丼屋へ向かう関係に落ち着いていた。山野は何故か、村椿を牛丼屋に連れて行くことに申し訳なさそうにしているのだけれど。
「いや、だって村椿さん、いつも洒落たお店に連れて行ってくれるじゃないですか」
牛丼屋にて汁だく半熟卵乗せ牛丼を半分ほど食べながら、山野が肩を竦めるのに村椿は緩く首を振りながら苦笑する。
「ぼくは個室を選びがちなだけで、そうすると自然と店の系統が定まっているだけですよ」
「ええ……?」
いつかのように「ほんとうに……?」と窺う山野の目にくつくつと喉の奥で笑いながら村椿は数度頷く。
「ほんとうに。こういう店は味が安定しているので安心しますし、好きですよ」
現金を使える店が多いというのも、家チン支払いが近い際は大変ありがたいチェーン店の要点である。
「そっかあ……あ、ちょっと電話すみません」
ぞばぞばと牛丼を食べながら話していると、山野の端末が鳴動した。画面を見るなりはっと顔つきを変えた山野が立ち上がって店の外へ向かうのを見送り、村椿は職場からかな、と当たりをつける。
動物病院の副院長であるという山野は随分と忙しそうで、彼の面差しに浮かぶ疲労も睡眠不足から来るものらしい。その様子を村椿は労しいと思うのだが、患畜の容体は朝晩を問わない。
山野はすぐに戻ってきたがその表情は硬かった。
「すみません。急いで行かないといけなくて……」
「よければ荷物は預かりましょうか?」
持って行くのも一旦置きに行くのも手間だろうと思って申し出れば、山野は眉をハの字にしながら「助かります」と言う。
「部屋番号知ってますよね? 遅くなってもいいので──頑張ってください、山野先生」
「……はい!」
山野の顔は疲労など感じさせない、きっと不安に満ちているであろう飼い主たちにとっては頼もしくてならないであろう力強さに満ちていた。
山野は慌ただしく店を出て、病院へと向かって行く。
村椿はその真っ直ぐな背中を見つめ、格好いいなあとただ目を細めた。
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