季節もすっかり秋になり、気温が低くなる日も増えてきたある日のこと。無事定時で仕事を終えた十真は、同僚達と軽く話してから、車に乗り込んだ。鞄からスマートフォンを取り出し、夫であるヴェルナーに『今日は定時で帰れるから、夕飯作るよ』『あと、帰るときは教えて』とメッセージを送ってから、今日の夕飯をどうするか考えながら、帰り道の途中にあるスーパーへ向けて車を走らせた。
十真は、さっきヴェルナーに夕飯を作るとメッセージをしたものの、何を作るかはまだ本当に何も決めていなかった。日本で一人暮らしをしていた時は、ここまで悩まなかった。作るのも食べるのも自分だから、ご飯と味噌汁とおかずのようなシンプルなもので良かった。時々凝ったものを作りたくて色々やったし、甥姪に作ってあげるときはもっとあれこれ考えたが、それとは異なる悩みがある気がする。
そもそも、この国の人は、日本人ほど献立に拘らないとか、毎日同じものでも一向に困らない人も多いというが、それは十真の性質に合わないし、やはり愛する人にはいいものを食べてほしいと思う。
十真は、毎日同じものを食べるというのはあまり得意ではない。その上、愛情表現の方法として『美味しいご飯をつくる』がある。だからこそ、できればちゃんとした食事を作りたいというのが十真の希望だった。
このあたりに関しては……同居当初は非常に大変だった。『毎日違うご飯を提供する』ことが当たり前で愛情表現の一つと思っている十真に対し、『特別な日ならともかく、普段の食事はできるだけシンプルでいいし、ある程度同じものを食べる方が精神的に楽』というヴェルナーで、食事に対する感覚が全く違ったのだから。
それこそまさに遠距離恋愛時には見えてこなかった問題だろう。ここに関してはかなり話し合いを重ね、ある程度落とし所を見つけた結果、平日はできるだけ安定した食事、凝ったものを作るのは時々にし、週末は十真が好きに作っていいというおおまかなルールができた。
しかし、料理や食事に強い拘りがある十真と生活して何年も経つと、いつの間にかヴェルナーもその基準が緩みつつあるのだが。
さて、話を戻そう。車を走らせスーパーに辿り着くと、十真は駐車場に車を停めて店内へ向かう。声をかけてくる店員に軽く挨拶を返してから、とりあえずピンとくる食材を探そうと静かな店内を回ることにした。
とりあえず入り口付近にある野菜コーナーをながめていると。その一角に山積みになっているトマトに目がいった。綺麗な山の形に積まれたそれは、色艶も形もいい。それなのに、数日前より少しだけ安くなっている。これはやはり、日々の食事を主に作る身としては嬉しい。
――トマトか……。うん、いいかも。
そして、トマトを見ていると、なんとなく作りたいもののイメージが沸いてきた。
――いい感じに切ったトマトと挽肉で……ボロネーゼみたいにしようかなあ……。
パスタはヴェルナーも好きなものだ。いつも美味しいと喜んでくれる。それに、確か乾麺は家に三束ほどあったから、最低限の材料を購入するだけでいい。念の為、周囲の邪魔にならないよう確認してから、日々の料理を載せているSNSアカウントを確認すると、最後にパスタを作ったのは先週で、その時に『あとパスタは三束』と書いている。やはり自宅には三束ほど余っているのだろう。中高年二人でパスタ三束。充分な量だ。足りないならスープやサラダを添えればいい。
十真は今日の夕飯のメニューを決めた。作るものがはっきりすれば悩みも解消される。十真はいくつかトマトを手に取り、その後も、玉ねぎやニンニク、サラダ用のレタス、お肉コーナーで挽肉を手に入れていく。あとは明日の朝食や昼食用の卵とパンを買い、満足げな気持ちで帰路についた。
帰宅後、手を洗ってスーツから部屋着である和服に着替え、庭に干していた洗濯物を取り込む。そしてキッチンに向かってから、十真は目を丸くした。
「あれ? パスタがない……」
食品棚にあるパスタを保存している容器は、いくら目を凝らしてみても空っぽだった。自分のSNSアカウントの記述を元にすると、あと三束ほどあるはずだ。それなのに、一束どころか一本もない。まさか、パスタを作ったのに一切記録をしなかったのだろうか? 少し衝撃的である。
――でも、先週のあの日以降、パスタ作ったっけ……?
そういった疑問もあるにはあるが……しかしながら。ないものはないのだから仕方ない。
「うわぁ……完全にパスタの気持ちになってたよ……ショック……素直に乾麺買えば良かったなあ」
悲しげな声を零しながら、十真はちらりと時計に目を向ける。時刻は十八時過ぎ。別に今からスーパーに行ってパスタを作っても、充分ヴェルナーの帰宅に間に合うが、わざわざ再度出かけるより、あるもので別の夕飯を作る方がいいような気がした。数秒考えた十真は、よし、と仕切り直すように小さく呟いて、メニューの変更を決めた。
そう、ないものはないのだからもう仕方ない。改めて言い聞かせてから、とりあえず冷蔵庫の中身のチェックから始めた。
「うーん、なにがあるかなあ……。……お、結構色々あるじゃん」
あれこれ確認した結果揃った食材は、想定以上に豊富な種類だった。今日買った挽肉にトマト、レタスに玉ねぎやニンニク、更にはニンジンにじゃがいも、キャベツといったものがあった。更にソーセージやハム、ベーコンもある。その他もちろん各種調味料もあるし、庭には自家栽培しているハーブだって元気に育っている。
それらを確かめて、十真は誰に聞かせるでもなく呟きながら、考えを整理する。
「これなら結構何でもできる……。そうだな、鍋……鍋にするか。ポトフっぽいトマト鍋とか……いいかもしれない。玉ねぎニンジンジャガイモはあるし、トマトはいっぱいあるし、ソーセージもある……。それにレタスもキャベツも煮込めば食べやすいし……。あとは……挽肉は肉団子にしたらいいかも……。……うん、いい感じだな、よさそう、そうしよう。」
ぶつぶつ言いながら、頭の中でメニューを構成していく。
実を言うと、鍋料理は数日前に作っていた。しかしその時とは味の方向性はかなり違うし、それに二日連続というわけでもない。別に悪い選択ではないはずだ。それに、鍋なら余肉も野菜も一気に煮込めて食べやすいし、今の想定ならハイカロリーにもならない。ふくよかなヴェルナーにもうってつけだ。やはりいい選択だろう。
さて、そうなればまずは肉団子から順に作っていこう。ひとまずたすき掛けで袖を纏め、前掛けタイプのエプロンを腰に巻く。もう一度しっかり手を洗ってから、調理に必要なものを準備し、まずはレンジで軽く温めた玉ねぎをみじん切りにしていく。これは目にしみることを防ぐためのものだ。
トントントンと、手際よく玉ねぎを切ってからレンジで火を通し、ボウルで玉ねぎや挽肉を混ぜ合わせる。ちなみにビニール手袋を嵌めているので他の作業にも移りやすい。混ぜ合わせたものを一つずつコロコロと丸めていると、ダイニングテーブルに置いてあったスマートフォンが通知音を響かせる。ヴェルナーからだろうかと思いつつ一旦手袋を外しスマートフォンを取りに行き画面を見ると、やはり送り主はヴェルナーだった。『今から帰るよ~!』というメッセージに、了解のスタンプを返し『気をつけて』と添えた。
さて、料理に戻ろう。成形し終わった十個ほどの肉団子は、一旦バットに並べて冷蔵庫で寝かせておく。
そうして、ここからは野菜を切りまくる時間へと移る。ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、トマトにキャベツを手際よく切って、必要に応じて水にさらす。レタスは後からいれるため今は冷蔵庫にいてもらおう。
ソーセージも何本か切ったら、鍋を準備して、オリーブオイルやニンニクを入れて火にかけ軽く香りを立たせる。いい香りがしてきたら、玉ねぎやニンジンを軽く炒めて、他の具材もゆっくりと鍋に入れていく。ここで、冷蔵庫で寝かせていた肉団子も入れると、油と絡んでジュウ、といい音が聞こえた。
――ソーセージやトマトは後でいいな。
現時点で入れていい具材を全て投入し終えたら、水と固形のブイヨンを入れて弱火で煮込んでいく。十五分ほどでいいだろうか。
「うん、いい感じ! よし、じゃあ今のうちに皿洗うかぁ」
スマートフォンでタイマーを十五分でセットしたら、この調理過程で使った食器や、会社用の弁当箱を洗っていく。今日の十真の弁当箱は、ヴェルナーに合わせてサンドイッチ用のものだった。
やがて、キッチンにアラーム音が鳴り響く。それを止めて手を洗い、竹串で野菜の柔らかさを確認したら、切っておいたトマトを入れる。これでスープにもコクが出るだろう。あとは軽く煮たら火を止めて、このまま置いておこう。ヴェルナーが帰って来たら、ソーセージとレタスを入れて、仕上げの味付けをして完成だ。
トマトが入り、だんだん赤色を帯びてきたスープを一口、匙ですくって味見をする。野菜のうまみとコクがしっかりあって、結構上手くできたと思える。
「我ながら……いい感じにできたんじゃないか……? しかも、結構短時間で……。僕、ちょっとやるじゃん」
十真は一人自賛しつつ、ちらりと時計を確認する。作り始めてから四十分弱だろうか。思ったよりも時間はかかっていない。
こう思うと、当初のパスタの予定から大きく変更となったが、上手く軌道修正できたと思う。これならヴェルナーも喜んでくれるだろう。
早く帰ってこないかなぁなんて思いながら、ひとまず十真は、ニュース番組を見ながら、リビングに乱雑に置かれた洗濯物を畳んでいくことにした。
それからおよそ四十分ほど経過した頃、漸くヴェルナーが帰宅した。手を洗ってからリビングにやって来た彼は、実にくたびれた様子で鞄を置き、ジャケットを脱いで所定の位置にかけた。
待っている間に洗濯物を片付け終え、シャワーも浴び、リビングでテレビを見ながらのんびりしていた十真は、ヴェルナーの姿を目にするとゆっくりと立ち上がる。
「おかえり、ヴェルナー」
「ただいまぁ……あぁ、今日も疲れたよ。道もちょっと混んでたし」
「お疲れさん。そういうこともあるよ」
「ありがと……ハグして。あとキスも」
「はいはい、もちろん」
自然な流れでハグやキスをしてから、ご飯にしようかと、十真はキッチンに向かう。ヴェルナーはそれについて行きながら、くんくんと匂いを嗅ぐような仕草をして、ぽつりと口にする。
「今日はご飯何? なんか、トマっぽい香りがする」
「おっ、トマト正解。今日はポトフ風トマト鍋だよ。……この前も鍋だったけど、そこは、ごめんな」
「何言ってるの、気にしないでよ。作ってもらってるのに文句なんか言うわけないし、鍋が続いてもそれはそれで俺はいいんだから! あ、じゃあ俺テーブルとかお皿とか準備するね」
「うん、ありがと」
何でもないようなヴェルナーの返答に、内心ありがたく思いつつ、十真は仕上げに取りかかる。その一方では、口にしたように、台拭きを片手にヴェルナーがテーブルを拭いていた。
コンロの前に立った十真は、鍋の蓋を取った。同時に湯気のせいで眼鏡が一気に曇ってしまったので、反射的に離れた。曇りが収まってから、改めて中身を確認し、火をつけて中火で温めていく。お玉を手に、火加減と沸騰具合を確認しつつ、思い出したように十真はぽつりと呟いた。
「そういえば、今日は本当はパスタにするつもりだったんだよね。トマトと挽肉のパスタ。……でもさ、乾麺あると思って帰って来たら、すっかりなくなってたんだよ。もうびっくりしちゃって。僕も物忘れが出てきたのかなぁ、なんて」
その話を、十真は何気ない気持ちで口にした。ヴェルナーも『そんなことがあったんだ』と笑ってくれるだろうと思って。しかし、ヴェルナーが見せた反応は、想定と違っていた。
「……あ、」
「……ん? どうした? そんなびっくりして……」
短く聞こえた声に、つい顔を上げると、箸やスプーン、フォークをテーブルに並べていたヴェルナーが、分かりやすく焦っていた。目線を逸らして青ざめているその顔は、どう見ても平常には見えない。何かあったのかと一旦火を止め、慌てて問いかける。
どうしたのだろうか――そう思っていると、手にしていた食器をテーブルに置いたヴェルナーは、十真の近くにやってきたかと思うと、まるで日本人のように、顔の前で手を合わせて力強く言葉を発した。
「ごめん! ほんっとにごめん! パスタがなかったのは俺のせいです!」
「……え、どういうこと?」
突然の衝撃告白に、十真は目を瞬かせ理由を聞いた。ヴェルナー曰く、こんなことがあったらしい……。
数日前のこと。その日は平日だったのだが、ヴェルナーは諸事情で一日家で研究データを纏めたり、書類作成をしたりするためにパソコンに向き合う予定だった。朝に出勤する十真を見送って、コーヒーを片手に仕事を始め、ある程度捗っていた頃。とある友人が『近くに寄ったから』という理由で家に遊びに来たのだという。
事前連絡もない突然の訪問に実に驚いたが、久々に顔を合わせた相手だったこともあり、快く招き入れ、懐かしい話等に花を咲かせていたという。
友人の訪問から一時間ほど経ち、丁度昼前になった頃。ヴェルナーから昼食もどうかと声をかけると、友人は『じゃあ、お言葉に甘えて!』と嬉しそうに笑った。
二人でキッチンに移動して、何があるのか確認する中、パスタが三束残っているのを見つけると、その友人は『もし良かったら、俺作るよ!』と言い出したという。ヴェルナーとしては、昼食に誘ったのは自分なのに、作ってもらうなんてどうなのかと少々躊躇った。しかし、ヴェルナーより相手の方が料理が得意であったため、まあいいかと頷いたのだった。
そして友人はその後、卵や粉チーズ、ニンニクチューブを活用し、見事パスタを二人分作り、ヴェルナーが淹れたコーヒーとともに食事を堪能したのだった。
帰り際、友人は言っていたという。
『乾麺も卵も結構使っちゃったから、ちゃんとトーマさんにも言っといてよ? 特にパスタなんて全部使ったから、言っとかないと後々困るかも!』
『もちろん! ちゃんとトーマに伝えておくよ!』
友人に笑顔で返し、帰宅する友人を見送った。しかし、その日はその後の仕事も忙しく、すっかり十真に伝えることを忘れていたという……。
事情を全部話してから、ヴェルナーは何度目か分からなくなってきた謝罪をする。最初は手を合わせていただけだったのに、いつの間にか頭を下げるような形になっていた。そこまでされると十真も申し訳なくなってくるため、体は起こしてもらうことにした。
それでも彼は申し訳なさそうに眉を下げてごめん、と口にしている。
「ごめん……本当に、ごめん……! ちゃんと言わなきゃいけなかったのに……すっかり忘れて……本当に申し訳ないよ……! トーマの夕飯作りの予定乱しちゃったね……」
しおしおと萎れていくかのように気落ちしているヴェルナーを見ていると、なんだか心が痛む。確かにそれは言っておいてほしかったが、悪意があったわけでもないし、そういうこともあるだろうと思うと、特に責められない。それに十真は、怒りやショックよりも、別の感情が先にきていた。
十真は、安心させるようにヴェルナーの背中を撫でてから、静かに口にする。
「……正直に言ってくれてありがとう。僕は怒ってないし、いいよ。それに……卵が一気に減っていた理由や、フライパンの位置が変わってた理由が分かったから、スッキリしたよ」
「え、あ……そっか、気づいてたんだ……」
「うん、流石にね。だって卵四つ減ってるのはおかしいし……」
「あ、それはそうか……」
相変わらず、悲壮感漂う顔つきで十真を見上げるヴェルナーをよしよしと撫でてから、十真もあの日のことを思い出す。
ヴェルナーの友人が家にやってきたというその日、夕飯自体は『カルテスエッセン』と呼ばれる簡易的なものにしたものの、それの準備をしている時に気づいたのだ。冷蔵庫の中にある卵が、明らかに減っていると。見たところ、四つほど減っているように見えた。
これに、十真は首を傾げた。卵が減っていること自体はいい。片してある位置が変わっているフライパンと合わせて、昼食に何かを作ったのだろうと推測できるからだ。しかし、四つはおかしいだろう。一人分の昼食に使う卵なんて、一つか二つだろう。卵を落としてしまったのか? という可能性も考えたが、だったらヴェルナーは何かしらの形で伝えてくれるのでは? ――こんなことを、あれやこれや考えていた。
そこまで考えるなら、直接ヴェルナーに聞けば良かったのだが……部屋にこもって仕事に打ち込んでいたため、声をかけづらかったのだ。
とはいえ、事情が判明したならなにも文句はない。寧ろ、友人が来ていたというなら納得だ。
「――ということで、そこまで気にしなくていいよ! というか、今からでも言ってくれて良かったよ。ありがとうな」
「トーマ……ありがとうね、ごめんね」
彼の背中をポンポンと軽く叩いて礼を伝えると、ヴェルナーは漸くほっと安心したような表情になった。
中断していた仕上げ作業を終え、漸く完成した鍋を写真に収めてから、ダイニングテーブルに持って行く。その間に湯気のせいで少し曇ってしまったが、まあ、気にしないでおこう。
「ということで、今日はポトフ風トマト鍋でーす」
「やったぁ、美味しそう!」
テーブルに置かれた鍋は、ほかほかと湯気を立てている。トマト色の濃厚なスープに、しっかり煮込まれたたくさんの野菜に、添えられた肉団子とソーセージ。そして、最後に軽く載せられたレタスが彩りを添える。
いただきます、と小さく口にした向かい側で、ヴェルナーは目を閉じて無言で手を合わせる。ヴェルナーが『いただきます』と口にすることは滅多にないが、異なる宗教の人物なのだから、特に気にしていない。見よう見まねでも手を合わせてくれるだけでもうれしい。
十真は、手元の器に野菜や肉団子を盛って口に運ぶ。あたたかく優しい味に、我ながらホッとする。その向かいでは、ヴェルナーが、箸でキャベツや玉ねぎといった野菜を口に運んで、はぁ、と小さく息を零す。
「おいしいねぇ、トーマ。すごくあったかいし、野菜も甘くて食べやすいよ」
「そりゃよかった。長いこと味染みこませたからな」
「ふふ、そりゃ美味しいわけだ。……この肉団子は、トーマが作ったの?」
「そうだよ、よく分かったな」
「最初は、トマトと挽肉でパスタ作るつもりだったんでしょ。だったらその挽肉を肉団子にしたのかなって」
「その通り。よく分かってるじゃん。……ちなみに、お味は?」
「とっても美味しいよ」
「そりゃ良かった」
その言葉に、十真も嬉しくなる。やはり、こうして喜んでもらえるのは良いものだ。
温かい気持ちで食事を進めつつ、そういえば、と十真はあることを思い出す。『あのさ』と声をかけると、肉団子を食べていたヴェルナーは、視線で『何?』と反応した。
「さっき、友人がパスタ作ってくれた話したよね? そのパスタどんなのか覚えてる?」
「え? えーっと……目玉焼きが載ったやつだったよ。麺にも卵が絡まってた」
「あー……もしかして『貧乏人のパスタ』って奴?」
「あぁ、それそれ! 変わった名前だよね~。とっても美味しかったんだよね。名前だけ聞くとびっくりするけど、ニンニクもきいてて、チーズもいっぱいかかってて、目玉焼きも載ってて、なんか、よかったなぁ」
「……そっか」
ニコニコと笑うヴェルナーの反応を見て、卵が多く使われていた理由に改めて納得がいった。イタリアでよく食べられているこのパスタは、名前に反して実によさげな見た目をしている。材料はシンプルながら、一人分を作るのに卵を二つも使うのだ。だから四つも減っていたということになる。
それはいい。しかし、どことなく複雑な気持ちがあった。勝手に材料を使われたことに――ではない。ヴェルナーが、夫である自分が知らないところで、自分が作ったもの以外を食べて『美味しかった』といっているのが少々もやもやするのだ。
別に、自分の手料理以外を食べるなと言うわけではない。ヴェルナーも外食はするし、友人の家で食事をいただくこともある。だが、今回は、十真は何も知らなかったし、後か事情を伝えられたとか写真を見せてもらったとかそういうわけでもない。なのに、『美味しかった』と言っている。まあ、平たく言えば嫉妬である。
――こんなおっさんになって、みっともないなぁ……。
とはいえ、何もずっと黙っていることはない。口にしていたソーセージを咀嚼して飲み込んだ十真は、改めてヴェルナーに言い切った。
「じゃあ今度、僕がそれより美味しい『貧乏人のパスタ』を作るから。楽しみにしてて」
「……っ、うん、楽しみにしてるよ!」
十真の宣言に少々驚いていたヴェルナーだったが、十真の言いたいことを察したのだろうか、笑顔でそう言ってくれた。
後日、乾麺を購入し調理した『貧乏人のパスタ』は、ヴェルナーにも非常に好評となった。
そうして二人で雑談をしながら食べていき、いつの間にか鍋もほぼカラになっていた。
スープのみが残った鍋を、ヴェルナーがじっと見つめている。
「ヴェルナー、もうちょっと食べたい?」
「あ、うーん、実は、そう……。まだ少し余裕あって……」
「わかった。じゃあシメで雑炊準備するから待ってて。いや、この場合はリゾットかな」
「うん」
やはり鍋の後と言えばシメだろう。この前は麺を入れたが、今回は冷ご飯を使う。
冷蔵庫で保存している冷ご飯を一旦ザルに入れて、粘り気を取るために流水で軽く洗う。続けて、鍋に残ったスープを煮立てて、顆粒ブイヨンと水を加えて沸騰させ、ご飯を入れていく。
暫く温めていると、少しずつ煮立ってきたため、器に割り入れた溶き卵をゆっくり流し入れる。少しして卵がある程度固まってきたら火を止め、ミックスチーズと自家製のドライパセリを載せたら完成だ。
具はあまり残っていないが、シンプルで良いだろう。
「お待たせ。シメの雑炊だよ」
「おお、チーズ載ってるのいいね! 美味しそう!」
「熱いから気をつけて」
「うん、ありがと」
シンプルな雑炊にも目を輝かせるヴェルナーを見ていると、なんだか本当に心があったかくなるし、好きだなぁと実感する。十真は料理を作るのも好きだが、食べてもらうのも好きなのだと再認識した。
器に雑炊を盛って、箸で少しずつ食べていく。トマトの味わいとチーズが絡んでちょうどいい。バジルの香りもいいアクセントになっている。
向かいでは、ヴェルナーが『美味しいねぇ』と言いながらゆっくり雑炊を食べており、ふと口にした。
「いやぁしかしこうして作ってもらってばっかで悪いなあ。大変だろうに」
「別にいいよ。僕、ご飯作るの好きだし、日本にいた時は甥っ子姪っ子のご飯とか作ってたし」
「あぁ言ってたね。人数も多いんだっけ」
思い出すような素振りをしつつ言葉を返したヴェルナーに、うんと短く頷く。
「そうそう。特に一番近い距離にいた子達なんて、六人きょうだいだったからね。しかも男の子五人で、女の子も含めてみんな運動部。みんなよく食べる子達だったよ」
「それは……大変そうだね」
「うん。でも、なんでも食べてくれるから楽しかったな。ストレス発散で考え無しに作った揚げ物とかも、みんな食べてくれるから」
「それは……そりゃ、みんな食べるよねぇ」
そう、それこそ肉や魚をひたすら揚げまくっても、六人に渡せば一気に食べてくれた。あれはあれで非常に嬉しいものだった。
「今とは違って、あれもあれで良かったよ。……まぁ、今はこうしてヴェルナーに食べて貰えるし、週末パーティもあるし、楽しんでるけどさ」
「そっか、それなら良かった」
ふと微笑んだヴェルナーを見て、今のほんのりとした静かな幸せもいいものだと実感した十真だった。
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