ナスカ
2025-11-12 22:46:23
4324文字
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ドリーム・サークル②

チュリリン現パロの続きです。

出会ってから三日ほど、チューリからの連絡は無かった。恐らくは試験期間のためだろう。リンク自身も、ほんの少し前までそうだった。その上、彼は良いところのお坊っちゃん。学校なり親なりから『寄り道せず帰ってくるように』と口酸っぱく言われている可能性が高い。
けど、遊びとしてのメッセージすら送ってくれないなんて。リンクはそれが気がかりだった。いくら名門校に通うお坊っちゃんで、テスト期間中で、それなりに親の管理下に置かれるべき中学生としても……『よろしくね』などのメッセージをくれても良いのでは無かろうか。
いや、とリンクは思い返した。
……そういえば、オレの方からメッセージなんて送ってなかった」
『ともだち』になろうと切り出してきたのはチューリの方だったから、てっきり彼の方からメッセージを寄越すものだとばかり思っていた。これは少々まずかったのではないか。リンクはベッドから跳ね起き、机の上に置かれたシーカーフォンを手に取った。

『もしかしてテスト期間? 時間ある時にでも、会えそうな日を教えてほしいな。オレは……

と、チューリとのトーク欄にサクサクとメッセージを打ち込んでいく。放課後の助っ人活動の予定を鑑みて、それらが入っていない日をザッと並べた。これくらい具体的に伝えれば、チューリも返信しやすいだろう。リンクは最後にブルズアイ・ドーナツの公式スタンプをポンと送信して、少なくとももう三日、返事を待つことにした。

✽✽

「あっ、いたいた! リンク〜!」
こちらを見つけたチューリは、人並みをスッスと縫うように器用な足さばきで駆けてきた。その走り方が小学生の時に見学した養鶏場のコッコを思わせて、リンクは一瞬ピキンと固まる。
いきなり甲高い声を上げ、羽を広げつつ丸っとした身体で突進してくるコッコは、七歳そこそこのリンクにかなりの恐怖を与えたものである。あれ以降養鶏場に入る機会もなかったし、ナミバトやアオスズメは人間を見れば逃げていく。成長と共に、リンクはコッコに恐れをなしていたことを忘れていった。
忘れてたんだから大丈夫だ。大したことじゃない。それにチューリはリト族で、コッコと違う。自分にそう言い聞かせて、リンクはチューリを労うべく笑った。
「テストお疲れ様」
「うん、もう大変だった……。でもね、連絡くれたお陰で頑張れたよ! ありがと!」
「そう? ならよかった。じゃあ行こっか」
集合場所として利用した噴水広場は、中央街でもたくさんの人が待ち合わせ場所に設定することが多い、言わばランドマークだ。周辺はチェーン展開している店が数多く揃う、賑わいの場でもある。今も放課後の中高生、休日の社会人、営業で外回りしているスーツ姿の大人、制服を身に着けた帰宅中の小学生などがあちらこちらを行き交っていた。
【ブルズアイ・ドーナツ 噴水広場前店】は、そこから少し歩いたところにある。まだここまで多くの店が乱立せず、客の取り合いが少なかった時代から変わらぬ店構えだ。
今回ここで会おうと指定してきたのはチューリだった。この近辺に学校があるからだろう。リンクはそれを快く了承し、高校最寄りのバス停から噴水広場までやって来たのだった。
「チューリさ、門限とかある?」
年上として、リンクは必要な線引きはしておくつもりだった。高校生が中学生をあちこち連れ回すわけにもいかない。だが返ってきたのは、年齢はあまり関係のない答え。
「うーん……。一応、暗くなる前には帰って来いって言われてる。オイラたち、夜目が利かないからさ」
「あ、そっか」
「けど、こっちは街灯多いし、お店の電気もあるし、そんなに気にしないで!」
チューリはニコニコ笑って答える。自分と一緒にいて、これ程楽しそうにしているのはチューリが始めてだ。
部活の助っ人活動では、能力を買われているだけ。それも勿論喜ばしいことかもしれないが、結局それ以上の付き合いなど無い。人柄が良いお陰で疎まれることは無いものの、『邪魔』が本音の部員だっているはずなのだ。
けれどチューリは違う。心底楽しそうにしており、その様子にリンクの気持ちは解れた。年下だから可愛く見えるのかもしれないが、もしも同年代だったらとリンクは思ってしまう。
「ここだね。入ろうリンク!」
チューリの歩みが止まり、お目当ての店舗に到着したと気がつく。木材風の素朴で温かみのある外観はリトの伝統文化を思わせる。近年新規開店した店舗はもう少しスタイリッシュで現代風だが、リンクはこちらのほうが好みだった。というのも、秘密は内観にある。
入店すると、風切羽を模したウィンドチャイムがチリリンと澄んだ音を鳴らす。人入りが少ないのか、その音が店内によく響いた。
「いらっしゃいませ、二名様でよろしいですか?」
ドーナツがズラリと並ぶウィンドウの向こうに立っている店員は、リンクと同年代のゲルド族だった。時たま、同じクラスの男子たちが「この子可愛くね!?」と盛り上がっているのを見かけるが、その対象は大方ゲルド族の女子である。
遊びたい盛りな女子高生が、どうして経営難なこのドーナツチェーンで働いているのかが気になるところだ。
「はい。ねぇチューリ、何にする?」
「オイラ、クラフィカ・ホイップがいいなぁ。リンクは?」
「じゃあオレもクラフィカ・ホイップで。あとアイスティーお願いします」
「クラフィカ・ホイップおふたつとアイスティーおひとつですね。畏まりました」
店員はウィンドウから、まん丸の柔らかな生地にチョコレートホイップがたっぷり詰められた『クラフィカ・ホイップ』を二つトングで取り、ツヤツヤとしたなめらかな白い皿に盛り付けた。そのあとアイスティーをドリンクサーバーから注いで、お手拭きなどと一緒にトレイに置いた。
財布を取り出すリンクを見て、チューリもいそいそとスクールバッグの中をまさぐる。だがリンクはサッと会計を済ませてしまっていた。
「リンク、席に座ったらオイラの分払うから」
「いいよ、オレに奢らせて。テストの労い」
「そう? じ、じゃあ……お言葉に甘えて……
リンクは、年下の中学生にお金を使わせるわけにもいかない、とは言わなかった。その気持ちが無いわけではないが、『テストの労い』も嘘ではない。チューリは「せめて持ってくよ」とトレイを持って席を探し始めた。
昔からあるブルズアイ・ドーナツの店舗は、座席のひ鳥籠のような形をしている。半個室のようなこの空間は、リトの村の家屋がモチーフになっている。外観は木材風だが、座席はソファの布地を除けば全てが木材で出来ていた。ソファの模様もリトらしさに溢れ、寒い思いをせずにタバンタやヘブラに来たような気分を味わえる。コンサーティーナや柔らかな数種類の笛、リュートが奏でる繊細な店内音楽も、雰囲気づくりに一役買っていた。
「やっぱこっちのほうが落ち着くなぁ」
「この前はフードコートで食べてたけど、リンクはこっちのほうが好きなの?」
「うん。静かだから落ち着いていられるし。ノートにあれこれ書いてても誰かに見られてる感じしないしさ」
二人は席に着き、手を拭いた。ここは独立した店舗のためか、お手拭きが平たい紙ではなく濡れタオルになっている。
「それじゃ食べよっか」
「うん! いただきます!」
チューリは丸いままのクラフィカ・ホイップにかぶりついたが、リンクは半分にちぎり始めた。ふわふわのチョコレートホイップクリームがお目見えする半分を皿に置いてから、もう半分を口に運んだ。
ホイップクリームなのに決して重くない、まるで綿菓子のような口当たり。チョコレートのこっくり濃厚な味がこのドーナツの特徴だ。クリームを包む生地ももっちりとしており、実にバランスがいい。
「久々に食べたけど、やっぱ美味しいなぁ」
「じゃあリンクにクイズ! このドーナツの名前にも使われている『クラフィカ』は、何のことでしょうか!」
リンクは面食らったような顔をしている。いきなり問題を出されるとは思わなかったらしい。
「えー……? うーん……。何のこと、って言われてもなぁ……
リンクの食べる手が止まった。どうやら相当悩んでいるらしい。
「オレ、ドーナツの製法とか、原材料とか、そういうのに興味はあるんだけど……。名前の由来とかはよく調べてなくて……
「じゃあ、ヒント! 『オイラたち』はよく知ってる人たちだよ!」
ヒントになっているのかなっていないのか、微妙なラインである。チューリたちがよく知っている、と言われても、それはリト族だからわかるのであって、ハイリア人のリンクにはさっぱりだ。
……いや待てよ、ってことは……
「何かわかった?」
「もしかして、リト族の偉人?」
チューリは両の主翼で大きな丸を作り、「正解!」と笑った。
「ヒントになった?」
「まあ、なってたかな。どんな人かは知らないけど、商品名にするくらいだから有名なの?」
「うん。偉人、っていうか、伝説の族長って言ったほうがいいかな。ずーっと昔の人で、ハイラルの王様たちと一緒に、悪いヤツら戦ったんだってさ」
「オレ、歴史苦手だからなぁ。王の名前と一緒に習ったかもなのに……
リンクは再びドーナツを口に運んだ。何故か、甘いと感じていたチョコレートホイップの奥にほろ苦さを感じる。現役高校生のリンクにとって、族長がどんなものか具体的にはわからない。けれど、少なくとも苦難はあったはず。それを考えていると、カカオの抱える苦みが舌の上で浮き上がってきた。
「でも、なんでこれにその族長の名前を付けようってなったの?」
「クラフィカ族長は、頭の上にそれはそれは立派な茶色い巻き毛があったらしいよ。商品開発チームがチョコレートホイップをそれに見立てたんだってさ!」
「これ、巻き毛なんだ……
巻き毛と言われれば、確かにそうかもしれないと思えてきた。そうなると、綿菓子のような舌触りという例えは間違っていなかっただろう。
「チューリってそんなところにまで詳しいんだね。感心しちゃうなぁ」
リンクは、にへ、と脱力した笑みを浮かべた。チューリは何に照れたのか「そ、それはオイラがリト族だから……!」とワタワタしている。
「書き加えておかなきゃ。えーっと……
半分を食べ終えたリンクはリュックサックからドーナツへの情熱をしたためるためのノートを取り出す。新しいページにクラフィカ・ホイップの項を追加し、名前の由来もしっかり書き留めた。そして半分にちぎったドーナツの模写を始める。
チューリはそれを、見つめていた。


続く