ちよど
2025-11-12 05:38:19
6405文字
Public アシュヨダ
 

アシュくんの時間を停止させるわし様の話

アシュヨダ。ヨダナさんがお人形遊びする話。pixivより再掲

アシュくん「俺でイメクラすんな!!!」

 青いTシャツを身につけた旦那の腕がクッションに座ったままの俺の首にまわされる。
 だと言うのにいつもの花の香りが全くしない。真っ直ぐ前を見たまま動かせない視界の隅で長い紫の髪が揺れる。それで旦那が俺の肩に顔を擦り寄せたのが分かった。

「愛しておるぞ、アシュヴァッターマン」

 そう熱っぽく囁いて、旦那は視界の中央に戻ってくる。
 そして俺の顔を真剣な顔で覗き込んだ。

「──これは間違いなく時間が停止しているな」

 にたりと楽しそうに笑う旦那に何を見てそう判断したのか問い詰めたいが、俺の体は指先ひとつ動かなかった。



 ついさっきまでは珍しい物を手に入れたと上機嫌の旦那と、そんな旦那に付き合っている俺のふたりきりの小さな宴の最中だったはずだ。
 お互いにマスターに支給された青と赤のTシャツというラフな姿で、俺達は床に並んだクッションに隣り合って座っていた。
 面積が限られているストームボーダーで旦那に与えられたこの部屋は、本来ならばそう広くない。
 だが、召喚されてすぐに地獄の周回に連れ回されて溢れんばかりのQPを稼いだ旦那と、そこそこ稼いではいたが使い道がなくて溜め込んでいた俺とで、キャスターたちに依頼して魔術でこの部屋の空間を拡張したのだ。
 部屋といいつつもこの空間は、俺達がいる広いリビングダイニングに、旦那と俺それぞれの部屋と、共通のベッドルームにその向こうのパウダールームまで構築されている。
 旦那が生前住んでいた宮殿とは比べることすら出来ないが、恋人同士で暮らすには充分だった。

 ──恋人同士。

 付き合うようになってから半年ぐらい経った今も、俺はその言葉を噛み締めてしまう。
 三千年も彷徨っていたのに、俺は召喚されたドゥリーヨダナを見て初めてこの思いが恋だと気づいたのだ。
 旦那が変わらず俺を友として扱ってくれるだけで充分すぎるはずなのに、俺はそれ以上を望んでしまった。
 気安く肩を抱かれる度に体温が跳ね上がる。柔らかく名前を呼ばれれば脳が蕩け、親しげに顔を寄せられれば心臓が弾けそうになった。
 そんな俺はよほど挙動不審だったのだろう。ある日、旦那に問いただされたのだ。

 ──偽りを口にする事は出来なかった。

 旦那に受け入れられることはないだろうと思いつつ意を決して想いを告げたところ、旦那は笑みを歪ませた。

 ──今更、お前がそれを言うのか。

 奇妙な声色の意味を問おうしたが、旦那は首を振ってそれを拒否する。
 改めて俺に向けられた顔はいつもの旦那だった。
 にやりと笑う。

 ──よかろう。わし様とおまえは今から恋人だ。

 気にかかることはあるが、この想いを旦那が受け取ってくれたなら、それ以上の事は望まない。
 こうして、すんなりと恋人になれた俺たちは部屋を新しく作り直し、ふたりで生活するようになったのだ。


 状況を理解しようと考えを巡らせている俺に気づかず。旦那は傍らのローテーブルに手を伸ばす。酒やつまみが散らばったテーブルに人の眼球ほどの大きさの宝石を置いた。
 ついさっき見せられたその深い緑の宝石には、先程まで無かった目のような模様が刻まれていた。
 それに旦那も気づいたのか、つんつんとそこを転がすと楽しそうに口を開いた。
「さすが神代のキャスターのマジックアイテム。──世界は無理だが個人の時間なら間違いなく止められると豪語しただけあるわ」
 そしてくるりと俺に向き直る。
「それにしても本当におまえに効くとはなー。んん?おまえは時間を司るシヴァ神の半化身だろう?アシュヴァッターマン?」
 目に映る旦那の指は俺の宝珠をトントンと押しているのだろう。俺は視界に映る旦那の手の位置と微かな音からしか推測出来ない。
 旦那にあの宝石を見せられた瞬間から体が動かせなくなり、感覚もない。
 かろうじて認識出来るのは固定された視覚、そして聴覚。それだけしか今の俺は得ることが出来ないのだ。
 旦那の呟きから、あの宝石は対象の時間を停止するマジックアイテムだと分かった。
 本来なら俺の意識も停止するところだったのが、シヴァ神の加護でこんな中途半端な状態になっているのか。

(それにしても、俺の時間を停止させて旦那は何をしたいんだ?)

 付き合い始めはあまり気乗りがしない様子だった旦那は、ふたりで暮らす事を決め、ふたりで部屋をつくり、ふたりで暮らすようになった頃には俺と恋人である事を楽しんでいるように見えた。
 今更、俺相手に妙な企みをする必要はない。
 それに旦那と恋人同士になってから大概のわがままは叶えてきた自信がある。わざわざこんな事をしなくても、俺に言ってくれれば俺はなんであれ行っただろう。
 旦那がむふむふと笑いながら立ち上がる。
 俺を抱えあげて、すぐに降ろした。
 意味の分からない行動に内心首を傾げていると。旦那の手が固まって動かない俺の手足を球体関節人形でも扱うように動かして、体勢を変えるとまた抱え直した。
 座ったままの体勢で動けなくなっていた俺の体は運びにくかったのだろう。
 揺れる俺の視界に旦那の背中と床が見える。
 ふたりで作ってふたりで住んでいる部屋だ。間取りぐらい目をつぶっていても分かる。
 だから、気づいてしまった。
 旦那は寝室に向かっている。

 ──旦那はろくでなしだし、貪欲だ。

 俺はそれを友としても臣下としても、恋人としてもよく知っている。
 そんな旦那がわざわざ動けなくした俺を寝室に連れ込む意味。
 慌てて時間停止+寝室で聖杯に検索をかけると男だけの飲み会で回ってくる薄い本のような単語しか出てこず、俺は内心冷や汗を流した。
 寝室に入り絨毯が変わる。
 旦那とふたりで悩みながら選んだこの絨毯をこんな気持ちで眺めることがくるとは思わなかった。
 一方旦那は今にも鼻歌をうたい出しそうだ。
「多少値が張ったがよい買い物をしたなぁ。これであんな事もこーんな事も出来る。ぐふふふ。わし様天才」
(あんな事や、こんな事って何だよ!?)
 問い詰めたいが体はピクリとも動かない。
 そんな俺を抱えたまま旦那はベッドの横を通り過ぎた。
(へ?)
 拍子抜けした俺の視界でまた絨毯が変わる。
 ベッドルームの向こう、パウダールームに着いた旦那は腕から降ろす。動かない俺が座らせられたのはドレッサーの前だった。
 大きな鏡が少し驚いたような俺の顔を映す。
 旦那の姿は俺の背後に映っていた。
 いつもなら、ここに座るのは旦那で、俺はその背後で髪などを手入れをしたり整えたりしている。
 旦那が俺の腕を上げさせる。両腕を真っ直ぐ上に上げた俺から赤いTシャツを脱がせると、旦那は俺の腕を戻してどこかへ行ってしまった。
 鏡には上半身裸の俺がぽつんと映っている。
 寝室ならまだ服を脱がす理由が分かるが、ドレッサーの前で脱がす意味が分からない。
 考えているとすぐに旦那が赤い塊を抱えて戻ってくる。
「服も着替えさせたいがそんなに長く持たんらしいしなぁ。」
 ぶつぶつ言いながら、旦那は手に持った赤い塊を俺に被せた。
 視界をさらさらと赤い糸のようなものがカーテンのように流れていく。
 パチンパチンとピンが留められる音がした。
 赤い色がすべて流れ落ちると鏡の中で俺の髪は長くなっていた。
 俺の髪の色と同じウィッグ。
 背中まで長さのある赤い髪に、旦那はいつも俺が旦那にするようにブラシを滑らせる。
 両サイドの髪を摘まむと旦那は笑った。
「出来るだけ近づけたんだが。……さすがにちょっと髪質が違うな」
 訳の分からない事を言いながら、旦那の手はスムーズにウィッグの両サイドの髪を後頭部でまとめる。
 貴人だというのに慣れた手付きなのは、末の妹の髪を整えてやっていたからなのだろう。
 俺の頭の後ろに、丸く束ねられた髪がわずかに見える。

 ──どこかでこれを見た気がした。

……わし様、おまえの今の髪型も嫌いではないが。──これはもう見れないのだろうなぁ」

 哀惜が滲む呟きに記憶が溢れ出す。
 そうだ、これは旦那が生きていた頃、俺がよくやっていた髪型だった。
 当時の風習としてそれなりに伸ばしていた髪が短くなったのは旦那の死後。
 死してすぐに英霊の座に登録された旦那にしてみればこちらの方が馴染みがあるだろう。
 俺の髪型が変わっていた理由を何も聞かなかった旦那の指が確かめるように赤い髪を伝う。
 
「もう『私』とは言わんのだろうな。おまえは」

 ぽつりと落とされた呟きに、『私』は返せる言葉が無い。
 この身が怒りに焼き尽くされた時、真っ先に飲み込まれたのは『私』だったのだから。
 誰よりも命を愛するとか、優しすぎるとか、冷静な智将だとか大層な事を言われていた存在は怒りの中で死んだのだ。

 鏡の中の俺は彫像のようにぴくりとも動かない。
 まだ旦那が生きていた頃の、俺が罪を犯していなかった頃の姿。
 俺の意識を停止させてまで旦那が望んだ姿。
 これは確かに俺には頼みにくいだろう。雑に見えて人の想いには敏い人だから。
 旦那の指が赤い髪を撫で下ろす。毛先を摘んでくふくふと笑った。
「うむ。雰囲気が出ているのではないか?」
 満足そうな旦那に俺は疑問を持つ。
 俺を停止させ、わざわざ昔の姿に似せる事に何か意味があるのだろうか。
 懐かしむためだけに、神代のキャスターからマジックアイテムを借りてくる程、金遣いの荒い人ではない。
 それくらいなら見てくれが同じ人形でも買ってきた方が、安上がりだし使い勝手もいいだろう。
 鏡の中の旦那は楽しそうにウィッグを指で流している。
 
 ──昔の俺に似た人形をそうやって愛撫している旦那の姿を想像して、胸の奥が凍りつくような気がした。

 当初、俺との付き合いに何か含みがあっただろう旦那が、本当は誰を愛していても構わない。
 誰を抱こうが、誰に抱かれようが。旦那が望んでいるなら俺はそれを受け入れる。
 でも、旦那が『アシュヴァッターマン』に向けている感情だけは、それだけは俺のものだけであって欲しい。
 それが恋情でなくてもいい、親愛だけでもいい、憐れみであっても。俺は旦那からそれを与えてもらえるだけで幸福だ。

 俺の恋人になってくれた旦那はひとしきり髪を弄って満足したのだろう。俺の前にまわりこんで、俺の体を動かすとまた抱えあげた。
 視界がぐるりと回って、また床が流れていく。
 寝室に戻り。
 旦那は俺をベッドに仰向けに寝かした。
 天井を背景に楽しそうに笑っている旦那が視界いっぱいに広がった。
 キスの感触もない。
 旦那が顔を離した。不思議そうに首を傾ける。
「──思ったより興奮せんなぁ」
(人を人形のようにしておいてその言い様はあんまりじゃねぇか!?)
 憤慨する俺に気づかず、旦那は顎に手を当てた。
「かと言って当時のバラモンの正装など手に入らんし。──聖職者とヤると盛り上がるって
 突然、旦那の顔がひきつった。
 その肩を掴む。
 
「──面白そうな話じゃねぇか。ちゃんと俺に説明してくれるよな?」

 逃げようとした旦那に体を起こす。
「あ、アシュヴァッターマン!!いきなり寝室に移動してびっくりしているとは思うが、」
 ごまかそうと目線を泳がす旦那に俺は事実を突きつける。
「全部見えてたし聞こえてたんだよ!」
「ひぇ!」
 いたずらが見つかった子供のように旦那は体をすくめるが、俺はほだされない。
 そりゃあ今の姿はバラモンというより戦士の面が強いだろう。それに比べて昔の俺はバラモンの格好をしている事が多かった。
 だからといって。わざわざ俺の動きを止めてまで、昔の格好をさせた理由が。

「俺でイメクラすんな!!!」

 怒鳴りつけると旦那は目を丸めた。
「アシュヴァッターマン。おまえ、イメクラなんて単語知っておったんだな」
「旦那。相性不利って知ってるか?」
 アーチャーの攻撃はバーサーカーにとって二倍のダメージになる。それを改めて指摘すると旦那は口をつぐんだ。
 もちろん俺が本気で旦那に攻撃するわけはない。
 こんなろくでなしでも主君で友人で、──恋人だ。
 俺がベッドの上に座り直すと、旦那も姿勢を直した。
「で、なんでこんなアホな事を思いついたんだ?」
 問いただすと旦那は視線を逸らせた。
「──その、な。周回で一緒になった尼僧がな、」
 理解した。
「ビーストに近づくなって言ったよな!」
「話してみれば案外
「被害者はみんなそう言うんだよ!!」
 カルデアに何騎かいるビーストのサーヴァント。彼らにかかれば旦那程度の小悪党は一呑みだ。骨も残らねぇ。あのビーストが関わったならこの程度の被害で済んだのは幸運だろう。
 俺は額に手をやった。冷たい宝珠の感触にため息がもれる。
 俺の剣幕にさすがに反省したのだろう。旦那は体を小さくしている。
 その姿に、ふと悪戯心が浮かんだ。
 乱れたウィッグをさっと直す。
 意識してゆっくりと微笑んだ。

「──スヨーダナ様、戯れがすぎますよ」

 生前、怒りがこの体を焼く前の口調を再現する。
 
「────」

 俺の仕草に旦那は絶句して。……その顔が見る間に真っ赤に染まった。
「旦那?」
 呼びかけに旦那はさっと顔を逸らす。
 その顔を覗き込んだ。
「旦那?」
 浅黒い旦那の肌が首まで真っ赤になっている。
 その原因は。
「スヨーダナ様?」
「やめろ」
 旦那が自分の顔を覆う。
 俺はパウダールームでの旦那の言葉を思い出した。
 
 ──もう『私』とは言わんのだろうな。おまえは

 イメクラだけが目的ならばこんな事は言わないだろう。あの時の旦那は純粋に昔を懐かしんでいた。
「スヨーダナ様。『私』に、」
「やめろ!」
 旦那が叫ぶ。
「わし様が悪かったから、もうやめろ。──初恋、だったんだ」
 後半はうめくように呟いて旦那は頭を抱えて丸まってしまった。
 俺はその傍で途方にくれる。
 赤いウィッグが背中で揺れた。

 情報をまとめよう。
 ・動機については保留するが旦那は俺に昔の格好をさせた
 ・旦那はこの姿の俺を初恋だと言ったのだと推測出来る
 
  ──今更、お前がそれを言うのか。

 旦那に告白した時、あの人がこぼした言葉を思い出す。
 俺はその言葉の意味をあえて追求しなかったが。もしかして、──自惚れてもいいのだろうか。

「ドゥリーヨダナ」

 そう呼ぶと、旦那はわずかに肩を揺らした。その肩にそっと手を乗せる。
「悪かった。もうからかったりしねぇよ」
「──本当か」
 旦那が腕から目をあげる。現れた紫水晶の瞳は少し潤んでいた。
 恋愛感情は人の心の機微の中で最も繊細な部分だ。意図しなかったとしてもそれを無遠慮に暴いてしまった事は謝罪すべきだろう。
「ああ、本当にもうしねぇよ」
「じゃあ、詫びの印にそれをしばらくつけていてくれるな?」
「ああ。──っ!」
 流れのままに頷いた俺は、にたりと笑った旦那と目が合う。
「アシュヴァッターマンはわし様との約束を破ったりしないよな?」
「~~っ!!」
 騙された!しおらしい様子はこちらの罪悪感をあおる罠だったのか。それが分かったとしても、俺は旦那と約束してしまったことは破りたくない。

「──明日の朝までなら」

 せめて期間を区切った俺に旦那は子供のように表情を輝かせた。
 その手が俺を引き寄せる。



 ──結論として、確かに盛り上がった。

 だが、それは決して俺の格好のせいじゃねぇ!


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