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美味いものは冷めても美味い.zip
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希死念慮破滅願望おじさん
⚠️自傷行為の表現があります⚠️
希死念慮破滅願望おじさんではなくメンヘラ試し行為おじさんな気がしてきました。
「ねえ悠くん。僕のこと、好きなんでしょ?」
鳴上は一瞬だけ固まった。それは可愛らしい問いのはずなのに、問いかけてくる足立の表情は全く穏やかではないからだ。その目の奥は、テレビの砂嵐のようにざらつき、焦点がどこにも合っていなかった。
「
……
どうして、急にそんなことを」
「だって、君、僕を引き取ったじゃん。出所したばっかりの前科持ちなんて、普通は選ばないよ?」
足立は笑っていた。笑いながら、何でもないように爪を立てて自分の腕を引っ掻く。不健康な青白い肌に赤い線を描く。足立は痛みを感じる素振りも見せない。
「ね、質問に答えて?好きだよね?
……
僕のこと、好きってことに、してくれてるよね?」
鳴上が最適解を導き出すため口をつぐんだ僅かな一瞬で、足立の表情が凍り付き、虚無になる。
「
……
あ。違うんだぁ
……
」
貼りついた笑顔のまま、冷たい声が放たれる。
「違うんだ。好きじゃないんだ。じゃあなんで引き取ったの?同情?哀れみ?慈善活動?可哀想な人を助けてあげましょうって?」
足立はそう言いながら、両手で自分の髪を掴む。爪を頭皮に食い込ませ、力任せにガシガシと掻きむしる。寝癖のように乱れていた髪は、さらに乱れていく。
「
……
そうだよね。悠くんってそういうの大好きだもんね?正義の味方だもんね?別に僕じゃなくても別によかったんだよね?」
悪くなっていく風向きに、鳴上は眉をひそめる。
「
……
足立さん、落ち着いてください」
「裏切られて落ち着いていられる人なんていないよ」
足立は急に立ち上がる。動きは乱暴で、足をテーブルにぶつける。置いてあったリモコン、マグカップ、全てがまとめて床に落ちた。想像よりも大きな音に、足立はびくりと肩を跳ねさせ、怯えたように目を見開く。息がひゅっと止まり、次の瞬間には過呼吸のように荒くなる。足立は震える指先で手首の自傷痕を搔き始める。かさぶたが剥がれて手が血に汚れることも構わず、まるで自分を落ち着かせるように、まるで自分の存在を確かめるように。
「
……
なんで引き取ったの?ねえ、なんで?どうして僕なの?ねえ、悠くん、後悔してるよね?」
鳴上が一歩近づくたび、足立は一歩後ずさる。顔は笑っている、しかし明らかに泣いている。
「僕のこと好きじゃないくせに、手元に置いて、優しい顔して、僕のこと全部を見てるような顔して
……
ほんとはめんどくさいって思ってるんだ」
足立の背中が壁にぶつかる。その瞬間、身体全体が強張り、逃げ場を失った獣のように息が荒くなる。
「言えばいいのに。失望しました、後悔してます、出てってくださいって、言えばいいのに。なんで言わないの?ねえ、なんで?なんで
……
っ!」
その声は泣き出す直前の子どものような声だった。
「なんでなにも言わないの
……
?」
か細く呟いたかと思えば、次の瞬間、足立の呼吸は荒いを通り越して、リズムすら保てなくなっていた。
胸が上下しすぎて、苦しそうなのに止まらない。指先が震え、掻きむしった痕の赤みがさらに濃くなる。
鳴上がそっと一歩踏み出した。
「足立さん、本当に落ち着いてくださ、」
「来ないで!」
足立の叫びは反射だった。まるで手負いの獣のように、鳴上の手を恐れる。壁を背にしたまま、足立は自分の身体を抱きしめるように丸めた。肩は震え、目は見開かれ、焦点はやはりどこにも合っていない。
「来ないで
……
来ないで
……
!来たら、また僕、悠くんのせいにしちゃうから
……
!」
支離滅裂だが、どの中では筋が通っているらしい。
「僕が壊れたら
……
悠くんのせいになるんだよ?そんなの
……
そんなの、君だって嫌でしょ
……
?」
「足立さん、俺は
……
」
鳴上の言葉を遮るように、足立は唐突に握りしめた拳で壁を強く叩いた。その音にまた足立自身が怯える。自分で鳴らした音なのに、肩がびくんと跳ねた。
「
……
っ、やだ
……
やだやだ
……
っ」
手で顔を覆い、指の隙間からかすれた声が漏れた。
「僕、どうしたらいいの
……
悠くん、僕のこと捨てたいなら捨てればいいのに、なんで捨てないの
……
」
鳴上が近づこうとすると、足立はさらに強く頭を振る。身体を丸めたまま、呼吸はうまく吸えていない。
「やっ
……
来ないで
……
触らないで
……
!触られたら
……
僕、また
……
勘違いしちゃうから
……
っ」
「
……
勘違いって、なんですか」
鳴上の声は限界ぎりぎりの低さで震えた。
足立は顔を上げる。涙と血でぐちゃぐちゃになった、必死で痛々しい顔。剥き出しになった感情をまるごと鳴上に突き刺すように、瞳が光って見えた。
「僕のこと、まだ好きって、思っちゃうから
……
!」
そう叫び、足立は胸を押さえて蹲る。荒く息を吸って、吐いて、吸えなくなって、それでも止まらない。鳴上が手を伸ばそうとすると、足立は反射で机のほうへ逃げようとした。足元には散乱したマグカップの破片が広がっている。思わず鳴上の足が床を鳴らした。
「足立さん!!」
その音と大きな声に、足立の足がぴたりと止まる。止まったが、呼吸はさらに乱れた。
「
……
どうして止めるの?どうしてこういう時だけ、強引に止めようとするの?そうやって、悠くんが優しくするから
……
僕
……
っ、また
……
!」
言葉が途切れた。息が詰まって声が出なくなっている。鳴上はまだ触れない。触れたら逃げられる。逃げた先で何をするか分からない。だから、今は声だけで呼び止めるしかなかった。
「
……
足立さん」
足立は壁に背中を押しつけるようにして縮こまる。
「やだ
……
来ないで
……
近づかないで
……
これ以上近づかれたら
……
僕、もっと
……
」
声が震え、指先も震え、全身が震えていた。
「もっと、悠くんがいないとダメになっちゃう
……
」
その足立の声には『助けて』と『怖い』と『好き』が全部入り混じっていた。
足立の身体はまだ震えていた。呼吸は荒く、上下する肩は見るからに苦しげで、引っ掻いた腕は赤く腫れ、手のひらには自分の血がついて乾きかけていた。
そして、荒れきった呼吸が、突然ふっと途切れた。
「
……
っ、は
……
は
……
っ、ぅ
……
」
足立が膝から崩れ落ちる。身体が自分の重さを支えられなくなっていく。さっきまであんなに暴れていたのに、嘘みたいに一気に力が抜けていく。
(
……
来た)
これがいつもの合図だと、鳴上はもう知っている。暴れた暴れて暴れたあと、足立は必ず電池が切れたように倒れるのだ。
「足立さん」
足立の身体が床に崩れ落ちる前に、鳴上は慣れたように抱きしめる形で受け止める。足立は鳴上の胸に額を押しつけ、震える息を吐き出した。
「
……
っ、ぁ
……
」
声にもならない。泣いているわけでもない。音にならない苦しさだけが喉を揺らす。鳴上はその背をゆっくり支え、呼吸のリズムを整えるよう足立の胸に手を添える。そして、いつもの一言を落とす。
「
……
落ち着きましたか?」
淡々としていて、静かで、優しくて、聞き慣れた声。初めてではないのだ。足立が暴れることも、好きにさせておけば電池が切れることも、力が抜けたあとは自分を拒めなくなることも。全部、鳴上は知っていた。
足立は鳴上の胸に縋りついたまま、唇を震わせた。
「
……
しんどい
……
」
「知ってます」
「
……
っ、やだ
……
やだよ
……
悠くん
……
」
「大丈夫です。俺がいます」
鳴上の声が耳に落ちるたび、足立の身体から力が抜けていく。震えていた指先も、掻きむしっていた腕も、壁を叩いた拳も、今は鳴上に弱々しく触れるだけ。
「
……
捨てないで
……
」
その声は、泣き声にもならない小さな呟き。鳴上はその頭をそっと胸に抱き寄せた。
「捨てませんよ、足立さん」
「
……
ほんとに?」
「本当です。ほら、息をゆっくり吸ってください」
足立は鳴上の指先が胸元に触れているのを感じながら、震える呼吸を少しずつ整えていく。鳴上の声は落ち着いている。こうなる未来が見えていたかのように。
「
……
足立さん。貴方はここにいていいんです」
足立は小さく嗚咽を漏らしながら、その腕に身体を預けた。まるで、暴れきったあとに帰る場所を知っていたかのように。
鳴上の胸の中で。その声に包まれて、その腕に支えられて。いつもの夜がようやく落ち着いた。
今日が初めてではない。これで最後にもならない。
数日後、数週間後、きっと同じ夜が来る。
足立が暴れて、鳴上が受け止めて、そしてふたりで何もかも誤魔化すように抱き合う。
おかしいとわかっているのに、離れられない。互いが互いを手放せないまま、この関係は続いていく。
腕の中の足立は鳴上の胸に顔を押しつけ、鳴上もまた、震える背中に触れた指をどうしても離せずにいた。
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