路地
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(wip) 気高き忘却の神・オブリビオニス様がコスプレえっちで負けちゃうわけがない話

よわよわオブ様シリーズ5.5話、ハロウィン編の導入部分です。
もう11月ですが、気分はまだまだハロウィンです。

「おかえりなさい、初音」
「ただい、……え? さ、さきちゃんっ……!?」

十月末日。世間ではハロウィンと呼ばれるその日の、夜。

街は仮装した人々で溢れ、お祭りの賑やかな空気がいたるところに充満している。しかしそんなことは関係なく、私達は今日も学校に仕事にと、いつも通りの日常を過ごしていた。
今日はムジカの五人での練習の後、初音は単独インタビューの取材に向かい、私はムジカのグッズ展開について関係者と打ち合わせ。そして取材を終えて遅くに帰ってきた初音を、先に帰宅していた私が出迎える。

何の変哲もない、いつも通りの二人のやり取り。初音もいつも通りに、帰宅の挨拶を返そうとして……しかし、その表情は一瞬で驚きに取って代わられる。

「か、かわいいっ……! そ、その服どうしたの!?」
「ふふふ……

感嘆の声を上げる初音。満天の星空のようにきらきらと輝くその視線は、まっすぐに私の『衣装』へと注がれていた。
……そう。ここまでは、いつも通りの私達の日常。でも、一つだけ……私の服装だけは、いつも通りのものではなかった。

今日はハロウィン。ハロウィンと言えば、仮装。
私もその風習に倣って、特別な衣装を用意していた。すなわち──

「ね、ねこちゃんメイドのさきちゃんだっ……!!」

──端的に言い表すなら、『猫耳メイド』の装いで、初音の前に立っているのだった。



◇◇◇



「どうですの、初音。この衣装、似合っていまして?」
「に、似合う、すっごく似合ってる……っ! ねこちゃんのお耳も、フリルも全部ふわふわで……! か、かわいいぃ……!!」

私が感想を求めると、初音は興奮のあまり言葉を詰まらせながら賛辞を述べた。そのまま私の周囲をぐるぐると回り、様々な角度から衣装を眺めては、ここが可愛いこれが似合うと褒めちぎっている。どうやらこの衣装が相当お気に召したようだ。
サービスのつもりで、その場でくるりと一回転する。スカートがひらりと可憐に靡き、初音から「わぁぁぁ……!!」という歓声が上がった。私の首元からも、ちりんと涼やかな鈴の音が鳴る。

この衣装──初音の言葉を借りるなら『ねこちゃんメイド』の衣装は、黒地のワンピースにフリル付きの白いエプロンと、様式としてはオーソドックスなもの。ただし、丈は太腿の大部分が露出してしまうほどに短い。その露出をカバーするかのように、足元は白のニーハイソックスで覆われている。首には鈴付きの黒いリボンチョーカーが巻かれ、さながら猫の首輪のよう。極めつけに、頭には黒いファー素材の猫耳カチューシャが鎮座し、その毛並みを輝かせて異様な存在感を放っているのだった。

私が想像する使用人の装いには掠りもしていないけれど、世間一般ではこういった衣装がメイド服として認知され、持て囃されているらしい。実際に私が利用した通販サイトでも『人気No.1』の文字が踊っていた。赤羽の生活を経て俗世にも慣れたつもりでいたが、世界にはまだまだ私の知らないことも多いようだ。
問題は、この衣装が初音の好みかということだったけれど……結果は大成功と言って良い。こんなに嬉しそうな初音を見るのはいつぶりだろう。誕生日に勝負下着を着て見せた時だって、ここまでではなかった。というより、勝負下着が思ったよりも不発だった。思い返せば、初音が時たま『さきちゃん用』として買ってくる衣類はふわふわとした少女趣味のものばかりだったし、こういう可愛らしい服装のほうが初音には刺さるのかもしれない。

「しゃ、写真撮りたいっ! あぁでも、ここじゃ光源がっ……。さ、さきちゃん、リビングいこっ!」
「ふふっ。もう、そんなに慌てないの」

すっかり浮かれた様子の初音に急き立てられるようにして、二人でリビングに向かう。廊下を歩いている間も、初音はしきりに可愛い、可愛いと繰り返している。その反応に、私の足取りも自然と軽くなってしまう。
『可愛い』。それは初音がいつも私に言ってくれる言葉だけど、私がいつも言われたい言葉でもある。今日みたいに特別な服を身に着けている日なら、なおさら。初音のことだけを考えて選んだ、初音に見せるためだけの服。それを可愛いと褒められて、嬉しくないわけがない。初音から雨のように降り注ぐ『可愛い』を、ひとつひとつ、大切に噛みしめる。……普段のデートのときも、これくらい言ってくれたっていいんですのよ?

恭しく扉を開ける初音に続いて、リビングに入室する。初音は鼻歌まで歌いながら、うきうきと室内に歩みを進めて……そしてふと、何かに気付いたかのように立ち止まった。

……ん? さきちゃん、あれ何?」
「ああ、あれは……

初音の視線の先……リビングのソファの上に、何か細長い物体が鎮座している。私が今付けている猫耳と同じ、黒いファー素材でできたそれは、メイド衣装の付属パーツ──猫の尻尾を模した飾り、だった。リビングで衣装に着替えていた時にソファに置いて、そのまま片付けるのを忘れていたらしい。

「この服を買った時に同梱されていた、飾りですの。これも衣装の一部なのでしょうけれど……付け方がよく分からなくて」

尻尾の飾りを手に取り、初音に見えるように掲げる。本物の猫の尻尾のように精巧に作られた飾りだけれど、少し変わっているのが、その根元に『黒い真珠のような物体』がいくつも連なっていること。真珠はシリコン製のようで、触ってみると見た目よりも柔らかくて弾力がある。

猫耳メイドというコンセプトである以上、尻尾のパーツが存在していることには納得できる。ただ困ったことに、この尻尾をどうやって衣装に装着するのかが分からなかった。その形からして、どこかに差し込んで取り付けるパーツのようにも思えたが、メイド衣装を確認してもそのような箇所はなかった。エプロンの紐に挟んでみたり、リボンで結んでみたりと工夫したものの、どうやってもうまく固定できずにずり落ちてしまう。結局方法が思い付かず、そのままにしていたのだった。

「着用例では尻尾も付けていたのですけれど、この衣装には取り付けられそうなところがありませんでしたの。不良品なのかしら…………初音?」

つらつらと語りながら、ふと、初音が先程から一言も発していないことに気付く。視線を上げると、初音がなんとも言えない顔で、私の手の中の尻尾を眺めていた。

「初音? どうかしまして?」
……。えーと、さきちゃん……

不審に思って尋ねると、初音はさっと目を逸らした。口をもごもごさせながら、視線をあちらこちらへ彷徨わせている。言うべきか、言わざるべきか。そんな葛藤が渦巻いているように見えた。
……やがて、彷徨っていた視線が一点へと定まる。初音は私を見据えると、意を決したように、口を開いた。

……これ、お尻に入れるやつじゃない?」
………………え?」

一瞬、時が止まる。

何と言われたのか、本気で分からなかった。初音の頭がおかしくなったか、もしくは私の頭がおかしくなったか、そのどちらかしかあり得ない。それくらいにこの場にふさわしくない言葉が、初音の口から飛び出した、気がした。

「お、おしり……? は、初音? 何を言ってますの?」
「いや、たぶん形状的にそうだよ。これ……お尻用のおもちゃ、だと思う」
「え? え? ……え?」

残念ながら気のせいではなかった。初音は私の淡い希望を打ち砕くかのように、お尻、という単語を強調した。

初音の言葉を脳内で反芻する。お尻用の……おもちゃ? おもちゃというのは、大人のおもちゃ? この尻尾が? 信じられない。で、でも、もしそうなのだとしたら……

取り付けられそうな箇所のない衣装。どこかに『差し込む』ような形の尻尾。……点と点が、望まない形で繋がり始める。そういえば、通販サイトに『尻尾は直接装着できる特別仕様です♡』という煽り文句も書いてあったような気がする。ま、まさか……『直接』って、そういう意味でしたの……!?

ようやく状況を理解して……私の全身から、どっと汗が吹き出した。

……。ち、ちが、違いますの、初音。わ、わたくし、普通の衣装だと思って……

しどろもどろになりながら弁明する。本当に、断じて、そういう意図で購入したのではない。そもそも利用した通販サイトだってごく一般的な、普段の買い物でも使うようなところだった。そんな商品が混ざっているだなんて、考えもしなかった。私はただ、初音に可愛いと言われたくて……。それを、このおもちゃで『遊ぶ』ために購入したのだと誤解されてしまったら、立ち直れない。

「違う、違うんですの。本当なの。お、お願い……信じて、初音……
「さ、さきちゃん落ち着いて。大丈夫だよ、分かってるから」

焦りのあまりパニックになりかける私を、初音が宥める。少し大きなその手のひらがこちらに伸びて、壊れ物に触れるように、そっと頭を撫でてきた。

「間違えて買っちゃったんだよね? いきなりおもちゃの話なんてされて、びっくりしたよね。ごめんね……
「ぅ、うぅ……

なでなでと、優しくあやされる。まるで幼児かのような扱いに気恥ずかしさが募るけれど、初音の手のひらは温かくて、触れられているとひどく安心した。ざわついていた感情が急速に落ち着き、心の中が凪いでいく。撫でられ始めてたったの数秒で、私はすっかりおとなしくなっていた。

「さきちゃんはただ、可愛い服を買いたかっただけなんだって……ちゃんと、分かってるから」
「は、初音……
「メイドさんのさきちゃん、すっごくかわいいよ。こんなにかわいい服、用意してくれてありがとう」
「んぅ、ぅぅ……

私に優しく語りかける初音。指先の感触がきもちいい。無意識に、頭をすり、と初音の手のひらに擦り付けてしまう。
初音は普段からボディタッチが多いけれど、中でも撫でるという行為は特に気に入っているのか、こうして頻繁に私のことを撫でてくる。いつしか私の身体もそれに順応し、初音に撫でられるだけで絶大な幸福感を覚えるようになっていた。先程まで感じていた焦りが、しあわせに上書きされていく。初音にかわいがられるの、すき……

「ふぁ……。初音、はつね……

だんだんと、頭の中がぼうっとしてくる。全身の感覚のすべてが初音に集中している。尻尾のことなんてもう、どうでもよくなってしまった。なでなでがきもちいい。ずっと、こうされていたい……
初音の指先が頭皮をくすぐる。しあわせが溢れて、止まらない。世界が甘くとろけてゆく。そのまま、穏やかなまどろみに身を委ねようとして──

……でも、お尻かぁ……

──飛び込んできた言葉に、意識が覚醒する。

……は、初音? 今、せっかくいい雰囲気でしたわよね? なぜその話題を蒸し返しますの? しかも心なしか、若干興味ありげな声色だったような……

浮かびかけた疑念を必死に振り払う。……い、いや、そんな訳がない。初音がお尻での行為に興味をもつなんて、今この瞬間に月が爆散するくらいあり得ない。きっと私の聞き間違い。そうに違いない。どうか、そうであってほしい。

「初音……?」

おそるおそる、初音を見上げる。初音は尻尾をじっと見つめながら、何やら思案していた。

……なんだろう。なにか猛烈に、嫌な予感がする。

……は、初音。もう落ち着きましたわ、ありがとう。尻尾のことは忘れますわ。それよりもほら、衣装の撮影をするのでしたわよね? ならば善は急げですわ、今から撮影会といたしましょうそうしましょう。ポーズの指定はありますの? 要望があるなら何でも叶えましてよ」

早口でそう捲し立てる。野生の勘と言うべきか、一刻も早くこの話を終わらせなければ大変なことになる、という確信があった。初音の好きなポーズで撮られるという餌まで持ち出して、何とか撮影会の流れに持ち込もうとする。

……しかし、そんな私の決死の策も、初音の意識を逸らすことは叶わなかった。その視線は尻尾に固定されたまま、動かない。瞬きを忘れたかのように開かれた瞳。その奥で、正体不明の怪しい光が輝くのが見えた。

……さきちゃん」

やがて、初音がゆっくりと顔を上げる。そして私をまっすぐに見ながら、口を開いて──

「せっかくだし……お尻、挑戦してみる?」

……私の嫌な予感が、見事に的中したのだった。



◇◇◇



導入パートはここまでです。
というわけで、次回のよわよわオブ様はハロウィン編改め、お尻編となります。
何卒よろしくお願いいたします。