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2025-11-09 21:04:17
3234文字
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演劇【推しの子】
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となりのおに
ハバキと匁さんちはなにかしら関わりがあるのかな???という妄想。匁さんが刀鬼・鞘姫より年齢が少し上です。
美しいひとだと思った。
その人の仮住まいは奥の庭の更に深く、長らく使う者のいない離れだった。
領地のうちではあるし多少は手入れもされているからかろうじて庭と呼ばれているが、年輪を重ねた木々に鬱蒼と囲まれる様は深い森そのものだった。
高台に建つ奥の館と呼ばれる一角には、当主一族と、血縁ではないにしろなにかしら由縁のある者しかいなかった。鬼は表の館にしか入れない。奥の館はいまだ人の支配する領域であり、鬼が闊歩する外界からは遠い場所だった。
初めてその人と引き会わされた時、懐かしげに名を呼ばれた。
「ああ、よく似ておられること」
誰を思い出しているのかはわからなかった。
奥の館に仕える者達がその人の世話と警護をすることになった。
そのせいで囂しい噂話がそれとなく耳に吹き込まれる。まだ腹は目立たないが身重で、外界での軋轢により人族の領地に匿われることになったのだと云う。
当主の采配を見れば想像はつく。彼女はただの人ではない。領地の中でも目立たぬように厳重に隠されている。一族の血統に連なるか、あるいは主家に近しい者なのだろう。
歓迎されている訳でもないが粗雑にされる訳でもない。ただ真綿で包むようにそっと大事に扱われている。
ひっそり息を潜めるように暮らす中で、その人は身の周りにいつも花を絶やさないことを知った。
だから眼についた庭の花を切り取り、森へ入った。花というものをどう整えるか知らなかったから、とにかく欠けなく咲き誇るものを束ねた。
一見華奢で儚げなその人は、木漏れ日の中で少女のようにそっと微笑んでいた。淑やかな声が歌のように溢れている。
だが長い睫毛に縁取られた瞳は、強く輝きながら相手を見つめている。
その人の視線の先にいるのは威厳のある男だった。
高い背をかがめ、その人とまっすぐに目線を合わせて語りかけている。深く落ち着いた口調に込められた想いが顕れている。
誰なのかはわかっていた。額から斜めに伸びた立派な角、なによりも腰に帯びた盟刀が身分を証している。
だが当主の留守を預かる者として、問わねばならない。
「なぜ、鬼がここにいるのですか」
その人は眼を見張り、声には出さずもんめと唇を動かした。
「おや、困ったな。私はここへは来ていないことになっているのだが」
「ここは人族の館です」
男はゆったりと構えたまま軽く片手を上げた。
木々の影で刀に手をかけていた鬼達が警戒を解く気配がする。
「館の当主から許しを得ているよ」
男は微笑み、懐から古い鍵を取り出した。
庭に繋がる小さな門の鍵であることは見なくてもわかった。外界からは巧妙に隠され、普段は厳重に封じられている。門も鍵も一族の非常時以外に使われたことはない。
「これが証だ。水の剣主殿」
「僕はまだ剣主ではありません」
「だが、いずれは私の許に仕えてくれるのだろう?」
匁は男の前に歩み寄り、膝をついた。
「非礼をお許しください。陛下」
「無理を通したのはこちらだ。君の父上には感謝している。これからも私の愛する人を守ってくれ」
男はその人を見て微笑みかけた。その人もまた男を見やり、微笑んで静かに眼を伏せた。
不遇であっても、その人は幸せなのだと思った。
匁は低頭して立ち上がり、黙ってその場を辞した。短い逢瀬の時間を奪うほど野暮ではない。
木々の間を抜け、その人からも男からも警護の者からも見えない場所まで来て、駆け出した。
館の自室に飛び込み、誰も来ないうちに扉を閉めた。その時初めて片手に握り締めたままの花に気がついた。
稚拙な花束は折れて惨めに萎れていた。
その日は森がざわざわと落ち着かなかった。夜通し女達が館と離れを行き来し、男達はそわそわと領地の警戒を強めた。匁は自室の窓から闇に瞬く常夜の灯を眺めていた。
曙光が射す頃になって、初々しい歓びの空気が森に満ちた。
その後しばらくして、森は以前と同じような静謐を取り戻した。門は再び封じられ、鍵は当主の許に戻された。
あの人は幸せを抱えて愛する鬼の許へ去った。住む者を失った離れはただ静かに朽ちていくだろう。
ある日、王が急逝したと報せが疾った。既に王位と盟刀は遺された子が継いだと云う。
表の館で王宮からの使者を迎えた当主は、いつにも増して難しい顔をしていた。王は人族に対して寛容だったが、今後はそうもいかないのだろう。
匁はあの時森で会った鬼を思い出す。
膝を折り臣下の礼をとったのに、彼に仕える日は永遠に来ない。
歳月が流れた。人も鬼も去り、館には誰も残らなかった。
匁は長いマントの下に流水死命を携え、王宮へ向かった。
深く被ったフードの影から見る世界には鬼が溢れていた。人族は渋谷から追われたか、自ら離れたのか。あるいは匁のように目立たず隠れているのかも知れなかった。
先代を知る鬼が、顰め面で匁を王の前に引き出した。
玉座に何層も緞子を重ねて、幼い女王がぽつりと座っていた。
美しいひとだと思った。
生まれる前から知っている。
あのひととあの鬼が遺した子だ。
フードを払った角のない匁の姿に周囲の鬼どもがざわめく。構わず王の前に跪いた。これからはこの不愉快な世界で生き抜かねばならない。
匁と同じく角を持たない混血の王は、匁を見てにっこりと微笑んだ。
「おまえはわたくしの母を知っているのですね」
「お父上にも、一度だけ」
ああ、よく似ている。
人の柔らかさと鬼の強靭さをその身に宿している。
王はふわりと目線を横に向け、玉座の横に控える近習を招いた。
「わたくしの許嫁です」
王の傍らに立った少年には三本の鋭い角があった。鬼は剣呑な顔で匁を睨みつけている。敵意は感じないが同じ剣主として吟味されているようだ。誰も窘めないあたりこれが常態なのだろう。
「これで渋谷の剣主がみな集った」
晴れやかな王の言葉に頭を垂れ、俯いたまま匁は片頬で笑った。
美しい人の隣には、いつも鬼がいる。
「そりゃさぁ、このご時世どこにでも鬼はいるからさぁ。気にすんなよぉって言っても無理かぁ」
耳元で呂律の回らない大声が炸裂した。頭蓋の内側でがんがんと反響する。肩に回された腕が重い。かなり長い時間この姿勢で拘束されている気がする。
「僕
……
なにか言ってました?」
酒宴でキザミに取っ捕まり、盃に酒を注がれたところまでは覚えている。普段は呑んだふりの口八丁で切り抜けるのだが、今夜はなぜかキザミの腕が解けず、不覚にもそのまま呑まされたらしい。
うっかり昔の話をしてしまっただろうか。長い間思い出しもしなかった記憶なのに。キザミの声が頭に響くばかりで、ここに至るまでの経緯がまるで思い出せない。
眼で水を探したが、転がっているのは空いた酒瓶ばかりだった。
「なんだよ匁ぇ、酔ってんのかぁ? なんだかんだ隣に鬼がいるって泣いてたぞぉ」
「さすがに泣いてはない。酔ってるのはどっちですか。話を盛るな」
「おまえの隣にはいつも俺がいるしなぁ。へへ」
空いた手で溢れんばかりに酒を注ぎ、ついと盃を干しながらキザミが絡んで来る。既にかなりの量を呑んでいるはずだが、こういう時だけはえらく器用だ。
いつの間にか匁の盃にもまた新しい酒が満ちている。
「匁はぁ、隣にいるのは人が良かったかぁ? 鬼は嫌いかぁ?」
「嫌い
……
な訳ではない、ですが?」
「俺は隣にいるのが匁で良かったよぉ?」
へべれけの鬼はとろんとした眼で匁を見つめ、ふにゃりと笑った。
「
…………
人とか鬼とか関係なく、僕はあなたのそういうところが嫌いです」
「えええぇー俺は匁が好きなのにぃ」
「黙れ口を閉じろ酔っ払い」
一度寝て起きたら何を言ったかも覚えていない癖に。
密かに悪態をつきながら、匁は半ば自棄糞な気分で苦い酒を呷った。
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