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ながひさありか
2025-11-09 15:49:40
5070文字
Public
STR-Phaidei
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心臓ふたつ
3.7後/風邪を引いて弱るモーディスの話。
アグライアの目が見えるようになっている・キャスちゃんの呪いもなくなっているので、もう不死身じゃないのかも(体の再生力も普通かも)、という妄想から書かれています。
(病気はないらしいですが、不治の病でないならいいだろというご都合)
「風邪です」
「風邪」
「はい。ただ、今まで特に気にしたことがなく、どうしていいのかよくわからなかったそうで、熱を冷ますために一晩川の中にいたそうです。そういうわけで酷く発熱していらっしゃるようですが、寒いと仰っていましたので、今はお部屋を暖かくしていただいています。胃腸が少し弱っているようでしたので、消化にいいものを作ってあげてください」
モーディスが倒れていたと聞き、慌てて家に向かうと、診察を終えたヒアンシーと出くわした。モーディスは!? と思わず詰め寄った僕に、ヒアンシーは「安心してください」といつものようににっこりと微笑んで、穏やかな声でそう言った。
「
……
侍者かご家族の誰かが風邪をひいてたとか?」
何を言われているのかよくわからず、状況確認をしてしまう。モーディスが風邪? 今まで「病になったことはない」なんて嘯いていたのに。ヒアンシーが「モーディス様、胃腸炎で今日は絶食だと先程お伝えしましたよね!?」とモーディスから塊肉を取り上げたことも過去にはあったが、「すぐに治る。治すためにはタンパク質が必要だ」とかなんとか言って、気にせずいつも通りの食事をしていたし、実際、数時間後にはけろっとした姿を見ている。
不死身の副作用か常人より治癒が早い、と本人は言っていたが、確かに僕より怪我の治りが早いのも事実だった。
妙に痛むが、と血のにじむ肩に視線を落とし、薄く微笑みながら話すモーディスの隣でヒアンシーが「笑ってお話するようなことではありませんが
……
」と苦笑していた。だから「病になったことはない」と言うのは、ある意味では真実なのだろう。
「お母様の侍者が風邪気味で、一昨日からお食事を作ったり看病をされていたそうです。ですので、それがうつったのではないかと
……
。以前と違い、今のモーディス様は不死の呪いがなくなっているようですので、恐らく常人よりは体が丈夫なくらい
……
な気がしています」
そんな話は確かに先日、モーディスから聞いていた。笑いながら「今は第十胸椎以外も頭部と心臓が弱点だ」と教えてくれたけど、そういう律義さはいらないよ
……
、と脱力したのを覚えている。それはもう弱点とは言わないし、そもそ今は僕も含めて世の中で死因と呼ばれるもの全部だろ。
「そうだったのか。あいつは眠ってる? 見舞いでもと思ったけど、起こしてしまいそうだ」
このまま帰ろうかな、と思いつつ尋ねた僕に、ヒアンシーが「帰ってしまうんですか」と不安そうな顔をした。
「目を覚ましたモーディス様に、薄情者だと詰られるような気がしますが」
「
……
なんでそう思ったの?」
「なんでもなにも、近々ご結婚されるんですよね? モーディス様がアグライア様に『あの男に任せるととんでもないことになるのは目に見えている。お前の力が必要だ』と先日真剣なお顔でお召し物をオーダーされたって、トリビー先生が仰ってましたから。アグライア様も聖都防衛戦に直面した際と同じくらい、真剣なお顔をされていたとか」
モーディスの口調を真似て、身振りまでつけるヒアンシーの頭の上からぽわん、とイカルンが突然飛び出したかと思えば、僕につぶらな瞳を向け、まるでヒアンシーに同意するようにプルルと鳴き声を上げる。
「結婚するのは事実だけど、その話は聞いてないな
……
」
結婚式の話はモーディスと少しずつ進めている認識だったが、衣装については『お前は普段着が正装なのだから、それでいいだろう』、とか言ってなかったか? と記憶を掘り起こしていると、ヒアンシーが「あっ」と小さく声を上げる。
「と、ともかくモーディス様のお見舞いには行ってください! 次の診察があるので失礼します」
慌てて去っていくヒアンシーを呆然と見送ってから、もしかすると衣装の話はサプライズのつもりだったのかもしれない、と気が付いた。ヒアンシーもそれは知らなかったのだろう。
それはそれとして、ヒアンシーが教えてくれたモーディスの言葉にはなんとなく失礼なニュアンスが含まれていたような気がしなくもないけれど、まぁあまり気にしないことにしておこう。僕が好きな色の服を着ると、モーディスよりもアグライアの方が敏感に反応をするからだ。品性と言う名の服を着るべきだとかなんとか昔アグライアが言っていたから、それが事実なら色はどうでもいいはずなのに。
そんなことを考えつつ、「俺の家に鍵はかかっていない、好きな時間に来い」とかなんとか言っていたモーディスの言葉を信じて門を叩くと、侍者の一人が「お待ちしてました!」とほっとした顔で僕を出迎えた。その表情に気恥ずかしいものを覚えつつも、毎晩部屋を訪れているせいで早々に勝手知ったる我が家のようになってしまったモーディスの部屋まで向かう。
クレムノス式建築の長い廊下を進み、モーディスの部屋の扉を開ける。部屋の主人が寝静まっているからか、日中だというのに、室内には分厚いカーテンが引かれていた。寒いと言っていたからか、全ての窓は閉じられていて、「お前のために増設した」とかなんとか言って室内に増えていた小さなピュエロスにはお湯も張られている。ほのかにいい香りがする室内は、僕には少し暑すぎるくらいだった。外套を脱いでリクライニングチェアの上に放ると、モーディスのベッドに近づく。 声をかけようか迷ったが、やっぱり眠っているところを起こしたら悪いな、と声はかけなかった。
分厚い毛布に頭まですっぽり収まったモーディスは、ベッドの上で体を丸めているようだった。そんな姿を見るのは初めてで、意外だと思うのと同時に少しだけ心がざわついた。ヒアンシーがすぐに去っていったことから考えても、大した症状ではない筈だ。だけど、もしそうじゃなかったら?
不安になって、そっと頭の毛布をめくる。寒いと言っていたらしいけれど、室内がこれだけ暖かければ大丈夫だろうし、そもそもこんなに縮こまって体を覆っていたら、息がしづらい筈だ。
「モーディス、」
確かめるように小さく声をかけたモーディスの顔は、眉を寄せ、難しそうに考え事をしているような表情をしていた。頬にそっと手の甲を当てると、信じられないくらい熱くなっている。それなのに寒いのか? と心配になったが、暑いのであれば今頃布団は蹴飛ばされていただろう。
意外にも寝息は穏やかで、頬に触れている間もモーディスは目を開けない。なら本当に大丈夫なのかな、と考えていると、ベッドの傍のテーブルに、薬のビンとメモが残されていることに気が付いた。ヒアンシーが残していったものかもしれない。
ベッドの傍に椅子を持って来て腰を下ろし、メモを確認する。そこには薬を飲む時間と、先程口頭でヒアンシーに言われた内容が書かれていた。
今の僕にできることと言えば、モーディスが目を覚ました時に食べられるように、なにか消化のいいものを作ってあげることくらいかもしれない。と言っても病人食は全然知らないし、一度家に帰って母さんに聞いてくるべきだろうか。
「ん
…………
、」
悩んでいると、モーディスが小さく声を上げた。
「モーディス?」
メモを置き、赤い顔を覗き込む。半分ほど瞼を開けたモーディスがゆっくりと何度か瞬きをして、僕に視線を向ける。ぼんやりとしたその瞳は、熱のせいか、いつもより潤んでいるように見えた。
「倒れたって聞いて飛んできたんだけど、まさか君が風邪を引くとはね」
頬にそっと指を当て、わざと茶化すような声を上げて笑顔を作る。きっと僕が本気で心配したなんて言ったら、モーディスは嫌がるだろう。
モーディスは無言のまましばらく僕を見つめていたかと思うと、毛布の下から熱い手を出し、頬を撫でていた僕の手首を掴む。そのまま一緒に寝ろ、とでも言うように軽く手が引かれたが、そこで疲れてしまったのか、手を握ったまま目を閉じてしまった。
「寝苦しいだろうから添い寝はしないけど、ここにはいるよ。安心して休んでくれ」
片手を掴まれたまま、もう片方の手でモーディスの髪を撫でながらそう口にした。普段のモーディスは僕にそうされると少し複雑そうな顔をするが、今は無反応だった。
安心して眠ってくれ、なんて僕に言われなくとも、君はいつだって眠ることに恐怖なんて覚えないだろう。触り心地のいい髪を手で梳きながらそんなことを考えていると、モーディスが小さく、なにか不明瞭なことを口にした。
「今なんて? ってうわ、」
口許に耳を近づけて言葉を聞き取ろうとすると、もう片方の手が獲物をしとめる蛇のような素早さで毛布の下から伸びてきて、僕の首に腕を回し、無理やりベッドに引きずり込もうとする。だけどその力はいつもよりずっと弱弱しかったし、僕の体をベッドに乗り上げさせるだけの力もない。それが気に入らないのか、モーディスが小さく唸っていることに気が付いて苦笑する。
首の後ろに回っていた普段よりずっと熱いモーディスの腕をゆっくりと剥がし、「わかったわかった」と掴まれていた手も離してもらうと、ベッドに腰を下ろしてブーツを脱ぐ。
「もう少し奥に行ってくれ」
と言っても、自力で動く気力のなさそうなモーディスの背中と太腿の下に手をずぼっと潜り込ませると、少しだけ持ち上げて、奥の方に体を移動させる。
「さむい」
肌を触れさせていなかったベッドの冷たさが気に入らなかったのか、モーディスの子どもっぽい文句が漏れた。
「悪かったよ」
足先と肩が毛布から少し出てしまっていたので、体を包みなおしてやってから、ベッドに横向けに横たわると、縮こまろうとする体を抱き寄せる。背中に手を置き、昔母さんがそうしてくれたように背中をとん、とん、と軽く叩く。
「これでいいかい?」
モーディスは薄く瞼を開けて僕をそっと見上げると、ふん、とまだ不満がありそうに鼻を鳴らした。
「うつるぞ」
もぞもぞと身を摺り寄せてくるモーディスの言動はめちゃくちゃだった。もしかしなくとも、君もこんな風になって不安だったりしたんだろうか。
「君が引きずり込んでおいて何言ってるんだか。
……
ま、以前の君ほどじゃないけど、こう見えて頑丈だから安心してくれ。それに、万が一うつったとしても、今度は君に看病してもらえばいいんだし。食欲はまだないだろ?」
「詰め込むことは可能だ」
いつだったか、血を流しすぎて少しぼんやりしたまま食事を作っていた時と同じような声を出すモーディスの背中を撫でて、「それは食欲がないって言うんだよ」と笑う。エスカトンの頃であれば無理やり腹につめさせただろうけど、今は、モーディスが数日くらい寝込んでいても大した問題はない。
「薬の時間になったら食事を作っるから、その時はちょっと離れるよ」
「いやだ」
毛布から指先を少しだけ出したモーディスが、僕の服のはじをそっと摘まんでいる。
「
……
君ってそんなことを言うタイプだったのか」
てっきり、さっさと作ってこい、とでも言われるかと思っていた。少なくとも以前の僕たちはそういう関係だったはずだ。まあ、以前のままであれば、そもそも弱っているところをモーディスは僕に見せたがらないだろうけど。
「幻滅したか?」
服から指を離したモーディスがもぞもぞと動いて離れようとするのを感じ、反対にぐっと抱き寄せる。恥じるような表情に少しだけ後悔を滲ませているのを見てしまい、本当にモーディスが弱っているのを感じた。
「誤解するなよ。ちょっとは驚いたけど、それだけ。僕がいなくてもいいって言われるよりずっといい。
……
でも食事を作りには行くよ。君だって僕が作った食事の方が嬉しいだろ」
「
…………………………
」
自惚れがすぎるようだが、とかなんとか、以前のモーディスなら呆れて口にしたかもしれない。だけど、モーディスは肯定するようにフン、と鼻を鳴らして、寝る、と小さな声で言った。その反応は、ある意味相変わらずだ。
額にかかっていたモーディスの前髪を指で優しく流し、そっと唇を押し当てる。肌の熱さは相変わらずで、毛布にくるまっていなくとも僕の体は段々と汗ばんでいた。正直なことを言えばものすごく暑かったけれど、そばにいて欲しそうなモーディスのためにせめて眠るまでは我慢してあげよう。
「キッチンを使うのに許可はいらないよな?」
「お前にはすべてが開かれている。俺に関することで、許可はなにもいらない」
「
……
そっか」
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