【Pain for relief for pain for relief…】

シナリオネタバレなし

お人好しヒロと殺人鬼ミロクジ
「苦痛のための/救済のための」
※薬物表現含む

 パイプ棒を片手に、背の高い男……ミロクジは階段を下る。薄暗い地下への道は汚れており、煙草の匂いが充満していた。しかし彼はそんなことを気にせず、笑みを浮かべたまま足を動かす。

 辿り着いたのは、一枚の扉。鉄製の薄っぺらいそれを、パイプ棒を握る手とは逆の手で開く。途端に溢れたのは、濃厚な煙と退廃的な空気。広くない部屋に転がっているのは、一人の青年と多くの注射器。


「あーあ、これまた酷いことになっちゃって」


 言葉だけは同情で彩りながら、ミロクジは青年に歩み寄った。傍にしゃがみ込んで、顔を覗き込む。虚ろな瞳は何も写さず、半開きの口からは唾液が垂れ、青年はただ呼吸するだけの肉塊になっていた。


「サクタさ〜ん、お迎えに来ましたよ〜」

………………?」


 サクタと呼ばれた青年……ヒロは、ミロクジに揺すられ漸く瞳に感情を宿す。ゆるゆると男を視線で捉え、弱々しく笑みを浮かべた。


 ミロクジがここに来たのは、サクタから助けを求められたからである。ヒロは世間的に、お人好しが過ぎる青年だ。だが今回は人助けに深く関わりすぎたせいで、薬物取引に巻き込まれたらしい。咄嗟に端末で助けを求めたのが、知人であるミロクジだった。

 ヒロは知らないが、ミロクジは殺人鬼である。他者を加害することに躊躇はなく、薬物商人相手にもパイプ棒と拳で戦えてしまう。三人の敵を撲殺したミロクジは、死体の処理もそこそこにヒロが囚われている此処へ向かった。
 警察への通報はまだ行っていない。死体が回収されると、ミロクジの趣味死に化粧が難しくなるからだ。それ以上の理由はない。


 そうして訪れたミロクジの予想通り、ヒロは薬物を打たれているようだった。殺されていたら丁寧に化粧を施してやろうと思っていたが、幸いなことに青年はまだ生きている。恐らく商人たちは、中毒者として取り込むつもりだったのだろう。


「お〜い、オレのこと分かる〜? アンタの友達ミロクジだよ〜」

……とも、だ、ち」

「お、声は聴こえてるみたいだな」

…………


 横たわっていた身体を起こさせ、ミロクジはヒロの右腕を観察する。赤い点が二つ散っているが、裏の世界に通じるミロクジはそれほど深刻な後遺症にはならないだろうと判断した。単純にアウトローとしての直感である。


「あ…… ぉ、おれ、は、ああ……

「お〜よしよし。こわかったな〜」


 子供をあやすように、男は青年を優しく抱えて頭を撫でた。ガタガタと震えるヒロは、何か恐ろしいものが視えているのだろう。恐怖と絶望で煮詰められたような表情で泣いていた。ミロクジの胸に追い縋り、見開かれた目から雫をボロボロと落とす。


……

「ん?」


 小さな呟き、男はそれに形が伴っていることを察して聞き返した。抱えたままだったが、突然ヒロがミロクジの肩を掴む。俯いていた顔を上げて、狂乱に満ちた声でこう叫んだ。


「オレなんかが友達なんてアンタは可哀想だな!」


 狭い地下空間に、その言葉が反響する。ぱちくりと目を丸めたミロクジに詰め寄るように、ヒロは早口で捲し立てた。その大半に意味はなく、また正気もない。


「オレは怪物でも筆者でもない英雄の皮だけ剥いで被った人でなしで嗚呼でもそれならオレの意味は雷鎚に撃たれて死んでしまえば頭がいい解ったんだ友達の苦労を皆が可哀想で仕方ないから斧で虫けらを導いたらそうなって最悪ができる把握に冷たい向日葵を酒で……


 長々と意味の分からない事を喋るヒロを、ミロクジは大した困惑もなくすぐに受け入れた。うんうんと頷き、適当に「そうかもな〜」と言う。第三者から見れば、どちらも気が狂っているように見えるだろう。実際、ここには狂人しかいない。


 やがてプツンと電源が切れたように、青年は気を失った。掴んでいた男の方へ倒れ、浅く呼吸を繰り返す。完全に意識を絶ったヒロを、ミロクジは難なく背負い持ち上げた。青年の苦しげなうわ言が耳に届き、男は笑みを深くする。


「(アンタはアンタの友達を、アンタの友達だから・・・・・・・・・憐れんでるんだな)」


 ミロクジは彼の最初の絶叫が、彼の持つ本物の傷だと見抜いていた。自己肯定感の著しい低下、希死念慮と破滅願望、英雄という役割への執着とコンプレックス。突き詰めるとヒロは、友達に相応しい英雄になりたいだけだ。そうでなければ彼は、自分が見捨てられると思い込んでいる。


「大丈夫だぜヒーロー」


 ミロクジはそんなヒロを、可愛らしく愚かしいと思っていた。自分の意味を他人に委ねつつ、他人の意味を自分は求めない。究極の献身にも似たその性質は、おおよそ人間としては破綻していた。


 ────故に青年は、このまま自分を変えなければ、致命的な欠陥を得ることになる。男はそう確信していた。




「その時はちゃんと彩ってやるからな」




 そんな甘い殺害予告を、青年が知ることはない。