あつき
2025-11-08 22:10:39
4592文字
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制約よりも誓約を

付き合ってるドラロナ
愛があればあるほど喪失を恐れるロと、それに一手を打つド

 ロナルドは惚れた相手への愛情の注ぎ方が、すこぶる下手くそだという自覚があった。
 そもそも自分から愛情を示そうとしてもドラルクに先手を打たれるし、愛に溺れさせる気なのかと思うほど、ロナルドにとっては過多で過剰なものだった。
 一方でドラルクにとって愛しい者に愛情を注ぐことは、至極当たり前で息をするように自然であり、ロナルドが感じるように大げさに接しているつもりもなければ、当然無理などしていない。
「俺はそんなにもらっても、同じように返せない」
 さめざめと泣いて目元を拭うロナルドに、悪戯では散々泣かせているドラルクが、この時ばかりは涙に弱り果てる。
 ドラルクは恋仲になってからも以前と生活を変えたつもりなく、大したこともしていない。強いて言えば愛をストレートに表現することは礼儀でありしたいことでもあったので、折に触れては誠実に伝えていた。身の回りの世話は例え恋仲にならなくてもしていたことであるので、もしそれを献身と捉えるなら、ただロナルドの認識が変わっただけのことである。
 見返りを求めている訳ではなく好きでやってるんだと説いて、この私の性分をよくよく思い出せ、嫌なことなんて続かないわと冷静に諭しても、納得するのはその時ばかりですぐにネガティブがぶり返す。
「君の愛情表現が不器用でも、不足していると思ったことはないが」
 愛を囁いてくれるというならそれはそれで嬉しいが、素直になれない拙さも含めてロナルドが愛しいと思っている。なんの問題もありはしない。
「だって俺は、お前みたいに恋人らしく振る舞えないし、可愛げもない。一緒に居ても喧嘩ばかりですぐ殺してしまうし、嫌気がさしてお前はいつ出ていってもおかしくないだろ」
「勝手に追い出すな。私が惚れたのは、可愛げなく私をバカスカ殴ってくる君だ」
「それはそれでどうなん?」
 なるべくあっけらかんと返すことで、少し涙が引いたロナルドに気付かれないよう短く息を吐く。
 ドラルクにとってはロナルドの愛の示し方よりも、気落ちした時の対処の方がよほど厄介だった。しかもそれは、いつもの喧嘩の延長の時に不意に爆発する。恋仲になる前まではそんなことはなかった。いくら罵りあっても、ただの同居人ならあり得なかった悩みの種が知らないうちに育っていた。
 言い合いの末に「私は君のことをこんなにも愛しているのに」と場を収めようと冗談めかして本音を伝えた結果がこれである。
 ドラルクはこの自己肯定感が低い青年に、もっと自分を愛することの大切さを教えてやりたかった。恋仲に収まりさえすれば、堂々と彼を褒めて可愛がり、自信を底上げしてやれると思っていたのに、これでは本末転倒だった。関係を持ったことが裏目に出るとは想定外で、ドラルクは頭を抱える。
 注いできた愛情さえも、別れの可能性を捨てきれないロナルドの不安を助長させている。生半な愛では駄目なのだと、この時ドラルクは痛感させられた。
 ロナルドを不幸にさせるくらいなら、いっそ同居人を貫けば良かったのかとドラルクを日和らせる。しかしらしくもない考えが持続するほどドラルクは殊勝ではなかったし、困難であればあるほど、意地でも幸せにしてやろうじゃないかと静かに心の内を燃やした。
 惚れて両思いだと知ってしまった以上、もうロナルドを手放す気はない。引き返せる分岐なんて、とっくのとうに通り過ぎたのだ。
 時間をかけて説き伏せれば、ロナルドは少しずつ受け入れて自信をつけていくだろうとも思う。だがもったいないじゃないか。この青年と今しかないひとときを存分に謳歌したいのに、常に憂いの影がちらついて付き纏うなんて。
 今にでも迷いをなくしてやって、安定した精神を育み、安心させてやりたいと願うのは、愛しい者にむけるありふれた感情ではないだろうか。確かな縛りがないと、ロナルドには真の安寧などもたらされないのかも知れない。
 時期尚早だと思っていたが、密かに企てていた計画を、ドラルクは前倒しで敢行することに決めた。
「吸血鬼はさ、自分のモノに執着する。君も知っているだろう。君がそんなに私の愛を信じられないなら、私のモノをひとつあげる」
「え、お前の靴下? いらねえけど」
「誰が靴下をやると?」
 そう言って、ドラルクは左の手袋を引き抜いた。色の悪い人差し指に、事務所の蛍光灯を反射して光るものがついている。
「指輪?」
 ドラルクが手袋の下に指輪を隠していたことを、その時ロナルドは初めて知った。
 まじまじと見つめると、それは細身の指輪で、白銀に輝いてS字カーブがついていた。銀をドラルクは身につけられないため、恐らくはプラチナリングだろう。吸血鬼の指からするりと外されたリングの内側には、アメシストが控えめに埋められていた。
 流れるように恭しくロナルドの左手をすくい上げると、躊躇いなく小指に指輪を差し込まれる。
「肌身離さず身につけて。ロナルド君がこの指輪を手放さない限り、私は君のもとを離れられない」
 私を君に縛り付けてよ、そう囁く声も微笑みも、ロナルドを宥めるようにひどく甘かった。
「な、んだよそれ、そんなの……なんか、平等じゃねえし……
 心優しい青年が薄暗い繋がりでは心から喜べないことを、ドラルクは分かっていて敢えてそうした。そうした上で、第二の提案を畳み掛ける。
「うん、じゃあ君のモノもひとつ、私にちょうだい。それならおあいこだろう?」
……俺のモノ? 指輪の代わりにやれるような大層なもの、持ち合わせてねえよ。それに、俺はモノじゃ縛れない」
 訝しげに渋面を作るロナルドの髪をくしゃくしゃにかき混ぜて、愉快そうにドラルクは喉から笑いを漏らす。
「果たしてそうかな? 君からもらうモノは、私が決める。だから、これは受け取ってくれるね?」
 指輪を身に着けた左手に、細い指が絡む。きゅっと柔い力で握り込まれると、たったそれだけでロナルドからは反論する気力も、手だても消え去ってしまった。



――で、結局ドラルクは何をご所望だったんだ?」
 皆が思い思いに杯を掲げる飲みの席、ギルドのカウンターの片隅で、ジョッキを傾ける手をショットは止めた。
 首を突っ込みたかった訳じゃない。むしろ同僚の恋愛事情など積極的に取り入れたい話ではないが、成り行きというものがある。
 たまたまロナルドが手袋を外し、視界に指輪が入ってしまったがばっかりに、酔って浮かれた軽い気持ちで「それドラルクからもらったのか」と聞いてしまったのが運の尽きだ。まさかこんな重い話を聞かされるなんて思ってもみなかった。
 ロナルドもロナルドで、酔いも回っているのか不器用に『いや、これはドラルクので……』なんてバカ正直に話すから、ややこしくなった話につい詳細を問いただす羽目になり、ショットはすっかり酔いが醒めてしまった。
「えっと……指輪。お揃いのヤツ」
 ロナルドの返答に、ショットは目を剥いた。
「おいおい! お前のモノをいただくって話じゃなかったのかよ!?」
「だから、俺が買えばそれは俺のモンだろ? それをよこせって話でさ」
「筋も理屈も道理も通ってないんだが? それで押し切るとかふざけてんのかあの吸血鬼は。お前もそこ流されんじゃねえよ」
「だ、だって」
 経緯はどうであれ、初めてドラルクと揃いのモノを身に着けられることにロナルドは浮き立っていた。心に折り合いがついたら、指輪はいつか返せばいいと目を逸らして、束の間でも恋人気分に浸りたい気持ちに押し負けた。
「あのさあ、お前それもうプロポーズだろ……
「えっ、いやいやいや、違うだろ!? だって小指だし!」
 指輪の交換、それもプラチナ製でそこそこの値が張ったとなれば、ロナルドも婚姻や永遠の誓いを連想することは止められなかった。しかし揃いの指輪を身に付けたのは薬指ではなかったので、思い上がるなと即座に否定していた。
「小指にはめる指輪は、パートナーとの絆を大切にしたい意味合いがありますね」
 それまで静観に徹していたマスターが口を開いた。
「そうなんですか!? ……何でマスターそんな知識が」
「ハッハッハ! 妻との交際時代にプレゼントを贈りあった甘酸っぱい思い出が、ついまろびでてしまいましたな!」
「で、でも俺たちのはプレゼントじゃないから」
 ドラルクは互いを縛る枷だと言った。そんな綺麗な言葉で片付けるものではない。
「プレゼントじゃないだと? その指輪、お前にピッタリじゃねえか。ドラルクの指じゃブカブカだろうが。最初から、お前に渡したかったんじゃねーの」
「それはあいつは人差し指にはめていて、俺は小指だから……
「そうだとしてもそんな綺麗にはまるかよ」
「で、ドラルクさんどうなんですか」
「やだなぁ! プロポーズなんて、そんな大仰な」
「ヒェッ」
 背後からよく知った陽気で明るい声がして、ロナルドはトンチキな高い声を上げる。勢いよく後ろを振り向くと、機嫌よくニコニコと真紅の杯を掲げるドラルクがそこにいた。
「ドラッ、ばっ、おまっ、いつからそこに!?」
「ずっと後ろの卓に座ってましたけど? 人々が酔いつぶれる様をみながら飲むブラッドワインは、なんとも美味しいものですな!」
 そう簡単に酔うことはないドラルクだ。酒乱どもに絡まれても先に潰れたのは退治人たちであり、根比べに勝った今は、優雅にひとり酒を楽しんでいたらしい。まだかろうじて無事な者も大概に出来上がっているので、こちらの声は聞こえていないだろう。
「人の子と婚姻を結ぼうにも、私には信じる神がいないのですよ。だから彼に直接誓ったのです。ロナルド君のそばを離れないとね」
 そう宣う吸血鬼は、普段必ずといっていいほど身につけている手袋を外していて、細い小指には吸血鬼に似つかわしくない白銀の指輪が煌めいている。
「法律上の縛りなどなくとも、私は彼のもので、彼も私のものだ。ロナルド君だって、私から離れないと誓えるだろう?」
「あっ、えっ、お、おう!」
「聞きましたマスター? この際どうせなら証人になってもらえますか」
「ええもちろん、証人なら私だけではないと思いますが」
「俺も聞いてんだよ。お前がその誓いとやらを破ったら、旧ドラルク城近くのひまわり畑の肥やしにしてやるぜ」
「それは頼もしい」
 白々しい茶番を繰り広げる吸血鬼に辟易して、不運にも醒めた酔いを取り戻すべく、ぬるくなったビールをショットは煽った。



 それからの展開は早かった。ドラルクは手袋をこれ見よがしに外すことが度々あったし、それに気付いたシンヨコの面々から装飾について問われると、ロナルドからもらったと事実には相違ない返答をする。
「へー、ロナルドからねえ。お前ドラルクにプロポーズでもしたのか?」
「ち、ちっげーーよッッ!! どちらかといえばこいつから……
「うん、私から先に渡した」
「あ、やっぱりお揃いなんだな」
「ロナルドのも見せろよ」
「ウアアアアァァ」
 普段は見えない手袋の下にある指輪は瞬く間に周知されたが、見せびらかされた指輪は外されることはなく、内側にガーネットが埋め込まれていることは、ロナルドとドラルクしか知らなかった。