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シノハラ
2025-11-08 20:16:34
2119文字
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無限の悪口を言っている鹿野と小黒
映画見ました記念 何すか無限のあの強度
人間の噛む力は七十キロ、眠りに就いている時にはその数倍以上の力を出すこともある。
そう知って、鹿野は無限に謝罪しようとした事がある。
もちろんこの情報は成人の人間に限った話であり、人間の姿をしていたとしても妖精では個人差が大きいところである。
とはいえ、幼少期の鹿野であったとしても、人間の平均値を下回る事はなかっただろう。
加えてあの頃の自分は薄っぺらい歯をしており、あの薄さに噛みつかれると人間の子供の行いであったとしても相当痛いらしい。
更に言えばその頃の鹿野は生意気にも戦闘力を持つ者としての自負も備え始めており、恐慌状態にあったとはいえ獣と等しい手段を取った事に恥じ入る気持ちも湧き始めていたのだ。
だからちょっとしたお菓子を用意して、今よりまだ少し視線の位置が低かった鹿野は無限にお菓子を差し出した。
それから無限が淹れてくれた茶と一緒にお菓子を食べて、出会った日に噛みついた事を話題に出したのである。
ああ、と少し思い出すような時間を置いて、無限は相槌を打った。
それから彼は気にしなくていいと言い出したのだ。
そう言われることくらい鹿野も最初から想定はしていたので、状況が状況だったと自分も理解している事から説明を始めようとする。
それを無限は止めて、内出血もできなかったと自身にこれと言った被害はなかった告げたのだった。
人間の噛む力は七十キロ、眠りに就いている時にはその数倍以上の力を出すこともある。
もちろんこの情報は成人の人間に限った話であり、人間の姿をしていたとしても妖精では個人差が大きいところである。
とはいえ、幼少期の鹿野であったとしても、人間の平均値を下回る事はなかっただろう。
加えてあの頃の自分は薄っぺらい歯をしており、あの薄さに噛みつかれると人間の子供の行いであったとしても相当痛いらしい。
なんてつらつら脳内で唱え直してみたところで、ほら歯形らしいものもないだろうなんて言いながら無限は腕を巻くってくるだけである。
その前腕にはいくつか綺麗に治り切らなかった裂傷の痕こそあったが、子供の小さなまあるい歯の曲線が残っている様子はなかった。
――
用事があるからと無限に置いていかれた小黒の乳歯がぐらぐらと揺れるのを見て、そんな事を思い出したのだ。
暗い話は主題ではないと先に告げた上で、鹿野はつらつらと結局無限に傷一つつけられていなかったらしい日の事を小黒に語る。
「ムカつかない?」
「ムカつく!」
「でしょ」
噛み締めると歯の居所に支障が出るのか、小黒はちょっとふわふわしながらも勢いの良く鹿野に同意した。
皆逆荒が化けた無限を楽しそうになぶっていたところを見るに、修行で良いようにいなされるのはむかっ腹にきているらしい。
そういう気質もこれからの小黒の伸びしろを示している。
「よくよく考えるとどれだけ殴っても直立不動でさ。もう謝らなくていいかなって」
無限に傷一つ付ける事ができなかったのは一重に己の力不足ではあるが、それはそれとして余裕綽々の舐め腐った態度が癪に障った。
もちろん本人にそんなつもりはないのは承知しているものの、目下成長中の鹿野には己の弱さを指摘されたような気持ちになったのだ。
「
……
師父ってさあ、たまに人間のモーションをサボんない?」
似たような事があって簡単にイメージがついたのか、むむ、と小黒が口をひしゃげさせてから急に猫の姿に戻ったと思ったら鹿野の肩に乗ってきて、そんなことをひそひそと言ってくる。
鹿野が身の上話をするのだから周囲に留まっているような妖精も人間もいないのだけれど、悪い話に興じる雰囲気でも出したいのかもしれない。
「サボる」
「ずるくない? 人間だからって甘えてるんだよ」
「館に人間向けのそういう規則がないからって?」
間髪入れずに答えてやればやっぱりないんだと言ってくるので、鹿野は肩の小黒を揺らしながら肯定してやる。
人界で暮らす妖精に対して人間がいる場所では人間っぽく振る舞いましょうという規則ができるのは道理だが、館が人間に対して同じ規則を作る謂れはない。
というより、むしろ館に所属する人間が妖精の手本になるのが普通なのだ。
その言外の要請を無限は時折無視しているので、館に来てすぐの妖精の教育に悪いとも言える。
少々怒られても仕方がない。
「じゃあさ、池年に作ってもらうのはどう?」
小黒からすれば第一印象は最悪の相手だったはずだが、いつの間にか関係改善が行われていたらしい。
それが円満なものなのか上手く利用してやろうくらいの気持ちでいるのかは今のところ不明で、更に言えば別段興味はなかった。
「いいね。今度見かけたら言っとく」
提案に乗ってやれば、小黒はにゃんと機嫌よく一声鳴いて鹿野の肩から降りる間に人間の子供の姿に戻る。
二本の足で石畳を踏みしめたその口元にはいたずら小僧のそれが宿っており、少なくとも池年にぎゃあぎゃあと噛みつかれる事になるだろう無限を思い浮かべて鹿野もほんの少し口角を上げて見せた。
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