望月 鏡翠
2025-11-08 13:43:18
910文字
Public 日課
 

#1893 龍の好み

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 灯りの酒場というのは通称だ。正式な名前は店に書いてあるわけではない。侘助自身も、確か他の旅人がそう言っているのを聞いただけだ。他に呼び名がないので、先人に倣ってそう呼んでいる。
 店員は皆人間に見えるが、実際のところはどうかわからない。
 侘助だって、他の世界に行ったとき現地にいるものたちには大抵人間だと認識されている。現地に人間よりも近い種族のものがいなければの話だ。
 この間の旅は散々だった。よりによって、人に近い姿に化ける種族の住まう国だなんて。おかげで旅のものを補充しそびれた。
 侘助は食事も睡眠も、防寒の備えもあまり必要としていない。旅人の中では金もかからず、楽に旅を続けられる方なのだろう。それでも衣服や履物、それに鞄や外套は徐々に消耗していく。生きるのに多くのことを必要としない代わりに、できることもあまりない。
 次の国では何かをして稼がないと、酒場で蕎麦を食べることすら叶わなくなってしまう。
 それにこれから雛を連れて歩くのなら、食べ物のことも考えないといけない。見たところ、蕎麦は喜んで食べている。当然肉も食べるし、確か魚も齧っていた。花の蜜を吸っていたことを思うと、好みはあっても好き嫌いはないように思う。
 犬のような、肉食を中心とした雑食性の生き物なのだろう。
 酒を好むというのが、普通の動物とは違うところだろうか。他の食べ物と違って、これだけは明確に好んだ。
 概して、どこの世界においても龍は強い生き物だ。生態系の上位にいて寿命が長い。だから旅人である侘助でも、連れて歩くことができるのではないかと、期待していた。
 外からそうは見えなくとも、初めてできた道連れにはしゃいでいたのだ。
 いつか言葉を覚えてくれるだろうか。旅人であれば言葉の不自由はないはずだが、今のところ意思疎通はできない。そもそもまだ言語を扱うことができないほど幼いかも知れない。まだ自我が発達していないのだろう。
 酒場に渡した金は少し余ったので、干した果実と酒に代えてもらった。これも好き嫌いせずに食べてくれるといいのだが。
 だがいざとなれば酒に浸けて柔らかくすれば食べてくれるような気がした。