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ほしのねい
2025-11-07 04:25:15
2049文字
Public
海財
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【海財】めいっぱい、ていっぱい
――先輩、したいんですか?
「
……
?」
「
――
起きたな。気分はどうだ?」
「
……
もんだい、ないです」
「嘘つけぇ。まだ顔色わりぃぞ」
さっきよりはずっとマシだが。
汗ばむおでこに、ぺたんっと前髪をはりつけたまま。じっと海棠を見上げてくるまろい頬には、色がない。マイクロバスの出発まで、あと一時間ほどあると聞いている。まだ寝ていた方がいいだろう。
「おまえ、また走るまえに吐いてただろ。低血糖だな。なんか食えりゃいいが
……
まあ、いまは寝とけ」
「
……
海棠せんぱい」
「んー?」
本当は、持ち込んでいた小説の続きが読みたかったが、よそ様の医務室だ。そもそもここに自分の荷物はない。今朝、コンビニで買った飴玉もバッグの中だ。いちごの甘ったるそうなやつ。
帰る前に、こいつにぜんぶやったっていい。
幸い無機質な室内には児童向けの絵本やら学生向けのフィジカルアセスメントの本が並んでおり、退屈はしなくてすみそうだった。活字中毒のきらいがある海棠にとったら、読むことができたら何だっていい。だが、そのどれも手に取ることはなく、医務室のベッドに沈むあどけない寝顔を、飽きもせず観察してしまっていた。
――
地方で開催されている、GPシリーズ。
本来ならばインカレを目前にした今、出場するような大会ではない。エントリーする大会を絞り込むことだって大事なことだ。
……
それでも。多少なりとも無理なスケジュールをねじ込まなければ、高校生のこいつと走る機会を作ることができない。
「なんで、せんぱいが?」
「
……
おまえなぁ
……
ゴールしたとたん倒れちまったお前をここまで運んでやった、やさし~~カイドウ先輩に、それはねぇだろ」
追いつめて、追いつめて、今回も届かなかった背中。
ゴールしたとたん倒れこんだ財津のいちばん近くにいたのは、当然、海棠だった。受け止めてしまったものは、仕方ない。一年前にくらべ身体はつくられてきているが、まだ心もとない。ふれた肩がうすい。この身体に傷をつけてなるものかと、死ぬほど焦ったのは秘密だ。特にこいつには。
「
――
ずっと、いたんですか? ここに」
「おまえ
……
もうちょっと言い方考えろ。『いてくれたんですか』だ。見ろ、これじゃ帰れねぇだろうが」
「??? あ
……
」
――
ぎゅううっと。
頑なに握りしめられたままの、海棠のユニフォームの裾。気を失っていたくせに、まるで『はなさないで』と言ってるみたいだ。
トラックの中じゃ、『バケモノ』だの『記録の悪魔』だのと言われているイキモノが、無防備に真っ白なうなじをさらして。
これを振りほどけるヤツなんていないだろう。
海棠でなくとも、きっと誰でも
――
「かえれるでしょ」
「いや、帰れねぇよ」
――
なんだ、この言い合いは。
――
なんで、そんなにうれしそうなんだ。
きゅっと引き結んだくちびるが、やわい弧をえがく。見上げてくる尖ったひとみも、かわいらしくゆるんでしまっていた。
「ちがいます。せんぱいは帰れるのに、帰らなかったんでしょ?」
「
……
なんだそりゃ」
「ふふ、」
真っ白なシーツを目許までひっぱって、財津がちょっと得意げにつぶやく。まるで覚えたてのなぞなぞを披露する、ちいさな子どもだ。まだ寝ぼけてるんだろうか。にこにこしている様子は、正直可愛いのだけれど。
「
……
まぁ、そんだけ笑えんなら、もう大丈夫だな」
あどけなく緩んだ目許を、できるだけやさしく指でなぞる。拒絶はない。黒いひとみを素直に閉じる様子は、ようやく懐いてくれた仔猫みたいだ。こんなにかわいくて、大丈夫なんだろうか。
やわらかな乳白色のカーテンで仕切られた部屋には、海棠だけしかいない。
「
……
せんぱい。ちゅう、しました?」
「はぁ?」
――
眠っている子を起こすのは、ちゅうでしょ? と。
突拍子もないこと言う子に、思わず間のぬけた声が出た。
だからなんで、そんなにうれしそうなんだ。
「
――
しねぇ。おまえが起きてなきゃ、意味ねぇだろ」
そう口早に告げてやったら、
艶やかな黒い瞳をまんまるにして財津は黙り込んでしまう。
「
……
財津?」
やわい黒髪にふちどられた、耳のふちが赤い。助かった。
これ以上は、こっちの心臓がもちそうにない。
・
・
・
【強欲な蛇足】
絶妙なタイミングで『あ、あの!』と、扉の外から声がする。
財津の様子を見に来た西沢の後輩だろう。伸び盛りの有望なスプリンターらしい。とたんに目の前で固まっていた顔が、先輩の顔になる。海棠の知らない顔だ。
「
――
オレです。財津さん大丈夫ですか? 荷物もってきました」
「っだいじょう、ぶ
……
」
そう気遣う声に答えるまえに。海棠のせいでまだ赤い耳もとに、口づけてやった。びくんっと、ちいさく跳ねた肩が、どうしようもなくかわいい。今朝買った飴玉よりもずっと甘そうな色になってしまった子が、せいいっぱい睨みつけてくる。仕方ないだろう。
キスまちの生意気な眠り姫を
俺はだれにも譲ってやるつもりが、ないのだから。
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