ながひさありか
2025-11-07 02:44:03
4813文字
Public STR-Phaidei
 

永遠のあくる日

3.7後/だらだら〜っとしたいちゃいちゃ。新世界はオンパロス全土「ある」と言う前提で書いています。

「両親に挨拶をしたいと言うことは、とうとう俺と結婚をする気になったのか」
 真顔で、ではなく、にっこにこの笑顔のモーディスに問われ、もしかしてモーディスじゃなくてサフェルさんなんじゃないか、と思ってしまった。その手には乗らないぞ、と数秒観察していたけれど、モーディスの笑顔は崩れず、僕の答えを待っているようだった。そこでようやく、からかいにしては度がすぎているから、流石の彼女もこんなことはしないか、と気付く。
「実はそうなんだ。だけど、作法とかよくわからなくてさ。あと、君とどこに住むのかも決めてないだろ?」
 となると目の前にいるのは僕の良く知るモーディスだろう。今朝方、昼過ぎに噴水のそばで待っている、とメッセージがあったからなにかと思えば、こんな話がしたかったのは君は。呆れ半分、平和であることの幸福を噛み締めてしまう。
「作法は不要だ。先日お前が言ったとおり、土産を持ってただ挨拶に来ればいい。住居の件は考えたことがなかったが……お前はエリュシオンに帰りたいのではないか?」
 モーディスはやや首を傾げつつも、やや当然のように口にする。その表情は一緒にエリュシオン に帰るの疑っていないように思えて、思わず自分の頬を自分でつねる。
「痛っ」
……新手の鍛錬でもしているのか」
「いやいや違うよ、まだ時々現実が受け入れられないだけさ」
「そうだろうな。お前の夜はきっと、俺よりもずっと永かっただろう」
 僕の頬に手を当て、そっと親指で撫でるモーディスの声に憐れみの色はない。三千万回以上みんなと君を殺した僕を許し、何億回輪廻を繰り返そうと必ず弱点を教えると言ったあの時のモーディスと全く同じだった。
「エリュシオンは辺鄙な田舎だから、行ったらなかなかクレムノスには帰れないと思うけど、それでもいいのかい?」
「大した距離でもあるまい。ないものを探すことを考えればな」
 眦を緩めて微笑するモーディスの美貌が、柔らかな陽光に照らされている。ミハニの黎明は昼夜を問わずオクヘイマを照らしてくれていたけれど、今のオンパロスではどこへ行っても本物の太陽があり、本物の朝が訪れる。当たり前になったその現実がたまらなく嬉しい。
 何億年と見てきたはずなのに、いつまで経っても君に見惚れる瞬間があるな。
 そんなことを考えていると、風に舞ってきたピンク色の花びらがモーディスの頭に落ちた。気付いてなさそうなのでそのままにしておこうかなと思ったけれど、流石に似合いすぎているので危険だ。取っておこう。
 そう思い、手を伸ばした瞬間、モーディスが何故か意外そうな顔をしたのが見えた。その理由がわからずスルーしようとして、何故かモーディスの顔が近いことに気付いた。
 ——ん? と思ったその時には、既に僕たちの唇は触れ合っていた。瞼を下ろしたモーディスのなだらかな美しい眼球の稜線が目に入り、硬直する。
 意識が遅れること一秒、背後で人々が息を呑みざわめく声が聞こえていた。
 おそらく現実の時間では数秒だったのだろうが、体感では一時針もの長い口付けに感じた。モーディスの唇は案外柔らかい。今までに何千何万回とモーディスとしてきたから、それはよく知っている。モーディスは意外と言うべきかさすが王族とでも言うべきなのか、身だしなみがきちんとしている奴で、寝る前に甘い味のするリップクリームを指で塗っている。それも散々キスしてきたので知っていることだった。いい加減にしろ、塗り直しだ、と時々叱られたりはしたけれど、「でも僕とキスするためにケアしてるんじゃないのか?」と聞けばモーディスはちょっとだけ呆れた顔をしつつも、「HKS」ともうニュアンスで何を言われているのかわかるスラングで僕を罵ったり、罵らなかったりする。
 なんて現実を逃避をしていると、押し付けられた唇がそっと離れて行き、「お前、浮かれているな?」とモーディスがはにかんでいた。うわその顔はまずい。僕以外の前でしていい顔じゃない、今すぐやめてくれ。
「いや、浮かれてるのは君の方だ、」
「ファイちゃん、モスちゃん……
 はぁ〜、と重苦しいため息が聞こえ、僕とモーディスは同時に視線を下ろす。額に指を当てたトリビー先生は頭痛を耐えるような顔で目を瞑っていたが、やがて瞼を開け、ジト目で僕たちを睨む。
「と〜ってもラブラブなのはいいことだけど……、もうすこち、場所を考えたらどうかちら」
 モーディスが「場所?」と心底不思議そうな顔をしていたが、その指摘でハッとした。噴水の前で話し合っていたせいで、なかなかのギャラリーの数だ。僕たちのことを興味深々に、恥ずかしそうに、ギョッとしたように見つめている。遠くでアグライアがさっきのトリビー先生と同じように、額に指を当てて頭痛を耐えている姿が見える。まずい。これ以上は怒られそうだ。
「誰かに迷惑をかけているわけでもあるま、」
「モーディス、その、これ以上は二人っきりで話そう。大事な話だから」
 顔が熱い。早口でモーディスの手を取った僕と、無感動にのんびりしているモーディスの間にはかなりの温度差があった。
 トリビー先生が「早くつれていきなさい!」と腰に両手を当てて僕に視線を送っていることに気づき、と言うか普通にこんな場面を見られたのは恥ずかしかったので、慌ててモーディスの手を強く引く。そそくさと人気の少ない方へ向かおうとしたが、何故かモーディスは不服そうな顔を見せている。動くのが億劫だとでも言いたそうな彼の腰に腕を回し「ほらほら」と促す。
「ふん」
 仕方のないやつだ、と言うような態度を取った次の瞬間にはもう、満足そうに笑って歩き出してくれる。君、そんな感じだったっけ? と変な汗が出てくる。勿論これは慣れていないだけだ。
……どうしてさっきキスしたんだ?」
「お前の方こそがしたそうに見えたが、違ったのか?」
「違う。君の髪に花びらが付いてたから、取ってあげようと思ったんだ」
 キスしたそうに見えたからって、しなくてもいいだろ。人前ではもう少し恥じらいとか……と思ったが、そうだった、今のモーディスは『ご家庭の教育方針』で人より少し愛情表現に寛容で大胆なんだった。先日、彼の両親は人前にも関わらず長い間見つめ合って愛を囁いていて、中々の人数の親子連れが「あっちにいきましょう」と居心地が悪そうに散っていくところを目撃した。厳密にはゴルゴー王妃が「私に愛していると言いなさい、ほら!」とオーリパン王を人前で詰めていただけなのだが。
 どう言うわけかモーディスはその様子を穏やかに眺めているように見えたので、思わず「何をしているんだい?」と聞いてしまった。
 僕を振り返ったモーディスは「今夜何を作るか考えていた。肉と魚どちらの気分だ?」と僕に問いかけ、僕が答えていいのか? と思いつつ、「魚かな」と口にした。その日は別段食卓は囲まなかったので、どんな料理が出たのかは知らない。
 さておいて。
 モーディスの髪から花びらを取り、ふっ、と息を吹きかけて飛ばす。
「花冠はクレムノスの武功の証だ。取る必要はない」
「そんなに欲しかったならこれから毎日君のために作るから、それで満足してくれ」
「出来栄えによっては受け取ってやらんこともないが、どうせくだらんことでも考えていたのだろう」
「へぇ、どんなことを考えてたって主張するんだ?」
「お前がそう言う顔をする時は、十中八九俺の顔に見惚れている時だ」
………………………
 フン、と笑ったモーディスの自信たっぷりな表情が眩しいほど輝いている。悔しいが、確かにモーディスの言う通りだ。モネータは今やアグライアの二つ名ではなく、時折金色の蝶の姿で人々の前に姿を見せはするものの、かつての信仰としてオンパロスに刻まれている。だからこそ、やっぱり君って実はモネータの遺伝子とか入ってないか? なんて馬鹿馬鹿しい睦言を真剣に口にしてしまうのだけれども。
『俺の両親が浪漫のタイタンであった輪廻はない。お前の方がよく知っているだろう』
 今のモーディスはこんな時ばかり、首を傾げて不思議そうな顔をする。なんで言葉通りに受け取るかな、と思いつつ、「君が綺麗だって話をしてるんだよ」と素直に告白する羽目になるのは、まあ、案外嫌いじゃないやり取りではあるが。
「話を戻そう、と言うかなんの話をしてたっけ。……ああそうそう、結婚前に懐かしの我が家に——エリュシオンに帰ってのんびりしてもいいかなとは思ってるけど、君と暮らすのは別にオンパロスのどこでもいいんだ。だから、もし君さえよければ、二人で住む場所を探しに行かないか? あの頃の僕たちじゃどうやったって見られなかった景色がたくさんあるだろ」
……ふむ」
 モーディスは腕を組み、やや俯いて考えはじめていた。髪の上に何度か花びらが落ちてきて、その度にそれを地面に下ろす重要な仕事に就いている間、モーディスは僕に何も言わない。
「お前の言うことは確かに一理ある。なるべく食材の流通が多い都市の方が暮らし甲斐がある」
 ややあって、モーディスが真剣な顔で口にした言葉に「確かに、食材は田舎じゃあんまり豊富に届かないかもな」と笑ってしまった。
「お前は放っておけばサラダばかり作るからな。そんな食事では早々に体が保てなくなるに決まっている」
「オクヘイマで暮らしてる間もそれなりにやってきたと思うんだけどな。……まあでも、君が作ってくれる方がありがたいよ、美味しいし」
「当然だ」
 僕の言葉がお気に召したのか、満足そうに笑っているモーディスの無邪気な姿はあまりにも眩しい。あれだけ僕たちは殺し合ってきたと言うのに、まるでそんな瞬間は一度もなかったかのような気がした。
 だけどその記憶は事実で、新世界を迎えたとしても、仲間の記憶からはなくなっていないことも知っている。
 僕の今の幸福はみんなの許しの元に成り立っている。それがどれほど得難い現実か、痛いほどよくわかっていた。
 長い輪廻を歩む間、守りたい人も大事な人も何もかもこの手からは失われて、誰も僕の傍には残らなかった。だけど今は……
「おい、また余計なことを考えているな? そんなことよりさっさと俺の両親に挨拶をする日を決めろ。明日の夕餉で構わないな」
「決めろって言ったくせに君が決めるのか? まあ明日はまだ特に予定はないからいいよ。……ところで、本当に作法とかないんだよな。当日いきなり、君の父親と決闘しろとか言われても困るからちゃんと教えてくれ」
「クレムノス人のことをなんだと思っている? そもそも、お前が特産品を持って来たいだのなんだのと言ったのだろう。作法はない、話はしておく」
「ちなみに僕のことってもうご両親に話してたりする?」
「した。俺の未来の伴侶は意気地無しだとな」
……モーディス」
 どうしてそんなことを言うんだ? と食ってかかろうとした僕に、モーディスがニヤニヤ笑いながら「冗談だ」と口にする。
「お前はいい男で、誇り高く強い戦士だ。——いや、戦士だったと言うべきか? もう戦うことはないだろう。様にならない剣は放り捨てて鍬でも持っておけ」
「はいはい、君の畑仕事はまだペソより遅いから、手取り足取り教えてあげるよ」
 くだらないことを言い合いながら、僕もモーディスも、今夜はそれぞれの家へと戻って行く。そろそろエリュシオンのみんなも、仲間のみんなも、この場所を出て思い思いの場所へ帰って行く筈だが、もう暫くは賑やかなままだろう。
「ファイノン」
 隣で唐突に足を止めたモーディスに「どうかしたかい?」と僕も立ち止まる。
「明日寝不足の顔を俺の両親に見せる羽目にならなんよう、今夜はよく休め。また明日会おう」
……また明日。おやすみ」


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