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ugatuno
2025-11-28 19:00:00
8838文字
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二次小説
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その心臓は世界のかたち 20話
※嘔吐あり わりとがっつりと重めのジペ弱り描写が入る+長めです!
壁の時計は、4時を少し回っていた。
窓の外はまだ暗く、夜と朝の境目の気配もない。
けれど、ジンペイの体はもう何度目か分からない痛みによって、うっすらと覚醒していた。
「
……
ぅ
……
っ
……
」
寝返りを打とうとしたわけでもないのに、背中にぐっと、ひときわ強い圧が走った。
肩甲骨の間、まさに心臓の真裏。
痛み、というより鈍く冷たい塊が沈み込んでくるような違和感。
内臓の奥のほうで、無理やり呼吸のリズムが狂わされる。
「
……
は、
……
っ
……
う
……
っ」
吸う空気が、途中で止まる。
喉でも肺でもない、もっと深いところで。
本来なら無意識で繰り返せるはずの呼吸が、意識しなければ止まってしまいそうなほど不安定だった。
——
おかしいな。
呼吸ひとつがこんなに難しいなんて、今までだってあまりなかった。
「
……
ふ、
……
ぅ
……
」
片手で胸を押さえながら、なんとか呼吸を続ける。
手のひらの下、鼓動がかすかに感じられた。
けれど、それはリズムが揃っていない。
——
跳ねるような動きと、
——
ズン、と地の底に引きずり込まれるような沈み込みが交互にくる。
「
……
なに、これ
……
」
かすれた声が漏れた。誰にも聞かれない、けれど消えていくこともない声。
このまま、また発作が来たら。
このまま、眠れなくなったら。
このまま、戻れなくなったら
——
そんな予感が、背中から静かに染み出してくる。
——
誰か。
思わずそう呼びかけたくなる衝動が喉までせり上がるが、
声にしてしまえば、きっと戻れなくなる気がして、
ジンペイはただ、歯を噛みしめて目を伏せた。
「
……
俺さぁ
……
」
ぼそりと、呟いた。
「
……
このまま
……
消えたりしないよな
……
?」
自分でも何が言いたかったのかわからなかった。
ただ、声に出せば、少しだけ現実にしがみつける気がした。
——
夜明け前の病室。
かすかな明かりだけが灯るその空間で、ジンペイはまだ眠れていなかった。
背中の内側に巣くったような重さは、時間とともにじわじわと濃くなっていて、呼吸の浅さが少しずつ「吐き気」に変わってきているのがわかる。
「
……
っ、ぅ
……
」
胸の奥が、ぐぅっと締めつけられる。
それに引きずられるように、胃のあたりまでねじれる感覚がくる。
——
気持ち悪い。
でも、吐くほどの力も、もう無い。
どうしたらいいのか分からないまま、ただ目を閉じる。
だけど、暗闇の中でも意識はどんどん冴えていって、身体の不調だけが際立っていく。
「
……
うぅ、
……
なんか
……
やだな
……
」
小さく、喉の奥で呟いた瞬間だった。
——
カチャ。
ごくわずかな音とともに、病室のドアが静かに開いた。
「
……
ジンペイ君?」
声は、コマくんだった。
ジンペイは、ゆっくりとまぶたを持ち上げようとしたけど、瞼の裏側が熱っぽくて、すぐには開けられなかった。
「
……
っつ
……
あ
……
」
かすかに呻く声に、コマくんが慌ててベッドの側まで駆け寄ってくる。
「ジンペイ君!?大丈夫?!」
その声に、ようやくジンペイはうっすら目を開けた。
「
……
コマくん
……
?」
「ごめん、寝てたら悪いと思ったけど
……
なんか、嫌な予感がして
……
」
「ふふ
……
なんだよそれ
……
エスパーかよ
……
」
と、茶化したつもりだったけど。
声に力がなくて、笑ってるようにも聞こえなかった。
コマくんは、そんなジンペイの様子を見て、眉を下げる。
「
……
顔、真っ青だよ
……
また、苦しいの?」
「
……
ん
……
まぁ、ちょっとね
……
。てか、来んの早すぎ
……
」
「早くてよかった。遅かったら、もっと辛かったかもしれないでしょ」
「
……
そっか。
……
そーいう言い方、ずるいな
……
」
そう言いながらも、ジンペイはほんの少し、口元を緩めた。
けどすぐに、その表情がまた歪む。
「
……
うっ
……
」
吐き気が、喉元までこみ上げる。
でも、身体が動かない。
「ジンペイ君!?」
コマくんがすぐに反応して、ベッドの端に手を添える。
「
……
ちょ
……
袋
……
ある?」
「うん、今!待ってて!」
コマくんが急いで処置袋を引っ張り出してくる。
ほんの数秒のあいだ、ジンペイは胸元を押さえて、歯を食いしばっていた。
「
……
っ
……
く、
……
んぅ
……
」
吐くまでには至らなかった。
でも、そのまま目を閉じて、何度か浅く短い呼吸を繰り返した。
ようやく少し落ち着いて、ジンペイは小さく頭を振る。
「
……
ごめん、
……
大丈夫
……
っぽい
……
」
「大丈夫じゃないでしょ
……
」
「
……
だって、
……
コマくんに心配させんの、やじゃん
……
」
「
……
心配してるよ。して当然だよ」
ジンペイは、目を伏せたまま、そっと吐息をこぼした。
「
……
やだな、
……
俺
……
コマくんに、こんなとこ見せんの
……
」
「
……
ジンペイ君が辛いときに、側にいられないほうが、ずっとやだよ」
その言葉が、じんわりと胸に染みてきた。
本当は、泣いてしまいたいくらいだった。
でも、やっぱり涙は出ない。
出せない。
だけど、その代わりのように、ジンペイはコマくんの手をぎゅっと握った。
「
……
ごめん
……
ありがと
……
」
「
……
うん」
コマくんは、それ以上なにも言わずに、ずっと手を握っていてくれた。
——
朝の気配が、ほんの少しだけ、病室の窓に差しかかっていた。
——
数分後の病室。
ジンペイの呼吸は、さっきよりは落ち着いていた。
でも、それは「慣れてきた」だけで、本質的には何も治っていない。
背中の重みは、まだずっと張りついたまま。
時折、じわっと滲むような吐き気も残っている。
そんな中、ベッドの横の椅子には、コマくんがじっと座っていた。
手にはぬるくなったペットボトルの水。
目は、ジンペイの表情を静かに見つめている。
「
……
コマくんさ」
ジンペイが、かすれた声でぽつりと言った。
「
……
さすがに
……
寝たほうがよくない?」
「え?」
「だってさ、
……
ずっと起きてるじゃん。顔、ちょっと赤いし
……
目も、
……
少し充血してる」
コマくんは、一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、すぐに優しく笑った。
「大丈夫だよ。寝不足くらい平気」
「
……
うそつけ。コマくんってさ、ちょっと無理するとすぐ目に出るタイプだし」
「う
……
それは
……
ジンペイ君がよく見てるだけじゃない?」
「
……
まぁな」
ジンペイは、少しだけ口元を緩めた。けれどすぐに、また息を詰まらせるように、眉をひそめる。
「
……
俺さ、
……
こんなになってんのに
……
まだ、コマくんの心配してるのって
……
」
「
……
おかしいよな」
「ほんとは、もっと
……
“助けてもらって当然”みたいな顔してていいのに
……
なんか
……
」
言いかけて、言葉を飲む。
喉の奥が、きゅう、と締めつけられる。
何が言いたかったのか、自分でもわからなくなる。
けれど、コマくんはそっと、ベッドの柵に肘をついて、顔を近づけてきた。
「ジンペイ君」
「ん
……
」
「
……
そういうとこ、ほんとに“ジンペイ君”だなって思うよ」
「
……
どういう意味?」
「大変なときでも、周りのことばっか考えてる。
……
そういうところ、ちゃんと見てるから」
「
……
」
「ちゃんと“助けてもらっていいんだ”って、思っててよ」
ジンペイは、目を伏せたまま、薄く唇を動かした。
「
……
言われてもさ
……
すぐには、信じらんないよ
……
」
「うん、そうだね。だから何回でも言うよ」
「
……
あー
……
もう
……
ずるいな、コマくん
……
」
そして、ジンペイはようやく、ほんの少しだけ目を閉じた。
背中の痛みも、胸の重さも、まだ全然マシにはなってない。
けど、ほんの一瞬だけ。
心の中にあった圧の一部が、ほんの少し、緩んだ気がした。
——
病室の夜は、まだ終わらない。
ゆるやかな時間が、ジンペイの隣で静かに流れていた。
コマくんは、ベッドの横の椅子に座ったまま、ほんの少しうつむいていた。
「
……
あ、寝たな」
ジンペイは、ぼそっとつぶやいた。
コマくんの手には、さっきまで握っていたペットボトル。
それを持ったまま、うとうとと、頭がゆっくり前に傾いていく。
その姿が、なんだか子供みたいに見えて、
ジンペイは、ほんのわずかに目元をゆるませた。
「
……
ふふっ
……
マジで
……
」
かすれた声で、笑いを噛み殺す。
「
……
俺が心配してたのに
……
先に寝るとか
……
ずりーじゃん」
寝顔のコマくんは、どこか穏やかで、無防備だった。
緊張が解けたせいか、まぶたがほんのり赤くなっている。
「
……
ありがとな」
ジンペイは、誰に聞かせるでもなく、静かにそう言った。
——
その瞬間だった。
「
……
ん、
……
っ
……
!」
胸の奥で、また何かがきしむような感覚が走った。
思わず、顔をしかめる。
背中の奥。心臓の裏にずっと居座っていた鉛の塊が、
じわじわと、けれど確かに、また重さを増し始める。
「
……
はっ、
……
く、
……
っ」
吸い込んだ空気が、途中で止まった。
胸の奥が、内側からギュッと締めつけられる。
さっきよりは軽い。
でも、それが逆に怖い。
——
軽いと、声を出すまでもなく、
——
誰にも気づかれないまま、終わるかもしれない。
コマくんは、まだ寝ている。
そっと、寝息のリズムが聞こえてくる。
ジンペイは、できるだけ音を立てないように、歯を食いしばった。
胸にそっと手を当て、ゆっくりと、浅く呼吸をする。
「
……
、
……
っ、」
呼吸は、掠れるような微かな音になった。
肺の奥にまで空気を通すことができない。
それでも、必死に口元だけで呼吸を繰り返す。
コマくんを起こしたくなかった。
「
……
大丈夫、だって
……
さっきも
……
耐えたし
……
」
ひとりごとのように、小さな声で言う。
言葉にすることで、痛みが少しだけ遠のく気がした。
——
視界の端で、コマくんの肩が微かに動いた。
寝返りか、あるいは寒さか。
とにかく、起きかけているわけではなさそうだった。
「
……
よし、
……
ナイスコマくん
……
」
ジンペイは、苦しみながらもそう言った。
自分が苦しいときでも、コマくんの眠りが守られたことに、ほんの少し安堵する。
呼吸は、まだ浅い。
背中の痛みは、じわじわと広がっている。
でも、今はまだ、耐えられる。
「
……
俺が
……
しっかりしないと
……
」
喉の奥が痺れるような息苦しさ。
それを、じっと、ただじっと耐える。
コマくんの寝顔が、薄暗い照明に照らされていた。
その顔を見ながら、ジンペイは、もう一度だけ深く息を吸った。
……
たとえ、苦しくても。
「
……
守られたら、
……
今度は
……
俺が守る番
……
だろ
……
?」
そう言って、わずかに目を閉じた。
肩は震えていた。
背中の痛みは、今も静かに続いていた。
けれどその中に、ほんの一粒の安らぎがあった。
——
夜の病室は、静かに、時間を刻み続ける。
コマくんの寝息と、ジンペイの浅い呼吸。
それだけが、穏やかに、でも切実に重なっていた。
——
時計の針が、午前6時を少し過ぎていた。
病室の天井灯はまだ落ちていて、わずかな常夜灯だけが空間を照らしている。
コマくんは、まだ椅子でうとうとしていた。
肩を少しすくめ、ブランケットにくるまりながら、静かな寝息を立てている。
ジンペイは、眠れていなかった。
「
……
は
……
っ
……
」
胸の奥が、何度目かのうずきを始めていた。
最初は、軽い圧迫感。けれど、それはすぐに明確な“痛み”に変わっていく。
「
……
ぐっ
……
」
吐き出すような呼吸が、喉の奥でつっかえる。
背中じゃない。
——
今、苦しいのは“中心”だ。
心臓そのものが、内側からギュウッと捻られているみたいだった。
「
……
っあ、
……
っ、は
……
」
息が続かない。
身体が震える。
肋骨の内側がバラバラに押し広げられているような感覚。
——
いやだ。
——
これは、今までより強い。
ジンペイは、胸元を掴んだ。
点滴の針が引っぱられて、鋭い痛みが走る。
でも、そんなことどうでもよかった。
それよりも、心臓の中心にある、“何か”の圧が怖かった。
「
……
やば
……
っ、かも
……
」
弱音が、こぼれた。
初めて、声に出た。
音にすれば、少しは冷静になれると思ったのに、
言葉にした瞬間、逆に涙が滲みそうになった。
——
もう、限界かもしれない。
それが、頭の片隅によぎった。
「
……
っ
……
だめ、だって
……
コマくん
……
いるし
……
」
視界の端で、椅子に座ったコマくんのシルエットが見えた。
眠っている。
その姿を起こしたくなかった。
ジンペイは、必死で息を吸った。
でも吸えない。
胸の奥が、何かに押し返される。
「
……
は、っ、うっ
……
!」
手が震え、指先に力が入らない。
でも、ナースコールには届くかもしれない。
……
それでも、呼びたくなかった。
「
……
これくらい、
……
耐えられる
……
っ、だろ
……
俺
……
」
言葉が、もう喉から出てこない。
視界の端がぼやけてきた。
吐き気もする。
でも、吐けるほどの力もない。
——
心臓が、暴れてる。
——
「中から誰かが暴れてる」みたいに。
ジンペイは、震える手で胸を押さえた。
もう、「重い」なんて表現じゃ足りない。
そこにあるのは、確実な“痛み”だった。
「
……
や
……
めて
……
」
かすれた声で、思わず懇願してしまう。
でも、痛みは止まらない。
心臓の鼓動は乱れ、波打つように不安定になっていく。
バクッ、
……
バクンッ
……
間隔が狂っている。
音が、変わっている。
自分の身体の中で、リズムが壊れていく。
(
……
誰か
……
っ、たすけて
……
)
それでも、声には出せない。
コマくんの寝息が、なおも静かに続いていた。
——
ジンペイは、苦しみながらも、
——
ただ黙って、コマくんの顔を見つめていた。
「
……
ごめん
……
な、
……
」
唇だけが動く。
背中の内側には、いつもの“鉛”が沈殿している。
でも、それすら感じられないほどに、
いまは“中心”が、めちゃくちゃだった。
視界の端が暗くなる。
まぶたが勝手に落ちていく。
でも、眠ったらもう起きられない気がして。
「
……
おれ
……
が
……
がんばんないと
……
っ
……
」
声にならない声が、喉に引っかかっていた。
——
けれど、それでも。
意識が落ちる、その寸前まで。
ジンペイは、コマくんの顔を見つめていた。
ただそれだけが、最後の灯のように見えた。
かすかに足音が近づく音が、病室に滲み込んでくる。
「
……
ジンペイくん?」
誰かの、優しい声がした。
その声を聞いた瞬間、
ジンペイの身体は、ようやく、力を抜くことを許された。
全身が脱力し、静かに眠りに落ちていく。
——
ほんの少しだけ、
胸の中心の痛みが、遠のいていく気がした。
——
カチャッ。
静かにドアが開いた音。
コマは、ソファでうたた寝していた目を、わずかに開いた。
「
……
ん
……
?」
まだ、頭がぼんやりしている。
けれど、すぐにわかった。
誰かが入ってきた。ナースさん
……
?
視線をベッドの方へと向ける。
そして、瞬間
——
息が止まった。
「ジンペイくん
……
?」
ベッドの上。
ジンペイが、ぐったりと身を沈めていた。
シーツの上に、手が投げ出されたまま動かない。
酸素飽和度を示すモニターの音が、
——
聞き慣れたリズムじゃなかった。
「
……
あ
……
」
胸に、冷たいものが走る。
ナースがすぐに駆け寄ってきて、
ジンペイのバイタルを確認している。
「体温、低下
……
心拍、やや不整脈
……
血圧
……
っ、もう一度計り直します」
落ち着いた声ではあるけれど、
その動きが、ただごとじゃないことを物語っていた。
「
……
ジンペイくん
……
」
思わず立ち上がった。
けれど、自分の足音が場違いに思えて、一歩も近づけなかった。
ナースの手がジンペイの胸に触れる。
すぐに別のスタッフが入り、酸素マスクを準備している。
「
……
酸素、すぐに。あと、医師へ連絡を」
その言葉を聞いたとき、喉がぎゅっと締めつけられた。
「
……
なんで
……
」
声が震えた。
眠ってる間に、ジンペイくんは
……
一人で、あんなに苦しんでたのか。
「
……
ごめん
……
僕、となりにいたのに
……
」
知らなかった。
起きてたら、手を握るくらいはできたのに。
「
……
ジンペイくん
……
」
その姿は、今まで見てきたジンペイくんじゃなかった。
“ヒーロー”なんて呼ばれてたジンペイくんは、
いま、酸素マスクをあてられて、
うつぶせに咳き込みながら、
微かに眉を寄せているだけだった。
けれど、その表情に、確かに「まだ負けてない」という影が残っている気がした。
「
……
だいじょうぶ
……
だよね
……
?」
コマは、祈るようにそう呟いた。
――
声がかすかに残響する。
その隣で、看護師が静かにモニターを見つめていた。
「
……
VF
……
拍出、わずかにあります」
「VFで?」
(ありえない
……
)
駆け付けた医師は一瞬、言葉を失った。
けれど次の瞬間には、いつもの落ち着いた声で指示を出している。
「
——
気道維持。酸素濃度はそのまま。経過を観察」
その声の裏で、彼は自分の鼓動がわずかに速くなるのを感じていた。
(
……
理屈が合わない。VFで拍出なんて
……
循環が保てるわけがない)
モニターの数字をもう一度見つめ直す。
でも、確かに
——
生きている。
(
……
何が起きてるんだ
……
)
口に出せば、現実が壊れそうな気がして、彼はその疑問を胸の奥に沈めた。
……
かすかに、音がした。
機械の電子音と、誰かの靴音。
目を開けようとした瞬間、まぶたが重くて動かない。
(
……
ここ
……
どこ
……
)
喉の奥に酸素の匂いが残っていた。
声を出そうとすると、ただ息が漏れるだけ。
「
——
あ、気づいた?」
ぼやけた視界の先で、看護師の声がした。
返事をしようとしたが、首も動かない。
「無理に喋らなくていいからね」
その言葉に従って、ジンペイはほんのわずかに目を閉じる。
(
……
まだ、生きてる
……
?)
胸の奥で、微かな鼓動が滲んでいた。
リズムは、相変わらず不安定だった。
けれど、それでも確かに打っている。
(
……
なんで
……
)
その疑問が、まぶたの裏で霞んでいく。
——
どれくらい時間が経ったんだろう。
天井の白が、少しだけオレンジに染まっていた。
まぶたの隙間から、その色を見ていた。
起き上がる力は、まだない。
けれど、昼と夜の区別がわかるだけで、少し安心した。
いつの間にか、誰かが新しい点滴を交換してくれている。
手の甲が冷たい。
(
……
動かないな
……
)
指をわずかに曲げてみても、反応が遅い。
呼吸も浅い。
吸っても胸の奥まで空気が届かない感覚。
それでも、さっきよりは“痛くない”。
(
……
少し、まし
……
かも
……
)
そう思った瞬間、またまぶたが落ちた。
光が薄れて、音が遠くなる。
——
次に目を開けたときには、朝の光が差していた。
病室のカーテン越しに、やわらかな白。
まだ身体は重いけれど、
胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけおとなしくなっていた。
——
午後の病室。
窓の外は薄曇り。風が、ときおりカーテンの裾を揺らしていた。
ラントは静かにドアを開けると、無言で部屋の中を見渡した。
「
……
寺刃」
視線の先
——
ベッドの上には、背もたれを上げられた状態で座っているジンペイがいた。
毛布の上から病衣を着たその姿は、こうして見ると
……
やけに、細く見えた。
「ん
……
あ、ああ
……
会長
……
来てたの」
ジンペイはゆっくり顔を上げ、かすれた声で笑ってみせた。けれど息が続かず、言葉のあとに小さく咳き込む。
「
……
っ、はは
……
やっと
……
目、覚めたばっかで
……
」
……
頬骨が、少し浮いている。
目の下には薄く青いクマ。
髪も少しだけ長くなって、目の端を隠しかけている。
笑っているけど、その口角には無理がある。
呼吸も浅く、喉を軽く鳴らすようにしてからでないと声が出せないのが、遠目でも分かる。
——
そうして、ふとラントの目が止まったのは、
病衣の袖の隙間から覗いた、ジンペイの腕だった。
その腕は
——
皮膚が薄く、血管がはっきりと浮き出していて、
……
筋肉よりも骨格が目立って見えた。
(
……
ここまで
……
削れているのか)
思った以上だった。ここまで肉体を蝕まれていたとは。
「どうかした?
……
なんか、変な顔、してるけど」
ジンペイが軽く首をかしげる。
それだけで、鎖骨が浮き上がった。
「
……
いや。何でもない」
ラントは目をそらした。
それが“見てしまったこと”の証であることは、ジンペイにも伝わったかもしれない。
「
……
ま、俺、めっちゃスリムになったからな〜
……
モテちゃうかもよ?」
そう言って、軽口を叩こうとする。だが、語尾が途切れ、息を吸う音のほうが目立っている。
その声の裏に、「見られたくない」の感情が滲んでいるのを、ラントは感じ取っていた。
——
見せたくなかったのだ、この姿を。
「
……
お前は、相変わらずだな」
「え、褒めてる? それ?」
「
……
捉え方は任せる」
ラントは足音を立てないように、ゆっくりとベッドの傍に立つ。
ジンペイの背後に回ったとき
——
……
背中越しに見えた、肩甲骨の浮き出たライン。
丸まった背中。
そして、軽くふくらんだ肺の動きに合わせて、少しだけ上下する肋骨の影。
——
この姿を、ヒーローと呼ぶ者がいたことを、ラントは知っている。
——
けれど今、その言葉を、そのまま口に出すことはできなかった。
「
……
」
ラントはただ一度、そっと手を伸ばしかけて、やめた。
触れることができなかった。
あまりに細くなったその背中が、自分の手の感触でさえ“痛み”になる気がしたから。
代わりに、ごく小さな声で言った。
「
……
よく、生きていたな」
——
それが、この日、ラントがジンペイにかけた、最初の本音だった。
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