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沙里
2025-11-06 23:38:11
2042文字
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小規模攻防戦
ル2
「
――
このように、腕力の差があれど、ポイントさえ押さえれば動きを封じることは可能だ。相手との位置取りには注意して
――
」
前略、ノイマン隊長。
そちらの生活はいかがでしょうか。貴方が何事もなく、穏やかに暮らしているのならば幸いです。
こちらはいま、貴方の教えの通りに
――
「往生際が悪い」
マウントを取られています。
背後はソファの背もたれがあり、左隣は膝で、右隣は腕で逃げ道を塞がれました。脱出法も教えておいて欲しかったです。
かろうじて抱えていたクッションだけが、頼りない盾代わりとなります。
「いや、あの、えーっと、とりあえず、一旦落ち着こう、ルー」
な? と下手に出てみたものの「は?」と言わんばかりの顔で睨まれたので、きゅっと口を閉じた。冷や汗が背中を伝う。
「俺はずっと落ち着いているが?」
それならそれで怖いんだが?
だいたいにおいて、ルーは俺に対しては怒るより呆れるほうが先に来る。怒らないわけじゃないが。
……
なのでこれは、おそらくだが、機嫌がよろしくないだけ、なのだと思う。それはそれでダメなんじゃないか、などと言うなかれ。そんなことは身動きできなくなっている俺自身がよくわかっている。わかっていても、どうにもならないことはある。あるのだ、これが。
じろりというか、じっとりなのか、整った顔に間近で睨まれるのは、かなりの迫力だ。眼力も強い。蛇に睨まれた蛙の気分というのは、おそらくこんな感じだろう。体験したくなかったぞ?
「や、あの
……
俺としては距離を開けて欲しいというか
……
」
「ほう?」
どの口が、という圧を感じる。気の所為かもしれないが。
そもそも、何故こんなことになっているのか?
こんな状況になる少し前までは、いたって普通の夜だった。はずだ。休日前の、なんとなくだらりとした夜。うさぎのアーサーがにんじんをかじる、カリカリという音を聞きながら、内容があるようなないような会話をしていた。
きっかけは会話の内容だったように思うが、正直なところ、何だったのかは記憶にない。俺にとっては何でもない雑談だったらしいが、ルーにとってはそうではなかった、ということなんだろう。さて困った。などとのんきに構えている場合ではない。
「いい加減、無駄なあがきは諦めて、覚悟を決めたらどうだ?」
「無駄って言うな、無駄って」
「無駄じゃなきゃ、無意味だろ」
なんて言い草だと思いはするが、正直その通りな気はしているので、ぐぬ、と言葉を詰まらせるしかできない。ルーのほうが頭の回転が早いし、語彙力が違いすぎる。
「俺が相手で不満でもあるのか」
いささか拗ねたように言われると、こちらとしても罪悪感が募る。
……
あと、俺はそういうルーの顔に弱い。
変に大人びているのに、妙に子どもっぽい仕草が、どうにも放っておけないのだ。
「えーと、そうじゃなくて
……
その」
だからいつも、手を伸ばしてしまうのだけど。アルベルトやヘキサには、放っておけよなんてよく言われたけどさ。
「その、俺にもほら、心の準備ってものがさ
……
?」
言ってて少しばかり頬が熱い。いまごろ真っ赤になっているんじゃないかと思う。
そろりと確かめるみたいに頬に触れてくる手に、酷く緊張してしまう。言動は強気でも、触れてくる手が少し震えているから。俺はガラス細工みたいに壊れたりしないのに、おっかなびっくり触れてくるその手が、愛おしくないのかと言われれば、否だろう。
だからと言って、ルーの向けてくる好意を簡単に受け止めていいのかは、迷うこともある。こっちが年上だしな?
でもなぁ。
「その準備はいつ終わるんだ」
不安げに言われれば、根負けしてしまうのも、まぁその、いつものことなのかもしれないし、それが答えなんじゃないかって言われたら
……
どうだろうな。
「と、とりあえず
……
ルーの顔を見慣れるまで、とか?」
今度は「は?」というよりも「ハァ?」と言わんばかりの顔をされた。若干口元が引きつっているような気もするし、こめかみに青筋が見える気がする。
「やってられるか」
気の所為じゃないかもしれない。俺の抱えたクッションをガッと掴まれる。最後の砦なので死守したい俺と、無駄な抵抗はやめろと言いたいらしいルーとの、まぁまぁくだらない戦いだ。
「そこをなんとか!」
「うるせーよ。大人なんだからさっさと覚悟しろ」
「そこは年齢関係ないって絶対!」
「
……
お前、こういう時の言い訳だけはすらすら喋るな」
余計なお世話だと言うより先に、ずいと顔が近付いたら何を言いたかったのだか、全部吹き飛んでしまった。湖の底みたいな青い色が、妙に印象に残る。くあ、と開いた口元に、噛みつかれそうだと、思わず、
「むぐ」
クッションでガードをしたら、低い声で「おい」と凄まれた。
たぶんいまこの時に行われている争いの中で、一、二を争うくだらない戦いが、始まろうとしていた。
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