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2025-11-06 21:27:00
3136文字
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燭鶴「味見と足音」

光忠くんへの好きの気持ちが足音でだだ漏れな鶴さんの話。お互いに愛されてる自信がめちゃくちゃある二人です。

 鶴丸は、畑で作業している光忠を驚かせてやろうと思って、そろりそろりと彼の背後に近づいていた。

 今日はなんだかいろいろな人を驚かせてやりたい気分なのだ。すでに先ほど、ここに来るまでに見かけた掃除中の太鼓鐘貞宗と大倶利伽羅を不意打ちで驚かせたばかりだった。
 二人には足音を消して死角から近づいて、それぞれの背中を軽やかに叩いたのでとても驚かれた。「鶴さんって足音がないからマジでビビるんだよな」というのが驚いたあとの貞宗の反応である。隣にいた大倶利伽羅も小さく頷いていた。

 今も同じようにこうやって足音を殺しているから、光忠のこともきっと驚かせられると思う。ゆっくりと距離を縮めていく。

 どうやら光忠はしゃがみこんで野菜に話しかけているようだった。彼が言うには野菜にたくさん話しかけてやったほうがおいしくなるらしい。そんなことはともかく。野菜とのおしゃべりに集中しているようなので、きっと背後に意識は向いていないはずだ。驚かせ甲斐があった。

 足元の地面は砂利が混ざった土ではあるけれど、足音は消すことができている。

 さて、どうやって驚かせてやろうか。どん、と背中に体当たりしてやってもいい。「だーれだ」と目隠しをするのもいい。肩を叩いて、振り向いたところの頬に人差し指を刺すのもありか。
 迷うけれど、今回は体当たりでいくことにする。普段の光忠は鶴丸がどうやって体当たりしてもびくともしないので、今回の不意打ちくらい、よろめかせて驚かせてみたい。

 しゃがんでいる光忠の背中まであと一歩、ここから勢いよく踏み出して体当たりして驚かせようとしたところで、さも当然のようにくるりと光忠がこちらを向いた。

「鶴さん、いらっしゃい。採りたて野菜の味見に来たの?」
――っと、光坊、なんで分かったんだ」

 鶴丸は今回も驚かせ作戦が失敗に終わり、首をひねった。「今回も」である。

 そう、実は、こうやって光忠を驚かせようとして近づくときに成功したことが今まで一度もないのだった。
 いつも足音を完全に消して近づいているはずだ。実際、貞宗からは足音はまったくないと言われたばかり。今日の光忠は野菜に集中している様子だったから、特に上手くいくと思ったのに、おかしい。

 鶴丸は光忠の隣にしゃがみこんで怪訝そうに尋ねた。
「前から思っていたんだが、きみ、背中にも目があるのかい?俺が近づくのが、どうしていつも分かるんだ」
「え?鶴さんはすごくよく分かるよ。めちゃくちゃ足音がするから」
 光忠は何を言っているんだ、とでも言いたげに答えた。その答えに、鶴丸はさらに首をひねる。
……??足音なんて立ててないぜ。完全に消してるんだから、無音だ、無音。さっきも貞坊に気配がないと言われた」
「そうかなぁ?よく分かるけど」

 光忠は相変わらず不思議そうにしている。鶴丸は彼の反応が納得できなくて、む、と口をへの字に曲げた。おかしい、驚かせるための仕込みはいつでもしっかりしているはずだ。足音を消すのだって、仕込みの一つだ。上手くやれているはずなのに。

……後学のために聞いておく、どんな足音なんだ?」
「う〜ん、なんて言えばいいのかな。鶴さんの足音はね、なんかうきうきしてるんだ。楽しそうっていうか、嬉しそうっていうか」
「そんなはずないんだがなぁ」
「そうなの?」

 鶴丸が不可解に思って首を傾げたら、なんだか光忠は残念そうにしている。

……?光坊、どうした?」
「いや、その……、僕に近づいてくるときの鶴さんの足音っていつも嬉しそうに聞こえてたから、僕のもとに来てくれるときの鶴さんはいつも嬉しい気持ちなのかなって思ってたんだ。僕は鶴さんのそばに行くとき、嬉しい気持ちだから。だから、同じ気持ちなのかなって思ってて、……でも、勘違いだったかも。自惚れだったね、格好悪いから忘れて」
 そんなことを言いながら、光忠は寂しそうにも困ったようにも見える表情で笑う。鶴丸は慌ててしまった。彼のこういう表情に弱いのだ。なんとしてでもフォローしたくなる。

 だから、少し考えてみた。確かに、光忠のそばに自分が向かうとき、驚かせようとするときも含めて、楽しいとか嬉しいとかそういう気持ちでいるかも、しれない。
 だって、大好きな人のそばに行くというのはいつでもすごく嬉しいことではないか!?嬉しいことのはずだ。だから心が弾んでしまう。

 そういうことを考えた鶴丸は、光忠の言葉が間違っていないことに思い至った。つまり、である。自分のその「大好き」の気持ちが、足音となって彼にだだ漏れなのだ。
 鶴丸はぱっと顔が熱くなるのが分かって、片手で顔を覆った。彼のことが大好きなのは本当だが、その気持が当の本人にあまりにだだ漏れなのは恥ずかしい。

「あれ、鶴さん、なんか照れてる、?」
「きみのそばに行くのが嬉しいという俺の気持ちはもしかしてずっときみに伝わってたのか?」
「あっ、ほら、やっぱり僕のところに来てくれるとき、嬉しい気持ちなんだよね?伝わってるよ。鶴さんが僕に近づいてくるときいつもすごくうきうきって足音だから。かわいいなっていつも思ってた」
「子供なのか、俺は……恥ずかしい、……
「ふふ、かわいいよ」
……まぁ、光坊が、そう言うなら、……

 鶴丸は顔を手で覆ったまま目を伏せてもごもごと呟いた。光忠がにこにこしている気配を感じる。彼はいつも鶴丸が照れて困っているとき嬉しそうにしている。きっとこの状況のことも、かわいいと思われているのだろう。まぁ、嫌な気持ちではない。照れくさいだけで。

「かわいい鶴さんにこんなに好きだと思ってもらえて僕は幸せだな」
 相変わらずにこにこした表情の光忠は、そういえば、と話を続ける。
「野菜って、たくさん愛してもらうほどおいしくなるんだって。だから僕は鶴さんにたくさん愛してもらってるから、すごくおいしいかも」
「何を言ってるんだ、きみは」
「えっと……、つまりね、とってもおいしいはずだから、……味見してみるっていうのはどう?」
……キスしたいならもっとはっきり言うべきじゃないか?」
「あはは……、それはそうだね。鶴さんがかわいくて、キスしたくなっちゃった。いい?」

 光忠がかわいらしい仕草――たぶん無自覚なのだろうが――で首を傾げて、そんなことを律儀に訊いてくる。鶴丸は人差し指で彼の唇に触れながら得意げに微笑んだ。

「いいも何も、光坊に口づけられるのは、いつでも大歓迎だぜ。なんてったって俺はきみが『大好き』だからな」
「ふふ、そうだね、ありがとう」

 光忠は嬉しそうに笑うと、鶴丸の頬に片手を添えた。二人の距離が近づく。数秒、光忠の唇が鶴丸の唇に重ねられて、ゆっくりと離れた。

……どうだい、美味かったか?」
「鶴さん、それ、僕が訊こうと思ってたんだけど」
 光忠がきょとんとしている。だから鶴丸は胸を張って言った。
「俺も光坊にたいそう愛されているから、きっと美味いはずだと思ってな」
「そっか。うん、そうだね、鶴さんはいつもとってもおいしいよ」
「あぁ、きみの愛情の賜物だ」

 ぺろり、と鶴丸は口づけられたばかりの唇を舐めた。物足りないのかもしれない。

「じゃあ、これからももっと鶴さんのことおいしくしようかな」
「俺も負けじときみを美味くしないとな」

 二人は顔を見合わせて笑って、そしてどちらともなくまた顔を寄せて口づけた。お互い、おいしい味だから、まだ味見が足りなくて。
 なんて、そんなことはそれっぽい言い訳で、ただお互いに相手のことが大好きなだけだった。