この後アイカも勝ちにいく

シャッフル企画で提出した社会人×高校生パロ
小説内では二人しか出てこないのに、冒頭にその他のほぼ出てこない人物の設定が書いてあります 考えるのすごい楽しかった
⚠︎黒アイを含みます

 山田とアイカしか出てこない話なのに設定だけは思い切り広げていたので、一切出てこないキャラクターたちを書きます

【山田】
 高校一年生、数学と体育が苦手。隣にギャル来た……と思っていたけど、意外と話す。
【谷原】
 一年生、地理が好き。音楽教師のヒナタさんがちょっと怖い。
【アイカ】
 一年生、山田とクラスが一緒。小学生のとき読モをしていたのは黒歴史。
【美桜・あざみ】
 一年生、仲良し。谷原とクラスが一緒。谷原のオカルト話に唯一耳を傾けてくれる。
【清水】
 二年生、英会話教室の外国人教師と付き合っていたのをSNSで赤裸々に語ったせいで外国人教師が特定・吊るされた。
【リナ】
 二年生、清水と仲が良いけどSNSの使い方についてはちゃんと引いてる。
【伊藤】
 二年生、清水のSNSを見て「インプすごいけど利益取れたんスか?」って邪悪なことを言ってくる。
【ジャスミン】
 二年生、ちょっとイカれた様子の同級生たちの中でまともでいるのが大変。リナといつもため息ついている。
【眉崎】
 三年生、本当は芸能人御用達の学校に通う予定だったけど、親がこいつは社会勉強をしないとまずいと思って普通校に入れた。
【黒沢】
 三年生、今度のクリスマスにアイカとシーとランドはしごに付き合わされる未来があるとは露ほども考えていない。

【松田】
 社会人、電子タバコも持っているのに何となく使えていない。
【野村】
 社会人、趣味で撮った写真が心霊写真だったかもしれなくて松田に相談したら、意外とお祓いのできる神社を教えてもらって感動している。






 ◇

 目が覚めた瞬間から、いやもう絶対今日こそ怒るのだと決めていた。アイカは布団を跳ね上げ、ズレたスウェットを下着ごとたくし上げる。全身鏡に映った自分がぼさぼさの寝癖だらけだろうと、夜更かしのせいで多少肌が荒れていようと構わず、昔買ってもらった派手なピンクの勉強机(正直ダサいけど、今でも取っておいてあるのはおばあちゃんが買ってくれた物だから)に放り投げていたカーディガンを引っ掴み、ドスドスと足音を立てて部屋を出た。
「アイカうるさい」
 と隣室の姉の怒声がしたが、聞こえないふりをする。階下では料理を作る音がして、相変わらず早起きの父が「おはよう」と皿を並べていた。母は夜勤明けで眠っている。
「お父さん料理当番? 今日お姉ちゃんじゃん」
「疲れてそうだったから代わったんだよ」
 明日はやってもらうよ。と優しく言って、アイカに出来立てのトーストを渡してくる。皿に乗ったそれはちょうどいい焼け具合かと思いきや、いつも端が少し焦げている。
「先に二人で食べちゃおう」
 そう急かされたので、長い髪を適当にまとめて席に座る。アイカの席は父の斜め向かい、冷蔵庫とキッチンから遠い。小さいころからいつもそこだった。小さい、というのはずいぶん昔の話で、もう料理だって皿洗いだってできるのに、いまだに「火のそばは危ない」とか「シンクで皿を割ったことがあるから」とか、アイカも覚えていないくらいの年齢の話を持ち出してはからかわれ、甘やかされている。
(いくらなんでも過保護でしょ)
 アイカは別の方向に怒りがこみ上げてきそうだったが、トーストにジャムを塗った辺りで自分が昨晩から持ち越していた怒りの方を思い出し、冷静になる。
「お父さん、あのさ」
「うん?」
 アイカが塗ったジャムを渡し、父も続けてトーストを持ち上げる。茶色みがかったいちごジャムはスーパーで買ってくるものより鮮度が良いが傷みやすいらしい。無農薬だの無添加だの、よくわからないけれど母が好んで買ってくるそれを、アイカは今のところ違いもわからず食べている。
「山田がね」
「山田?」
「クラスにいるって前話したじゃん」
「山田……山田……いるって言ってたかな」
「言ったよ! それでさぁ」
 アイカの口調は刺々とげとげしくなる。どれもこれも、あいつが悪い。アイカはぶつくさ言いながら、話を続けた。
「山ちんがね、優弥と出かけるって言うから、また? って聞いたの。優弥忙しいし、大学入ったら起業準備とかあるから迷惑かけんなって。そしたら僕とじゃなくて松田さんとだよとか言うの! そんなのどうだって良くない? 結局優弥とあたしの時間が減るわけじゃん。山ちんだって、そこでいいよって言っちゃうから松っさんとの時間取られてんだよ」
 ひどいよねぇ? と言って父の方を見ると、先ほどから一つも食事を食べ進んでいない上に、ぽかんとした顔で目を白黒させている。
 ──ついでに言えば、クラスメイトのざみちんが一個上の先輩のジャスパイとちょっと喧嘩したのを悩んでて、みおちーも入れて三人で一緒にカフェで話していたのに、山ちんから「黒沢さん借りるね」ってメッセージ来たから、もう三人でお茶してるどころじゃなくなって。そうそう、途中の道でせっかくエーコさんとりなちーに会えたのに、山ちんに鬼電してたからろくに話せなくて、結果的に優弥に用があるのは松っさんだってわかった、ってところまで話したかったのに。
「なんでそんな変な顔してんの?」
 アイカの怒りはまだ収まらない。彼氏との時間をここのところちっとも取れていない十六歳の執念は、今はぐだぐだと父に愚痴ることだけで済まされてはいるが、あと数回これが続けば黒沢がいる三年の教室に抗議しにいくのだっていとわない。その場合は山田も連れて行こう、と山田にとってはただただ傍迷惑はためいわくなことだけを考え、父の言葉を待った。
……山ちん、と、山田? は同じ子なのかい?」
 そこからぁ? とアイカはげんなりした。

 登校して雑にカバンを机に置くと、「うわ、乱暴」と笑い声が聞こえた。
「あんたのせいでもあるからね、あたしが機嫌悪いの」
 まるで鼻歌でも歌うように「んはは」と言う山田に、アイカは思い切り睨みつける。
「怖いよ。結局黒沢さんと連絡取ったの?」
「取ってない!」
 短いスカートのプリーツがぐしゃりと潰れるのも気にせず、椅子にふてぶてしく座る。
「怒られるんじゃない?」
「いい。どうせあたしとの時間取れないんだったら、連絡しなくたって変わんないし」
「どうかなぁ。松田さんが、しばらくは黒沢くんになんも用ないって言ってたよ」
 疑う目つきで山田を見る。松田の関西弁を下手くそながら真似しつつも彼は真実を言っていると思うが、その気まぐれなやりとりのせいで、アイカは黒沢に一週間前も約束を反故ほごにされたことがあるのだ。油断してはいけない。
 ──なにより一番、アイカが怒っているのは。
「ねぇ、山ちんはいいの?」
「なにが」
「社会人の自由時間なんて限られてるじゃん。松っさんと会いたいんじゃないの? 優弥いたら全然話もできないし」
 山田が驚いた顔でアイカを見る。
「僕、会いたいって顔に出てる?」
……いや、出てないわ。なんなら松っさんのことなんて興味ない、くらいの顔にしか見えない」
 またしても山田は笑い、「別に付き合ってないしね」とはぐらかした。
 これが、アイカが頭を悩ませる要因だ。
 アイカはわりと恋愛を楽しんだ方だ。小学生のころから自分はモテたし、男心がなんたるかをわかっていた。だからくっつきそうな友人同士がいたりすると、周りが下手にはやし立てずにそっとしておくのがいいだとか、本人同士の意思確認には二人きりにさせてあげたいだとか、配慮もしてきた。
 今回、山田は松田という社会人に明らかに気がある。というか、松田だって満更でもない。
(だからそんな、変に大人っぽい恋愛しなくたっていいじゃん。好きなら好きでさ)
 アイカにとっては知らない世界だ。男同士、というのもあるが別に気にならない。そういうしがらみを抜きに楽しんだ方がいいのに、二人はそうではない。近づいたと思えば、今回のように距離を取ったりする。
(お似合いだと思うんだけど)
 アイカは机に突っ伏して、山田と松田が知り合ったころを思い出す。

 ──出会いのきっかけは、一年の始めのあった職場体験で、松田はそこにはいなかった。野村という優しそうな男性が引率をしてくれた。アイカは適当に参加して適当に感想文を書いたのだが、山田は珍しく感想文を前に真剣に悩んでいた。山田にとってはこの内容が大事だと思っていたらしいし、このなにに対しても無感動そうな少年が、輝いた目をしていたのがアイカの印象に強く残った。
 たしか職場体験の日、山田は集合に遅れてきていた。それをアイカが問い正すと、
「実は僕、めんどくさくなって抜け出してたんだ」
 と、とんでもない発言をした。
 アイカはわくわくした。このいかにも無気力で、おとなしく人の言うことを聞いてそうな男子が、先生の目をかいくぐってそんな大胆なことをしていたなんて。
「終わるまで時間潰して合流しようと思ってたら、コンビニで松田さんに会ってさ」
 そのとき松田は、大袈裟に片眉を跳ね上げ「お前、うちの会社に来とる子らと同じ高校やろ」と言ったらしい。制服と一年生のバッジでバレたそうだ。
「松田さんも昔、授業たくさんサボったことあるって言ってて」
 だから裏口教えちゃる。と言って松田に連れられ、会社の従業員入り口から集合場所に遅れてやってきた生徒、とよそおって入った。というのが事の始まりだ。
 山田は連絡先を聞き出したりしなかったし、松田だってそのときは、ただの高校生とその後も仲良くする気はなかっただろう──共通項となる、黒沢という人物がいなければ。
 アイカの彼氏の黒沢優弥は、高校三年生にしてすでに学生起業を考えていた。一年生のころからインターンや体験型の催しには積極的に参加していたし、今回のアイカの職場体験先も黒沢の興味がある会社だったようで、アイカに写真や資料を撮っておくよう伝えてきたくらいだ。黒沢はアイカから仕入れた情報を元に、もっとその企業について知りたいと直接アポを取った。
 そしてそのアポ先で出会ったのが松田で、松田とのやりとりの中で「あいつ、元気にしとるか?」と名前が挙がったのが一年生の山田だ。
 松田が、授業をサボって適当に過ごしていただけの山田を強く覚えていたのは、職場体験後の感想文を読んだからと言っていた。「お前、なに書いたんだ?」と黒沢は、一年生の教室で山田に尋ねた。アイカも仲介に入ったから間にいたので、そのときのことはよく覚えている。
「んー……会社の成果主義と経営理念との矛盾、かな」
 黒沢は驚き、アイカは彼氏と山田を交互に見た。松田がこの感想文を書いたのが山田だとすぐに見抜いたのは、「クソ生意気そうな奴やったから」という理由だし、山田は山田でその言葉にケラケラ笑っていた。そのときの山田は、歌い出しかねないほど上機嫌だった。

 ずいぶんひねくれた出会い方だが、社会人と高校一年生が連絡を取り合うようになったのは、こうした経緯からだ。
 だから二人は気が合うのだし、賢い話も社会の話も、アイカと黒沢より通じているように思える。
 ある日アイカが黒沢と歩いていたとき、偶然松田と山田が私服で歩いているのを見たこともあった。カフェで向かい合い、ずっと話し込んでいる二人は活き活きしているように見えた(後日ダブルデートしようと山田に持ちかけたら、すごく嫌そうな顔をされたが)。
「山ちんはいいの? 優弥に松っさん取られてさ。負けちゃってんじゃん」
 アイカが悔しくてジタバタするのを、猫背の少年は「仕事あるんだし、仕方ないよ」と無表情のままでいる。隣の席で話すようになってから、あれこれ相談をしたりされたりすることの多いこの友人は、基本的にはアイカより控えめで、第一印象通りおとなしい。あの大柄で、はっきり言えば人相も良くない松田とよく話が合うものだ。それも二人きりで出かけたり、話したりするような関係も嫌ではないのだから、アイカにとっては新鮮な驚きだらけだ。
 山田はふと、顔を上げる。
「負け、かなぁ」
 勝敗についてあれこれ気にするタイプではなかったと思うが、妙にその一点についてこだわるので、アイカは返答する。
「負けでしょ」
「それって、惚れたから負けってことかな」
「え?」
「惚れた弱みって言うじゃん。松田さんが僕より他のことを優先してても、黙って見てることをさ」
 そういう言い方は、確かにアイカも聞いたことはある。けれど性に合わない。
「あたしはそういうの、黙って見てらんないから」
「怒りに行くんだ?」
「そう、今日だっていつ三年の教室凸ろうかなって考えてる」
「怖ぁ」
 でもいいね、と山田ははにかむ。
「黒沢さんなら謝ってくれそう」
「謝らせるし、ご飯も連れてってもらうし、なんか買ってもらわないと気が済まない」
「そんなに?」
「優弥があんまりあたしをのけ者にするなら、とっとと違う人見つけたっていいし」
「それ一番、黒沢さん困りそう」
 黒沢さん、君をすごい好きだもんね。とさらりと山田が言うから、アイカは少しだけ心が軽くなる。
「松っさんは?」
……同じことしたら、こんな年上よりやっぱ若いもん同士がええ、とか言うよ」
「枯れすぎ」
「ね、まだ二十代なのに」
 もうすぐ始業のチャイムが鳴る。アイカはスマホを取り出した。授業が始まればしばらくは見られない。まだ黒沢からの連絡はないが、こちらから連絡を取るのはやはり負けのような気がする。むしゃくしゃしながら鞄にスマホを突っ込んで、不貞腐れて口を尖らせていると、隣に座る山田が同じようにスマホを見て、少し目を見開いていた。
「なに? なんか来てた?」
 アイカは、山田が悪いことをしたときのようにまたわくわくした。山田のきっちり分かれた前髪も、きちんと着込んだ制服も、校則違反なんて一切ない模範的な姿勢も、その腹の中に隠しているずる賢さや皮肉屋なところを覆っている。案の定、彼はまばたきをして、これもまた鼻歌でも歌いそうなご機嫌さでアイカの方を向いた。そして手に持ったスマホをかざしてくる。
 そこには山田と松田のメッセージのやりとりが映っていた。端的でつまらない、事務的な会話ばかりだ。けれどほんの数分前に、松田からメッセージが届いている。写真が添付されていて、見ればスクリーンショットでwebチケットを撮ったようだ。アイカはすぐに、チケットのデザインを見て、映画の世界もゲームの世界も体感できる、あの大阪の有名複合商業施設だと理解した。
『会社で当たった』
『来月の二十五日。休み取るから』
 そのメッセージの下にはさらに写真が続き、行く店だとか、知らない名前、知らない地名が次々と出てくる。
 大阪は松田の地元で、だからこその情報が載っていて、
「大阪って、冬こっちよりあったかいのかな」
 と山田が言うのも無理はないほど、楽しげな予定が並んでいる。
 アイカは教室の片隅を見た。クラスの担任が持ってきたカレンダーが貼ってある。十一月、霜月、と続き、水彩の花の絵が書いてある時点で、「おばあちゃんの家にあったのと全く同じだ」ということ以外、すっかり記憶から薄れていたそれ。
 今年はアイカにとって早かった。彼氏ができて、楽しいことも面倒くさいこともあって、そこそこに充実していた。最近は黒沢との予定が合わずに不満続きだったが、それでも一応の愛は感じ取れていた。
 ──だから来月の二十五日は絶対絶対優弥にいいとこ連れて行ってもらうんだ! と宣言したのはたしか数日前で、山田はそのとき「ハイハイ、そうなるといいね」なんて薄暗い顔をして、クリスマスには興味ありませんみたいな態度を取っていたのに。
「マウント取られた」
「違うって」
「あたしも行く」
「いや、だめでしょ」
「決めた。もう今日優弥に言いに行く! 山ちんもついてきてよ」
「えぇ……嫌だよ」
 本鈴のチャイムが響き、教室には生徒たちが戻ってきた。
「こういうのってさ」
 山田はスマホを引き戻し、画面を見る。早くしまわないと担任に見つかれば面倒なことになるとわかっているのに、今日の山田はどこか浮ついている。
「会社で行きたい人が申し込まないと当たらないんだって。前に松田さんが言ってた」
 毎年、俺は行かんって抽選さえ参加しなかったらしいよ? とアイカに言っているのか、独り言なのかもはやわからない音量で呟いた。
 ……そういえば山田は今朝、最初からずっと機嫌が良かった。アイカが知っている山田という人間は、機嫌良く朝を迎えるなんて滅多になく、いつも眠そうにしていた。それが終始鼻歌まじりで、思えばそのときからきっと、松田からあらかじめ、会社の抽選に申し込んだことを聞かされていたのだろう。
 担任がやってきて、あのカレンダーを見る。「今日は十日か。エレベーターの日とか、いい友の日なんて言われる日でもあるな」とどうでもいい雑学を話し出す。山田は鞄にスマホをしまい、アイカの方を見た。
 惚れたら負けだ。想いすぎてはいけない。アイカは性に合わないだけで、なんとなく経験上わかっていた。
 けれどたしかに山田はそのとき、清々すがすがしいほど恋する顔をしていた。
「僕の勝ちでしょ」