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mineml
2025-11-06 12:06:11
4544文字
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【SS】Paranormal Crime ネタバレ
葬送曲が終わらない
エヴァはかなり気まずい気分で椅子に腰を下ろしていた。テーブルを挟んで向かいには、心配顔のライアンが座る。
打ち合わせ用の小さな部屋だ。今はブラインドを下ろしているが、ガラス張りの壁の向こうはすぐPCUのオフィスである。ただヘリオドロとノーヴァが外出しているほか、いつも通りニクスはモニタールーム、ダニエルは彼に割り当てられたオフィスにおり、ひとの気配はない。
「どうして言わなかったんですか」
「心配かけたくなかったから」
「心配で済ませられる話ではありませんよ、あなたが撃てないなんて」
もう少し慎重にタイミングを見計らうべきだったな、とエヴァは思う。
ライアンが所用から戻ってくるのが思いの外早かったし、その帰りに彼が射撃訓練室に寄るとは予想しなかった。その読みの甘さがすなわち、余裕のなさだったのかもしれないが。
「私が撃てないと困る?」
「エヴァさん」
「ごめんって。私のメンタルを気にかけてくれてるのよね? わかってる」
たしなめたライアンは眉を下げ、カルテを広げるように言う。
「いつからですか?」
「正確には不明。例の誘拐のときはあなたも知ってのとおり、特に問題なかったから、その後なのは確実」
「ええ、先日の。といっても直近の事件ではありませんね。あれは超常の犯罪ではなかった」
「そう。旧来のホモ・サピエンスが凶悪であるというだけの事件」
「詳しく思い出しますか? ただ、あなたの精神に負荷をかけるかもしれない」
ライアンの前職は精神科医である。しかも飛び抜けて腕がよかったに違いない。彼は言葉巧みにひとの意識を誘導して、本人も仔細を忘れている出来事をまざまざと思い出させることができる。思い出した本人が錯乱するおそれがあるにせよ、PCUのメンバーにはそれに対処できる者も数名おり、捜査で何度も助けられている。
エヴァは自分の両手に目を落とす。今は特に問題ない。気がついたときには、拳銃を握ると震えて照準が定まらず、ただの薄っぺらい人型でさえ撃てなくなっていたのだが
――
そしてそれを先ほどライアンに目撃され、しまったという顔をし、ここまで引っ張って来られたのだが
――
どうしてそんなことになったのか。
「お願い」
「わかりました。はじめましょう」
記憶のビデオを巻き戻し、再生する。
ライアンの手を借りたとて、得るものはさほどなかった。ある種の外見的特徴を備えた子どもばかり攫う男が、人質に取った無力な子どもを手に掛けようとする思い切りばかりよかったという話だ。ナイフが華奢な首筋に達するよりも、照準を合わせる方が早い捜査官がいただけのこと。
そのとき何の曲が口をついたのだったか。懐かしい頃のポップス。場違いにも歌を歌うと、意識が半分無意識へ逸れる。どんな無茶な射線であっても、対象に向かってどのように重心を取りいつ引金を引けば一撃で殺せるのかが、剥き出しになった無意識の一部で“わかる”。そんな気がしている。
「
――
そういう顛末だったわけだけど。だからといって、ねぇ」
夢から浮かび上がるようにしてライアンに視線を向ける。彼の表情は想像と違って、困惑よりもなお浮かなかった。
「だからといって、とあなたは言いますが
……
」
「うん」
「終わっていないのではないですか?」
目が合う。朝焼け。ロータス。冬の指先。薄く透ける血の色であるから、彼の瞳は蠱惑的であるのかもしれない。
「どういうこと?」
「事件を終わらせたとして、あなたの気がかりが終わったわけではないのではという疑いです。
……
お気づきでないのかもしれませんが、顔色がますます悪くなっていますよ、エヴァさん」
言われて、普段と変わらなかった口調をエヴァは押し黙る。両手の骨の奥に、例の震えが身を潜めているような気配を俄に覚えて、手のひらを軽く握る。
「事件を終えてから、いつもと違ったことは?」
「いつもと違ったことなんて。すぐに次に取りかかったし、ライアンとも一緒に案件をやっているんだから、私に変わった様子もなかったでしょう?」
「はい。ですから不可解なのですが」
線の細い顎に手を添えて、少し考える素振りをしたライアンはふと、あの珍しい色をした目をひとつ瞬いた。
「カウンセリングは受けましたか?」
「え?」
「カウンセリングです。人間に向けて発砲した場合、受けるように勧められるでしょう。あなたはいつも、そういった案件の後はきちんと受けていましたが、今回は?」
「ああ。うん。受けてないね、たまたまタイミングが取れなくて」
でも、とエヴァは声を明るくする。ならばと畳み掛けられる前に、弁明くらいはしておく必要がある。
「そんなに響かないタイプみたいよ。それはそれでどうかとは思うけど。カウンセリングを受けたとしても、いつもしばらく話すだけ」
「それで十分なら構いません。あなたの話すとおりだとして、あなたはそこに、何を求めていたんですか?」
両手の中に冷たい重みがあり、見ると、拳銃が収まっていた。加えて震えるほど強く握り締めていて、ああこれでは照準も合わないはずだ、と思った。
ファイルがいくつも落ち、挟まれていた紙がぶち撒けられる音が背後で聞こえた。手元に視線を注いだままの視界に、床を滑った書類が幾枚も映り込む。いずれもプロファイリング資料で、それぞれに顔写真が張られている。知った顔ばかり。正直、もうとうの昔に思い出さなくなっていた顔。つい先日目にしたばかりの顔。ブルー。フローラ。つまり自分の殺した者たち。本当はすべて覚えていた。殺すときの無意識の更に奥へ仕舞い込まれて取り出されないだけで。
「片付け」
「片付け?」
「私は片付けるのが苦手だから。手伝ってもらってた」
「何を片付けるんですか?」
書類の中に、ファイルから転がり出たCDがいくつも混ざっている。CDの入っているファイルばかりではないから、すべてのひとに当てたものではないにせよ、これらの葬送曲だけでアルバムを作れるだろう。漏れがあるのは不公平だろうか?
「うん。案件?」
「案件ですか」
「違うかも。片付けてファイルに綴じて、終わりにする。これでおしまい、正しく片がつきました、みたいに。そうね。ちゃんと終わってもらわなきゃ」
それがどこかで狂ってしまって終わっていないから、拳銃が手から離れない。片付いていたはずのものまでぶち撒けてしまって、では、どこから手をつければいいのかがわからない。
両手を塞がれたまま、しばらくの間呆然としていた気がする。数秒の間だったのか、もっと間が空いたのかはわからない。
「目の前の少年を、ひとり助けられました」
そう言われたことに気がついて、痺れるほど強張っていた両手が少し緩む。
「それが、あのときの私たちにできた最善のことです。お疲れ様でした、エヴァさん」
拳銃を取り落とした、と思った。
破裂音に肩が跳ね、我に返る。ライアンが手をひとつ叩いたらしい、と遅れて思い至る。エヴァの様子を見つめる同僚は、先ほどまでよりは和やかな表情をしていた。
「急に落ちましたね。危険はないと判断して続けましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫
……
たぶん。変な夢を見てるみたいだったけど、ああなるものなの?」
「夢ですか?」
「半分寝ぼけてるときみたいな」
見ていたもの、感じていたものを説明する。ライアンはすんなりと頷いた。
「普段は記憶を呼び起こす目的で使っていますが、催眠術をかけているのと変わりありませんから。あなたは無意識に、自身の記憶や心象を、そのようなモチーフとして認識したのでしょうね」
「そう」
呟いて、思い起こす。本当はすべて覚えていた、と確かに思ったのに、自分の殺したすべての顔を記憶から掘り起こそうとすると、もう思い出すことができなかった。それでも、ああして眼前に現れたのだから、意識の水面下には残っているのだろう。
「
……
それで、診断は? 私はどうしてバグを起こしたの、先生?」
「ルーティンが崩れたからではないでしょうか」
ライアンはカルテを閉じるように話す。診察が終わったらしい。
「発砲が必要な案件があった際には、あなたは決まってカウンセリングを受ける。ただ話をするだけであっても、話をすることであなたは区切りをつける。それが今回は行われなかったから調子を崩した」
「そんなことで?」
「そんなことがあなたには必要だったのだと思いますよ」
拍子抜けする気分ではあるが、ライアンが言うなら正しいのだろう。なにせ精神医学については、PCUで彼がもっとも詳しい。
腑に落ちきらないまま曖昧に頷いて、エヴァはふと呟く。
「区切りをつけていいのかしら」
ライアンが首を小さく傾げる。束ねた長い黒髪が、動きにつられて軽く滑る。
「終わりにしたり、片付けたりしてもいいの? だって、命を奪ったことには変わりない」
テーブルの上に置かれていた両手の指を、彼が軽く組む。
「あなたはちゃんと、終わりにしていいんです」
「ライアン、」
「たぶん、あなたに求められる心構え
……
覚悟というか。整理というか。気持ちの持ち方は、捜査官としてのものに加えて、狙撃手としてのものが必要です。だからあなたは今まで、自分を守れていたんですよ」
物思いが綺麗に晴れたというわけではない。ただ、このあたりで手を打たなければならないという現実味もあった。彼の言う狙撃手がまさしく、PCUで自分に課せられた役目のひとつであるのだ。
「わかった」
両手の骨の奥に、震えはもう感じない。
「あなたが言うなら、それでいいと信じる」
「また何か不調があれば、今度は黙っていないで話してくださいね」
「本当はライアンには言いたくないんだけど」
「そうなんですか? 冷たいことを仰る」
ブラインドを上げながら、ライアンは冗談めかした口ぶりをして振り返る。エヴァは肩をすくめる。
「腕がよすぎて、何でもかんでも暴かれて、ついでに優しくされそうだから。片付けが苦手って話、あんまり言いふらさないでね?」
「もちろんです。守秘義務がありますから。でも見ていればある程度わかりますよ」
「え? デスクやオフィスは整頓してるはずなんだけど」
「そういうところです」
おかしげな微笑に苦笑を返し、先に部屋を出る。まだ誰も戻っていなかった。
彼にカウンセリングをさせたくない理由は他にもある。
カウンセリングを受ける必要があるということは、自分はその前にひとを殺傷している。ライアンにその話を聞かせるのは不適当というものである。ブルーと目される生物を射殺したのがエヴァであると、彼は知っている。
どのように思ってもいいと言って、その後深追いはしていない。実際のところ、どう思っているのかは知らない。今も一緒に働き、ああして気にかけてくれたことがひとつの答えではあるだろうが。
射撃訓練室に戻ろうかとも考えたが、あまりオフィスを空けるのもよくない。エヴァは自分のデスクに戻ることにした。拳銃を握らなくとも、事務仕事は引きも切らず山積みである。
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