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syanpon
2025-11-06 05:51:26
5617文字
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『いつだって僕らはその二文字に恋をする』
オトスバ
現パロ
うさぎさんとの即興リレー小説です!
──意外と響くんだな、なんて血が上った頭の片隅で冷静に考えていた。
目の前には頬を張られても後ずさりひとつしなかった恋人がほんの僅かに目を見開いていて、けれどその表情は驚きの域を出てはいない。それがどうにも悔しくて、スバルは熱を持った瞼をそのままに目尻から大粒の涙を零した。
「なぁ。今の言葉、取り消せよ」
「今の言葉?」
オットーははてと首を傾げた。空気に触れて左の頬がじんと熱をもつのがわかる。もう一度、首を傾げた。ぼたぼたと溢れる涙を拭ってやろうと手を差し出せばその手も力任せに振り払われる。
「取り消せって言ってるんだよ!」
感情のままに怒鳴りつけるスバルに対して返ってきたのは一つのため息だった。
がつん、と後頭部を殴られたような衝撃にスバルは思わず息を呑む。
あれだけ優しく常に自分を気遣ってくれていた友人であり恋人でもあるオットーの口から、まさかスバルを窘めるためだけの吐息の音が聞こえてくるだなんて。こんな状況に陥っていてもそんな態度をとられるとは夢にも思っていなかっただけに、目の前の景色がワントーン暗くなる。
「別に、取り消す言葉も態度もありませんよ。あんたの言葉にそのままの僕の気持ちを返しただけです。それになんの問題が?」
「なんのって
……
!」
もう一度殴ってやろうかと振り上げた拳は行き場を失ってだらりと垂れる。感情のいく先も見失った姿はあまりにも滑稽だ。オットーが今スバルをどんな目で見ているのか知りたくなくて俯きうなだれる。
拭わないままのこぼれた滴がぽたぽたと蛍光灯の光を反射するフローリングに落ちた。
どうしてこうなったんだろうか、ほんのついさっきまで2人で並んで座って話していたはずなのに。
キスだってハグだってしたことがあるのに今この瞬間一番距離が遠くて寒い。
「お前は、俺のこと好きじゃねぇの
……
」
「好きに決まってるじゃないですか」
「なんで?」
「なんでって
……
」
俯いていてもわかる。オットーの手の温もりが、涙で冷たくなった頬を滑る気配はない。泣きじゃくる恋人を前に身動ぎひとつしないことは、つまり今のオットーにはスバルへと差し出す優しさがないということだ。
そんなの、もはや恋人とも友人とも呼べるだろうか。他人同士だって泣いてる人を前にしたら動揺くらいするだろうに。
「お前のこと、俺もうわかんねぇ。今のお前にとって、俺はなんなんだよ」
「僕にはナツキさんが言ってることの方がわかりませんよ。毎回毎回『別れる』って口にされるたび僕がどんな気持ちで引き止めて宥めていると思ってるんですか?」
「別にそうしてくれなんて頼んでねぇ」
「ええ、そうですね。だから僕が言ったんじゃないですか」
――
じゃあ今から友達に戻りましょうか、って。
「意味わかんねぇよ
……
」
再度視界が滲む。
オットーのことがよくわからない。スバルが好きだと言えばこうして好きだと返してくれるのに友達に戻りましょうかなんて到底無理なことも平気な顔をして伝えてくる。
いつだってスバルは好きという感情について行くだけで精一杯だというのに。
……
別れてしまった方がいいことなんてそんなのスバルが1番良くわかっている。可愛げもないのに試し行動だけは一丁前の面倒くさい男だ。
そうわかっている、別れるなんて軽く口にするスバル自身が一番オットーに未練があることなんてそんなこと、誰に言われなくてもよく知っている。
「そんな、そんな酷いこと言わずに嫌いになったって面倒くさいって言えば、いいだろ
……
」
床に情けない水たまりができる。
部屋に鼻水を啜る情けない音が響く。
情けない、情けないことばっかりだ。
好きで、好きすぎていつだって自分ばっかりがおかしく浮ついているみたいな気がして。オットーだってちゃんとスバルに対して言葉と態度で好意を示してくれているのに、なぜかその余裕そうな態度が苦しくて。
「おれ、ばっかりが好きじゃっ、意味、ねぇんだよぉ
……
」
窄んでいく涙に濡れた言葉尻にまた嫌悪を抱いて、ああいつもこうだ、だから嫌になる。
なんで、だって好きだから一緒にいたいって思うのに、一緒にいたらそれはそれで欲張りになる。もういっそのこと何も考えなくていいようにオットーに四六時中くっついていられたらとさえ思ってしまうくらい、スバルはオットーのそばにいたかった。
「お前が俺のこと本当に嫌いなったんなら、俺だってお前のこと嫌いになる努力するけどっ、でも、でもやっぱり嫌だ。お前が、オットーが好きなのは俺じゃなきゃ嫌だ。
……
なんで俺こうなんだろ、なんでおれ、お前のこと全然上手に好きでいられねぇの」
また一つ上からため息が落ちてきてスバルの肩がびくりと震える。逃げ出してしまいたくて、でも逃げ出すほどの行動力はなく他力本願に目を閉じればギ、と床が軋む音がより鮮明に聞こえて反射的に目を開く。
「や、行かないで__」
「馬鹿。行きませんよ何処にも」
引き寄せられた体。肩口に押し付けられるようにスバルはオットーの腕の中にいた。起こっている状況が信じられずに身じろぐとさらにきつく抱きしめられる。
「お、とぉ」
「なんなんですかあんたは。今日もいきなり別れるとか言い出して僕が友達に戻りますかって言ったら殴ってくるしそのくせ嫌いになったって言え?嫌いになるな? 言ってることこの数分でコロコロ変わりすぎなんですよ」
頭の上からいつもよりほんの少し固い声が降ってくる。抱きしめられたままではオットーの表情が見えなくて、さっきまで怖くて見たくなかったのに今はどんな表情をしているのだろうか。
「はあ、あんたをもっと上手に愛せたらどれだけよかったでしょうね」
吐息とともにぽつりと落とされた恋人の言葉に、スバルの思考は一時、停止をする。
「白状しましょうか、ナツキさん。あんたに僕がどう見えているかは知りませんが、僕だって不安でいっぱいなんですよ。いつあんたが他の誰かに奪られるかと思うと気が気じゃない」
「そんな、こと、」
「ないなんて言いきれないでしょう。現に僕はあんたを悩ませていたストーカーを遠ざけるために恋人のフリをしていたんですから」
ただの友人に関係性をひとつ追加した日のことを、スバルはオットーの言葉で思い返す。
傘を差すのも億劫なくらいの土砂降りのなか、人間不信に陥り公園のベンチに座って項垂れていたスバルに自分が濡れることも厭わず雨避けを差し出してくれたオットーに甘えたのが全てのきっかけだった。
「愛おしくて、仕方ないですよ」
「俺、だって。お前のことすごく
……
すごく好きだよ」
「ええ、知ってます。知ってるから、あんたの言うことにいちいち傷ついてしまうんです」
「
……
別れるって、言ってごめん」
「良くないですけど、良いですよ、許します。そのかわり、ひとつだけ僕のお願いを聞いてくれませんか」
「お願い? 殴ったから殴らせろとか?」
「なんですぐそっちの方向にいくんですか!」
スバルから体を離してオットーが呆れた声をあげる。優しい温もりが突然取り上げられてしまい反射でオットーの胸元をぎゅうと握り込んでしまう。
「あ、ごめ」
「
……
手はこっち。って、ちょっと腫れてるじゃないですか」
ぱ、と我に返って離そうとするとその手のひらを取られ、強く頬を張ったせいでほんの少し赤くなった手のひらをみてオットーは眉を顰めた。そして赤くなったそこに唇を優しく押し当てる。
「ひ、ひぇ、舐めたら治るって!」
「そんなこと言うと今から僕が舐めますけど」
「馬鹿馬鹿馬鹿! お願い! お願いがあるんだろ!」
口付けられた手のひらを引っ込めようとすれば指を絡められ、エスコートするようにまた引き寄せられる。抵抗なくまたオットーの胸元に収まればスバルの心臓とおんなじくらいオットーの心臓も早鐘をうっている。
「交換日記をしましょう。お互い好きなところと不安なところを一個ずつ書くだけの」
「こ、うかん
……
にっき
……
」
「ええ。直接なら言いにくいことも文字でなら伝えやすいことがあるでしょう。けれどいつものメッセージアプリではあまりに機械的で感情が見えませんし、反応が気になりすぎてしまいます。そして何よりも、形として残しておきたいなと思いまして。誰でもない僕とナツキさんがお互いを大切に思っていることや、好きすぎるからこそ悩みを抱えてしまったこと、決していいことばかりではないでしょうが
……
それらを見返したとき、僕らはより一層幸せな気持ちになれるんじゃないかって、そう思うんです」
もちろん無理強いはしませんけどね、と柔らかい声が頭上に降ってくるのをスバルは目を閉じて聞いていた。
「それ、いつから考えてたんだよ」
「あんたが僕を本当の恋人に昇格してくれてから、ずっとですよ。僕はいつだってナツキさんの特別が欲しいんです」
「もうとっくにそうなってんのに?」
「こう見えて僕はよくばりなんですよ」
ふ、と息だけで笑う音が鼓膜を掠めて、つられてスバルの口角もわずかに上をむく。
そうして薄く開いた口唇の隙間から、意志とは関係なく二つの音が自然に零れ落ちていった。
「すき」
「
……
僕も好きですよ」
「本当に、オットーのことが好きだよ」
「ええ。僕もナツキさんのことが大好きです」
何回でも言って、何回でも聞きたい。好きという二文字、すきという二つの音。それは、いつだってスバルを幸せにしてくれる、オットーだけが唱えられる魔法の言葉だ。
――
もっと、もっと全部。もっとたくさん。
こういうことも、これからはすべてオットーにぶつけてもいいのだろうか。それともやっぱり少しくらいは我慢したほうが、いや、でも
――
……
「
――
言いたいことがあるなら、聞きますよ」
「う
……
」
ならば、とスバルは視線を漂わせながらもお言葉に甘えて、
「もっと、好きって言って」
「
……
好きです。大好きですナツキさん。空気がないと生きていけないように、水がないと干からびてしまうようにあなたがいないともう僕は生きていけません。あなたという存在が僕にとってなにものにも代え難く愛おしいです」
「それはちょっち言い過ぎ
……
」
「お嫌いですか?」
「好きだから困ってる」
「それは僕が? 僕の言葉が?」
「〜っ! 意地悪だぞ!」
スバルが顔を真っ赤にしてオットーに噛みついても愛おしそうな瞳で見つめられるだけだ。そういうところが好きでそういうところも好きだ。どこが好きかもどのくらい好きなのかもどれだけ言っても足りない。
「好きなとこ一個書くって言ったじゃん」
「はい」
「俺の好きなとこ出なくなったら重複ありなわけ? お前の心労は日々積み重ねていく自信あるんだけど」
「ナツキさんはナツキさんでも日々違いますからね。何度だって言ってもらって構いませんよ。それに僕はナツキさんのことが大好きですから」
だから、とオットーが続きを楽しげに紡ぐ。
「思ったこと、なんでも書いて僕に見せてください。あんたが僕に感じることや求めることを僕は余すことなく知りたいんです」
「
……
もうおなかいっぱいってならない?」
「そんなご馳走様は死ぬまで言いませんよ」
「そっか」
満足そうに鼻から息を吐いたスバルをオットーは正面から強く抱き締めた。それから一度身体を引き、まだ少し赤さの残る双眸を親指の腹でゆっくりとなぞる。
「たくさん泣かせちゃいましたね、すみません」
「今が幸せだからいいよ、べつに」
「っ
――
あんたって、本当
……
」
「なんだよ」
「いえ
……
好きだなぁって」
「ふ、俺も大好き」
一文字に結んだスバルの唇に、オットーが耐えられず熱を落とす。
その好意を素直に受け入れたスバルは空を彷徨っていた両手をオットーの首の後ろに回し、誘うように引き寄せるとほんの僅かにその唇を開いた。
「な、友達に戻るのはナシだけど友達辞めるのもナシだからな。こうやって俺はお前にぎゅうぎゅうに引っ付いて死ぬまでぶら下がる所存なわけ」
「それは光栄なことですね。僕もあんなこと言っちゃいましたけどあんたを僕から逃してやる気なんてさらさらありません。ずっとくっついていていいですよ」
オットーの首に回された腕に力が込められ引き寄せられる。互いの顔が近づいてスバルの表情がよく見えた。ふわりと笑みをこぼす表情からは憂いも怒りもすっかり消え失せていてその柔らかくなった顔をオットーは静かに見つめる。好きだと言い合うたびに想いは強くなるし抱きしめるたびに離すことが惜しくなる。
「な、今から交換日記のノート買いに行こ。今日書くこと決めたから」
「ええ行きましょう。でもその赤くなった手のひらと目を冷やしてからですよ」
「お前の頬もな」
オットーのことが好きすぎてオットーのことを考えることができない不出来な恋人だ。オットーのことを好いて、逃げて、この男に許される。
いつであってもどこであってもオットーはスバルのことが好きらしい。スバルが疑って耐えきれなくなってゴミを混ぜてしまったとしてもそれすら飲み込み、こうして愛に変えてしまうのだ。言葉も態度も全てが愛を謳っていてスバルだけが受け取ることのできる形のない花束。
はじめはなんの言葉から綴ろうか。そんなのはもう、平仮名だろうが漢字混じりだろうがたった2文字で決まっている。
スバルは一瞬目を閉じてまた開き、何度言ってもいい足りないその2文字を再度紡いだ。
『いつだって僕らはその二文字に恋をする』
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