果南(カナン)
2025-11-06 00:16:02
2411文字
Public さめしし
 

早起きは知っている

しし+ごろしし。さめしし前提です。朝のちょっとしたひと時のお話。ごろが動いています。 (初出:2025/11/02)




 秋の早朝の空気は、気持ちがいい。
 ここ数日で急に涼しくなってきて、ランニングのウェアも長袖が必要になった。でも真夏に比べたらずいぶんと走りやすくなって、オレとしてはありがたい。早くも散り始めた街路樹の葉を踏んで、かさかさとリズミカルに音を鳴らしながら、少し速めのペースで駆けていくのは楽しかった。
 最後にスパートした後、家が見えてきたところでペースを落とし、クールダウンのつもりで歩く。深呼吸すると、冷たい空気が胸の奥まで洗ってくれるようだった。体はすっかり温まって軽いし、適度に腹も減っている。上々だった。
 首にかけたタオルで汗を拭いつつ、門の中に入る。玄関の鍵をあけ、ドアノブに手をかけたところで、内側から伝わってくるものがあった。
 ——そこに、いる。
「ごろー!」
 玄関に入ると、待ちかねたように小さな体が飛びついてきた。
「ごろしし!」
 急いで扉を閉めて、両手で受け止める。ごろししはひし、とオレの指にしがみつくようにして着地すると、ぷるっと体を震わせてから腕をよじ登り始めた。
「肩に来るのか? でもオレ、走ってきたばかりだから汗臭いぞ」
「ごろ」
「そっか、気にならないか」
 短い手足を懸命に動かして、ごろししはオレの腕を登ってくる。手のひらに乗せて動かしてやれば早いのだが、本人(本ごろ、だろうか?)がうきうきしてるのが伝わってくるので、好きにさせておいた。体を動かして挑むのが楽しい、ていうのは、たぶんオレと同じなんだろう。
 靴を脱ぎ、洗面所へ入って手を洗う。ごろししがちゃんと肩に掴まったのを確認してから、うがいをして顔も洗った。冷たい水で汗が流れて、だいぶさっぱりとした心地になる。
「ごろさめと、村雨は?」
 顔を拭いてから尋ねると、ごろししはふるふると左右に頭を振った。
「ごろー、ごろご」
「ま、そうだよな。寝てるよな」
 まだ、朝もだいぶ早い頃合いなのだ。
 足音を立てないようにして、キッチンへ向かう。コップに水を汲んで一杯飲み、静かなリビングを見渡した。
 今日は、村雨は仕事だと言っていた。だから、シャワーを浴びて着替えたら、朝食の準備をしながら起こしにいく。スープは昨夜作っておいたミネストローネを温めて、あとはサラダを盛って、パンをトーストして。ハムと卵は村雨のリクエストを聞いて、食べる直前に焼くつもりだった。
 いつも通りの、朝。
 今日も一日が始まって、オレも村雨も、ごろ達も、それぞれ生きていく。
……ご?」
 左肩でごろししが、こてんと体ごと頭を傾げた。
「あぁ、悪ィ。別にダメとか嫌とか、そういうこと思ってるワケじゃねーぞ」
「ご」
「ただ……なんか凄ぇな、て思ったんだよ。こうやって暮らしてるのが、当たり前になるってさ」
 自分以外の誰かが、普通に家の中にいて。
 一緒に寝たり起きたり、メシを食ったりしている。触れ合って、抱き合って、たくさんのことを共有して。
 これからもずっと、そうやって過ごしていこうとしている。
 ——大好きになった、村雨と。
「もちろん、お前達もな」
「ごろ!」
 ごろししはぴょん、とオレの肩で跳ねると、ぺちぺちと耳の下あたりを叩いてきた。冷蔵庫のほうを指し示しながら、何やらごろごろと訴えてくる。
「あぁ、腹減ったか? じゃあお前のも……え、ごろさめの朝食も? アイツ、今の時間に起きるかな……
「ごろ、ご、ごー」
「自分が起こすし、一緒に食べたいから作ってほしい? そりゃいーけど」
「ごーろ!」
 やったぜごろ、揃って朝ごはんだごろ、と。
 いかにも嬉しそうな、あたたかいニュアンスが直に伝わってくる。素直な、明るい気持ち。
 ごろごろ、と勢いよく肩を転がったごろししを、オレは右手で受け止めた。顔の前に持ってきて、糸で縫い取られた青い瞳を見つめる。ぬいぐるみだから表情は変わらないはずだけれど、あふれる期待と喜びできらきらと輝いて見えた。
「お前、ホントにアイツのこと好きなのな……ま、オレと一緒か」
「ごろ!」
「ん、そうだな。じゃあ、みんなで朝食にしような」
「ごっごろー!」
 ごろししは小さな足で立ち上がると、ぱたた、と嬉しそうに両手を振った。
 オレは指先で、ごろししの頭を撫でた。ぽふぽふ、と指を叩き返してくるフェルトの手が、あたたかい。当然のように返されるその仕草、込められた親愛の気持ちは、ひたすら真っ直ぐで優しく、じわりとオレの心もあたたかくしてくれた。

 建前の奥の本音とか、裏に隠された悪意とか。そんなのを疑う必要のない、小さな命。
 オレの分身にしちゃ、ちょっと可愛すぎる気もするけれど。

「ごろー」
……はは、そっか」

 こいつらのおかげで、オレはきっと、いろいろな気持ちを救われているのだと思う。
 村雨と、こいつらと暮らす毎日が楽しい。
 だから、これでいいんだ。

「ご、ごろっご」
 たふたふ、と足踏みをして、ごろししがリビングの扉を指し示した。オレは頷いて、ごろししを手のひらに乗せたままそっと床にしゃがむ。
「ごろさめの所に戻るんだろ。よろしくな」
「ごろー、ご!」
「起きた時にお前がいなかったら、アイツ絶対に拗ねるもんな。オレはシャワー浴びてくるわ」
「ご!」
 ごろししはぴょん、と元気よく跳ねると、そのまま床に飛び降りて、自分たちの寝床へと走っていった。昨晩は村雨が居る日だったから、ごろ達の寝床になっている籐製の編みカゴは、寝室ではなくゲストルームに置いている。
 ごっごろー、と喜び勇んで、小さな丸い体が駆けていく。その後ろ姿を見送って、立ち上がった。
「さて、オレもやるか」
 うーんと伸びをしてから、リビングを出てバスルームに向かう。寄り道をしてそっと寝室を覗くと、村雨は硬い黒髪を枕に散らして、すうすうと可愛い寝息を立てていた。