モモハナ
2025-11-05 22:33:06
6489文字
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紡ぎゆく想い -前編-

セレス国から日本国へ渡った後の玖楼国へ行く数日前。互いに胸中を語り合う一行。夜になり、黒鋼の部屋へと訪れたファイは……。
副題、日本国初夜編。が、すけべは後編になる予定。
色々と幻覚を見てます。

 セレス国での激闘を経て、日本国へと移動してきてから二週間ほど経った。
 日本国・白鷺城に来てからも、想定外の来客とひと悶着はあったものの、ファイと小狼の傷も癒え、大分本来の調子を取り戻していた。
 仲間内で一番重傷だった黒鋼も、腹部と左肩の怪我も大分良くなり、動かないと身体がなまると言っては主君である知世から受け取った亡き父の形見・銀竜(真打)の手入れの傍ら、稽古用の木刀を手に素振りをしている程だ。
 封真からファイの僅かに残っていた魔力を対価に受け取った義手も、初めて使う代物であることもあり、多少の違和感はあるものの大きな問題もなく黒鋼の失った左腕の代わりとして機能している。
 一行としては囚われているサクラを救うため、そして各々の目的のために一日も早く宿敵の男の元へと移動したい所ではあったものの、先のやり取りで次元の魔女に時が来るまで待つようにと言われ、黒鋼の故郷でもある日本国で静養をしつつ、その時を待っているのが現状だった。
 その先のやり取りをしてから数日経った頃。
 次元の魔女・侑子からモコナを通じて、明後日には玖楼国へと移動が出来るので、それまでに準備しておくようにと、改めて連絡が入った。
 通信を終え、シンと静まり返った室内で、三人と一モコナは改めて顔を見合わせた。
「やっとか。待ちくたびれたぜ」
 小さく笑いながらそう言った黒鋼に、ファイは小さく相槌を打つと金に染まった瞳を細くする。
「いよいよだねぇ」
これまで、二人には本当に迷惑をかけてしまった。そしてきっとこの先も、飛王・リードとの戦いも過酷なものとなると思う……
 恐らく、"小狼"との決着もそこで付ける事になるだろう、と小さな声で付け加えた小狼に、ファイがそうだね、と返事を返す。
「きっとサクラちゃんを救うために彼も来る。大丈夫、君と一緒に行くって決めた時から覚悟は出来てる。それにオレも、黒様じゃないけど飛王・リードに関しては一発殴らなきゃ気がすまないし」
「俺ぁ、殴るだけじゃ気が済まねぇ。あの男は、俺の手で必ずぶった切ってやる」
 勿論、あの小僧もぶん殴るがな。
 ギュッと義手の左手を握りこんでそう言った黒鋼は、必ず飛王・リードを自らの手で切るという強い意志を孕んだ紅玉の瞳をぎらつかせる。しかし、その反面、今もなおサクラを求めて別の次元を彷徨っている写し身の小狼を案じる、優しさを秘めた光をその紅玉の瞳に宿している事に気が付いて、小狼は思わず笑みを浮かべていた。
「モコナも、頑張る!」
 ぴょこんと小狼の掌から右肩へと飛び移ったモコナの小さな頭を優しく撫でながら、小狼がゆっくりと口を開いた。
有難うモコナ。それに、貴方達にも感謝してる。あの日、突然現れたおれを何も言わずに受け入れてくれて本当に嬉しかった」
「小狼~!」
「小狼君
 小狼の言葉にモコナとファイは嬉しそうに笑みを浮かべ、黒鋼は照れくさいのかふん、と小さく鼻を鳴らして小狼の頭をくしゃりと撫でた。
……絶対に姫を助けろよ、小僧。それで、絶対にあの野郎をぶった切って、全員で生きて帰るぞ」
だね」
「あぁ。必ず、さくらを救ってみせる」
 小狼、黒鋼、ファイとモコナは改めて、長い次元を越える旅を通じて築いてきた絆を感じ合い、また最終決戦に向けての意思を確かめ合うかのようにお互いの身体を抱きしめあった。


 その日の夜。
 入浴と夕食を済ませ、小狼達と別れ知世に宛がわれた部屋へと戻った黒鋼は、逸る気持ちを落ち着かせようと布団の上に腰を下ろした。
 座禅を組み、ゆっくりと瞳を閉じて深呼吸をする。
――もう二度と、大事なもんは失わねぇ。必ず守ってみせる。
 ゆっくりと深呼吸を繰り返していると、心に余裕が生まれてくるのを感じる。
 そのまま数分、瞑想をしていた黒鋼だったが部屋の外に人の気配を感じ、瞑っていた瞳をゆっくりと開いて襖の方へと視線を向けた。
……用があるなら、とっとと入れ」
「もー、何ですぐ分かっちゃうかなぁ。ちょっとは心の準備させてよ」
 僅かに不満を滲ませた声でそう言いながら、静かに襖を開けてファイが顔を覗かせる。
 お邪魔します、と一言断りを入れて、黒鋼の部屋へと入ってきたファイにおぅ、と返事を返すと黒鋼はどこでも好きな所に座るようにと促した。
 黒鋼の正面に向かい合う形で腰を下ろしたファイを見つめながら、黒鋼が窺う様に問いかけた。
血か? しばらく飲んでねぇだろ」
「うん、それもあるんだけど、玖楼国に移動する前に君と話がしたくって……
「そうか。とりあえず、先に飲んどけ。話はその後で聞いてやる」
 ファイに血を提供するために、刀掛けに置かれた短刀に手をかけた黒鋼にファイが待ったをかけた。
「待って黒たん。腕、切らなくていいよ」
「あ? 切らなきゃ血、やれねぇだろ?」
「大丈夫、自分で飲むから。だから、少しの間だけじっとしててくれる?」
 腑に落ちない、と言うような顔をする黒鋼にごめんね、と声をかけてファイは指先で黒鋼の着物の袷をずらして右肩を露出させる。
 外気に晒された黒鋼の右肩にファイはそろりと唇を這わせると、ゆっくりと口を開いた。
 ファイの右目の瞳孔がすっと開かれ、剣呑な光を宿すのと同時に彼の犬歯が僅かに尖り、黒鋼の肌に当たる。
っ!」
「ごめん、黒みー痛いよね? すぐに済ませるから、ちょっとだけ我慢してて……
 ビクリと肩を揺らして眉間に皺を寄せた黒鋼にそう言うと、ファイは黒鋼の肌に当てた犬歯をゆっくりと食い込ませていく。半分ほど食い込んだ辺りで黒鋼の肌が切れる感触を感じ、程なくしてそこからジワリと彼の血液が滲み始めた。
……ん」
 口内に広がる黒鋼の血の味に、ファイが恍惚とした表情を浮かべる。流れ込んできた血を口の中に少量ため込んでから、ゆっくりと喉の奥へと流し込み飲み込むという行動を数回繰り返すと、ようやく満足したらしくファイが静かに黒鋼の肩から唇を離した。
 吸血鬼の唾液には治癒力を高める効果があるらしく、黒鋼の右肩には一対の牙の跡が残っただけで、出血もすでに止まっていてファイはホッと小さく息を吐いた。
「有難う、黒たん。ご馳走様」
 唇についた血液を舌先でぺろりと舐めとるファイの仕草に、妙に扇情的なものを感じてしまい、黒鋼は一瞬ドキリと胸を高鳴らせた。
 幸いファイは気づいていない様だったので、黒鋼は小さく息を吐くと高鳴った胸を誤魔化すように軽くかぶりを振った。
また飲みたくなったら言えよ」
 言いながら、ファイの頭をくしゃりと撫でると、黒鋼はずらされたままの着物の袂を手早く直す。
ねぇ、黒みー。その刀って次元の魔女さんに対価として預けてたやつだよね? 返してもらったの?」
 黒鋼から身体を離したファイは彼の肩越しに、枕元に据えられた刀掛けを・・・正確にはそこに短刀と共に置かれた竜を模した柄の大振りの太刀の存在に気が付いて黒鋼にそう問いかけた。
 銀竜って名前だったっけ? と、指さしながら問いかけてきたファイに黒鋼はちらりとそちらに視線を向けるとあぁ、と返事を返した。
「確かにその刀も次元の魔女に預けた刀も同じ銀竜だ。だが、魔女に預けたのはあくまでもこいつを模して打たれた影打ちの方で、こっちが真打の・・・父上の形見の銀竜だ」
「影打ちと真打? オレには難しくてよく分かんないけど、刀って色んな種類があるんだねぇ」
「興味があるなら、後で詳しく教えてやる。それにしても、よく魔女に預けた刀の事、覚えてたな」
「そりゃ覚えてるよ~。あの刀ってさ、手で握る所んと、柄っていうんだっけ? そこが竜の顔になっててそれだけでも結構特徴的じゃない? その上黒ぽんってば、魔女さんに対価の話された時おっきい声で銀竜は渡さねぇぞー! って叫んでたでしょ? だから、余計に印象に残ってたんだよね」
 次元の魔女の店の庭先で初めて邂逅した時の事を懐かしむように、ファイが瞳を細めながら言葉を紡いでいく。
 それを黙って聞いていた黒鋼もまた、あの時の事を思い出し、あぁ、と小さく頷いた。
「銀竜は俺にとって一番大事なもんだからな。そもそも、俺の意思とは関係なく知世にあの店に飛ばされて、元居た国に帰るためにはたった今、会ったばかりの素性も分からねぇ様な奴らと一緒に行くしかねえと言われた上、次元移動の対価として銀竜寄こせって言われて、素直にはいそうですかって渡せるかって話だ」
 とはいえ、日本国に帰るための手段がそれしかない以上は対価としてあの時手にしていた影打ちの銀竜を渡す他なかった訳だが。
「真打は母上を弔う時に父上の代わりに一緒に埋めてくれ、と知世に託してたんだ。だが、アイツはいつか此れが必要になる日が来る事を見越して、密かに保管してたらしい」
「そっか、知世姫が
 ファイよりも、ともすれば黒鋼よりも年若いであろう彼の主君はしかし、日本国の中枢を担うだけの力を持つだけはあり、かなりやり手の様で、実際、一行が這う這うの体で日本国へと到着した際も微塵も動揺することもなく事に当たっていた。
 実際、知世姫の黒鋼に対する強い信頼を感じる瞳と彼女の口から発せられた『黒鋼は死にません』という一言に、ファイ自身、とても救われたものだった。
「あの時、片腕を失って血だらけで横たわる黒ろんを見て、オレはただ君に縋って泣くことしか出来なかった。だけど、知世姫は違った。瀕死の君を目にしても動じることもなくて、彼女は君が生きると信じてた。彼女の言葉があったから、オレは前を向けたんだ」
 君が仕えている人だけあるね、と笑みを浮かべるファイに黒鋼はあぁ、と小さく頷き肯定する。
「知世は俺にとって唯一無二の主君だ。それは昔から変わっちゃいねぇ」
 時には気に食わないこともあるが、それでも知世姫の言うことは絶対で、間違った事は一度としてない。だからこそ、黒鋼は幼き日に助けられた恩に報いるために彼女に仕え、これから先も変わらず仕え続けると心に決めていた。
……それより、お前俺に話があるんじゃないのか?」
 銀竜の事はあくまで今、目について気になっただけであり、本命は別の事だろうと当たりを付けて、黒鋼は改めてファイに問いかけた。
 それにこくりと小さく頷くと、ファイは一度深呼吸をしてから改めて話し始めた。
うん。黒りんに聞いて欲しい事があるんだ」
「下らねぇ話だったらぶん殴るぞ」
 さっさと話せ、と言外に言いながら黒鋼は右手で枕元に置いてあった猪口と徳利の載った盆を自分の傍まで引き寄せる。ファイが来ることを予期していた訳ではなかったが、二つ用意していた猪口を自分とファイの目の前に並べて置くと、左の義手で徳利を掴みとり中身をそこに注いだ。
「飲みながらの方が話しやすいだろ。てめぇも飲め」
 小さな猪口に目一杯酒を満たした所でそれを手に取ると、黒鋼はそのままゆっくりと猪口に口付けて、中身を呷った。
 小さな猪口では酒豪の黒鋼には一瞬で飲み干せてしまえる量で、空になったそれに黒鋼は続けざまに二杯目を注ごうと徳利に手を伸ばそうとした。
 それに気が付いたファイがオレに注がせて、と声をかけて徳利に手を伸ばした。
「はい、どうぞ黒様」
「おぅ」
 とぷりとファイによって注がれた酒を黒鋼はゆっくりと口に運ぶ。
 美味しそうに酒を飲む黒鋼を見つめていたファイは嬉しそうに笑みを浮かべると、そろりと自分の前に置かれた猪口を手に取り、ゆっくりとその中身を口に含んだ。
 口内に広がる独特の風味に美味い、と素直な感想がファイの口から紡がれる。そのままじっくりと味わう様に酒を飲み干すと、空になった猪口を脇に置いて、改めて黒鋼の方に視線を向けた。
「セレス国では色々と迷惑をかけてごめんなさい。アシュラ王の事も、ファイの事も君には沢山、酷いことをさせたよね」
 本当ならオレがやらなくちゃいけない事だったのに、と言いながら、ファイがぎゅっと膝の上で両手を握りこむ。
別に、テメェが謝ることなんか何にもねぇだろ。あの時は、ああするのが最善だと思ったからそうしただけだ。むしろテメェにとっては辛い事だったんだろ」
 ファイは先の戦いで、知られたくもなかったであろう己の過去を仲間に知られ、その上、父親同然のアシュラ王と、半身とも言える双子の兄弟との決別を経て、今、ここにいる。
 それで辛くない訳がないのに、小狼やモコナの前では気丈に振舞っているのだから、大したものだと黒鋼は思う。
 最も、旅を始めた頃は常に本心を隠し、作り笑いを張り付けて行動していたのだから、今更なのかも知れないが。
 あんまり強く握ると傷になるぞ、と握りしめたままのファイの手にそっと触れた黒鋼の掌の暖かさにファイはほっと息をついた。
「有難う、黒たん。あのね、知世姫に聞いたよ。あの時の事」
 ぽつりと小さな声で話ながらゆるりと握りしめていた掌を開いたファイは、そのまま黒鋼の右手の感触を確かめるようにそっと指先で触り返した。
 黒鋼の少し高めの体温が心地いいのか、両手の平で包み込むように彼の手を握りながらファイは言葉を紡ぎ続ける。
「オレの代わりにオレの魔力を宿したものを置けば、あの呪いの魔方陣から抜け出せるって夢を伝って知世姫が君に助言したって
 特に文句を言うでもなくファイの好きにさせていた黒鋼だったが、ファイの話を聞くうちにその眉間には皺が寄っていた。
 一度小さく舌打ちをしたものの、知世姫が話したのであれば今更否定する意味もないと判断した黒鋼はそうだ、と小さく頷いてみせた。
 あの時の事は黒鋼にも色々と思う事があるのだろう。猪口を手にしたまま、一瞬口を噤んだ黒鋼だったが、残った酒をぐいと飲み干すとファイに瞳を向けて静かに口を開いた。
先に言っておくがな、俺はあの時左腕を切った事に関しては一切後悔してねぇからな。むしろ、あの時何も出来ないままテメェをあの場において来てた方が絶対に後悔してた」
 だからテメェが気にすることなんて何もねぇ。
 そう言うと、黒鋼は手にしていた猪口を盆の上に置くと、表皮で覆われていない剥き出しの左腕を掲げてみせる。
「当たり前のことだが、人間には再生能力なんてもんはねえからな。切っちまったもんはもう二度と戻ってこねぇ。これから先、セレス国での事を思い出して後悔する事もあるかもしんねぇ。だが、不思議なもんでな、今は妙にすっきりしてるんだ」
 そう思えるのは、幼い頃、己の力不足で成しえなかった事を大切な人を守り抜く、と言う大義を成しえる事が出来たからなのだろう。
まだ慣れねぇ所もあるが、こいつも案外悪くねぇ。だから、あの時俺の腕に魔術をかけるんじゃなかったとかいうなよ」
 目の前で義手の拳を開いたり閉じたりして見せる黒鋼のその言葉に、ファイがズルいよ、と小さく呟いた。
「そんな事言われちゃったら、オレもう何にも言えないじゃんっ!」
 黒たんのばかぁ、とくしゃりと顔を歪ませたファイの右目から、ぽたりと雫が零れ落ちる。
「うぅ、泣くつもりなんてなかったのにぃっ」
 隻眼からぼたぼたと溢れる涙を拭うこともせず、ファイは肩を震わせる。
ここには俺しかいねぇ。今くらいは泣いたって構わねぇだろ」
ぽつりと呟くようにそう言うと、黒鋼はファイの後頭部に左腕を回しこむ。そのままファイの柔らかな金糸ごと彼の後頭部を大きな左手で優しく掴むと、黒鋼はファイの顔を自身の胸元へと引き寄せた。
黒ぷーのばかぁ」
「わざわざ言い直すこたぁねーだろ。ったく、良いから黙って泣いてろ」
 そろりと背中に回されたファイの両腕をそのまま受け止めると、黒鋼は震えるファイの背にそっと右手を添えた。