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shioyama
2025-10-13 22:52:16
2889文字
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Drunken Shark
海賊の賽 げんみ× 自陣×
HO1 秘匿あり
無防備な男だ。嘲笑にすら値する。
いつだってのんきで、笑い声を絶やさない。仲間に頼るそぶりを隠そうともしない、お気楽な野郎。時々甲板で寝こけているのを見かける。表情も態度も方針も。人の上に立つには色々と緩すぎる。悪く言えば雑。なのに誰しも彼に絆されてしまう。神に愛されているからなのか?どうしようもないことにどうしようもなく苛ついて、酒で煮えた喉がますます熱くなった。
初めて会った時からやけに隙をさらす無作法者だと思っていた。何回鼻で笑い飛ばしてやったか分からない。お前は俺を害さないだろう
――
そんな身勝手な信頼を押し付け、あまつさえ無邪気に放った己の言葉にどれだけの引力があるのかも知らず、やたらめったに他者を懐に招き入れる。自覚があるのかないのは分からないが、とにかくこの場においては彼の美徳であろうすべてにむかっ腹が立つ。あらゆる悪態が腹の底から溢れて嵐のように荒れ狂う。本能に近しい衝動は自力で止められるものでもない。理性という名の枷はアルコールで溶けきってしまった。悪酔いを自覚する。粗悪な酒を自棄に呑みまくった弊害が顕著に出ていた。ああ、本当に
――
「イライラする
……
!」
「あーあー。随分と派手に飲んだようだ。やけに気が立ってるじゃないか。水でも飲むかい」
「う、るせぇ!」
男が背中越しにはいてきた緩い言葉に噛み付く。こちらを見ようともせず、ただ暗い海を眺めている。背後にいる部下が冷静ではないことは、気配で分かるはずだろうに。いや、本当に気づいていないのか?仮にも海賊団のボスが?
……
どちらにせよ、たちが悪い事に変わりはない。酔いと苛立ちで勢いあまって抜いたナイフが重くなる。
「またあいつと喧嘩でもしたのか。それにしてはいつもより荒れているようにみえる
……
相当腹にきてるね」
「テメェには関係な」
「あるよ。そうつれないことを言うなって。仲間じゃないか、オレたちは。少なくともオレはそう思っているし、お前がいなきゃ困るよ。何回お前に頼ってきたことか」
船長の言葉に、息を詰まらせる。正直に言えば、頼られる満更でもない気持ちでいた。仕方がねぇなと口では吐きつつも、心が充実感と優越で満たされていくのだ。懐柔とはまさにこのことなんだろうな。
そうか、こういう奴を魔性だというのか。いや、違う。魔性というには艶がなく、悪魔というには格が低い。ひとたらし、人誑しだ。自ら姿勢を低くして、相手を見上げておいて。お前がいないと生きていけないと言わんばかりに尻尾を振る。そのじつ立ち上がればこの船の誰よりも大きい。人は完璧なものより多少不完全なほうが愛着がわく。人間であればなおさらそうだ。完璧超人とよく怪我をする人。どちらの世話を焼きたいか。少なくとも俺は後者だ。みんなそうなんだろうか
……
みんな。
ふと夢から覚めた気分だった。放っておけないと思っていた背中に、今ばかりは切れ味のいい刃を突き立てたくなる。本当に刺すつもりなんてなかったが、本気でやっちまってもいい。今ならやれる。夜の甲板には俺とこの男しかいない。こいつはどうせいつか人に刺される。というか時々女に殴られているところを見かける。いつか本気で刺される日が来るだろう。その前に俺が刺してやってもなにも変わらないだろう。ナイフを握る手に力を込める。
日頃、愚痴はあったとしても拾ってもらったこの人に恨みなんてない。ない、が。この噴出した感情はどこから来たのかなんてことすら、どうでもいいと思えた。たとえ目の前で無防備に背中を晒す彼が少したりとも悪くなかったとしても、苛立ちが押さえれない自分の前に出てきた時点でこいつが悪い。ただの小魚程度だった煩わしさが、酒で満たされた荒波に揉まれ、獰猛なサメと成長する。サメは恐ろしい。暗い海面から突然顔を覗かせて、強靭なる顎で噛み砕かれる恐怖を、船人達は知っている。その恐怖を味わわせてやりたい。遠い深海のように底が見えない、どす黒い敵意。なんとも抗いがたい感情だ。このまま海に叩き落としてしまえば、どれほどスッキリするだろうか
――
「捨てろ」
一歩間合いを詰めた瞬間、風が吹いた。背中越しの低くて抑揚のない声。足が止まった。たった三文字。誰が言ったか、それがすべてだ。
心臓が波打つ。平坦な水面に小石を投げ込むと波紋が生まれるが、俺に走った衝撃はそんなかわいいものじゃない。進路方向に怪しい雲を見た時のことを思い出す。雷を纏った嵐が迫りくるあの状況下で、誰しも航路を変えようと口にしていた。意見は全員一致していたはずだ。だが、皆は男が答えを出すまで動かなかった。彼が船長だから当然だ。荒くれ者だとしてもルールはある。最たるものは
――
キャプテンの言うことは、絶対だ!
「ナイフを、捨てろ」
目の前の男
――
振り向いた船長の顔は、いつもの抜けた笑みではなかった。普段は閉じている両の目が、月光の下でうっすらと開いている。潮風に前髪が揺られ、瞳が露になる。左右で色の違う瞳が、俺を射抜いた。マリンブルーとトレジャーゴールド。太陽と海のような眼差しだ。
頭が急速に冷めていく。脳みそに直接海水をぶっかけられたような気分だ。酔いなんて一瞬で醒めた。月が潮の満ち引きを決めるように。風が帆を膨らませるように。自然の摂理と並び立つぐらいにこの世では当たり前のことだ。この船の行く末を決めるのはこの男だ。俺は、彼についていくと決めた。どれだけ身勝手でも適当でも、それがこいつの魅力だ。彼と築いてきた日々が脳裏をよぎる。自分が握っているモノの重さに改めて気づき、ひゅっと呼吸が浅くなる。酔っぱらっていたとはいえ、キャプテンを傷つけようなんて、俺はなんてことを!
指先が痺れ、ナイフを取りこぼす。木目の床に傷をつけながら落ちたそれから、船長は俺へと視線を移す。睫毛は伏せられ、前髪が緩く片目にかかっている、凪のような男が戻ってきていた。口元を緩めながら俺に近づき、肩を叩く。
「ちょっと酔っちゃっただけだよね。気にするなよ、オレもそういう時あるし。今夜は早く寝なね」
擦れ違いざまに優しく声を掛け、船長は船内へと戻っていった。見開いた目で見送ったが、彼は振り返ることはしなかった。一人残された俺は、荒ぶる心臓を沈めるのに必死だった。冷や汗がとめどなく流れる。罪悪感で吐きそうだ。珍しい顔を見た、させてしまったと言ったほうがいいのかもしれない。なんだよ、ちゃんとキャプテンっぽいことができるなら、普段からやれよ
……
半笑いで冗談をこぼす。
暫く酒は控えて、率先して雑用をやろう。喧嘩したあいつにはちゃんと謝って
……
じゃないと、この船を降ろされてしまうかもしれない。あれだけボロクソ言ってておきながらも、彼に見捨てられたくはない。
魔性と呼ぶには、あまりにも暴力的で。カリスマという単語も何だか似つかわしくない。つまるところ、あれは魅力という武器を持つ一人の海賊にしか過ぎない。信頼を振りかざし、仲間を束ねて、大海原を駆ける
—
―
紛れもない海賊の長だ。
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