shioyama
2025-06-10 12:25:20
5305文字
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A Toast to My Star!

レプリカントの葬列 現行未通過‪✕‬
HO怪盗秘匿あり

やぁ、ジェーン。こんなところにいたのか。

パーティーで、壁際に立つ控えめな女性のことを"壁の花"って呼ぶけどさ。見惚れちゃうぐらい綺麗な花なら、つい声を掛けたくなるもんだ。こんな風にね?

はは、なんだか今日は浮かない顔をしているけど、大丈夫?この前、君の家に泊めてくれた時よりずっと沈んでる気がする。俺にはお見通しさ。あのとき食べたジェーンママお手製のシチュー、すっごく美味しかったなあ……話したくないんなら無理には聞かないよ。君のことが大事だからね、一歩引くってことを覚えたのさ。偉いだろ?

……今夜は疲れて寝ちゃうまで踊りあかしたい?それ、すっごくいいね、ハニー。いや、今夜は俺にハニーになってほしい気分?どっちでもいいよ。いつも通り、君が望むパートナーになろう。

一人称は?俺、私、アタシ、僕?二人称は、貴方、君、それとも名前?

性格はどうしたい?ブルーな壁の花をエスコートする、優しくて謎多き麗人?はは、自分で自分のこと麗人なんて言うのは調子に乗りすぎか。でもジェーンはそんな俺が好きでしょ。だって君好みに俺は染まってるはずだから。

俺のことは空っぽなグラスだとでも思ってくれ。無難なデザイン。一個三百円で売っている、ありきたりなモノ。いや、ちょびっとばかし美しいから五百円?そんな磨けばもっと光るグラスが君の手の中にある。

リボンで可愛くラッピングしてもいいし、きらきらシールでデコってもOK。ネームペンで君の名前を書いたっていい。ジェーン専用ってね。勿論、中身もお好みに。苦いけど目が覚めるコーヒー、喉が焼けるほどに熱いウォッカ、虫歯になっちゃいそうなほど甘ったるいジュース。自由自在、変幻自在。さて今宵のオーダーは?……もともと何も入ってないのかって?そりゃ、空のほうが好きなジュースを注げて便利だろう?

……可哀そう?はは!なら、君の望むままに。こんな可哀そうな俺を飾って満たしてくれよ、ジェーン。



どちらかというとジェーンは俺の方だろう、と密かに鼻で笑い飛ばしたことを思いだす。ジェーン・ドゥなのかジョン・ドゥなのかは想像にお任せする。

とにもかくにも、綺麗でカスタマイズ可能なこのグラスは、実のところ不良品だ。なんせ出生はゴミ捨て場。初めて見た顔はごみ収集作業員のおじさん。俺がヒヨコだったらそのおじさんの後を健気に追いかけていたところだ。それかもし俺が赤ん坊だったら、どこかの施設に預けられるところから映画が始まっていただろうが、あいにくしっかりと成人していた。ただの酔っ払いか何かだろうと決めつけられ、うざったそうにあしらわれてしまう。

何が何だか分からず「ここはどこだ」とか色々と捲し立てはしたものの、当然ながら彼にはお仕事が残っている。意味の分からない酔っ払いもどきにかけている時間はなかったらしい。追い払われるようにその場を離れるしかなかった。立ち上がった際、小さなボードがカラリと落ちたので慌てて拾って逃げるように去る。お仕事ご苦労様。

行く当てもなく彷徨いながら改めて探してみたけれど、やっぱりなかったんだ。大切なものを失くしてしまっていた。

目に見えないけれど、確かに持っていたもの。ナゾナゾみたいだね。答えは何だと思う?記憶だよ。

ゴミ箱で目覚めた時より前、過去の記憶が全くない。この世界が数十分前から始まったのなら問題ないだろうけど、みんな平然とした面で街を歩いている。言語だとか一般常識は持ち合わせていたが、これって不幸中の幸いってうやつ?いや、いっそのことすべて忘れた廃人状態なら誰か救急車を呼んでくれていたかも。

突然知らない世界に産み落とされた気分だった。記憶というのは、その人物を人物たらしめるピースのことで、たくさんのピーズが組み合わさってパズルになる。出来上がったパズルを人間と呼ぶのなら。俺は立派な外枠だけの無だ。ピースを全部どこかに落っことしてしまった間抜け野郎。ずるずると背中で汚い壁を掃除しながら崩れ落ちる。顔を覆ってうなだれると長い髪の毛が前に流れてきた。ゴミの匂いが強くついていて、とても不愉快だった。


それからの一年間は適当に生きてやりすごしていた。適切で妥当な方じゃないぜ、だらだらといい加減な方の適当だ。何かの物語だったら、超パワーに目覚めたり、怪しげな組織の人間が迎えに来てくれたりしたかもしれないが、人生そう甘くはないようだ。ハードモードすぎるだろ。

家も家族も覚えてない俺は、その日を生き延びるのに必死だった。身分証がない人物を誰も雇ってはくれないし、頼る当てもない。なら、あるところに付け込み恵んでもらうしかないだろう。

幸い俺にはそこそこの武器があった。顔だ。ナルシスト野郎と罵られるかもしれないが、俺はなかなかに顔が整っている、らしい。男か女か一見判別のつかない曖昧なところもウケがよかった。みんないい趣味してるよ。

適当なクラブやディスコにするりと潜り込み、適当な奴に狙いをつけてすり寄っていく。ああいう場所はナンパには最適だ。輪から逸れて詰まらなさそうにしてい奴が何人かいる。楽しそうに踊る連中たちを疎ましく、物欲しそうに眺めているそいつに、俺は優しく付け込む。とびきりの笑顔と優しい声で。最初は四苦八苦したが、コツを掴むと酒をおごってくれるようになった。ついでに泣き落とせば小遣いや飯もくれるし、寝床も貸してくれた。同情で飯が食えるんなら安いものだ。

節操なく老若男女問わずあらゆる人物に施しを強請る。そいつは何が好きか、どんな言葉を欲しがっているのか。死ぬ気で汲み取って、プレゼントボックスにラッピングをする。ガワも性格も趣味嗜好も都度変えて。今を繋ぐために自分を変える。演じるたびに自分の形をゆがめて整える。何者でもない俺は、何者かを演じるのにはちょうどよかった。そりゃもう必死だったよ。生きるか死ぬかの瀬戸際だからな。

賞味期限が切れて腐るまで、俺はこんな情けない生き方をしていくのか。そう嘆いているときに、黄杜という画商に出会った。倒れていた俺が握りしめていた「生きる絵画」というスチレンボードの板。唯一の手掛かり。「生きる絵画」の情報を探してやるから、その代わりに美術品を盗んで来いだと。とんだ交換条件だ。ただの一般人に何を求めているんだろうか。豚箱にぶち込まれちまえば記憶どころか自由すら失われる。だけど、俺はやるしかなかった。目覚めた時と同じだ。生きていくために成し遂げる必要がある。

だって寂しかったんだ。誰かのナニかにはなれるのに、ちっとも満たされたことがない。腹は満たしてもらっていたが、心はずっと空腹のままなんだ。

家族がいる女性の家に上げてもらったとき、母親に出してもらったシチューの上手さに涙が出た。市販のレトルトだとしてもさ、なんかやっぱりあるんだろうな、真心ってやつが。見えないけど確かに感じられる、人と人との繋がり。俺はそれが欲しくてたまらない。手に入れるためなら、どんな悪党にだってなり下がってやろうと決めた。物欲だけで評すれば、俺は既に立派な泥棒だったのかもしれない。

と、ここまで長々と俺のサクセスストーリを語ってきたが……いや、成功はしていないからサクセスではないか。とにかく、聞いてほしいのはここからなんだ。ブラウザバックしないでくれ。何をしても満たされなかった俺に、転機が訪れた。出会ったんだ、俺の心に水を注いでくれる作品に!

美術品盗みに没頭していた中、とある贋作を拝む機会があった。本物と見分けがつかないほどに精巧なそれに俺の視線は釘付けにされた。模様の中に真なる美しさがにじみ出ている。絵画を見て心が震えたのは生まれて初めてだ。一年足らずの短い人生だったが、人生最大の賛辞を送りたくなる。

ひどく心が震えたのを今でも覚えている。名作は鑑賞者の胸に深い衝撃を残す、と耳にしたことがあった。俺には無縁のものだろうと腐っていたが、本当だったらしい!絵に触れぬよう、額縁の端を掴んで掲げる。光を反射して艷めく油絵、狂気じみたほどの画力。作品の出来栄えとしては最高レベル。プロの鑑定士の目だって欺けるかもしれない。

だが、重要なのはそこじゃない。

大事なのは"贋作"なのに"美しい"ことだ。

贋作だったからだ。本物じゃないから、俺に届いた。片目に転がっている義眼、空っぽの記憶、演技だらけの台詞や行動。俺はレプリカの金継ぎで出来てる。ヒビの入ったグラスに、無理やり体裁のいい嘘を流し込んで、何とか人の形を保っている。

容姿だってそうだ。確かに世間一般から見れば俺は美人だろう。実際に何度も言われたけど、いくら褒められたって心は踊らない。むしろ底冷えしていく。鏡に映っているのは、ただの出来のいい人形だ。がらんどうなくせに、綺麗にまとまっている。中身は空っぽで、陶器みたいに温もりがない置物。鏡越しに目が合った瞬間、不気味な違和感が胸の奥でじわりと広がる。まるで命を持たないものが、俺を見返しているみたいに思えて恐ろしさすら覚える。鏡を見るたびに背筋がぞっとする。

中身も外側もちぐはぐな自分をいつも下に見ていた。今の俺は、以前の俺の偽物で、所詮レプリカ。偽物なんてさっさと壊れちまえばいいのに。どうせ本物には敵わない。そんな俺の人生をいとも容易くこの一枚が引っくり返す。

この絵は、俺だ。俺のための絵だったんだ。おかげで俺は初めて自分自身を認めてやれた。救われた心地すらした。張り詰めていた何かが、音もなくほどけていく。これを運命と言わずして何て呼ぶのか。

偽物だって美しくていいんだ。偽物だから劣ってるなんて誰が決めた?認めてやれる、やっと、腐ったようなこの第二の人生を──この贋作のように、偽物の俺は美しい!

一目でファンになった俺は、黄杜に相談をして、この画家を仲間に引き入れようと話をまとめた。どうしても会いたかったし、あわよくば共に活動してほしいと強く願っていた。自身の理解者と仲良くなりたいってのは当然の気持ちだろう。

贋作師さんは俺の手を取ってくれるだろうか。ウキウキしながら俺は姿見の前で準備をしている。なんでも大先生はとある裏社会の組織に監禁されているらしい。囚われのお姫様を助けに行くってことか?わくわくするね。

彼、彼女?どちらでもいい。贋作師さんはどんな性格が好きかなぁ。義眼の向きを調整しながら考える。裏社会の人間に捕まっちまうぐらいだから、押しに弱いのかもしれない。と、なると、安牌で明るい"俺"がいいか。いや、綺麗なお姉さんが嫌いな人間は早々いないから、意味ありげなスマイルが得意な"アタシ"か?はたまた新しくセットアップするか。うーん、悩む。デート前の女の子ってこんな気持ち?支度に時間かけちゃうな、これは。

舞踏会に行くシンデレラのように俺はあらゆる服や性格を試着する。なんたって、お誘いをするんだ。俺と組んで怪盗をやってくれ!ってさ。とびきりの誘い文句と一張羅で出向かわないと。今から忍び込むのが怪しげな組織だとしても、俺からすればただのダンスホールだ。

……待て、そういえば俺の名前、まだ定めていなかったな。あらゆる人の前に表れては消える根無し草のような生活をしていたから、そのたびに適当な名前をつけていた。このグラスにもいよいよ商品タグをつけるときが来たのか。折角だから響きがいいものにしたいな。

日陰者の俺にとってはあの球体は月も同然だった。偽物も本物も平等に照らし、心を湧き立たせる。本物じゃなくても輝けることを名前に刻み込みたい。美しいこのレプリカは神聖なものであってほしい。そういった言葉からとれないかな。セレスティアル、英語で天空のとか神聖って意味だ。この響きを参考にしてみよう。

ディスコで踊り明かしたあの夜を思い出す。狭い空に浮かぶ丸いミラーボールの光はまるで月のように眩しかった。日陰者の俺にとって、あの偽りの天体こそが真実の月だったんだ。万象を区別なく照らし、心までも躍らせる。
本物でなくとも輝ける。君が教えてくれた想いを名に刻みたい。美しいこの俺は、ただの模造品ではなく、特別なレプリカだ。願わくばそれが神聖なものであってほしい。天空の輝きに見染められたあの日の憧憬も宿そう。

「やあ、会いたかったよ!『一級品の贋作師』くん!」

鏡に映る月は美しいが、所詮本物ではない。俺もまた、かつての俺の鏡像に過ぎない。模した影だからこそ手に入る輝きがある。真偽の境界を越え、俺は「特別なレプリカ」として輝く。ならば影でありながら光を持つ者として、この名前を背負って生きてやろうじゃないか。名もなきグラスに今からひとつの月が注がれる。願わくば俺の星と共に、乾杯を!

「俺の名前は鏡月セラ! 早速だが俺に攫われてくれ、マイスター!」