shioyama
2025-04-02 10:16:27
5371文字
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Aloe

快刀乱魔 現行未通過×
HO花 後日談

しょーじきに。正直に言うとだよ。アタシはエリートと呼ばれる類の人間じゃなかった。だから、エリートになったんだよ。今もそうあろうと努力を続けている。大変だけどね。

自信は態度に表れるって、おかーさんに教えてもらってからは下を向かないようにしている。顎を引いてまつげを持ち上げ、背筋はまっすぐに胸を張る。つむじに一本のピンをねじ込まれているイメージを想像すれば自然と姿勢はよくなっていった。もちろん身だしなみにも気を遣っている。いつだって髪の毛は風に流れるよう手入れしているし、控えめな香水で気品を漂わせている。表情管理に気を配ることも忘れない。いつも淡い笑みを湛え、しかし威圧感を与えないよう適度に崩す。ずっと笑顔な人間よりは話しかけやすいだろう。人は他人の顔色を窺う生き物だ。崇高さと親しみを同率の割合で保てば、あちら側から近づいてきてくれる。話し方や振る舞いは少しおどけていたほうが良い。ハマっていた漫画のキャラクターをイメージしたいせいで、職場デビューを誤った感は否めないが何とかうまくやっている。インパクトのあるキャラクターは強烈な第一印象へとつながる。マイナスへ傾く可能性があるとはいえ、記憶にすら残らないよりは幾分かマシだと捉えていた。昇格、昇進、出世を目指す身としてなんらかの方法で自分をアピールする行為は必須だった。当然仕事にも励む。浅めの経験を身体能力や判断力で補いながら凶悪犯を日々追いかける。自分より大きな男性と相対するのなんて日常茶飯事。誰よりも早く駆け、抵抗を食らったとしても平然と立ち上がり、犯人をねじりあげることを繰り返していたら、四肢漁りという大事件を担当することになった。努力が報われたのだと喜んだ。花鳥風月班。滅茶苦茶かっこいい班名だなと今更ながら感心する。班長としての業務は色々とあったし、ひっきりなしにやってくる。捜査統括、現場支持、事務仕事、報告書作成、打ち上げの日程調整……

──疲れた。誰もいない家に帰った瞬間、ためらいなくソファへ飛び込んだ。ぼすっと全身を受け止めてくれるソファに身をゆだねる。体が解けていくような疲労感がじんわりと滲みでてきた。何度か呼吸を繰り返すとやっと気持ちが戻ってくる。まどろむ瞼を無理やりこじ開け、テーブルの上へ手を伸ばす。何度か宙をつかんだのち、指先にリモコンがあたった。たぐりよせて電源ボタンを押す。特に興味のない番組が流れはじめる。面白いチャンネルを探してもよかったが、それすらも面倒に思えるほど疲れきっていた。肩に力を入れて緩めるとぼきりと音が鳴る。肩凝りが凄まじく、鈍痛が頭にまで上りつつある。

作り上げたキャラクターを、さも本物であるかのように見せ続けるのは本当に大変だ。役者さんってすごい。職場ではいつも気を張り詰めているから、帰宅すると大抵このザマになる。時々わざと零す親しさ以外に素の自分でいられるのは、ひとりきりでのたばこ休憩と自宅だけ。家は大好きだ。おかーさんにどれだけ甘えても、だらしなくても体裁が崩れないから。世間の目から逃げ切れる唯一の場所。家では吸わないようにしている煙草とライターを無造作な動作で机に置く。ちょっとだけ身軽になれた気がして、ネクタイを乱暴に引き抜きソファの背もたれにひっかける。ついでに胸元と腰のベルトも外した。シャツも脱ぎ捨てたい。

エリートでいるのも本当に疲れる。というか死ぬほどむいてないね。軽くなった体でしみじみと実感する。こう、エリートってこんなに気疲れするものなのだろうか。そうだとするならアタシは全世界のエリートと呼ばれる存在を尊敬する。毎日考えること、やることが大量にあるのに、苦労を表にださず涼しい顔でやってのける。大変さを周りに伝えることが悪だとか恥だとかは思わない。だけどアタシの戻るエリート像は隠し事が上手なタイプ。花は生涯の辛さを語る口は持たず、美しさだけを灯して咲く。そうあるべきだ。優秀、優美、先頭に立つ者。頼るのではなく、頼られる者へ。演じる役柄の理想は高ければ高いほどいい。とても、とってもとても大変なのは理解している。ちょっぴりげんなりするほど。本心とはかけ離れたアタシの目標に至るまで、まだまだ距離があるのだからへこたれてはいられない。

その足掛かりとして、世間でも騒ぎになっている四肢漁り事件を担当できたことは行幸だった。また一歩、高みへと昇れると張り切った。しかも班長。二十四歳にして重大事件の長を務められるほどに期待されていると前向きに受け取った。意気揚々と取り組んでみたはいいが、癖の強いメンバーたちにはハラハラさせられた。心の柔い部分を見せぬまま、性別も年齢もバラバラなメンバーをまとめて任務を遂行する。若干ユニークではあるものの、総じて優れていたため思ったより手がかからなかったのは有難い。むしろ何度か助けられた。そんな優秀なメンバーを管理不足で怪我を負わせてしまった事は深く反省している。エリートにあるまじきミスである。誰にフォローされようが、班長であるアタシの責任なのは変わらない。性別だとかまだ若いからだとか、そんなもので責務を譲る気はなかった。貴族はその地位の高さゆえに責任が発生するのと同様だ。班長たるもの全てを負う必要がある。また、アタシの目指すエリートも同じだ。その後は同じ失態を犯さないよう、班員たちへの声掛けを徹底した。メンバー間の空気が澱まぬよう更に意識をして立ち回ってもいた。過干渉はいけないし、寄り添いすぎない絶妙なコミュニケーションを心がける。班長としての立場ってもどかしい。全力で悲しみに寄り添ってあげたい気持ちが地団駄を踏む。アタシがまず第一に優先すべきは捜査の続行だ。だからこの事件に思い入れのある男性たちとうまく接することができなかった。ここも反省ポイント。難しい、人間関係って。でも、後輩と元先輩の間柄も最悪を免れているようだし充ちゃんとアタシも仲良くなれた、と思いたい。個人的希望もめちゃくちゃ入っているかも。

あーあ、アタシじゃなかったらもっとうまくやれていたのかな。誰にも言えない弱音を飲み込む。ダメダメ、エリートのアタシが愚痴なんて。ぎゅっと目を閉じると薄い夢を見た。過去の反芻だ。思い返せばアタシの記憶にはいつもおかーさんがいる。というかおかーさんしかいない。友達がいなかったからとかじゃないからね。アタシが思うに、夢っていうのは大事な思い出のリバイバル。海馬が間違って捨ててしまわぬよう、こうして夢の形をとり再上映される。忘れたくない記憶、己の根幹になっているあの日の思い出。おかーさんが最優秀女優賞をかっさらっていくのも納得だ。

幼少期。夕暮れに染まった帰り道。買い物袋を持ちたいと強請ったアタシの頭上でカラスが鳴いている。近所の人に話しかけられて足が止まり、早く帰ろーよとぐずる子どもの目に、心ない言葉をぶつけられている母の横顔が映る。お父さんがいなくて撫子ちゃん可哀そうね。なんて。何も知らないくせにどうしてそんなことが言えるんだよ。ちきしょー、許せない。おかーさんも悲しそうに目を伏せてないで、言い返せばいいのに……違う、アタシがちゃんと言ってやればよかったんだ。おかーさんに育てられてとっても幸せだから、そんなこと言わないでって。なんで口が動かなかったんだろう。弱虫、意気地無し。今なら堂々と前へ出られるのに。警察手帳をドーンと突きつけてさ。若くして出世街道を二段飛ばしで駆け上がり、いろんな事件を解決している娘の前でもう一度言ってみてよ。貴方の息子さんよりエリートで将来有望ですが?なんて煽ったら多分おかーさんに怒られる。あの瞬間には戻れないけど、同じようなことがあれば颯爽とおかーさんを庇うんだ。その次は、いつ来るか分からない。だから備えておく必要がある。万全の幸せで居ることが大事。アタシは自分が最強で幸福でいることが、最高の恩返しになるのだと信じているし、恐らく正しい。おかーさんもアタシも幸せだって証明するために毎日頑張ろう。ずっと、これからも。やっぱりおかーさんのこと大好きだな、愛してる。おかーさんの若い時間をたくさんあたしのために使わせてしまったことに申し訳なさを覚えるぐらいには。二十五歳で親にも友達にも頼れず、知らない土地で赤ん坊とひとりきり。考えるだけで胸が痛い。アタシにはきっと無理。心の底から尊敬する。ごめんなさい、いっぱいわがまま言っちゃったし、今も甘えちゃってる。だってアタシが甘えられるのおかーさんしかいないんだもの。今も迷惑かけてる分、少しずつお返ししていかないと。

愛すべきたった一人の家族のため。なんていうと押しつけがましいかもしれないけど、他に言いようがない。直接おかーさんへ「貴方のために頑張っている」と伝えたことはなかったし、これからも当然のような顔で背筋を伸ばし生きていくつもりだ。志だけは高いアタシだけれど、実は花塚撫子ってものぐさで面倒くさがり屋。おまけにマイペースで子供っぽい。カレーは甘口だし、プリンはいつだってプッチンしたい。授業中最前列で手を挙げるより、窓際後方の席でぼんやり寝ているタイプなのだ。すきあらばサボりたい。一度はやってみたかった、授業中に抜け出して屋上で寝るやつ。でもしなかった。おかーさんにこれ以上迷惑かけたくなかったから。食べられないものはないけれど、グリンピースとかは普通に嫌いだったけど、我慢して飲み込んでると、気づけば好き嫌いはなくなっていた。昔からプリンはずっと好きだけど。勉強だってすきじゃないんだよね。本読んだら眠くなるし。大好きな昼寝を我慢して徹夜で参考書を捲った日々が懐かしい。我慢できずに寝落ちた朝、肩にかけられた毛布の重みが心地よかった。優秀なのは当たり前。成績はいつも上位をキープ。運動や課外活動も忘れない。一目置かれる存在になることに尽力していた。だらしない性格の矯正まで手が回らなかったけれど、刑事になってからは表面上一応取り繕えている。こうして少しずつ完璧に近づいていければいい。突然スーパーマンにはなれないように、エリートの道も一歩から。アタシがおかーさんを幸せに……潮風のにおい。波打ち際に浮かぶ白い献花、ずっと遠くの水平線を眺めるおかーさんの頬に伝った涙の色が、

ハッと目を覚ます。意識が明瞭になった。相変わらずテレビからは面白くないトークが流れている。垂れていた涎を拭う。一瞬、思考の海に溺れてしまっていた。あの涙が焼き付いて離れない。アタシがおとーさんを殺したから、泣かせたんだ。つまりアタシが泣かせた。おかーさんを幸せに……本当に、できるかなぁ。この不安はぬぐえない。実際に泣かせてしまったわけだし。斬り捨てた判断に後悔はないし、あれでいい。何度繰り返しても同じ答えを選ぶ。向ける刃に迷いなんてないし、あってはいけなかった。だってあたしはエリートだから、父親だとしても犯罪者は犯罪者として裁かなければならない。初めて会った人に対して思うところはあんまりなかったけど、突き立てた瞬間、感じた。この人を斬れば、おかーさんは悲しむかな。つかの間の疑問が刀を握る手を鈍らせる。幸運なことに振りぬくことはできたけど、一歩間違えれば返り討ちにあっていた。あの躊躇いは完全に私情だった。はあ、情けない、やっぱりアタシはまだエリートになりきれていない。この前夜昂君が辞めるといったとき全力で駄々こねちゃったしな。嫌すぎて。あれは完全に素だった。子供の花塚撫子の部分だった。しっかりしろ、エリート先輩。でも嫌だったもん、せっかく仲良くなれたのに。あー、早く完璧になりたい。二羽さんも一課に来るって言ってたし、お祝い会の用意しなきゃ。仲間が増えるのは純粋にうれしい。あの人も苦労している。早く馴染めるよう手回ししなきゃ。目を離したらすぐ無茶しそうだし気も配らないと。充ちゃんとの女子会プランも練らなきゃ。ニンニク好きなんだったら二郎系かな。次にカラオケ。味覚ないって言ってたけどどの程度なんだろう。見た目と歯ごたえが面白いものだったら喜んでくれるかな。めちゃくちゃ山盛りのパンケーキとか。

微睡みから覚めて、薄暗くなった窓を眺める。そろそろおかーさんが帰ってくる。先にお風呂に入らないと。帰ってきてからも休む暇はあまりなく、やることはたくさんある。全部投げ出してさっさと寝たい。ぐうたらな本音を押しやって、ソファから起き上がる。まずメイクを落とす。シャンプーとリンス、トリートメントには丁寧に時間をかける。汚れが残らないよう念入りに体をこすり、湯船にもちゃんと浸かる。本当はシャワーだけが楽で早いんだけど、浸かった方が汚れは落ちる。出た後はタオルで水気をとり、ヘアオイルで艶を保つ。ドライヤーは大変……大変に面倒くさいが、ちゃんとやろう。この前サボって余計大変な目にあった。あ、お風呂の前に筋トレだ。出た後はストレッチ。ちょっと太ってきてしまったツケを払う時が来た。がんばった分、おかーさんに甘えても許されるだろうか。冷蔵庫のプリンも食べていいだろうか。いや、だからダイエットしなきゃって。