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shioyama
2025-03-20 23:52:01
2389文字
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Elite Mornings Begin Early
快刀乱魔 現行未通過×
HO花 モブ視点
その朝も男は日が昇り切らないうちに家を出た。
深夜、ぬるいビル風で冷やされたアスファルトを踏みしめながら人気の少ない道を行く。早朝の空気は冷えていて喉にしみる。排気ガスまみれの都会だとしても、目覚めた時に飲む一杯のミネラルウォーターのような清々しさが漂っているような気がした。日中よりも少ない交通量や人通りを確認した男は鞄から無線イヤホンを取りだす。周囲にそこまで気を遣う必要がないためブルートゥースの音量は高めに設定している。電車内も同様だ。満員電車で詰め込まれているときに片耳を落としてしまえば、高確率で誰かの靴底に踏みにじられる羽目になる。安いものでもないのだ、大切にしたい。この時間帯の電車内ではその心配もない。音漏れだけには気を付けたいところだ。
男が出勤時間を一時間ほど早めてから数週間が経った。はじめは耐えがたい眠気に襲われて苦労を強いられた。会議で舟を漕いでしまったときは冷や冷やしたが、いまや慣れたものだ。むしろ冴えた頭で午前中活動できている。人の少ないオフィスでのんびりと朝食を食べながら勤務開始時刻を待つ余暇は、彼にとってかけがえのないものになっていた。早起きは三文の徳とよく言ったものだ。
近くのコンビニでパンとコーヒーを買い、署まで歩く。大通りから逸れたこの小道には街路樹が植えられていて緑が多い。春には散った桜が絨毯を作り、通行人たちの目を楽しませる。花見のピークは過ぎたが地面にはまだ名残が残っている。男が角を曲がろうとしたとき、ふと数メートル先で誰かがしゃがみこんでいることに気づいた。鮮やかな黄緑色の後ろ髪が地面に触れそうになっている。髪の長さからして女性だろう。落し物か。もしかして体調が悪いのか。
「あのー
……
大丈夫ですか」
男は刑事に求められるべき心構えで彼女に近づいた。頭上から声を掛けられ女性は「む」と小さく一音を漏らして視線を持ち上げる。独特な桃色の眼差しが瞬き、つられて男も息を漏らした。
「いや、心配は無用。いらぬ気を遣わせたな」
謝罪をしながら女性が立ち上がると、男の目線より若干高い位置まで伸びあがる。百七十前半の身長の持ち主である男よりもやや高い。ヒールを脱いでもらってもおそらくちょっと負けている。
「
……
花塚刑事」
「いかにも。我が花塚撫子。捜査一課のエリートである」
捜査一課のエリートとして名高い彼女の存在は彼もしるところであった。口癖はエリート、かしこまった口調で話す不思議な女性だ。奇妙なふるまいをすることでも有名ではあったが、仕事面に関しては優秀らしく悪い噂はあまり聞かない。男も捜査で一緒になったことがある。初対面の自分にも明るく声を掛けてもらったが、あっちは自分のことを忘れているだろう。華やかな出世街道を駆け上がる彼女を下からぼんやり見上げているような自分のことなんて。卑屈になりつつも疑問が浮かぶ。そんなエリート刑事が何故こんなところでしゃがみこんでいたのか。体調が悪いようには見えない。ならばなぜだとますます気になる。恐る恐る理由を尋ねてみると、何のためらいもなく答えてくれた。
「花びらを集めていた」
「え?」
花びら。男は地面を見やる。薄い風が吹いて、弱弱しく何枚かアスファルトを擦って脇へはけていった。散り際の花弁の中には端から茶色に変色しているものもありお世辞にも美しいとは言えない。
「花びら収集
……
捜査の一環でしょうか?」
「完全に私情だが」
「えーっと、花弁を集めてどうするんですか?」
「エリートポイント」
「はい?」
「エリートな行いをしたものにポイントとして花びらを配っているのだ。その名もエリートポイント。30枚集めたら缶ジュース一本と交換できる。いつもは後輩にあげていたのだが最近仲間が増えたため、追加調達に参った所存。折角エリートな振る舞いができたのに、その時にポイント配布ができないと皆悲しむであろう」
「はあ」
「エリートは班員たちのやる気をあげるために日々努力を惜しまぬものだよ」
ダメだ、何を言っているのかよくわからん。適当に相槌を打ちながら男は考えることを諦めた。キャリアエリートの思考回路を理解しようとするには脳みそが起きてなさすぎる。寝起きから一時間以上経過しているが、そういうことにしておこう。しかし緊急性のある状態でないのならよかった。
「あの、何もないなら良かったです。お邪魔してすみません」
「ああ、こちらこそ気遣っていただき恐悦至極」
自分には理解できないが、きっと彼女にとって意味のある行動なのだ。これ以上引き留めてしまうのも悪い。早々に退散するに限る。立ち去ろうとした男に対して花塚はうっすらと微笑む。目じりが和らぎ、口元を緩ませる上品な笑い方だった。
「では、またご一緒することがあればよろしく頼む、佐藤巡査。毎朝早くお疲れ様。早出の申し子とお呼びしようかな」
「ええ、ぜひ
……
その二つ名はちょっと
……
」
ぺこりとお辞儀をした男は背中を向けて歩き出す。数歩進んだところで、はたと足が止まった。あれ?聞き間違えでなければ、佐藤巡査と。男の名前と階級を呼んだ。覚えていてくれたのか。いいや、ひっかかったのはそれだけじゃない。早出の申し子。その呼び名はご遠慮させていただいたが、毎朝早く自分が出勤していることも知っていなければ出てこないあだ名だ。
佐藤はちらりと視線だけで振り返る。背中を丸めて花びら収集に勤しむ彼女はスーツを着込んでいる。と、いうことは既に出勤済みなのだろう。優秀な人材は周りをよく見ている。今更名前を知っている理由を突っ込むのも野暮だ。そう思った佐藤はそれ以上突っ込まず、肩をすくめて署へと向かった。たまには朝食を楽しみながら、時間外勤務にでも勤しんでみよう。そんなことを考えながら。
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