shioyama
2025-02-05 21:38:39
5421文字
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スミス・C・ノーマークスの優雅なるラストデイズ

だが奴らは四天王の中でも最弱
ネタバレなし 公開HO
HO1 の前日譚 INTは4しかない。

カラカラ。何かを引きずる音色がゴーストタウンに朝を連れてくる。小鳥たちは目覚めを告げる役割を放棄してとっくの昔にどこかへ飛び立ったようで、微かな物音だけがモノクロ映画の中で色彩を放つ。乾いたフィルムを映写機で回すような音色、等間隔で地面を踏みつける靴底、身体中に装着している武器たちがが掠れあう響き。カラカラ、コツコツ、ガシャガシャ。擬音であらわすとこうなる。合奏曲にしてはセンスの悪い楽器のチョイスではあるが、ゴミを投げつけるオーディエンスすらこのエリアにはいない。大観衆はメインストリート先の広場で、オールナイトでダンスパーティー中だ。招待状が届いたからには終わる前に参加せねばなるまい。

土埃と霧で視界が悪く、十フィート先を黙視するのでギリギリの路地裏で、足音の持ち主はピタリと止まる。数秒遅れて、電子音が囀り始めた。空港の持ち物検査のように全身を掌で叩いた後、胸のポケットからずるりと通信機を抜き取り、耳を近づける。

『こちらアレン。アレン・ナンシー。聞こえているか、スミス。そっちの様子はどうかな』
「こちらスミス・ケアレー・ノーマークス。特に変わった様子はありません。まだメインエリアには辿り着いていませんので」
『なら移動しながら話そうか』

指揮官であるアレンの軽い口調が雑音に交じって聞こえてくる。今回雇い主から配布されたトランシーバーは随分と性能がよろしくないと軍の誰かが愚痴っていたね、と笑いながらアレンが付け加える。支給品の多少の不具合はご愛嬌だ。

『しかし、何もないならよかった。通信に出てくれるまでにタイムラグがあったからさ、ティータイム中なら悪いことをした』
「いえ、どこに通信機を入れたのか忘れてました。ポケットが多すぎますよ、この防弾チョッキやら装備品やらは」
『持っているだけマシだ。偉いね、今日は家に忘れてこなかった』
「でしょう?もっと褒めなさい」

皮肉を込めた賛辞をそのまま受け取ったスミスは鼻をこすった。一つ結びにされている金髪があわせて揺れる。セットした前髪を片手で後ろへ押しやり、スミスは紫の眼差しを眼鏡の奥で細める。

「それでアンナ・ナンナンシー。ご用事は?」
『俺の名前はアレン・ナンシーだよ、スミス。ちなみに自己紹介はこれで十二回目。あと勝手に俺の名前を女の子にしないでくれ』
……アレン、もしかして」

スミスが唾を飲み込む音がやけに響く。ただならぬ様子で黙り込んだ彼に、アレンの背中が伸びた。まさか支給品を裏でちょろまかしていることがバレた?だとするのであれば全力でスミスの口を封じる必要がある。

『なんだ?』
「あなた、女の子だったんですか?なのに傭兵部隊の指揮官を務めるまでになるなんて、相当苦労して」
『さて連絡事項のお時間だ』

斜め上の発言を容赦なく途中でぶった切り、アレンは一息ついた。彼に裏金の動きや不正行為がバレるわけがない。心配をして損をした。取り越し苦労だ。

『今回のミッションは、敵部隊の鎮圧。既に我がチームも応戦しているから、スミスは颯爽と現れてヒーローになればいい。この国の四天王の一人である君なら余裕のミッションだろう』

外なる神の怒りに触れたこの世界は、滅亡の時が近い。世界中のヒーローが、永遠のライバルであるヴィラン討伐のために好き勝手暴れたことが原因で、悪党であるスミス達にも厄介事が回ってきていた。世界情勢は当然のごとく不安定で、人間同士の争いも多発。このままだと神に滅ぼされる前に、同種族での争いで人類史がちょんぎられてしまうかもしれない。危惧したヴィランたちは神との戦いの隙間に、あらゆる小競り合いに顔を突っ込んでいた。

中でも特に物理的抑止力として名高いのがこのスミス・ケアレー・ノーマークスという男。筋肉の密度が常人の倍以上あるアブノーマルヒューマン。背丈にも恵まれており、すらりとした細長い手足からは想像できないほどの怪力の持ち主だ。格闘術に長けており、彼に素手で挑むのは冬眠前のヒグマに全裸で立ち向かうようなものだと傭兵の間では話題だった。ちなみに当本人はヒグマと戦って勝利を収めたこともあるらしい。真偽は不明だが、戦場での彼の無双ぶりをみたら信じたくもなる。人がタンポポの綿毛のように飛んでいく姿はいっそ痛快だ。ゆえに彼はこの国最強の四人にのみ与えられる「四天王」の名をほしいままにしている。

「四天王、ね」
『そう呼ばれるのは苦手?格好よくて羨ましいけど』

渋みが増したスミスの声音に、アレンは違和感を覚える。四天王の称号は名誉なものだろうに。

「だが、奴は四天王の中でも最弱。だなんてからかわれても同じことが言えますか。ワタクシのオツムが弱いからだなんだのと」

嫉妬ですよとスミスは吐き捨てる。本気で嫌がっているのが伝わってきた。

スミス・ケアレー・ノーマークスは類まれなる才能の持ち主だ。こと戦闘面においては申し分のない強さを持つ。だが同時に、神は彼から知性を代償として奪い取っていった。端的に言うとものすごいバカなのだ。ただのバカではない、ものすごいという形容詞がつく時点で察してほしい。

人の知性は学力だけに依存しない。言葉の真意を読み取る読解力、相手の言いたいことを察する閃きなど。得手不得手は分かれるだろうが、そういった潜在的な能力を誰しも皆持ち合わせている。だが、このスミスという男は全ての能力が著しく低かった。ジョークを真正面から捉えて会話をブレイクさせる。脳内スペースが限られているからか、すぐにへんてこな名前を産み出して相手の困惑や反感を買う。スミスは悪意ゼロでやらかしているぶん余計に質が悪い。

この前冗談で「八+五は?」と尋ねてみた新兵の目の前で「指が足りないので足を使ってもいいですか」と靴を脱ぎだしたことは笑い種として語り継がれている。本人はいたってマジだったと思うが。馬鹿ゆえに、己がバカだという事にも気づけない悲しきモンスターである。

身長が百九十センチを超えていたとしても、中身は少年のまま停滞している。恐らく十歳程度の知性しかない、いや悟ることに関しては幼児並みの感性しかなかったスミスが、そこを気にし始めたという事実にアレンは驚いていた。以前の彼なら「四天王?意味は分かりませんが格好いいからよしとしましょう」と流していただろうに、ばかにされていると気づけるきっかけがあったのだろうか。少々気になるので聞いてみることにした。

『そう思うきっかけとかはあったんですか?』
「実は、好きな女性ができまして」
『ほう。それはビッグニュースだ。おめでとう』

恋心は知性というより動物としての本能よりの情緒だから、頭の出来は関係ないか。大変失礼なことを思いながら乾いた拍手を送った。

「そのため、ワタクシはこの仕事を最後に、しばらく傭兵は休業することにしました。アラビアータ・バンバンジー」
『アレン・ナンシー、だ。そんなに美味そうな名前はしていない。休業中は何をするんだ?』
「彼女が"頭のいい人が好き"がタイプだというので。このまま傭兵を続けていても理想には近づけない、と思いまして」

そりゃ望み薄なラブストーリーだ。アレンは通話機越しに鼻で笑う。鼻息が荒すぎてノイズが走った。頭のいい人から最も遠い男だろうに!少なくともアレンの知る限り、ここまでバカな男は他にいない。ついでに人かどうかも怪しい。チェックポイントがつくところが悲しいぐらいにない、真っ白なテスト用紙。彼への罵倒を口にしたところで己にメリットはないので黙っておくとする。

『となると、別の角度からアプローチをするのかな?なぁに、頭がいいといっても解釈次第で無限大だ。私の気持ちを分かってくれる都合のいい男~とかなら、努力すればお前でもなれ』
「頭の良さで四天王になりたいので、勉強をし直します」
『は?』
「なんなら、なんか一番すごい試験とかに合格していい感じの仕事をして、ゆくゆくは総理大臣になります」

ジョークでも何でもないマジの断言に、物見遊山を決め込んでいた指揮官が凍り付く。頭が悪いとは思っていたが、ここまで一級品の愚か者だったなんて。とりあえず総理大臣を目指せれば利口になれると思っている点についても香ばしい。だが、そんな愚鈍をこれからサポートしなければならない己の状況に一番絶望した。

『嘘だと言ってくれ、スミス』
「なら嘘です」
『馬鹿正直にそのまま返せという意味じゃない。ああ、お前と話しているとすぐにガス欠になる』
「あなたのエネルギーってガスだったんですか。なら今度あの声が変になるヘームヘムガスでもおごりましょう」
『ヘリウムガスね。風船にいれるやつ。風船みたいに軽い頭はお前だけで充分さ』

面白いを通り越して頭痛がしてきた。アレンはいますぐにでも通信を切ってやりたい衝動を何とか抑え込む。馬鹿が移りそうだ。

『というかなんだ、その喋り方。敬語なんて柄じゃないくせに。そういや先週あたりから眼鏡もかけていたよな。どういった風の吹き回しかと思ったら、少しでも頭よく見られようという涙ぐましい努力?』
「そうはいっても何もしないよりはマシでしょう。敬語だって頑張って勉強中なのですから。アクラポビッチ・ナタデココ・ヨダレドーリ」
『いよいよ名前が魔改造され始めた。くるところまできたってかんじだ。で?その未来のガールフレンドのどこが好きになった?やっぱり顔か?いやお前に顔の美醜が判別できるほどの脳味噌がないのは知っているけれど』
「ワタクシが大好きな物をくれたのです」
『へぇ、最弱と言えど四天王の心を掴む贈り物ってなんだい?頭が良くなる秘薬とか?』
「バナナです」
『嘘だと言ってくれスミス』
「嘘じゃないです、本当です」
「今度はとぼないのかよ。お前との会話のリズム、つかみづらいよ」

四天王の一人がバナナで陥落したぞ。だから最弱と言われるんだ。アレンは己の国の行く末が大層心配になる。隣国に移住しようか悩んでいる間に、ペラペラとスミスはお熱な彼女について語りだした。

「彼女は本当に優しい人でして。バナナだけじゃなくてオレンジもくださったんです。凄くないですか?オレンジですよ。バナナ3本分の価値があるオレンジですよ。もうそれってほぼ両想いってことですよね?」
『もう俺は突っ込まないぞ。今、偶然通りかかった神に誓った。それで装備についての説明もしておきたいんだが』
「というかこの装備邪魔じゃないですか?重いのでここで全部脱いでいきますね。ついでに銃も。ワタクシ、銃使えないんですよ。むずすぎて」
『嘘だろお前』

神への誓いを速攻破棄して絶句するアレンは、恐らく装備を投げ捨てる音――ーを茫然と聞き届けることしかできなかった。今から散弾のパレートに飛び込むというのに、死ににいくつもりか。近くにいたら「考え直せ!」と掴みかかっていただろうが、最強の傭兵と名高いスミスからすると子猫がじゃれてきた程度の動作で払いのけられていたことは想像にたやすい。

がりり、と力強く地面を削り取る音が響く。通信機を耳から離したアレンがごくりと生唾を飲んだ。

『さっきから気になっていたんだが。何の音だ、それは。ひきずってるような感じに聞こえるが……
「その辺にあった標識です」
『その辺にあった、標識』
「ワタクシの武器です。持ち運びが面倒なんですが、やっぱりなれたものが一番。いい感じに錆びていたので引っこ抜くのに苦労しませんでした。なんて書いてあるんですかね。どぅ……でぃーだから……どぅ、どぅどぅるるる……
『馬鹿よ、止まれだ。見てなくても分かる』
「私は馬鹿ではないので止まらなくても問題ないですね。このまま前進します』

バン、と机を叩きつけるような音がするが、スミスは足を踏みだした。

『流石のお前でも防弾チョッキも銃なしじゃ蜂の巣だ!考えなおしてくれ!お前を無駄に死なせたら俺のボーナスにもかかわってくる!』
「ワタクシは死にません。なぜなら朝にキウイを食べたからです。いいですか、キウイにはバナナ九本分のビタミンQとオレンジ十七個分のカルシウムにあとなんかめっちゃいい成分があるのです。つまり、ワタクシはめちゃ強いということです」

瓦礫に埋もれている無残なダイナーの前を素通りし、大通りに出る。路地裏から這い出ると、さっきは全く聞こえなかった騒音が若干聞こえてくる。適当に歩いていたが無事にメインエリアまで出られそうだ。流石、アレンの手腕といったところだろう。バックアップがあって助かった。ぎゃんぎゃんと喚き散らす上司に感謝の念を抱きながら、スミスは新調したばかりの眼鏡を慣れない仕草で押し上げる。ふと空を見る。汚い色をしている。仕事の締めにはふさわしい。

四天王最強の男はこの日を境に暫くの休暇に入る。しかし間髪入れずに「爆裂!ストロンゲスト最強集団会議(仮)」に招集されるので、実質ただの二連休ではあるのだが──彼は歴史あるヒストリーに、ボソリと一言を残して、スミス・ケアレー・ノーマークスは戦場から一旦降りたのであった。

「そういえば今朝食べたのはキウイじゃなく、マスカットだったかもしれません」