shioyama
2025-01-20 21:52:19
2745文字
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泥道をゆこう!

鰯と柊 現行未通過×
HO鰯 過去話。教団立ち上げた頃

クラッチは切ったまま、右手でキーを回す。ニュートラルにギアが入っていないか見つつ、ミラーで後方に人影がない事も同時にチェックする。まだメンバーは少ないといえ、誰かいたら大変だ。目覚めたバイクが短くトツトツと鳴く声に、ウルメは満足そうにうなずいた。最近乗ってなかったが、不調はなさそうだ。

孤児院から出て早半年。マモリに祈りを捧げた出来事が噂になり、真菰と出会い、なんやかんやと新しい家を持てることになった。振り返ればあっという間だった。街はずれにある誰も使っていなかった教会を格安で売り出してくれたのが始まりだ。土地の持ち主もウルメに救われた一人だという。地主を直接助けた記憶はなかったが、まぁ誰かのためになっているうえに、こうやって新しい家を貰えるのなら、と深く考えないことにした。

広々とした土地、年季は入っているが比較的綺麗な建物。背後には山があり自然も豊か。空いているスペースで、畑仕事なんかをやってみるのも楽しそうだ。下見に来た際のウルメは一日中施設内を見て回る程度にははしゃいでいた。マモリも嬉しそうに一部屋一部屋回るウルメに付いてきてくれたことをふと思い出す。半年前の出来事なのに、つい最近のようにも感じられる。

「んー……無事に動きそうだけど、やっぱこのカスタムペイント、だせぇなー」

難しい顔をしてペタペタとボディを触っているウルメは、傍からみれば宗教団体の長には到底見えない。ヤンチャな雰囲気を残した、ただの少年だ。服装も休日のいまは緩めのパーカーにジーンズという街の若者スタイル。平日は教祖様だなんてもてはやされて、なれない日々に振り回されていた。だがマモリや真菰、他数名の守るべき家族ともいえる仲間たちがいるから頑張ろうとも思える。教祖なんて柄じゃないが、みんなが求めてくれるのならできることは全部やりたい。だって俺はこの場所が大好きで大事だから。

いつもはそう意気込み、肩肘に力を入れて走り回っているが今日は待ち望んだ休日だ。すれ違う皆の顔は柔らかい。元々自由きままな性格をしているウルメも勿論休みは大好きである。マモリにいつも「早く休みにならねぇかなー」と愚痴り、彼女を困らせているぐらいには。そんな彼女も今日は何処かでゆっくりと休息をとっている。真菰は恐らく……帳簿と睨めっこだろう。ウルメも久しぶりに愛車の様子を見に来ていた。毎日誰かの悩みを聞いて、精神的に疲れている彼にとって良い気分転換だった。昔からの趣味でもある。洗車もついでにやっておこう。

そうだ、バイクのメンテナンスが終わったら、マモリを後ろに乗せてどこかに遊びに行こうか。最近忙しかったし、あいつにとっての気分転換になればいい。ゲーセン行って、最近出来たって新しいショッピングモールをうろついて……ついでに美味いお菓子を買って、真菰に差し入れしよう。アイツの眉間の皺も少しは和らぐかもしれない……無駄遣いするなと怒られる可能性もあるが、なんだかんだと気がいい奴だ。一緒に食べてくれるに違いない。勝手に予定を組み立てると俄然楽しみになってきた。さっさと洗ってしまおう。

庭からホースを持ってくるために立ち上がろうとしたウルメの頭上に影が差す。顔をあげると、信者の一人が至近距離でこちらを見下ろしていた。逆光で表情が汲み取れない。

「教祖様」
「お?おー、お疲れさんーなんか用事かー?」

信者はその言葉に応えず、ウルメからバイクへと視線を移す。影が移動し、半分だけ光があたった。しかめ面だった。

……こちらのバイクは」
「これかー?ふふん、よくぞ聞いてくれた。俺の愛車だぜ。カスタマイズしてもしても足りねぇよなぁ、こういうの。ちなみにニケツできるようにこの辺とか特にこだわっ」
「おやめください」

意気揚々と語り始めたウルメの言葉は途中でぴしゃりと遮られる。棘が生えた声に驚いたウルメは目を丸くした。
……え?」

「教祖がバイクで街中を乗り回すだなんて、拝掌教の名に傷がついてしまいます。もっとご自身が教団の顔である御自覚をお持ちくださいませ」
「でもよぉ、今日は休みだしそれぐらい」
「それにお怪我でもしたらどうするんですか!特に手に傷なんてついたら……考えるだけで恐ろしい!」

血相を変えて捲し立てられる。終末論を語る素振りのように熱が入った様子の信者に、ウルメは何も言い返せずにいた。勢いに呑まれている。同時に、違和感を覚えた。ウルメは彼らの事を、家族であり、仲間であると思っていた。だが、この案じる言葉の熱量は。幼い子供に怒るようなものではなく、まるで神の身を守るような。

「ウルメ様」

ハッと名前を呼ばれて我に戻る。丸まったままの瞳で信者を見ると、浮かんでいる色に刺された。

「ウルメ様のお身体は、既に貴方様だけのものではない。貴方様の助けを待つ、幾人もの人間がいるのです。それらすべてを救うまでは、いえ、地球上の人類すべてに貴方様の加護が行き届くその時まで。御身を大事になさってください」

慈しみ、宝物を見るように、天然記念物を守る保護員でもあり、神様へ愛を捧げる如く潤んでいる。とても仲間に向けていいような粘度ではない。あらゆる絵の具を混ぜ合わせて出来上がった黒い指先で、心臓を撫でまわされる心地だった。浮かれていた気持ちが萎んでいく。純粋な心配で、心が満たされてゆく。

「私"達"は心配なのです。どうかお聞き入れください」

そうだ、俺はもうただの法雨ウルメじゃない。教祖の、ウルメなんだ。皆に心配かけてちゃ、駄目だろう。子供のままでいられると思っていた訳じゃなかったが、自覚が足りないのはその通りだ。恥ずかしくなって顔に熱が集まる。弾の休みではしゃいでたのは、きっと俺だけなのかもしれない。

「わ、かった。心配かけてわりぃなぁ」
「差し出がましい真似をお許しくださいませ」
「いいっていいってー確かに、今まで通りぶらぶら出来る立場じゃねえしなー気づかせてくれてサンキュ」

まろびでる台詞は、義務感の味がする。苦い香りが舌にまだ残っている。バイク、どうしよ。車庫に保管しておくか?未練が出てしまうから、やっぱりうっぱらってしまうか。教団の資金の足しに少しでもなればいい。皆のためなら構わない。

ああ、最後にマモリとまた海に行きたかったな。無性に彼女に会いたくなったが、理由が失われてしまった。きっといま彼女に会わない方がいい。恐らくこの先は泥道だ。バイクもなく自分の足で進まなければならない。そこにマモリと真菰を付き合わせるわけにはいかない。ウルメはサイドミラーを見た。情けない顔をした、法雨ウルメと目が合う。