shioyama
2024-05-19 21:21:20
2572文字
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四季、余生にて巡る

町葬屋怪異譚げんみ×

HO1のその後。何十年か何百年後か。


















弔う、という美しい行為は、人間だけに許された特権である。だからこそ墓場は神聖なものであり、常に清潔にせねばならない。

こっちの口まで酸っぱくなるぐらいに言われてきた言葉をふと思い出す。脳内で響く親の小言にため息をつきながら、女は顔をあげた。ついでに丸まった背中を伸ばす。ばきりと背中の骨が鳴る。同時に春風が吹きつけ、乱れた髪を整えた彼女は周囲を見回した。

様々な苗字が刻まれた墓石が等間隔で並んでいた。無機質な風景を彩るように、周囲は桜の木々に囲まれている。今がちょうど見ごろだ。近くには小川が流れていて、耳を済ませればせせらぎが聞こえてくる。都心部の喧騒から隔たれた、静謐な空間。この墓地の掃除が、春休み中の彼女に課されたノルマであった。

ピンク色の葉を箒で弾き飛ばす。ゆるい風により巻き上げられた花びらが、数枚チリトリへと吸い込まれる。逃げおおせた色彩は石畳みを滑っていった。一枚一枚が小さいから、すぐに零れてしまうのだ。現在進行形でひらひらと目の前を舞って、掃除すべき場所がまた増えている。いくら小遣いに目が眩んだとはいえ、終わりの見えない作業に辟易としてしまう。

半ば諦めモードで竹箒を手放そうとした瞬間、ふと気配を感じる。反射的に指に力を入れて、柄を握りなおす。墓地の入口からこちらへ歩み寄ってくる影を見て、腕時計を見る。そうか、もうそんな時間なのか。律儀な人だ。

彼はいつも同じ時間にやってくる。短い白髪が、春浅い日差しに濡れている。色の濃いサングラスが視線を隠し、威圧的な雰囲気が漏れていた。身体をしっかり鍛えているのは服の上からでもわかる。街中でアンケート調査などで声を掛けられないだろう雰囲気が漂わせているが、特に怖い人だとは思わなかった。彼が手に持っている個性豊かな花々と、掃除用具を見れば悪い人ではないことは分かるから。

足を悪くした祖父は彼の事を「読経さん」と呼んでいた。毎日欠かさずここに訪れ、小さな声で墓前で読経をしているから、読経さん。安直な渾名だ。

祖父は、自分の代からずっと此処に通っていたと言っていたけれど、そんなわけがない。流石にあり得ない。彼は見たところ三十歳ぐらいだ。長年管理人を務めた祖父時間軸が合わない。とっくにオジサン、お爺さんになっていても可笑しくないだろうに。若作りをしているようにも見えないし、祖父の記憶違いか、読経さんの息子か孫かだろう。

視線に気づくと、彼は小さく会釈をした。相も変わらず無表情が張り付いている。顔つきは怖いが、やっぱり悪い人には思えなかった。

「あの、いつもご苦労様です」

そのまま素通りして、目的の墓石前へ移動しようとした彼をつい呼び止めてしまった。ほぼ反射で口を開いてしまう。声を掛けたのは今日が初めてだ。まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、サングラス越しの目が丸くなったのを感じ取れた。

「なんですか」

数歩進んだ先で振り返り、低い声で用件を問うてくる。落ち着いた声音だ。関西弁のイントネーションが隠し切れていない。

「毎日大変ですね。雨の日とかも来ていらっしゃるんでしょ?」
……何で知っとるんですか」
「あ、すみません。監視してるとかじゃなくて……私が手伝いに来た時、いつもお花が新しくなってたりするから」

訝しげな返事に慌てて訂正を差し込む。怪しませてしまったようだ。こちらは彼を知っているが、彼からするとこちらはたまに掃除をしている女でしかない。弁明を続けようとする自分とは違い、落ち着き払っている男は数秒間黙り込んだあと、口を開いた。

「別に。他にやることないんで」
「またまた」
「こう見えても暇人なんでね。生き甲斐なんですわ、此処に来るのが」

短く息を吐きだした彼の口角が若干緩んだ。少しだけ雰囲気が柔らかくなったように思える。

「お父様?おじい様も来てたんでしょう?あ、お爺ちゃんから聞いて……受け継いで、お墓の管理してる人なんて珍しいなぁと思って」

何気ない質問に、男のぴくりと片眉が跳ね上がってまた沈黙が訪れる。斜め上から降る桜に視線を映して、何かを考えているようだった。春の陽気に促されるように、つい緊張の糸が緩んでしまった。何か気に障るようなことを言ってしまった。家庭事情に踏み込んだ質問だったかと今更後悔する。心臓が嫌なリズムを刻み始めた。ぎゅうと柄を握りしめる。これ以上機嫌を損ねてしまう前に、謝罪を入れて立ち去った方がいいかもしれない。

……ここはええところですね。この時期は桜も綺麗やし、静かでいい」
「そ、そうですね」

変に焦る彼女を気遣ったのか、話題を変えてくれた。不自然な話の逸らし方だが有難い。申し訳なさと感謝が同時に募った。

……ああ、毎日なんで来るんやって話でしたっけ」

気まずい空気がゆるく解けていくのを感じ胸をなでおろすと、彼は思い出したように話題を戻す。色濃いレンズの瞳と目が合う。深い色に沈んでいるため、感情はうまく読みとれなかったが、続く言葉の柔らかさに虚をつかれた。

「毎日来ないと、俺が寂しいだけです」
「寂しい……
「ええ、あいつらが寂しいというよりは……俺が逢いたいだけやけど」

一段と柔らかい口調になったのが分かった。冬を連想させる男だったが、朗らかな温もりを宿していた。嘘偽りのない本音なんだと何となく直感する。見えないけれど、きっと優しい目をしている。

「それじゃあ」

不意を突かれて言葉が出ない彼女に短く挨拶をして、男は歩き出す。引き留めるような真似はしない。軽く首をひねる程度にとどめておく。彼の足取りが、まるで愛しい人たちに逢うような軽さに見えたからだ。実際、ここに彼の大切な人達は眠っているのだろう。

桜が流れる春の風音は渚を思わせる。やっぱり春は、誰かを弔うのに一番の季節だ。彼の肩に乗る一枚の花弁が、羽休めをする蝶のように見えた。

彼はこれからも、此処に訪れるんだろうと何となく思う。それこそ命が尽きるまでは。大事な人達のために、ずっと。見えなくなっても、死に分かれても。抱いた愛情も、過ごした思い出も何一つ変わらないのだから。