shioyama
2024-05-01 22:37:16
4519文字
Public
 

フェアリーテイル・イズ・デッド

ぼくらのロクス・アモエヌス 現行未通過×
HO3の話




すごく捏造している










恋をした王子様が、ほんとうは魔王だったらどうする?



緩い風が木々の隙間から流れてくる。意識をして肺を動かすと、柔い緑をめいいっぱい吸い込むことが出来た。馴染んだ空気が全身をめぐり、リラックスできる。空気が美味しい。

心地よい昼下がりだった。まばらに空を覆っている葉っぱたちの隙間からは、ぬるい陽光が差している。ふと日焼けの心配がよぎった。肌のケアは冬ごもりの間も欠かさずに行っていた。だがこうして暖かくなってくると、塗る手間も惜しいぐらいに外に惹かれてしまうものだ。毎日頑張っているから、今日ぐらいは大丈夫だろうと自分に甘い慰めをかける。

春の香りが漂い始めた森をテオドールは一人で歩いていた。目元にはいつもの黒い布が巻かれている。視界が大幅に遮られるが、道に迷うことはない。このルートはすっかり慣れっこだ。ナビゲート力も優れている自負があるので、文字通り目隠しをしても目的地までたどり着ける自信がある。

野花をなるべく荒らさぬようにと気を付けながら進んでいると、開けた場所に出る。同時に思い出が春風と共に蘇る。現実時間にして一瞬の郷愁だったが、彼にとっては十年ほどの濃密な記憶だった。この不思議な感覚も、いつか忘れてしまうのだろうか。

テオドールたちが所属していたサーカス「ヴィーデ」の跡地。建物や設備はほとんど撤去されていて、あるのは簡素な墓ぐらいだ。その中でも特別寂しい場所にあるものへと近づく。少し視線を遠くへやるといくつか固まって墓が見受けられる。彼彼女達にもちゃんと挨拶をしていこう。

「久しぶり、団長」

途中で摘んできた白い花を供えながらしゃがみこむ。この下に人間が眠っている。みんなの父親であり、全ての元凶ともいえる男の墓。

「今日は見せたいものがあって……あ、これは"すまほ"っていうアイテムで……写真もとれるし、遠くの人とお話もできるんだって。便利な世の中ねぇ……あ、あった。これこれみんなでベリーパイを焼いたわ。ティモフェイが足りなさそうにしてたから大慌てで追加のミートパイも焼いたの。たくさん食べるのはいいことよね。エンリケはベリーパイの方がおいしそうに食べてたかも?甘いのが好きだから、あの子。いや隠し事案外上手だから真意は分からない……・グリースも育ちざかりにふさわしい量だったから、作り甲斐があるわ、あの子達。ロッタが喉を詰まらせないかヒヤヒヤしてみていたのも面白かった」

静寂の中、テオドールは一方的に喋り続けた。会話とは、互いのキャッチボールで出来上がるコミュニケーション。死人から何も返ってこないのだから、今やっているのは壁当てにしか過ぎない。分かり切っていることだ。彼は承知のうえでこんなに楽しそうに話している。

……というわけで、いつもならこのままアタシが好き放題報告して帰るところだけど……今日は生前にきけなかったことを聞いちゃおうかしら。そんな気分なの」

足を崩し、地面に腰を落ち着かせる。あぐらの体制から方足を立て、肘をつく。団長が生前のころは絶対に見せなかった行儀の悪い姿勢。

「団長、アタシを人間達から助けてくれたのは何故?」

返事はない。勿論そうだ。あったほうが怖い。

「団長がたんまりため込んでいた資料。ティモフェイやロッタの経歴。エンリケ、グリースの成長記録。本当に研究が好きだったのねぇ。記憶を曇らせるとか、生み出すとか。あんなひどい事しといて、家族だなんて本気で言えちゃうところ、どうかと思うわ」

本当にひどい人だった。優しく慈愛に満ちた眼差しは嘘っぱち。彼を動かしていたのは理解のできない探求心のみ。人魚を創り上げる。そんな壮大な夢だけが原動力だったのだ。騙され、巻き込まれた者はたまったもんじゃない。嫌われたって当然で、彼が寂しく一人でここに埋まっている現実も、なるようにしてなったものだ。理解できる。

「でも、アタシで実験したような記録はなかった」

募る寂しさを押し込んで、テオドールは下唇を軽く噛む。

「アタシとの出会いを纏めたモノはあったけど、ほんとうに最低限で、最小限。それ以上は何もなかった」

並外れた美貌と、狂気へと導く瞳。同じ紫色なら、アメジストが目玉の代わりにあればよかったのに。

「紙一枚で収まる密度の出逢い。アタシが頑張る理由は、それだけで十分だったの」

団長が幼いバケモノを助けた経緯や理由は分からない。だが、人間達に幽閉されたテオドールを救ってくれたのは間違いなく団長だ。その事実だけで初恋を捧げるには十分な思い出だ。この人のためならなんだって出来る。子供心ながら何度も奮い立ったものだ。

パフォーマーとして活動し始めたのは、団長に勧められたから。トラウマの克服が名目だった。

人間。その単語だけで全身が竦みあがるほどの恐怖心、心と体の生傷がテオドールを蝕んでいた。片手では足りない年月。ずっとずっと虐げられてきた彼に、救世主は言う。これは君のためだ、テオドール。君が君らしくあるため、生きていくために、ステージに上がりなさい。

「練習とかよく見に来てくれるから、もしかして団長もアタシのこと気にかけてくれてるのかなぁ、なんちゃって浮かれたりもしたわねぇ!青かったわぁ、あの頃のアタシ。まだまだみずみずしさじゃ負けないけれど」

今や自信満々を振舞っているが、当初は情けないものだった。嫌だ、やりたくない。みっともなく泣きわめいて断ろうとも思ったが、大好きな人からのお願いだ。首を縦に振ることしかできなかった。刻み込まれた恐れと憎悪、ネガティブが混ざり合って渦を巻く。冷や汗が止まらない、視線が矢となって全ての毛穴に突き刺さる。発狂しそうな時間を何度も乗り越えられたのは、団長、そして愛すべき幼馴染たちがいたからだ。可愛い弟たちにいいところを見せたい、頼れる兄たちに立派な姿を見てほしい。身体の成長が、精神の育みを引き連れてきてくれた。彼の言う通り、舞台に上がり続けて本当に良かった。だから、愛されているものだと思っていた。

「でもね、わかってるの。お見通しなんだから」

口角をあげて笑う。

「アタシのことなんて、これっぽっちも興味がなかったのよね」

悲しげな声音を風が攫っていく。返事がなくても分かった。

「貴方にとって"利用価値のある子"が"家族"なんだとしたら、アタシはどうなるの。ただ偶然見つけただけの玩具?」

何もしていない。つまり"手を掛けるのにすら値しない存在"だと突き付けられたようで胸が痛んだ。

資料一枚。数百文字。パフォーマーとして役に立ち、時々声を掛けるだけで浮かれて勝手に頑張るような、使い勝手のいいモンスターA。辛い妄想だけがこみ上げる。団長の本性を知った今、そうだとしか思えなかった。

こんなこと、絶対にほかの子達の前で言ってはいけない。誰も幸せにならない事だ。理解している。大切な幼馴染達に、こんな汚くて格好悪くて醜い感情を見せたくなかった。たくさん傷ついて、傷も癒えきっていない皆から隠さないと。だからこそ、絶対に告げ口できない元凶にぶつけて発散している。

「本当にびっくりしたんだから。アタシを見つけてくれた王子様が、実は裏ではひどいことをしていた魔王様だったなんて!お伽話なら絶対没だわ」

始まりの記憶は、闇と底冷えする地面、狭い視界。幼いテオドールの記憶は暗くて狭い檻の中から始まる。訳も分からず暴力をふるわれ、罵倒され、へんてこな焼き印だって押された。閉じ込められていた彼に差し出された掌。大人の骨ばった指、優しい声。無理やりつけられていた目隠しからでも、光を見出したあの時の記憶。暖かい出逢いのおかげで、せいで、崩れかかっている希望をゴミ箱に入れられない。貴方はみんなのことを、アタシのことも愛してくれていたんだって。信じたかった。本人の口から研究材料だと吐き捨てられても。本気で殺されかけたとしても。

「あーあ、泣いちゃおうかしら。檻の中に閉じ込めていた人間達も、家族のためだーとか言いながら、貴方自身の野望のためにも利用してたんでしょ。アタシ知ってるんだからね」

最低だ。貴方を貶すと、そんな男を愛した自分自身にも嫌気がさす。嫌いになる。

他の子たちは、貴方のせいで人生を壊され、さみしさを押し付け、苦痛を与えられ、尊厳を踏みにじられていた。アタシは与えられただけ。救われた事実が結果として残ってしまっている。だからこそ、みんなとは離れた場所にいるような気がする。大事な仲間たちに酷い事をした団長を、まだ愛している。未練を捨てきれずにいた。兄と弟を泣かせた人間の事を、どうしたって憎み切れない。アタシの事を家族として受け入れてくれている彼らへの裏切りだとすら思う。

ひどい、最悪だ。醜い、何が美しい猛獣使い。笑わせるな、自分の感情だけでしかモノを測れない、醜悪なモンスター。それがテオドール・ベネットなのだ。祝福された神からの贈り物。皮肉な名前だと鼻で笑い飛ばす。

「だからね、あの子たちの前ではね。貴方を思い返したり、話題に出すのはもうやめようって思って。辛そうにする子がいるから

いっそうのこと、アタシの事もどうにかしてくれたらよかった。そうしたらみんなと同じ気持ちで……嘘かもしれない。

恋は妄信、愛は許すこと。瞳から光を奪われたとしても、アタシは貴方を許すんでしょうね。

「それに、みんな今を一生懸命生きてるの。時折後ろを振り返って、ここに戻りたくもなるかもしれないけれど……時間は前にしか進まないからね」

大きく息を吸いながら、立ち上がる。目隠しを解いて改めて見ると、彼は随分と小さくなってしまった。話題に上がることが少なくなれば、人生を占める割合も比例して減ってゆく。変化に気付かないスピードで、色あせ、薄れ、消えていくのだろう。季節の移ろいのように初恋が死んでいく。寂しい気持ちもあるけれど、誰かを傷つけるぐらいなら自分で終わらせる。そう決めた。

「こうしてこっそり報告しに来るのも……徐々にやめようと思う。巣立ちしなくちゃ、アタシも」

討伐された魔王に向かって微笑みかける。返事は当然ない。当たり前だ。彼はもう死んでいるのだから。木々のざわめきが慰めてくれるように囁いている。

「ジュード、ジュード。アタシの事愛してくれていた?」

始めて彼の名前を口にしてみる。本名も知らず、浮かれていたことが今になって少しだけ面白くなり、小さく笑いを零す。何が初恋だ。恋に恋をしていただけの子供だったんだわ、アタシったら。恥ずかしさがこみ上げる。やっぱり一人で来てよかった。黒歴史になるところだったわ。

ひとつ背伸びをした後、彼は他の仲間の元へと歩み寄った。ジュードからの返答は不要だった。聞かなくても分かっているから。

でも、答えが返ってこなくて、安心もした。