shioyama
2024-03-12 21:39:49
1344文字
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エメラルド・シー

不辜のサァカス ナイフノモツレ HO1→HO2への気持ち


「っ……るー……

アルシラは泣き虫な子だった。気持ちをすぐに前へ押し出せる素直ないい子でもある。涙を流すことは決して悪いことではなく、感情表現の一つでしかない。我慢しすぎて壊れるよりはよっぽどいい。レグルスは日頃からそう考えてはいたが、こうして縋られるたびに心配は都度沸き上がる。

「アルシラ、泣いているのか」

掌で目元をぐしぐしと拭っている顔を覗き込む。

レグルスは彼に泣かれると弱い。早く泣き止んでほしいあまり、気持ちが急いてしまうのと同時に、言いようの知れない怒りも沸いていた。何がお前を苦しめている、いったい誰がお前を害した。どうして傍にいて防げなかったという己への嫌悪。泥水とかした濁流が腹の底で渦巻くの感じながら、昔を思い出す。齢五歳にして一人、いや二人だけで彷徨って彼らを連れ帰った時から、保護者として果たさなければならない義務がレグルスの中に産まれた。だというのに、このざまだ。不甲斐なさに眉間に力が入るが、思い直し力を抜く。これ以上彼に怖い思いをさせてはならない。せめて自分でも冷静に、かつ穏やかさを彼に与えてやらないと。

「どうしたんだい、可愛い私の子」

沸騰しそうな感情を悟られないよう、彼の肩に腕を回して抱き寄せる。嗚咽が耳朶に触れる。まだ二十にも満たない少年が涙をこらえる声は、いつ聞いても心臓が痛むものだ。早く笑わせてやらないと。レグルスに小さな決意が灯る。

「誰がお前を悲しませる、何がお前に涙を流させる?いい子だから父に―――

柔い声に促されたアルシラが顔をあげる。少年と視線がかち合った瞬間、レグルスは思わず言葉と息を噤んだ。呼吸の仕方を忘れてしまったような感嘆が、内側に広がっていく。

それはエメラルドの海だった。白い光が水面に漂っている。潤った眼球は、朝焼けを揺蕩うさざ波を連想させた。暁の明星が閃く。流れた大きな粒が透明に滴る。レグルスを疑う事を知らぬ瞳孔は、形よく大きく開かれている。眉間に寄る皺の本数、八の字に歪む整った眉。

悲しみから排出される表情に、こんなに魅力を感じてしまうのは何故だろうか。レグルスは己の心が激しく引きつけられているのを察する。併せて強い危機感も覚えた。これはよくない衝動だ。最小の世界、極上の瞬き、華すらも嫉妬するベリルのグロー。さらに奥を覗き込みたくなる。誰も見たことがない光が眠っているんじゃないか。先を求めてしまう怪しげな魅力に惑わされた。

ぐっと喉が鳴る。圧倒されて慰めの言葉までも、波に攫われてしまったかのように出てこない。レグルスの動揺に気付いたアルシラが首をかしげる。

「るー……?」
……いや、なんでもない。美しい顔が赤くなってしまっているな。目元も腫れている。中へお入り。冷やしてあげるよ」

丸くなった背中を支えながら歩き出す。レグルスは顎を引いて、わざと目を合わせない。急に様子が変わった彼に違和感を覚えつつも、アルシラは大人しくついてきてくれる。そんな彼に気付かれぬよう、レグルスは再度アルシラを見下ろす。

泣き顔が綺麗だなんて。思ったとしても、大事な子どもに対して決して口に出すべきことじゃないだろう。こらえきれなくなった涙が、一粒彼の足元に弾けた。