草木が鎮まる時間帯。レグルスは自分用のテントへと向かっていた。今晩はステージの点検に時間を食い過ぎてしまった。テント周辺の照明も既に落ちており、木々のざわめきだけが耳に残る。今夜はまだ眠れない。演出の再構築が待っている。だが、明日も早い。なるべく早く床につかなければ。アルシラとアズハルはまた来ているのだろうか。来てくれていたら起こさないようにしないと。
様々な考えをまとめながら動物小屋の前を通り過ぎる。すると、扉の隙間から淡い光が漏れている事に気付く。濃淡が薄いランプの明かりだ。消し忘れか?レグルスは訝しむ。しっかりとしている彼女からするとそれはないだろう。で、あれば。
レグルスは一つ息をつく。頑張ることはいいことだが、身体に負荷をかけるのはよろしくない。ここは団長である自分が口をはさむべき場面だ。そう判断したレグルスは扉に手を伸ばす。中で作業をしているであろう彼女を驚かせないよう、低く静かな動きに気を配る。ゆっくりと木の板を押しやり、中を覗き込んだ。
「フレイヤ、まだ起きて……」
レグルスは言いかけた口を閉じる。動物たちと向き合っているフレイヤを右目で捉える。普段、柔く口角を緩めている彼女とは雰囲気が違う。横顔が真剣な色を帯びていた。思わず言葉を飲み込んでしまうぐらいには圧があったのだ。
そういえば、動物たちの様子がおかしいと昨晩から報告があがっていた。言葉が通じない相手のケアとなると、積み重ねてきた信頼が物を言う。瞳を重ねて、手つきで伝えて。砂上でばらまいた砂金を拾い上げるように集中力が試される。彼女はいま、時間を忘れて作業に没頭しているのだろう。
あんな顔を見てしまっては、憚られる。考えていた台詞が全て飛んでしまった。顎に指を添えて思考する。団長として注意するのは簡単だ。だが、止めてやりたくないという気持ちも存在する。しかしとて、ここでスルーしてしまうのも皆をまとめ上げる長として如何な物か。数十秒考えた後、決断に至ったレグルスは腰回りが緩いズボンに手を突っ込んだ。
ふとフレイヤは振り返る。誰かが外にいる。唸る動物たちを「大丈夫だよ」と優しく制し、足音を殺して出入口へ近づいた。団員の誰かなら問題ないが、野良犬だと対処が変わってくる。じんわりと息を吸い、意を決して内から扉を開けた。
「……誰もいない」
虫が夜に鳴く音だけがそこにはあった。先程まで感じていた気配がなくなっている。フレイヤの接近を悟って立ち去ったのだろうか。まだ油断はならない。物陰に身を隠している可能性もある。
警戒を薄めないよう眉間に力を込めて一歩外に出ると、とあるものが視界の隅に写る。資材が入った箱の山。最上段の箱の隅。白いシンプルなハンカチの上に、茶色くていい匂いがするものが置いてある。匂いから危険な物ではないと察したフレイヤは手に取る。
「……干し肉だ、気配り屋な彼からの差し入れかな。お言葉に甘えて頂こうか」
考えた後、彼女は微笑んだ。気遣いの味を噛み千切りながら、素直に渡せばいいのにと小さく笑う。そう距離が離れていない場所から、くしゃみの音が響き渡ってきた。
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