レグルスとアルシラくんがお話していたところ。カップリングではないが、クソ重感情はある。愛の告白かもしれん。それはそれとてみんなへの気持ちもある。
私はこの閉ざされた世界を愛している。
獣たちの名前や特性もできる限りは叩き込んでいる。フレイヤには遠く及ばないだろうが。
備品の収納場所は暗記しているし、フレイヤが育てている花の種類や、ラプラスが貰っているプレゼントの数だって熟知している。すべては私が抱いている愛情の証明だ。
フレイヤの豪快かつ繊細な瞳。全ての獣は彼女の意思や願いを、月光を宿した眼差しから汲み取る。洗練されたテイムは反抗する気力を奪い、月の女神に魅了される。しなる鞭は強かでいて、愛情に満ち溢れた軌跡を描く様を見ていると、心が踊る。
ラプラスの奇麗で骨ばった指先。奏でられるフルートの音色は観客たちの心を動かし、聴覚を釘付けにする。天真爛漫な表情や動きは時折悪い虫も引き付けてしまうが、美しき花の定めなのかもしれない。愛の夢を唄う彼の横顔はどこか寂しそうにも見えた。
アルシラとアズハルが舞うと、壁に映されるのは芸術的なシルエット。一対の糸たちが巧みに計算深く群れをなす。アズハルが動き、アルシラが合わせる。アルシラが飛ぶ時は、追いかけるようにアズハルが飛ぶ。まさに双子だからできる芸当だ。
「……思いあがるんじゃない!お前のミス一つで私の最高のサァカスが崩れるわけがないだろう!ここは!お前と僕とで築き上げてきたサァカスなんだぞ!」
…アルシラ。彼と話していると、どうも肩から力が抜けていくのだ。団長から、ただのレグルスに成り下がる。不安に怯え自己嫌悪に走る彼に、感情が昂ったあまり強い口調をぶつけてしまった。最近、癇癪の発作などなく穏やかでいられたというのに。反省するべき事案だろう。だが、弱々しく落ち込む彼の姿を見て我慢ができなかったのだ。
「ふざけるな!僕とお前はそんな浅い仲だって言いたいのか?やる前から僕が愛したお前の演技をダメだとか、そんなふうに言うな!誰よりもお前の演技を見てきた僕が言うんだぞ!」
……私が、僕がいなくなったら、アルシラとアズハルはどうなる。世間は思いのほか他者に厳しく冷酷だ。心無い言葉を投げかけられたり、石で追い払われたりする。辛い現実を孤児時代に身をもって私は理解していた。パンを買う金なんてない、空腹を凌ぐために飯を盗む毎日。そんな日々を彼らに送らせたくはないと強く思っている。
「どこにも行くところがないなら、ずっとここにいればいいだろう!行かせるものか!ここは僕たちの家だ!迷惑?上等だ、誰に言っているんだ?小さいお前たちを育てあげてきた僕に今更それを言うのか?それに……誰がお前を嫌うものか!!」
裂傷に覆われたアズハルの亡骸と、疲れきったアルシラの顔が時たま脳裏を過る。どのような過去があったのかは分からないが、おそらく僕達は似ているからこそ身を寄せ合うことが出来たのかもしれない。
「それに……」
兄の死を受け入れられていない不安定なあの子が、最悪の形で現実を見ることになったら?……考えるだけで恐ろしい。いつか向き合う時が来たとしても、彼の心が壊れない形で叶えてやらねばならない。いつになるかは分からないが、それまで傍にいてやれる保証なんてどこにも無い。だからこそ彼には一人で立てるようになってもらわねばならなかった。
「もう僕には、お前しかいないんだぞ……」
拳を握りしめて項垂れながら、あの夜を思い出す。嵐は僕から全てを奪い去ったが、同時に得るものもあった。団長の座と、温かい家族と、安心して眠れる家。ずっと欲していたものばかり。幸せだったけれど、ずっと彼の存在が胸に残り続けた。前団長のウムトの面影が離れてくれないのだ。とことんアイツには悩まされる。
僕はずっとウムトが羨ましかった。彼は孤児である僕にじゃがいもの食べ方を教えてくれた恩人ではあるが、同時に嫉妬の対象でもある。ウムトに優しくされればされるほど嫌な気持ちが込み上げてきたのは、僕という人間が醜い証拠だ。己の汚い場所を鏡写しにされているようで喜びと同時に屈辱が込み上げてきた昔の苦味が喉を通り過ぎる。
「……いや、すまない。私も少し、強く言い過ぎた」
空白が増えた身体に手を添える。腎臓をひとつ捧げたせいか、押せば深くまで皮膚が刺さる。服を着ている限り悟られないだろうが、喪失感は拭えない。これは罰だ。僕という存在に対する罰であり、救済でもある。
「感謝するのは…私の方だよ。本当に、お前たちの存在に何度救われたのか、数えるのも一苦労だ」
やはり腕や足にしておくべきだったか?いや、それだと我が子達に悟られる。突然手足が無くなった私を見ると、あの子たちは絶対に動揺する。明日は大事な公演なのだ。安定した命より、私は明日の公演に全てを掛けている。
臓器をひとつ失って長く生きられるわけが無い。承知の上で気まぐれなあの悪魔にくれてやった。直感ではあるが、明日がザハラトゥ・サハライにとっての分岐点となるだろう。経営不振のまま砂上の城となり崩れ落ちるか、煌びやかな豪邸へと改修できるのか。全ては団長である己のさじ加減ひとつでどちらにも転ぶ。
「うん。頼むよ、アルシラ……僕の可愛い息子たち」
大事な日を控えている子に不要な心配をかける父親なんていない。そうだろう、ウムト。お前だってそうだった。何も言わずに消えてしまったが、何かを背負っていたに違いない。世界を救う目的があったとしても、僕たちを捨てた免罪符にはならないけれど、今となってはほんの少しだけ気持ちは分かる。受け入れるには遅すぎたが、その一点に関してだけは酌量の余地を残してやる。見つけ次第この街から、僕の家族からは遠ざけるが。奪われたくない、ウムトのような人格者が戻ってくればきっと僕の家族たちを奪われてしまう。死ぬよりも辛い事だ。渡さない、僕の家族は誰にも譲らない。
「お前たちなら必ずできる。お前たちにしかできない事なんだ」
フレイヤは師匠がいなくなって心細いだろうに、1人でよく頑張ってくれていた。不調のアルシラのことが気にかかったが、ラプラスがうまくフォローしてくれるだろう。私が居なくても、この家は壊れないことを証明して欲しい。ずっとここにあって欲しい。なぜなら私の大事なものはサァカスの中にしかないのだから。
「ずっと僕はお前たちが美しく舞えるように……命ある限り。傍にいるよ」
アルシラたちを抱き返しながら願う。
少しでもお前の成長を見せてくれ。僕は長くは生きられない。左目に腎臓。次は食道と胃の半分を検討している。飯は食えなくなるだろうがすぐ死ぬことは無い。やがて四肢を失い、芋虫のような姿になり、最後は存在ごと奪われる。サァカスのために文字通り身を捧げる使命がある。恐ろしくはない。それよりも、この家が無くなることの方が、僕にとって殊更怖いのだ。だからこそ、3年前の嵐を共に生き延びた、生き残ってくれた、僕を1人にさせないでいてくれた、お前たちに託したい。
北極星。それは真北を冠する称号。だが永遠に空にはいられない。時の流れに従って、ゆっくりと座から降りる。星も人も同じだ。緩やかに死へと向かい、あとを誰かに託していく。違う点としては、託す相手を選べるというところだろう。ウムトが私に居場所を授けてくれたように、私も愛するお前たちが安心して笑える場所を与えたい。それこそが最期にできる、お前たちへの愛だと思うから。
永遠を約束できない代わりに、生ある限り傍にいる。お前たちの行く末が、どうか幸福であらん事を。
「僕も愛しているよ、アルシラ」
聞こえないように心の中で囁く。別に口にせずとも伝わっていると思ったから。伝わっているといいな。
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