shioyama
2024-03-08 18:38:49
4011文字
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お前に救いは求めてない

Paranormal Crime2 ~Love and Destroy~ EP スケープゴートは間違えない ネタバレあり。


HO3と大切な人しか喋ってない。
テッド悪友。交渉担当
シュガー悪友。物理担当。HO3の正気担保になった。
フィルド片思い相手。ドーナツ屋ショップ店員。



アメリカ・ワシントンDC北西に位置するジョージタウンは他の町とは少し毛色が違う。住宅の傍を通る運河や、歴史ある煉瓦仕立ての建物。植民地時代の名残を深く残した街並みの中にいると、まるでヨーロッパを旅行しているような気分になる。情緒溢れる景色を堪能している観光客達の表情も華やいでいた。

そんな観光エリアを素通りするグレイズの顔は鬱屈一色に染まっている。心なしか歩幅がいつもより広い。普段なら大学前でたむろしている学生たちの前をコソコソしながら逃げていくのに、今日ばかりは不機嫌な態度を隠さず肩が当たりそうな勢いで過ぎていく。

更に数十分歩くと、人気がどんどん少なくなっていく。地元住民でも避けるような道をあえて選び続けているからだ。メインストリートの喧騒はすっかり遠のいた。光あるところに影があるとはよくいったもので、明らかに目つきが怪しい通行人とすれ違うことが多くなった。胡乱な瞳、いぶかしげな視線には目もくれず、グレイズは廃れ切ったショットバーの扉を叩いた。返事をまたず入店ベルを鳴らす。

「やあ。こんな時間に珍しいな」

室内は薄暗い。フリーマーケットで買いあさったテーブルや机がお行儀よく並んでいた。いつもより閑散としているように見えるのは、まだ日は明るく営業時間外だからだろう。

「天下のFBI様が真昼間から堂々とこんなところに来ちゃっていいのかい?店主の僕が言うのもなんだが、ここはなかなかアングラな場所だぞ」

埃が外の光に反射して床を滑っていくのを後目に、グレイズは声の主であるテッドを見る。はねた金髪に、派手なシャツ。愛嬌のあるそばかすが人懐っこい笑みの上で引き延ばされている。彼とは孤児院時代からの長い付き合いだ。

「お前らFBIと取引をしたな?しかもとびきり面白くないやつだ」

荒々しく扉を後ろ手に突き放すと、室内が陰に沈んだ。窓からもろくに光が入ってこないため、更に室温が下がったように感じられる。

「来て早々それ?話下手は治らないな、グレイズ。まあ座りなって。あいにくドーナツはないがチキンなら」
「話をそらそうとするな、俺は真剣に聞いているんだ!」

のんびりとした彼の声に冷や水をぶっかけるように言葉をかぶせた。

グレイズはカウンターの裏へ行こうとしたテッドの肩をつかむ。気が立っているせいで爪が薄い肩に食い込むが、テッド本人は涼しげな表情を崩さない。

「やっぱりドーナツじゃないとお気に召さないか?お前の愛しの彼女、どうも昨日は休みだったみたいでね。なんでも急用ができたらしい。なら貢ぐ必要はないかと思っちゃったんだ。正直に言うとチキンの気分だったのもある。それについては謝るよ」
「シュガーのこと、知ってるだろ」
「お前がここにきてるって時点で大体の予想はついてるよ。そうか、間に合ったのか。なら良かった」
「よかった?何もよくない、よくないんだよ!あいつ、息はしてるのに、まるで生きてないみたいな顔をしてたんだ」
「あいつの鉄仮面は今に始まったことじゃないだろ」

軽口をたたき続けるテッドの態度にカっとなったグレイズは彼の胸倉をつかみ上げた。その拍子にバーカウンターの端に置いてあった灰皿が床に落ちる。弾かれる音がやけに煩い。

「知ってて行かせたんだな?あいつがあんなことになるって!」
「まぁ大体はね。ちゃんとお前のところのお偉いさんから説明は受けていたし。あ、実は僕もちゃんと行こうとしたんだぞ?だけどシュガーのやつが俺より早く飛び出しやがったからね。足が速いやつはこれだから羨ましい。明日から僕もマラソンをしようかな」
「ふざけるな!どう考えても俺の正気の担保になるなんて気が狂ってる、なんだ、やっぱり脅されたのか?そうなんだよな?そうだと言ってくれよ、だったら俺はアイツらを」
「違うよ。脅されたりなんかしてないさ。懇切丁寧に説明してくださった。これは僕たち二人の決断だ」

きっぱりとした返答に、グレイズの視界がゆがんだ。心臓と頭が痛くてまともに立っている事すらもままならない。掴み上げる手から力が抜け、膝から崩れ落ちそうになったグレイズを、テッドは巧みに椅子へ着地させた。

「だったらなんで、そんな真似したんだよ。何のメリットもないだろ、死ぬかもしれないんだぞ」

グレイズは背中を丸めて手のひらで顔を覆った。静かに問いかける声は今にも泣き出しそうに震えていた。テッドがなぜ自分に優しい声をかけるのか分からない。責められてもいいはずだ。お前がちゃんとしていれば家族同然のシュガーはあんな目に遭わなかったんだ。そうやって責められた方がいっそ楽だったかもしれない。仲間からの優しさの毒が全身を蝕んで行く。ずくずくと眼球の奥から何かが溢れ出し、暗い海へと引きずり込まれる。

「俺がお前たちを巻き込んだ。なんの関係もないお前たちに最悪な決断をさせちまった。俺のせいだ。シュガーがああなったのも、全部俺がいたからだろ。テッド。なあテッド。そういってくれ」7

そうだ、自分がいなくなれば彼らは俺という呪縛から逃れられるんじゃないか?グレイズは考えるがすぐに振り払う。

ダメだ、ジーンがいる。ジーンは99.9として上層部に認知されている。俺が逃げたらジーンはどうなるんだ。こんな俺を家族として慕ってくれているまだ幼い彼を見捨てるなんてことは出来ない。ならどうすればいいんだ。どっちかを選ぶ?どっちも大切だからここまで来たのに?いっそのこと、俺が死んだほうがみんな幸せに

「おいおい。そりゃないぜ、グレイズ。お前はいつだってコミュニケーションが下手くそだったが、今回のは特別にバッドだ。悪気がない分余計にな」

終わりのない思考の渦に息が止まりかけた時、テッドは見計らったように項垂れているグレイズの後頭部に手を添える。彼がどんな表情をしているのか分からなかったが、伝わるテッドの体温はあたたかい。

「お前が眉間に皺を寄せるときは限られてるよな。高嶺のガールフレンドに声をかける時か、年下の同居人の世話の仕方を模索してる時ぐらいかなとは思ってたが、僕たちの心配もしてくれてるんだな」
「当たり前だろ、だってずっと一緒にいてくれる、お前たちが大事だから」
「僕達も同じだよ、グレイズ。おそらく反対の立場だったとしても、君は僕のためにこうやってただろう。シュガーのためにだって。たまたま逆だっただけなんだ。むしろ僕は誇らしいよ。友のために、家族のために命をかけられるなんてあんまりにもカッコイイじゃないか。羨ましいか?」
「絶対、あとで後悔する」
「僕たちに悔いはないよ。あるのは誇らしさとお前への愛だけさ」

天井でシーリングファンがさみしそうに回る。一人いなくなっただけでここまで変わるものなのかと、一席分空白の存在に気づいたのは今更だった。オーバーンは蜂蜜酒さえあればシュガーは戻ってくると言ってくれた。それを信じて待つことしか出来ない自分が最高に情けなくて哀れだった。目じりに留めていた涙が限界だと両手を上げながら落ちていく。ズボンに灰色のシミが増えていく光景を見守ることしか出来ない自分も、抱きしめたくなるぐらい悲劇的に可愛そうだ。グレイズはポツリと心の声を漏らしていく。

「お前らを、家族を犠牲にしてまで生きたくない、頑張りたくない」
「弱気を吐くのはらしくないぜ。グレイズ、なんたってお前はうちの孤児院出身のヒーローなんだぞ?たまに顔を出したときに子供たちにせがまれるんだ。"グレイズ兄ちゃんのハッカー武勇伝をきかせてくれ"ってな。僕たちのママも驚いてたよ。トンビが鷹を産んだなんて言ってたな」
「なら弱音を吐かせるような真似はしないでくれ、頼むから」
「ふうん、それもそうだ。なら叱咤激励に切り替えてみる?お前の家族はもう俺たちだけじゃないだろ。ジーン・グリーン。あの子は本当にいい子さ。あの子のためにも頑張らなくちゃ。だろ?パパ」
「俺がPCUをやめれば、お前たちを巻き込まずに済むかもしれない」
「僕たちの出世頭でもあるんだから頑張ってもらわないと困る。せめてもっとポジティブな理由で辞めなよ。例えば、寿退社とかさ」
「出世なんてどうでもいい。仕事なんてものもだ。知らない誰かを守る代わりに、お前たちが傷つくなんてあっちゃならない。頼む、お願いだ。嘘だと言ってくれ。二人の身に何かあったらって考えるだけで、俺は、どうしようもなく怖い。いやだ、助けてくれ」
「なら、何もならないように気をつけながら敵を倒してくれよ、マイヒーロー。そうやって背中を丸めて泣きたい時のために、僕たちがいるのさ。いつだってお前のそばに居る。いつだってグレイズを助ける。それが家族だろ?」
「今からでも遅くない。担保の件は取消にできないか話を付けてくる。それか、お前らと俺が縁を切るかのどちらかだ」
「シュガーが病院にいる以上、難しいってことはお前もよくわかってるはずだ。ジーンもいる。次は彼に声がかかったらどうする?」
「みんな馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。おれなんかのためにどうして」
「なら今度俺がマンホールに落ちた時助けてくれよ。それでチャラさ」

その言葉にグレイズは顔を上げる。細くなったテッドの視線が注がれている。どこまでも柔らかい。ああ、本当にコイツらは。俺にどこまでも苦しめと優しさで詰め寄ってくる。俺なんかのために命を貸してくれる。ここまで健気なテッドとシュガーに返せてやれるのは、いまは力ない返事だけだった。

「そんなの、いつもやってることじゃないか」