shioyama
2024-02-02 00:42:58
2409文字
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恋の通知は止まらない

パラクラ無印げんみ、2事前情報あり


困ったことになった。これは由々しき事態だと悟ったグレイズ・H・クルーラーは腕を組んだまま動かない。

バージニア州北部、クアンティコ。PCUの支部からそう離れてはいない、ストリートの一角。最近引っ越したばかりの家のリビングで、グレイズは唇噛み締めている。新居とは言えないが、治安はいいし2人で住むにはちょうどいいサイズの家だから気に入っているというのに、何をそんなに険しい表情をしているのか。

かれこれ時計の針が一周華麗にターンするほどの時間、彼はそうしている。仕事も珍しく早く終わったのに、溜まったゲームを片付けることもせず、ただただ時間をジャンクに食い潰す。ある意味では贅沢な暇つぶしかもしれないが、当本人は優雅にスマホ鑑賞を楽しんでいる訳では無い。

歯をギリギリ食いしばり、ドライアイになりそうなほど目を見開いている。ハリウッドの自由の女神だってもう少し気前がいいに違いない。

「グレイズさん、まだそこでじっとしているの?」
「ああ。これは瞑想みたいなものだから気にしないで」

同居人のグリーンも不思議そうに声をかけられたが、曖昧な返事が返ってくるばかりだ。気にしないでくれと言われても無理な話ではある。目の見えない彼だって、保護者役の男が小一時間も微動だにせず唸っているのであれば気掛かりになるだろう。どんな顔をしているか確かめることは出来ないが、感情の機微は何となく読める。

またあの子絡みだろうな。ぼんやり予想をたてるグリーンのそれは見事に的中している。というか、グレイズが悩みまくることなんていつもそれしかない。グリーンはすっかり片思いを拗らせている彼に順応している。

さっきからグレイズの視線はポツンと机の上に置かれたスマホに釘付けだ。見慣れた緑のチャットディスプレイ。メッセージは現在地蔵と化している彼からのもので止まっている。

内容はまるで、彼女をデートに誘うかのようなもの。何度見ても頭を抱えてしまう。足の指を使っても数え切れない回数目だ。彼女が見る前に削除を試みようとしたが、直ぐに既読が着いてしまった。嬉しいような複雑なような焦れた心のまま、数時間が経過している。

遅い、遅すぎる。おそらくバイトの片手間に通知チェックだけしているんだとは思う。理解はしてる。納得は、正直できていない。いつもなら1週間ぐらいへっちゃらで待てるが今回ばかりは大人しく待てができるような内容ではなかった。

「どうしてこんなことになっちまったんだ。俺はいつも通り隠し持ったドーナツを食べようとしていただけなのに」
「仕事中じゃないの?」
「ジーン、大人にはスイーツ休憩という特権があってな」

このジレンマのすたーとは、片思いの進捗を仲間たちにした事から始まる。ドーナツショップの彼女との平行線ラブストーリー(片思い)をつらつらと語りながら自慢げに鼻をこすっていると、ジョアンナにスマホを奪い取られてしまった。暴れてみたが、格闘センスに秀でている彼女から奪い返すことはできず、それはあっさりと返却される。これが全ての始まりだ。

まごうことなき由々しき事態。少なくとも彼にとっては大事だった。クラッカー時代にメガパンクにちょっかいをかけた時に比例する程の緊張感を生唾とともに飲み込んだ。へばりついた喉の皮膚をひっぺがす為に淹れたコーヒーは、役目を果たす前にとっくに冷めきっている。コーヒーに感情があるなら、舌先が触れた瞬間凍りついてしまうかもしれない。

「どうする、これで断られたら。確かに自分から声をかけろってマリアさんオリヴィアさんジョジョさんとかアイザックにブラックさん、ほぼ皆だな……に言われたけどさ、やっぱ早かったんじゃないか?ほら、リーダーだって待ってれば相手からグイグイきてたとか言ってたし、いや、でもそれはリーダーが口説きたくなるような魅力的な人だったから成り立った事じゃないのか?パソコン以外取り柄のない俺は自分からいかないとやっぱりダメなんだろうか」

早口で唸りながら断るなら今すぐ楽にしてくれ、とすら願う。いや、やっぱり玉砕はしたくない。当たり前だ。デートしたい。あわよくばニックネームとかで呼び合いたい。俺のニックネームってなんだ?グレ、グレイズかぁ。グレイとか?それはやだな。

葛藤するグレイズをバカにするように、ぴろんと定型音と共にスマホが揺れる。

「ひぃ!」
「返事きたみたいだよ」

意識を揺らす通知音。とっくにブラックアウトしている画面に、恐る恐る伸びる指。みたい、知りたくない。交錯する想いはメビウスの輪の如し。エンターキーを力任せに叩きつける勢いはすっかり失われ、ガラスの表面をなぞるように指を添える。心臓が左耳からニュルンと出たら、不自然死になってしまう。グリーンに迷惑をかけることは避けたいので、可能な限り生き延びたいものだが。

ごちゃごちゃ考えてる間に、視線が彼女からの返信に吸い寄せられる。間違いなくこの瞬間が人生のピークであると、グレイズは悟った。

かわいいドーナツのスタンプ、3文字のアルファベット。思わずひっくり返って見上げた天井。心配そうに覗き込んでくれるグリーンに喜びのあまり猛烈なハグ。いくつものキーボードを墓場送りにしてきた力任せだが盲目の彼を気遣った絶妙な抱擁。耐え抜いた一時間には意味が会った。続けて送られてくる日程調整やデート先のチョイスにも頭を悩ませることなるグレイズは、ハッと顔をあげて、相談相手でもあり同居人でもあり、保護すべき対象であるグリーンに至極真面目な顔で問いかけたのだった。

「さすがに二人きりはまだ半年ぐらい早いから、あいつらも呼んで……順序立てるのが大事だからな、こういうのは。なあグリーンも来るか?」
「うーん、遠慮しておこうかな。グレイズさんのためにも」
「俺のためにも来てくれよー!」