shioyama
2022-04-25 21:55:21
3242文字
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天河才一、AV出演を迫られる

ちょっと下品な単語が入ります。似非AVタイトルなど。


俳優とは。演劇やドラマ、映画等において、登場人物になり切り、身体一つで架空の人物を演じる職業。

スポットライトの熱を浴び、纏う雰囲気には常に華の香りがする。視聴者や観客席からの視線を評価へと変え、舞台やカメラの前で己を演じる彼らはいつだって偽物であり本物でもあった。

そんな立派かつ煌びやかかつアグレッシブかつエレガンスな自称天才俳優天河才一は楽屋の中を歩き回っていた。何度かテーブルの足につま先をぶつけたりして、ひたすらに落ち着きがない。さっき化粧道具を一式ぶちまけたのは誰も見ていないので墓場まで持って行こう。

鏡台に映る自分の顔を覗き込むと、相も変わらず五億万点の面をしている。表情は期待に満ち溢れてて、頬が緩んでいた。なんてたって、あの有名監督からの直々のお声がけだ。しかもあちらからご足労いただけるという。とびきり素敵なオファーに違いない。何の話かもまともにわかっていないまま、マネージャーに促されたこの楽屋で数十分待っていた。

最近仕事もプライベートも順調すぎて己が怖い。このままハリウッドの階段まで自動レッドカーペットで運ばれてしまっても可笑しくない。プライベートジェット機で割れ物注意の扱いで郵送してほしい。なんならファーストクラスにだって乗りたい。まだ搭乗したことないんだよね、飛行機。移動手段は金をけちってロケバスか新幹線だから。ま、節約はいい事なんだけども。

「天河さん。監督さんがもう少しでお見えになるようですよ」
「相分かった!どうだマネージャー君!才一の美貌は今日も!?」
「はいはい。世界一世界一」
「そうだろうそうだろう!なんてたってウルトラハイパーエクセレントダイナミック天才の天河才一だからな!才一の一は一番の一!」

文字に起こしたら読みにくそうなセリフをつらつらと吐く人だ。

マネージャーは呆れながら、ウキウキ気分で腕を組む天河を見た。とにかく天河才一に会いたいと名のある監督から連絡を受けて、とりあえず二返事でOKしてみた。面白そうだったから。まあこの人なら適当になんとかするだろう。と完璧にマネージャーが丸投げしたタイミングで一人の男が入ってくる。濃く蓄えられたもさもさの髭と、濃いサングラス。よくテレビで見る顔に、天河は大股で素早く彼に近づいた。

「監督!いやはやお久しぶりです!この天河才一!今日という日を心待ちにしておりました!以前ご一緒させていただいた際の監督の采配、未だに瞼の裏側に焼き付いております!再びこうしてお目にかかれて恐悦至極!ささ、狭い楽屋ですが、天河才一が椅子を温めておりますので!お座り!お座りください!」

監督は促されるままに着席する。天河もぬるっとその正面へ滑り込み、肩を上下に揺らした。

「お忙しいところお越しいただき誠に申し訳ございませんなぁ!さっそくではございますが、この天河才一に何用でしょうか?映画のオファー?ドラマへのキャスティング?おっと海を飛び越えるようなお仕事であれば一度事務所を通してから……む、何ですかな。A4用紙の紙束?企画書?おっ、お~……失礼しても宜しい?ならばお言葉に甘えて……ふむふむ『天才シロウトアクターえちえちの舞!~しっちゃかめっちゃかに全身緊縛、愉悦のその向こう~』……なかなか個性的なタイトルですね!してジャンルは?ミステリー?サスペンス……え、AV?アニマルビデオ?エッチな方?そう………

一息に吐き切った後、天河は大きく何度も頷いた。うんうんと同じリズムで上下する。企画書をそっと机の上に置く。数秒間、真空状態になったかのような沈黙が続く。

「どぅええええぁぇええ!?なんでぇえええぇぇぇえええ!?」

戻した呼吸を取り戻すように肺を盛大に広げてから、空間を爆発させた。びりびりと鏡が振動で揺れている。がたがたと一生懸命淹れたお茶の水面も揺れた。せっかくの茶葉がちょっと零れてもいる。

「えっえー!?えーぶい!?エーブイに出演するのか、天河才一!?最近やっとアクション俳優としてそこそこ知名度があがってきたのに、まさかの転身を迫られているのか!?何故だ監督!才一はまだやれるぞ!いやこのやれるぞというのはまだ戦えるということで決して卑猥な意味では、アアァァァ!」

天河はものすごい勢いで椅子ごと後方へぶっ倒れていく。騒がしいにも程がある彼に対して、監督は一切の動揺を見せない。まるでマネキンのようである。そう、何を隠そうこの有名監督、実は裏業界でも同じく名を轟かせている最中だった。しかし彼好みの役者が見つからず、そういえば前に仕事を共にした顔だけはそこそこいい天河才一に目をつけたのである!

コント芸人としてなら賞賛されるだろうずっこけ具合だが本人は本気である。生まれてこの方AVからのオファーなんて来たことはない。あまりにもジャンルが違いすぎる。確かに同じカメラの前で輝く仕事だと言われてしまえばその通りだけれど、だけれども!

「それで答えは?もちろんノー……え、マネージャーからの許可はもう貰っている?何故だマネージャー君!まさか才一の事をそういう目で見ていたというのか!すけべ!才一はセミヌードまでしか肌を許さないんだからね!」
「いやぁ最近ちょっとマンネリ気味だなと思ってたんで。いいんじゃないすか?その自信ありげな肉体美(笑)で新しい層をかっちり掴んでは」
「む、むぅ。確かに今までにはない試みだが、いったいどんなファン層が増えるというのだ。貴様の見解を聞かせてみたまえ」
「えー、まあやってみないと分かんないじゃないすか。あれれ?もしやあの天才俳優天河才一が、オファーを断るってんですか?ん?天才に不可能は?」
「ない!!……ハッ!いかんのせられている!今回ばかりはわっしょいわっしょいされっぱなしは不味いぞ!ぐぬぬ、落ち着け天河才一。才一の輝きは確かにベッドの上でもそりゃもう凄かろうが、拳と蹴りと演技とこの美貌でやっていくと決めたではないか……それにだな」

がたがたと倒れた椅子諸共起き上がった天河は、テーブルに両肘をつき、真剣な顔を浮かべる。突然変わった彼の雰囲気に、楽屋に流れる空気も一変する。曲がりなりにも俳優。切り替えの早さはピカイチだ。茶化していたマネージャーも口を噤み、神妙に生唾なんてものを飲んでみせた。

「そういうのは結婚する相手とだけするものだろう!」

語尾にエコーがかかった天河の決意が室内に尾を引く。声ばかり大きくて、中身がない決め台詞ほど滑稽に聞こえる者はない。あ、この人お付き合いした事すらないんだなとマネージャーは一瞬で察した。遠回しに食事へ誘われたとしても「失礼!今月は金欠だし、来月も素寒貧の予定なのだ!」と答えて足早に去る男。百年の愛も氷水。

ついにここにきて、静観を決め込んでいた監督の眉が動いた。ぴくり、と些細な反応だったが、天河は見逃さない。さあ、ここでさらに押してくるようであれば、突き返さねば。鋭い否定を投げかける心の準備を一瞬で仕上げる。

「あーちょっと童貞は……いくらシロウト物でも本当のシロウトは困る」
「なんだってんだ、畜生!」

あっさりと引いた監督に、天河才一は思いきり机に頭突きをした。罵倒しながら身を引くという高等テクニックに、オーバーリアクションで返してしまう。いくら国宝級の美貌をもつ天河才一だって仕事を多少選びたい。安易にそういったことをしてはならないんだぞ。本当に愛した人じゃなければ。

天河才一、27歳。彼はどこまでも恋愛に対して疎く、穢れ無き視点を持っていた。マネージャーが若干ひいためで見ている事にも気づかず、アクション俳優としての自分のアピールポイントを小一時間語り続けた根性だけは流石といったところか。

ちなみにこの後、監督からはAVどころか、ドラマ(恋愛)にすら呼ばれることが少なくなった。めげるな、天河才一!