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shioyama
2021-11-23 17:48:28
4589文字
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インパチェンス
天河才一と彼の話。
【写実主義の鉄線花】げんみ
KPCとの妄想。性格捏造してるかも。許せ
平日昼間の病院のホールは人であふれていた。等間隔で並んでいる無機質なソファが健気に人々の重みを受け入れている。淡の絡んだ咳や、熱に浮かされている顔がいくつもひしめきあっていた。鼻から空気を吸い込むと、独特な香りが胸に流れ込んでくる。
開放感のあるホールをすり抜け、迷いのない足取りで第一病棟へ向かう。果てのない白い床と壁は方向感覚を狂わすが、目的地を捉える靴先に淀みはない。パジャマや入院服の患者の間をすり抜け、颯爽と靴音を鳴らしている。
自分はここにいるぞとしらしめるようなステップに見惚れる視線。無数の注目を、足取りの主は平気な顔をして受け止めていた。時折黄色い歓声と驚嘆の悲鳴が入り混じっているが、向けられている当本人からすると至って普通のことだ。むしろそれを望んでいる節がある。肩で風を切ってたどり着いたとある扉の前でやっと足が止まった。
「びっくりどっきりサプライズ!!」
自称天才俳優天河才一はノックもせず中へと推し入る。ベッドから窓を見ていた月下香の相貌が分かりやすく歪む。なんなら軽い舌打ちも聞こえてきた。それが届いている筈であろう天河はずけずけと彼に近づく。
「なんだ、驚かないのか?やがてはハリウッドで大活躍をすること確定の天河才一が自らのおみ足でここまでやってきてやったんだぞ。盛大にむせび泣くがいい!あ、これハンカチ。よければ使って」
見舞い客とは思えない尊大な態度に、細い肩が呆れたように揺れた。
天河はハンカチを懐にしまいこんだ。壁にたてかけられていた折りたたみ椅子の脚部を踏みつけ、背もたれをぐいっと引っ張る。かしゃりと床を擦りながら組み立てたものに腰をかけた天河の視線は、月下の後頭部に注がれている。
「何をしに来た」
「開口一番それかよ。このくそったれ忙しい中、わざわざ国民的俳優天河才一が見舞いにきてやったというのに随分な物言いだ。それより顔を見せてくれないか、くそったれの顔が見たくてここまで来たんだ」
右手に握りしめた花束で肩をとんとんと叩きながら言う。
「来てくれなんて一言も言ってないけど。相も変わらず理解しがたい脳みそをしているようだ。元気そうで安心したよ」
奴のあおるような台詞に乗るのは癪だ。心の中で絶対にあちら側を振り向かないと決意した矢先、がたりと立ち上がるような音と共に颯爽と前に回り込んでくる。
「理解し難いなんてことは生憎言われ慣れているんでね。痛くも痒くもない
……
いやちょっと痒いかもしれん」
「罵倒が慣れているだなんて、天河才一は随分と嫌われているんだな。可愛そうに。かくいう俺も君のことが大嫌いな人間の一人だけど」
「ふふん、分からないということは、一度は理解しようとした証さ。むしろ賞賛だね」
マスクを顎元までずらした先には、三か月行方不明だった自称天才俳優の整った顔があった。口元は不敵な角度に吊り上がっている。同じく天河の視線の先には、数か月ぶりの再会を果たした月下香がいる。己を縛り付けて優位に立っていた男の下部には、シーツのふくらみがない。ぺたりと撫でるリネンの肌触りを指先でなぞり、ふむと天河は短く呟いた。
「義足のめどはついたのか?」
「そんなつまらない事を聞きにここへ来たのか?実は暇なんだろ」
「馬鹿を言え!才一がこの数か月、どれほど努力していたと思っているんだ!信用を取り戻すのは滅茶苦茶大変だったんだぞ!その最中、何度か枕営業をさせられそうになってだな
……
」
俳優の天河才一が三か月超の失踪後、しばらく世間から姿を消していた。無断で行方をくらませたため、予定していた仕事もキャンセルとなり、キャリアに大きな影響を受けてしまった。その後誠心誠意仕事に勤め上げ、何とか復帰戦のめどが立っている。
あの超常現象を上手く伝えられる訳もなく、適当に誤魔化しておいたが、自分の腹に空いた穴と、両足を失った男と一緒に救急車に乗った事実は捻じ曲げられなかった。持ち前の演技力がなければ謹慎期間はもっと伸びていただろうと天河は愚痴る。フェードアウトしてればよかったのに、という追加の罵声は聞こえないふりをしている。
「足を取り戻すかはまだ決めていないし、全く持って君には関係のない話だよ。知能がぐずぐずな君にも分かりやすいように言うと、さっさと帰れっていうことだ。これならわかるかな?」
「ええい、この部屋ちょっと空気が籠り過ぎなんじゃないか!?換気!換気するぞ!」
「会話もまともにできないのか、この愚図め」
勢いよく窓を開放する天河の背中は依然と変わらない輝きを発している。月下は色濃いグラスの奥で密かに目を細めた。
「いい天気だぞ。こういう時、ドラマなら車いすで中庭を散歩するのがお決まりだが、残念ながら才一は天河才一
……
この才色兼備がイケメンオーラを無暗に発してしまうと、真昼の病院に無駄な混乱を招いてしまう。ああ、やはり存在が罪」
「撮影中じゃなくて良かったよ。そのまま一生何もない部屋に閉じこもっていてくれ。それが世のためなんだろう?」
「あの部屋、みたいにか?」
一陣の風が病室に吹き込む。振り返って髪をなびかせる天河の表情に、自然と薄ら笑いを浮かんだ。あの日々の悦楽がどろりと心中に垂れる。
「帰りたくなった?俺はいつでも大歓迎だよ」
「それはないが、あの後貴様の事について考えさせてもらった」
「光栄だね。天河才一の思考に一時でも住まわせてもらっていたなんて。考えるのは自分の事だけじゃないんだな。両足を奪った謝罪の言葉か?」
「両足に関しては、悪いが全く持って詫びるつもりはないぞ。何故助けたっていう貴様からの責め苦もだ。何度も言うが、あれは才一のためであり才一のエゴだ。貴様には謝罪もお礼も渡す義理はない」
あのまま放っておけば間違いなく月下香は異形の神々に報復されていた。バターみたいに溶けるあの家諸共消し去られていた。自分を散々な目にあわせた男を救う必要はあるのかという醜い考えは、無理やりに呑み込んだ。酷い味だった。ヘドロにも似た屈辱だった。世界一美しい自分の舌には到底合わない。どんな形であれ天河才一を心に宿す人物を、自らの手で消し去ってしまいかけた弱さを誤魔化すように笑い声を漏らす。
救ってやったのではなく、救った。月下香のためではなく、すべては自分が自分らしくいられるために。
「確かに今まで悪意を向けられる機会がなかったとは言わないさ。天才俳優にもアンチはつきものだ。しかし、月下香から向けられる感情の類は初めてだった。完璧なものを己が手で壊すのが愛
……
才一が知らなかったものだ。才一の知り得なかった感情だ。そういう人間の心にも残り続けるにはどうすればいいのか考えてみたのさ」
この世の人間全ての心に残るためには、人間を理解する必要がある。どのような輝きに人は引き付けられるのか。日々カメラの前で問いかけ続けていた日々の中、新たな疑問が現れる。スノードームの割れたガラスが愛おしくてたまらない。月下香の愛憎を分析すれば、天河才一は目指す場所へ近づける。そう信じていた。
「だから決めた。たとえナイフの冷たい刃が突き刺さっても、その痛みを背負ったまま輝き続けてやろうと」
「背中が穴まみれになっても、果たしてそんなお優しい事が言えるのかな?」
「絶対に振り返らない。才一は前だけを見て、この世に生きた証を刻みつける」
「ああ、ああ!天河才一!やっぱりお前は最低で最高な男だ!その輝きがいつ曇るのか、楽しみで仕方がない!出来るなら俺の手で傷つけてやりたかった!濁った俺だけの手で!そうして一生俺だけのものにしたかった!」
「才一は誰のものでもないさ。才一だけのものだ。」
いくら歪んでいようとも、愛は愛でしかない。その他の感情に置き換えられるほど弱い光ではない。ならばそのひずんだまま受け止める覚悟を決めた。差され続けている限り、ナイフを握る人物の心にはどういう状態であれ、天河は存在し続けられる。優しい賞賛の声だけで生き延びられるほど世間が甘くないのは、充分に知っている。
「正直これから貴様がどうするかは分からんし、知らん。まだ死にたがっているようだったら止めやしない。だが、生きている限りその愛とやらも受け入れて」
差し込む柔らかな陽光を背負いながら、大きく手を広げた彼はやはり不敵に笑う。
「君の、青く陰りのある太陽でいてやろう」
中庭に隣している窓から、木々のざわめきがより一層大きく聞こえてくる。風に乗った木の葉が数枚舞い込んできて、彼の足元に散らばった。持っている花束からも吹かれた花びらがベッドの下に這いずっていく。
光を反射して覗いた彼の瞳に、曇りは一切見られない。まるで天河才一の演劇を魅せつけられたような高揚感が募る。無意識に吊り上がっていく口角を掌で覆い隠し、にこりと得意な偽証を張り付ける。
「死ぬまで生ぬるい事だけをほざいていればいいさ。悪役が生きてる限り、また君を暗闇に閉じ込めないとは限らないから、精々夜道には気を付けて」
「夜道なぞ、才一の輝きさえあればさほど進むのは難しくないのだ。自分の幸せも生きる意図も、もし募集中ならば引き続け励みたまえよ。ま、ナイフを再び握っても、進化した俳優パンチで返り討ちだがね」
天河は月下香にラッピングされた花束を放り投げる。ぱさりと何もない下腹部に落ちたそれを視線で受け止める。
「おっとすまない。時間だ。この付近での撮影なもんでな」
腕時計を一瞥した天河はマスクを引き上げて、何の未練もない足取りで彼の前を通り過ぎる。引き戸に手を掛けた瞬間、ふと振り返った。月下香へ、最後にとびきりの笑顔を向ける。
「じゃあな、愚図。暇で死にそうになっていたら才一を痛めつける方法でも考え給えよ。今度も無駄に終わるだろうがね」
そういいながら、天河は今度こそ出ていった。がらりと病院とは思えない勢いで開かれた向こう側の明るさに月下は睫毛を上下させる。廊下の照明はあんなに明るかっただろうか。
「
……
おお!出待ちは慣れているぞ!思った以上に集まっているようだがな!慌てない慌てない!握手はいいが、サインは事務所を通してくれたまえ!なに?入院している妹さんが才一のファン?ふむ、その部屋まで案内してくれないか!才一のご尊顔を拝めば元気溌剌になるだろう!え、ご尊顔の意味?えーっとちょっと待ってくれ。ぐぐるから」
騒がしい声が遠ざかっていくのを、一人になった月下は最後まで聞いていた。あの三か月を脳内で反芻させながら、今後について少しだけ思案を巡らせる。だが、すぐにどうでもよくなった。今はただあの馬鹿と話して疲れたから、目を休めたい気持ちでいっぱいだったからだ。
彼の顔をメイクしていたころから感じていたが、あいつは至近距離で相対するには眩し過ぎる。
渡された花束の花弁にそっと触れる。つるりとしている。瑞々しく、丁寧に世話がされていることが一目でわかる。とりあえず瞳と閉じた月下香はぐしゃりと茎が歪むほどに強く握りしめた。
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