shioyama
2021-11-06 09:49:55
3857文字
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あの夜の空気は何処までも澄んでいた

庭師げんみ× ネタバレ祭り 鳥羽班HO1とHO2の話。


庭師 HO1とHO2
NPCの捏造設定あり







杜若 八十八は響き渡る警告音にむくりと布団から顔を出す。近所迷惑にはならないが、室内にいれば必ず気づくような音だ。じじじと短い間隔の低音が唸る。布団から足をそっと出してみると、暗い地べたを這いずる寒さが足裏を撫でた。びくりと震えながら勢いよく空気から引き抜く。極度の寒がりの八十八からすると氷に素足で触れてしまった衝撃だ。

あわてて布団へと避難すると、何重にも包まれた毛布が八十八を暖かく出迎えた。一生ここに居たいと強く思ったが、強固な意志でのそのそと這い出ることに成功した。呼ばれているのだから出向くしかないのだ。

点滅しているランプのスイッチを切りながら、幽霊のように浮かんでいるディスプレイの前に座った。着込んだ半纏が丸くなる。年季の入ったキーボードに触れると、すべての画面に命が宿る。素早く二十桁以上のパスコードを打ち込み、自作アプリを起動させた。トン、とエンターキーを押下すると三つのディスプレイが浮かび上がり、その一つをピックアップした。画質を引き伸ばすとそこそこ散らかった部屋があり、ちょうど誰かの足がフレーム外に消えていくところだった。急いで別角度に切り替える。

「夢二……

踵の踏みつぶされたスニーカーが転がる玄関を抜けていく男の名を、ぼそりと呟いた。まだまだ冬も夜も深い今、何処に行こうというんだろうか。

庭師事件が解決し、それぞれ謹慎が命じられて数週間が経った。こっそりとそれぞれの班員の家に監視カメラを取り付けた八十八が、一番危惧していたことが起こったかもしれない。こういうことは予想外のタイミングでやってくる。スマホの顔認証をクリアし、鳥羽夢二へ電話をかけようとするも出る気配がない。ディスプレイを確認すると、ベッドの隙間から薄い明かりがもれている。ぶちっと頭の血管がどこか破裂した。

「こんな時間に何処行く気だあの馬鹿」

完全に意識が覚醒した八十八は着込んだ格好で、そこら辺のタクシーを拾う。もさもさのシルエットに止められたタクシーの運転手は吃驚しながらも後部座席の扉を開いた。つっかえつっかえしながら強引に乗り込む八十八の視線は依然タブレットに注がれている。奴の愛車に仕込んだGPSが動いている。行先をAIアプリに予測させながら運転手へと淡々と指示を飛ばす。

あの男は目を離すといつの間にか何処かへ消え去ってしまいそうな雰囲気を纏っている。常日頃感じていたことだが、庭師事件に終止符を打ったあの夜から謙虚に強くなった。執着の糸が切れたように笑う同僚の顔を思い返し、自然と舌を鳴らす。予測完了のポップアップが示す住所を見て、一瞬八十八の呼吸が止まった。

……山頂展望台へ」

息を取り戻すように深くため息を繰り返すと、車内の温いエアコンの味がする。行先を告げられたタクシーは健気に深夜を走った。数十分後、ぐるぐる回る胸を抑えながら降りると、冷えた風が吹きすさぶ。

背後で遠ざかるエンジン音が聞こえないほど八十八は集中して周囲を見回した。がらんとした駐車場の隅に、一台の車がある。タブレットをタップすると、GPSと現在位置が重なっている。恐る恐る近づくと見覚えのある車体が見えてきた。鳥羽の車だ。車窓から覗き込むと中には誰もいない。窓や扉の隙間も封鎖されておらず、とりあえずホッとするが、当本人を見つけるまで完璧には安心できない。

転落防止の柵に近づくと、眼下にはネオンに濡れる夜景が広がっている。自分たちが普段暮らしている街の姿に視線を奪われた。普段、地べたを駆け巡る日々を暮らしている彼にとって、見下ろす街並みの壮観がやけに胸に染みた。だが、相反するように脳内には嫌なビジョンもよぎっていく。八十八は大きく身を乗り出して、切り立った崖にくまなく視線を走らせた。

「なにやってんだ?」
「どぅわ!?」

完全に背後がお留守になっていた八十八は、不意にかけられた声に心臓が飛び出しそうになった。実際に時間帯に相応しくないどでかい声がでた。上半身が重力に持って行かれそうになり慌てて柵を掴むも、鉄棒の前回りを失敗した格好になってしまう。重量の比重があまりにも違いすぎるせいで危うく死にかけていると、首根っこを雑に掴まれて引き戻された。

「おいおい危なっかしい動作の奴がいるなぁと思ったら八十八かよ。なら納得だ」
「なぁにが納得だこのバカタレ!危うくズタボロになるところだったじゃねえか!」

肩で息をしてその場に座り込んだ八十八は、憎たらしいぐらい気の抜けた声を怒鳴りつける。どこか吹く風で彼の目つきを受け止める男、鳥羽は相も変わらずしまっていない笑顔を浮かべていた。

「いやそれ俺のせいじゃねえし。むしろ助けてやったじゃねえか。お礼ぐらい言えよー」
「誰のせいでこんな目に……!いや、それよりてめぇこんな遅くにどこまで来てんだ。お巡りさんが深夜徘徊なんて関心しねぇ話だ」
「たまにここに来たくなるんだよ。三年前ぐらいはよく来ていたんだが」
「で?その理由が変な事しようとしてたってんなら、ぶんなぐってでも説教するが?」
「そういいながらもう臨戦態勢なのマジでやばいぞ。自覚ねえの?」

お前にGPSをつけて行方不明になりそうだったから慌てて殴ってでも止めに来ました。なんて馬鹿正直に言えるわけがない。話の矛先を逸らすと、鳥羽は言い淀むように唸った。頬を爪でかきながら視線を右往左往させている。暫く言葉を待っていると、観念したように笑ってみせた。

「夢でアイツに会えた気がしたんだ」

空気が過去の気配を帯びる。誰とはあえて聞かなかった。左手の薬指に名残惜しげに残されたそれがすべてを物語っている。三年前、亡くなってしまった彼女と八十八は同じ仲間だったが、鳥羽だけはその限りではなかった。さらに重い絆で結ばれていた女性。ひた隠しにしていた秘密が最悪で最適な形で引きずり出されてしまった瞬間の鳥羽の横顔がよみがえり、自然と眉間にしわが寄る。

「よくここに来てたんだ。アイツを家まで迎えに行って、そのまま助手席に乗せて、いつものコンビニで珈琲とサンドウィッチ買ってさ。飽きるまでアイツはこの夜景を眺めてた。俺はそんなに情緒深い方じゃねえから、なんでそんなに夢中になれるんだって一回聞いてみたんだよ。そしたらさ、この街が好きなんだって即答されちまった。その背中を眺めながら飲んでる珈琲が一番美味かったなぁ」

回想に浸りながら、鳥羽は煙草に火をつけながら柵に背中を預ける。ぼんやりとした明かりが蛍火のように暗闇へ色彩を落とし込んでいた。夜景を背負った彼の口許で静かに燻る煙が、彼女に手向けるように空へ吸い込まれていく。八十八もならうように愛柄をくわえ、柵を掴んで立ち上がる。もたれかかっている鳥羽とは違い、真正面から街と向き合っていた。両腕をそんな彼に鳥羽はちらっと視線だけむける。

「なにエンディングが終わったみてぇな湿気た面してんだよ」
「なんだ、俺達の戦いはまだこれからってやつか?そんな情熱的な映画好きだったか、お前」
「ああ、そうだ。もうそれでいいから勝手に自分で終わらせてんじゃねえよ。てめぇが何考えてんのかこっちは知ったこっちゃねえぁが、零課のチーフはお前しかいねぇからな。そう決めたろ、あの日に」

現在の零課、鳥羽班が結束する前にどちらがチーフになるべきかを決めた話し合いで、八十八は鳥羽を推薦した。後押しされた彼はやはり気の抜けた声で「八十八がそういうんなら、それが正しいんだろうな」と納得したように頬を緩めていた。その判断が正しかったのかどうか悩んだこともあった。鳥羽自身に負担やプレッシャーをかけすぎていたのではないかと不安に思ったもある。だが、あの日に戻れたとしてもやはり鳥羽がチーフに適任だと頼りのない肩を押すだろう。役割を押し付けたのではなく、ただ純粋に心の底からそう思ったから、八十八は彼の丸まった背筋に掌を叩きつけた。痛そうに一瞬顔をしかめたが、すぐに楽しげな笑い声が零れ落ちる。

「これからも嫌ってほどこき使ってやるからな、チーフ」
「怖い怖い。お手柔らかに頼むぜ」

彼らがいる展望台には虚ろな街灯しかなく、夜色がよく映える。それはこれからも自分たちが守っていくべき人々の灯だ。地上の星空の輝きを目に焼き付けるように、八十八は眼鏡の奥の瞳を細める。一瞬、妹にもこの景色を見せられたならどんな反応をしたのだろうと空想の中で語る。笑い合えた記憶すらない自分にとって、目の前にある今だけが確かなものとして八十八の中に残っていく。明確に思い描ける鳥羽が、少しだけ羨ましくなった。

「というか、八十八こそなんでここにいるんだよ。寒いの嫌いなのによく出てこれたな」
「あぁ?そりゃあ……あれだよ、俺だってロマンチストになりてぇ時ぐらいある」
「はは、似合わねぇー」
「ストレートな悪口やめろや!」
「だからケツ叩くなって!」
「あー久しぶりのケツ叩きはやっぱ爽快でたまんねぇな」
「とことん変な奴……そろそろ冷えてきたろ。送って行ってやるよ。入らねぇから荷台でいい?」
「聞くまでもねぇ。いつものことじゃねぇか。次買い替えるときはもっと後ろが広い車にしろよ」
「そうだなぁ。前向きに検討だけはしておくよ」
「てめぇも前しか見れねえように首根っこ掴んどいてやる!」