77nairo
2025-11-08 23:00:00
870文字
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 一之倉は我慢の男だ。血反吐を吐くような練習にも泣き言一つ漏らさず、盲腸の痛みに脂汗をかきながらも期末試験を完遂する。そんな一之倉の我慢が限界に達したとき、俺はどうしたらいいんだろう。

 一之倉がこの部屋を出ていって一週間、生活はそれなりに回っている。高校も大学も寮生活で掃除や洗濯は慣れっこだし、社会人になってからは最低限の料理も覚えた。それなのに、この部屋の荒み具合はどうしたことだ。
 遠征から帰ってドアを開けた瞬間の空気が淀んでいた。出発の朝、つい無精をしてシンクに置きっぱなしにした皿やコップは、そのままの姿で俺を待っていた。
「松本って、ほんとに人の心の機微ってやつをわかってないよね」
 部屋を出ていった一之倉の声が脳裏に蘇る。きっかけは、一之倉の誕生日に俺の帰りが遅くなったことだった。その日も俺のチームの試合があって、大したお祝いなんてできないことはお互いにわかっていたはずだ。一之倉も納得して、「プレゼント代わりにお土産買ってきてよ」なんて笑っていた。
 そんな一之倉をほったらかしにして、試合のあとの飲み会にまで参加して泥酔して帰った俺に向けられた一之倉の視線が、今も棘みたいに胸に刺さっている。
 カピカピになった皿とコップを水に浸す。遠征用のバッグから汚れ物を引っ張り出して洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。それから、リビングの掃き出し窓を開ける。
 ベランダで一之倉が育てていたミントが、ぐったりと倒れ込んでいた。
 水に漬けなければ皿やコップはカピカピになるし、洗濯しなければ汚れ物は臭くなるし、水をやらなければミントだって枯れる。なにもしなくても一之倉だけは変わらずそばにいてくれるなんて、なんで俺はそんな勘違いをしていたんだろう。
 たまらなくなって、ジャージのポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話を開いた。最初からまっすぐに謝ればよかったのだ。どうしたらいいのかなんて考えて、一週間も待たせてしまった。
 コール音が、二回、三回と鳴り続ける。空には今にも泣き出しそうな雲が垂れ込めていた。