深夜の高速道路は車が少なくて快適だった。空き家になった実家には何度か通ったけれど、こんな気分でハンドルを握るのはこれっきりなんだろうなと思う。
人付き合いが得意ではない俺は車に人を乗せることも少ない。幼馴染であるレザラくらいしか助手席に乗せたことはなかったけれど、今、助手席にはその幼馴染の彼女が座っている。
「ラジオとかかけるか?」
「大丈夫よ、気にしないで」
「そうか」
道中俺たちが言葉を交わすことはほとんど無く、話したとしてもこんな短いやり取りだけ。お互い口数が多い方ではないし、雰囲気を明るくしたいわけでもないから、車内に響くのは無粋なエンジン音ばかりだった。
オレンジ色の照明がいくつも通り過ぎる。ユトロープは窓の外の景色を黙って見つめていたが、不意に一言、ぽつりと呟いた。
「彼は私たちを許しはしないでしょうね」
「ああ、きっとひでぇ面するだろうな」
俺とユトロープは同じ男を思い出していた。レザラは今何をしているだろう。俺たちがこんな事をしているなんて想像すらせずに、ベッドの中で眠っているんだろうか。
親友と彼女が二人きりで深夜のドライブ、なんて色々と問題視されそうなシチュエーションだと自分でも思う。この状況をレザラが見たら何て言うだろうと考えて、いくつか愉快なパターンが浮かんだけれど、どうにも笑顔を作る気分にはなれなかった。
ああいや、二人きりじゃなかったな。
俺はバックミラー越しに後部座席を見る。その向こうのトランクで今も横になっているであろう布に包まれた塊を思った。
奴を殺そうと決意したのはいつだったか。色々と振る舞いに問題のあるレザラが、偶々恨みを買った相手がとんでもねぇ陰湿野郎だと分かった時だっただろうか。それとも、そいつに事故に見せかけて大怪我を負わされたレザラが、病院のベッドの上で困ったように笑った時だったか。
元よりレザラはあまり自分の安全に頓着しないタイプだった。だから、このまま放っておけば取り返しのつかないことになるとも分かっていた。打てる手は打って、頼れる所も頼った。それでも駄目だったんだから仕方ないじゃないか。ろくでもない奴だとしてもレザラは俺の幼馴染で、親友で、失うわけにはいかなかったんだから。
決めてしまえば後は自分でも驚くくらい淡々と準備が進んだ。奴の家を下見して、道具を揃えて、当日を迎えるまで何のトラブルも起こらなかった。
予想外だったのは奴の家の前でレザラの彼女と鉢合わせたことだ。これが運命の悪戯だとしたら神様って奴は本当にクソみてぇな性格をしていると思う。
お互いに真っ黒な服装をしていて、手には物騒な凶器を持っていた。知らない間柄ではなかったから俺たちの目的は同じだとすぐに通じ合う。
動機もやることも変わらないなら手を組まない理由はなかった。最初からこのつもりだったかのように“作業”を再開しようとした時、ユトロープはこう言った。
『監視カメラは気にしなくていいわ。私が落としたから』
恐ろしい女だ、と心底思った。
処理については話し合った結果、俺が用意した燃焼剤と焼却炉を使うことになった。既に実家の裏に一式運び込んであるから、後はこのまま荷物を運んで燃やせばいい。灰になるまであっという間だ。
幾つ目かのパーキングを通り過ぎた。ハンドル越しに伝わる振動が、手にこびりついた嫌な感触を押し流してくれる。運転に集中していればいい分、何も考えなくて済むのが救いだった。ただ流れる景色を見ているだけのユトロープは何を考えているんだろう。余計なこと考えてねぇといいけど。
そんな俺の心配を感じ取ったのか、ユトロープはどこか不安そうに話しかけてきた。
「……もし彼が知ったら、彼は私たちが手を汚したことを嘆いてくれるかしら」
「どうだか……自分の手でやりたかったとか抜かしたりしてな」
「あぁ、想像できてしまうのが嫌になりそう」
ようやくユトロープは小さく笑みを零す。レザラに振り回されてるもの同士、意外と話が合うのかもしれない。こんな事になる前にもっと話しておけば良かったかな。でも親友の彼女と仲良くなるタイミングなんて分かんねぇし、お互い自分の知らないレザラなんて見たくもなかったから、殺しのダブルブッキングなんて最悪なことになったんだろうな。
道路の段差に合わせて車が跳ねる。その度に後部座席に乗せた道具が音を立てた。
できる限り証拠は残さないようにしたけれど、本当にバレずに済むかは疑問が残る。まぁ、バレたらバレたで構わねぇか。どうせ俺には何にもねぇ。あいつが死ぬくらいなら俺がムショに行く方がずっとマシだ。
その時、ふと考えが浮かんでちらりと横を見る。外を見ていたはずのユトロープがじっとこちらを見つめていた。ぎくりと思わず心臓が縮む。
「念の為言っておくけど、『捕まりそうになったら自分が全ての罪を被って自首しよう』なんて考えては駄目よ。絶対に許さないから」
「…………」
「返事」
「……おう」
なんで分かったんだよ。やっぱ怖いなこいつ。
実際悪くない考えだと思ったんだけどな。あいつ、一人になったらすげーへこみそうだし。ユトロープには家族もいるし。とはいえ、そんなこと言ったらキレられそうだから黙って再び安全運転に努める。
電灯がギラギラと照らす高速道路は一本道だけが明るくて、夜空にあるはずの星はちっとも見えなかった。今更Uターンすることも降りることもできず、この道がハッピーエンドに続いているなんてとてもじゃないけど思えない。
こんなことをしてもあいつは喜ばないと分かっていた。結局のところ、俺もこいつも、レザラを縛り苦しめるものを許せなかっただけなんだ。あいつがあいつらしくいられるためなら、他人が死んだって構わない。そう思ってしまったのが俺たちの罪なんだろう。
こんな罪を抱えて、俺たちはレザラの隣で笑えるんだろうか。無理でも笑ってみせるけどよ。
真っ暗闇に向かって、ただひたすらアクセルを踏む。この先が行き止まりだとしても選んだ以上は進むしかない。ひでぇ夜だ。星の光も届かないのに、破滅への道ばかり照らされてやがる。
なぁレザラ、お前は今、どんな夜を過ごしている?
せめて良い夢を見ているなら、俺たちもちっとは救われるってもんだ。
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