基線◯号
2025-11-04 18:29:03
1336文字
Public エッセイ
 

エッセイを書くのが苦手


 昔から文章を書くことが苦手であった。特に、読書感想文には幾度となく泣かされてきた。今の学生は読書感想文が必須ではないらしく、羨ましい限りである。小中高と何度も書かされては苦労してろくに筋も通っていない文章を提出した記憶がある。苦手意識がずっと取れないのである。本を読むことは好きなのに感想を書くことが苦手である。この不均衡状態が不思議でならない。

 さて、読書感想文で守ったほうがいいとされる構成がある。はじめ(序論)、なか(本論)、おわり(結論)からなる三段構成である。私はこの構成が全く理解できなかった。正確に言えば、本論で書くべきことが全く思いつかなかったのである。本を読んで感じたことを書けと言われても、読んでも何も感じないのである。結局、がむしゃらな文章になるのである。

 普段遣いしているMisskeyの鯖でフォローしているアカウントの一つに健常者エミュレータがある。このサイト自体はうまくいかなかったことを共有して解決策を考えようという趣旨のサイトなのであるが、最近、三段構造を理解するヒントを得た。以下引用する。

「世間の人間は、自分の感情・自分の体験・自分の感想が地続きになっているものらしいです。」1

 この文章を時系列で整理すると、自分の感情と自分の体験から自分の感想が得られる。つまり、感情と体験はインプット、感想がアウトプットに該当するのである。さらに、インプットとしてまとめた感情と体験についても、感情は自分の内的部分、一方体験は外的部分と分けることができそうである。

 この感情・体験・感想が地続きになっている、という部分はそのままなか(本論)の構造そのものである。はじめ(序論)で示した主張に対して内的な感情と外的な体験をつなぎ合わせ、感想を生み出すというプロセスをなか(本論)の部分で実行すればよかったのである。おわり(結論)はなにか教師が見て喜ぶような言葉を重ねていけばいい。

 これで、読書感想文を書く機会があれば、何も困ることがなくなった。できればもっと早く知りたかったという気持ちがある。

 さて、私はエッセイが書けなくて困っていたのであるが、何かエッセイにも応用できそうなところはあるだろうか?

 エッセイで要求される文章構造は起承転結の四段構成である。これを無理やり三段構造に対応させてみたとして、はじめが起、おわりが結だろう。ではなかは承だろうか?それとも転だろうか?

 私は承に当たると考えている。これは、感情や体験から感想を導く構造が、話を広げることが要求される承の構造そのものであるからである。また、エッセイは承で展開したことに対して転で一回ひねる必要がある。このひねりこそがエッセイがエッセイたるゆえんであり、エッセイの質すら左右する重要なところである。

 ここまで書いてきて、読書感想文の考え方は部分的にエッセイにと取り込めそうということがわかった。とはいえ、文章を書くことそのものへの苦手さは量をこなさなければならず、近道もないし獣道を歩いて行くしかないのだろうな。

参考文献

1
https://healthy-person-emulator.org/archives/48073