syanpon
2025-11-04 01:22:48
1969文字
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触れるにはどうも遠かったみたい

なんちゃってマフィアパロその4
閑話休題

マフィアパロ4

 幼い子供が生きていくために必要なもの。
 それは相手の懐に潜り込む愛嬌であり庇護欲を誘う涙であり大人の言うことになんの疑問も持たずに頷く素直さだ。
 そして残念なことにオットー・スーウェンはそのどれもをうまく獲得できないままに血と闇の世界に放り込まれた。
 家族は知らない。殺されたのかもしれないし捨てられたのかもしれないがそういった感傷は明日を生きるために不必要なものであったので忘れた。
 子供らしさを削ぎ落とした結果オットーとなったのかオットーにそもそも備わっていなかったのか、それを決めることくらい無駄なことだった。

「オットー」
「し、静かに足音がする」

 そしてそれはオットーの隣にいる少女も同じだ。年齢もわからないオットーと同じく子供らしさを削ぎ落とした少女と喪服のような服に砂がつくのも構わず、2方向に入り口のある山型のアスレチックの中で息を潜める。
 子供は面倒で金がかかる。日本への出張についてこいと言われた時点で逃げるべきだったか、いいやきっと無理だろう。命を狙われているのに生きるためにはそこにいるしかないという矛盾、気持ちでは笑いたいが固まった表情筋はぴくりとも動かない。
 大人3人分の足音、それが通り過ぎていくのを浅い呼吸で探る。

「行った……。戻れば目の前で殺すこともないでしょうし。もう少し様子を見てから――
 
「なにしてんの?」

 ここが硝煙燻る戦場であったのならオットーはその声の主の首を折り、これ以上音を立てることをよしとしなかっただろう。
 それをしなかったのはここがただの公園であったからでもあるしオットーの矮躯に走る衝撃にただただ息を飲むことしかできなかったせいでもある。

 ぱちりとして猫のように吊り上がった瞳は濡羽のように煌めいている。同じように綺麗な黒い髪の毛は肩につくかつかないかの長さで後ろの夕焼けをひらひらと透かしていた。スニーカーに真っ白なニットの服。幼く高い声が中性さを引き立たせている。

  ――天使をみた、そう思った。

「あなたは」
「オットー!? らしくないのよ!」

 もつれた舌がようやく紡いだ言葉は目の前の存在の名を尋ねる拙い4文字だけで。夕焼けを背負った子供はにかりと笑い、

「ナツキ・スバル!」

 そう言って剣だこも銃だこもない真っ白な手のひらをオットーに向けて差し出した。

***
 
 幼い子供が生きていくのに必要なものは何一つとして足りていなかった。そしてそこにもう一つ、必要なものが増えてしまった。
 その名前を呼ぶだけで冷え切った心が温かくなるような気がして温度のない夕焼けにすら彼の温かい手のひらの温度を思い出す。
 たまたま出会った少年、スバルの存在はオットーを取り巻く憎悪と嫌悪と狂乱から包んでくれる毛布であり失ったら生きていけない皮膚でもあった。

 スバルのことが大切であったからこそオットーはどうしようもなかったのだが無知は英雄、スバルは自分の手のひらが汚れるのも厭わずにオットーの両手をぎゅうと握ってかけだしてしまう。
 
 その蛮勇は確かにオットーの心を救い、同じように心の柔いところに傷をつくった。

 だってオットーがスバルの手を振り払わなかったから、スバルを抱えて守るだけの力がなかったから。

 ナツキスバルの足には銃創がある。
 
 真っ赤な夕焼けで黒いズボンを履いて「ほんの少し疲れた」と青い顔で笑って隠し事をするそれにすぐに気がつけなかった。
 どんなことがあったのか神童で天使であった少年は何も語ってはくれなかったし出血で気を失ったあと目を覚ました時に無意識だろう、オットーのことをスバルはさっぱり忘れてしまっていた。

……ふふ、おあいこ」
「おあいこってなんだよ! ち、血止まんない……

 両手をオットーの血で染めてあの時よりずっと青い顔をして目尻に涙を浮かべるスバルをオットーはぎゅうと抱きしめた。息を吸って吐くたびに血は流れて止まらないけれど腕の温もりがあるから何も怖くない。オットーは笑う。

 「ナツキさん」

 あなたのいない日々は夏だろうと昼だろうと寒かったのだ。スバルがいない日々の寒々しさといったら! でももう腕の中にいる、夢ではない僕だけの天使がここに。
 悦び、歓喜、充足感。あの日全てを白に戻してスバルを抱き上げた時からこれらの言葉全てがオットーのためだけに存在していた。

 そこから何年経っただろうか、人を殺して情報を操って地盤を固めて。
 スバルがオットーのことを覚えていなくてもよかったのだ。オットーは震える男の額に口付けを落とし、目を閉じる。

「大丈夫、死にませんよ」
 
 だってもう、あなたがいないと生きていけない。