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花月ゆき
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ゆる赤安ドロライ
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第23回お題「本音と建前」
両片想いの赤安。無自覚れいくんが少しずつ自覚中。
十月三十一日、ハロウィンの日。
“沖矢昴”に変装した赤井が喫茶ポアロにやってきて、降谷の仕事が終わったあとに街へ出かける約束をした。
しかし、ポアロの閉店時間とほぼ同時に緊急招集がかかり、降谷は赤井とともに現場へ向かうこととなった。
急な大雨で視界を遮られ、現場の調査は難航した。
解散となったのは日付が変わった午前一時過ぎ。ハロウィンは終わってしまい、冷たい大雨の中、降谷は自宅へと帰った。
十一月に入ってから、組織の動きがさらに活発となった。合同会議の頻度も増え、昼夜関係なく現場へ出動する日々が続いた。
ハロウィンの日以降、降谷はまだ一度もプライベートで赤井と会っていない。そもそも今の自分たちには、プライベートの時間がなかった。いつ招集がかかるかもわからない状況のため、赤井が誘ってくることもない。だが、赤井と同じ場所にいる時間は、これまでよりも増えていた。
仕事中は、雑念が頭を過ることもない。だが、ふとした瞬間に、降谷は赤井を意識してしまう。
赤井とどう接すべきか、降谷はいまだにわからずにいた。これまで通りで良いのだと自分に言い聞かせても、なかなかうまくいかない。
自分の葛藤に、赤井もおそらく気づいているだろう。しかし、赤井はそれを口にすることはなかった。
会議の休憩時間中。降谷の隣の席に赤井が座った。周囲の視線がこちらに集まるのがわかる。
「降谷君」
「は、はい」
「君の方の状況はどうだ?」
そう問われて、降谷は気を引き締める。仕事の話だ。降谷はノートパソコンのロックを外し、まとめている最中の資料を赤井に見せる。
簡単に資料の説明をすると、赤井はすぐに理解したようで、降谷に質問をしてきた。早速、赤井との質疑の中で、調査が不足している部分が見つかる。担当しているグループ宛に、降谷は追加調査を依頼するメッセージを送った。
そこで、降谷はあることに気がついた。赤井との距離が先程よりも近づいているのだ。今すぐにでも肩が触れ合いそうな近さに、降谷は緊張する。
こちらを凝視するような人間はいないが、ちらりちらりとこちらの様子を窺う目が複数あった。
降谷は声を潜めて、小さく呟くように言った。
「そんなに近づかないでください。僕達のこと、誤解している人がたくさんいるんですから
……
」
ここずっと、自分たちが親密な関係にあると周囲から誤解されている。
自分たちが食事に出かける約束をしたときに、それを他国の捜査官が“デート”と表現したこともあった。しかも“デート”という言葉を、赤井は否定するどころか肯定してしまったため、自分たちがデートをするような関係だと認めることになってしまった。
交際している二人が、休憩中に肩を寄せ合って話をしている。周囲の目には、今頃そう映っているに違いない。
「誤解、か
……
」
赤井が低く呟く。
降谷は目を伏せた。降谷には、後ろめたさと迷いがあった。周囲の誤解を解かなければならない。そうは思うのに、「自分たちはそんな関係ではない」と、ただ一言告げることすら、降谷はできずにいた。
頭の中では、自分のやるべきことがはっきりとわかっている。ところが、自分の心の中に、小さな予感があった。この関係を否定することで、失うものがある。降谷の感覚がそう告げているのだ。
これ以上、周囲に誤解されたままでは良くない。けれど自分たちの関係を否定したくはない。
己の矛盾と葛藤に頭を悩ませられながらも、今この場で取るべき行動は、はっきりとしていた。
「上層部の目もありますし
……
」
降谷が小さく呟くと、赤井は短くこたえた。
「了解」
抑揚のない声。赤井の心の中はこちらには見えない。赤井は表情ひとつ変えずに、静かに席を立つ。
ちょうど休憩時間の終了を知らせるアナウンスが聞こえてきた。
去ってゆく赤井の背中を、降谷は目だけで追いかけた。降谷の心に訪れたのは、赤井が離れてくれたことに対する安堵感ではなかった。
胸の奥が、冷えてゆくような感覚。この先もずっと、自分はこの感覚と隣り合わせでいなければならないのだろうか。
会議室の喧騒のなかで、降谷は小さく溜息をついた。
会議が終わると、各々がそれぞれの持ち場へと戻ってゆく。
降谷は会議室に残り、ノートパソコンに向かった。会議の中で話し合われた内容をもとに、今後の動きを部下に指示する必要があった。情報を整理し、調査すべき事項をまとめる。そうしているうちに、一時間ほどが経過していた。
紙コップに残っている珈琲を喉に流し込む。熱かった珈琲はすっかり冷めきっていた。
珈琲のおかわりを持ってこようかと考えていると、視界が急に塞がれる。顔を上げると、両手に紙コップを持った赤井が、目の前に立っていた。
「降谷君、お疲れ」
「あ、ありがとうございます」
差し出された紙コップを、赤井の手から受け取る。
温かくやわらかな琥珀色の飲み物だ。わざわざ自分のために持ってきてくれたのかと思うと、嬉しくなる。
コップに口をつけると、ほんの少し甘いカフェオレの味がした。会議室のそばにある自販機で売っているものである。一息つきたいときに、自分がよく飲むものだ。赤井はいったいいつそれを知ったのだろう。
一方で、赤井の手に握られている紙コップの中身は黒い。ブラックの珈琲のようだ。
赤井は降谷の隣に座り、コップに口をつけた。赤井も一息つきたい頃合いだったのだろうか。しかし、珈琲を味わっているようには見えない表情をしている。
降谷は再びノートパソコンのキーを打ち始めた。お互いに何も話さないまま、静かな時間が流れてゆく。
ふと、部屋が寒くなっていることに降谷は気がついた。会議が終わるのと同時にエアコンが切られてしまうため、会議室内の温度が下がってしまったのだろう。
温もりを求めて、降谷は両手で紙コップに触れた。紙コップは温かいが、もう冷めはじめている。
温かいうちに飲んでしまおう。降谷は紙コップを傾けて、こくこく飲み込んだ。空になった紙コップを机に置くと、赤井が口を開く。
「冷えてきたな」
そうですね、と返そうとして、降谷は何も言えなくなってしまう。
冷たい手に触れる、熱。
赤井の手が自分の手を包み込んでいた。
突然の接触に、降谷は驚いた。と同時に、言い知れぬ緊張で胸がどきどきする。混乱しながら降谷は言った。
「手を、離してください」
このまま離さないでほしいという気持ちと、このままではいけないという気持ち。
相反する感情の狭間で、降谷の心は揺れていた。
「俺達以外には誰もいないが」
周囲の目がないからいいだろう、と赤井は言いたいのだろう。
赤井の手の温もりは心地よい。誰も見ていないなら、このままでもいいかもしれない。そんな誘惑に手を引かれそうになったところで、ノートパソコンから音が鳴る。画面の右下に、通知が表示されていた。届いたメッセージに、降谷は我に返る。
あやうく、自分の感情のままに赤井の接触を受け入れるところだった。
自分たち以外に誰もいなくとも、こうした触れ合いは、自分たちにふさわしくない。降谷の理性的な部分が、誘惑を押し留める。
「離して、ください」
声を押し出すようにして、降谷は赤井に懇願した。毅然と声を放ったつもりだったのに、何かに縋るような心もとない声となってしまった。
もう何度目かもわからない。自分自身が抱いている感情が、よくわからなくなる。
赤井からの強い視線。目を逸らした気持ちを堪えながら、降谷は赤井の目をまっすぐに見つめ返した。赤井の手がそっと離れてゆく。
熱が離れ、冷えた空気が自分たちの間に降りた。一度熱に触れてしまうと、触れる前より冷たさを感じる。
机の上に置いた手を下ろそうとしたところで、赤井にその手を掴まれてしまった。
予想もしない赤井の行動に、降谷は思わず肩を震わせる。赤井の手は、ひどく熱い。
「なぜ君は、そんな風に寂しそうな目をするのかな」
「え?」
赤井の問いかけに、降谷は信じられない気持ちで目を瞬かせた。果たして、自分はそんな目をするだろうか。
「まさか、気づいていなかったのか?」
今の自分自身の感情でさえよくわからないのに、自分がどんな顔をしていたかなど、わかるはずもない。
「あなたの言っていることが、よくわかりません」
降谷は真面目にそう返したが、赤井は笑みを浮かべている。もしかして自分は、からかわれているのだろうか。
心のなかで拳を振り上げていると、赤井が続けて言った。
「わかった。質問を変えよう。俺にこうされるのは、君は嫌かな?」
赤井の手が、さらに強く自分の手を握る。
降谷は目を見開いた。こんな形で人と手を触れ合わせたことなど、これまで一度もない。想像したことすらなかった。
ただ、手と手が触れているのとは訳が違う。
初めて知る感覚に戸惑っていると、「君の正直な気持ちを教えてくれ」と赤井が言う。
赤井の目は真剣だ。
「
……
嫌じゃ、ないです」
そう告げると、赤井が優しい笑みを浮かべる。
こんな表情の赤井を見るのは初めてで、降谷は言い訳のように「
……
ちょうど手が寒いので」と付け加えた。
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