悠環 彰
2025-11-03 20:10:48
3827文字
Public MCU:バキサム
 

パンプキン・ホリデー

カボチャ狩りと迷路と、甥っ子たちと、バキサム。
ある10月のちょっとした休日。

ハロウィンについて調べていたら、カボチャ狩りから既にちょっとしたイベントになっているのを知りました。
流石、規模がデカい…。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作

 物音と誰かの話し声が聞こえてきてふとバッキーは目を開いた。リビングの向こうに見える温かみと生活感のあるダイニングで、大きな人影一つと小さな人影二つがせわしなく動いている。
……出かけるのか?」
 パタパタと足音を立ててこちらへ走ってきたAJに声をかけると、驚いたように目を大きく丸めてこちらを振り返る。こうして見ると、叔父甥の関係ではあるがやはり家族、表情などにサムとよく似た雰囲気がある。
「ごめんねバッキー、起こしちゃった?」
 もぞりとカウチの上で身を起こしたのに気づいてキャスが言う。
「いいや、もう十分寝たよ」
 忙しい日々が一段落し、ぽっかりと空いた休日が重なったためバッキーはサムの誘いを受けて彼の実家へやってきていた。昨日は遠慮するサラを説き伏せて普段男手のないウィルソン家で先延ばしにされていた家屋や庭のちょっとした手入れなどを手伝い、夜は彼女の手料理をみんなで囲んだ。そして、定位置と言わんばかりにリビングのカウチを借りて眠ったのだ。サムの部屋のベッドは二人で寝るのには小さいし、子どもたちのベッドはもちろんのこと、サラの部屋に入るなんて到底許されない。それにこの家に来るたびにお世話になっているこのカウチは、人が生活している匂いと温かみに溢れていて自宅のベッドの次に心地よい場所になりつつあったので、バッキーとしても何一つ文句はないのだ。
「こんな早くからどこに行くんだ」
 上着を着てすっかり身支度を整えた二人のところに、車のキーと荷物を持ち出かける準備を整えたサムがやってくる。バッキーの問いかけに「早くはねぇよ」と彼は笑ったが、休日の朝九時にもならない時間はバッキーにとってまだまだ早朝と言っても過言ではない。
「パンプキンパッチだよ」
「うん?」
「ねぇサムおじさん、バッキーも連れて行こうよ」
 疑問に答えるキャスの後ろで、AJがサムの袖を引いて振り回す。サムは少し考えるようにして、改めてバッキーに視線を寄越した。
「そうだな、お前も来るか?」
 そう言われて否やはなく、バッキーは寝起きの頭を掻きつつキャスとAJに急いでと追い立てられながら身支度を整え、サムの運転する車に乗り込んだ。家でサラと二人のんびり過ごすのも悪くはないとも思ったが、せっかく久々に重なった連休ならやはりサムといられる方を優先したい。
 二時間弱の距離を車に揺られて辿り着いたのは農場だった。車を降り、うんと一つ伸びをするサムを置いて甥っ子二人は走り出す。バッキーも車を降りると、一つ深呼吸。ブルックリンやD.C.の街中とはひと味違った空気が肺の中に充満して清々しい。
「そうか、今月末はハロウィンだったか」
 農場の入り口には、大小様々なカボチャがディスプレイされており、そこでやっとバッキーは今月末の大イベントに思い至る。そう言えばブルックリンの街中もカボチャやコウモリなどの装飾に溢れていたし、仮装用のアイテムなども店頭に並んでいた。
「そう。だから今日はカボチャ狩りの任務を仰せつかってな」
 言いつつ甥っ子たちを追いかけ歩き出すサムの隣に並ぶ。見れば広い農場のあちこちで、子ども連れの一家をはじめとしたたくさんの人が思い思いに休日を楽しんでいる。
「サムおじさん! バッキーも! 早く早く」
「迷路行こうよ!」
「んー、先に飯にしようぜ。朝食がまだだろ」
 受付を済ませると売店でホットドッグを買い、四人青空の下でテーブルを囲んでかぶりつく。ケチャップとマスタードをもりもりにかけたAJとバッキーが盛大に手元を汚し、呆れた顔のサムとキャスにそれぞれウェットティッシュを差し出されりという一場面もありつつ、学校のことや友人のことなど様々な話で盛り上がりながら食事を楽しむ。腹ごしらえが終わったらあちこちにある遊具で遊んだり、ポニーや牛、鶏などの動物たちを眺め触れ合いながら回った。
「よっ、ほら、耐えろ耐えろ」
「わ、ぁ、うー、くそ」
 膝上くらいの高さで塀のように固められた藁の上でひと休憩を取っていると、その上に乗ってキャスがちょっかいを出してきた。それを迎え撃つようにバッキーも立ち上がり、狭い足場の上で押し合いをする。押したり引いたりの駆け引きをしつつキャスの攻撃をいなしていると、どん、と突然背後から襲われた。
「おいっ、二対一は卑怯だぞ!」
「よし、いけAJ!」
 いつの間にかバッキーの背後に立ったAJが背中を押してきて、驚いて振り返るバッキーの手を隙ありとばかりにキャスが捕まえる。無防備になったその脇腹をAJが擽ってきて思わず悲鳴を上げながら身を捩った。流石の超人血清でも擽り耐性はつかない。
「やったー!」
「勝ったー!」
 子ども二人に大人気なく超人パワーを発揮する訳にも行かず、バッキーは結局押し負けてごろりと転がり落ちた。飛び跳ねながら喜ぶ二人と両足を放り投げて芝生に転がるバッキーを見て、サムが笑っている。その気の抜けた楽しげな笑みをちらと盗み見て、バッキーも笑った。
「よし、準備はいいか」
 サムの号令で、四人並んで身構える。目の前ではバッキーにも迫る背の高さのとうもろこし畑が、パックリとその口を開けている。
「一番に抜けたやつが勝ちだ。レディ……
 GOの掛け声で一斉にとうもろこし畑の入り口に駆け込んでいく。パンプキンパッチ名物のコーンメイズだ。この農場は毎年迷路の仕様が変わるらしく、広さも十分。中へ入れば子どもたち二人の姿はあっという間に見えなくなる。サムも最初の分岐であっちへ行くと息巻いて別れたばかりだ。バッキーも生い茂るとうもろこしの葉を避けながら、がさがさと道を進んでいく。
 時折他所の子どもやカップルと行き合い、挨拶を交わしたり、「そちらは行き止まりでしたよ」などと情報交換をしながら先へと進む。入ってどれぐらい経っただろうか。あとゴールまでどれくらいなのか。キャスとAJが迷子になってなければいいが。サムはどうしただろう。こんな風に時を忘れて遊ぶなんて、いつぶりだろうか。
「おっ」
 そんなことを考えながら道を行きつ戻りつしながら進んでいると、ぐるりと角を回ったところでバッタリとサムと行き合った。思いを馳せていた恋人が突然目の前に現れて、思わずバッキーは足を止める。やはりあちらとしてもビックリしたのか突然現れたバッキーに目を丸めていたが、急にふっと意地悪げに目を細め、ぐっと距離を詰めてくる。
「サ、っ」
 反射的に引こうとしたその胸ぐらを掴んでサムが顔を寄せる。ぶつかる柔い感触と、すぐに聞こえたチュッという軽いリップ音。一瞬頭が真っ白になり、今キスをされたのかと我に返る頃には既に二人の距離は空いていた。
「お先」
 一つウィンクを飛ばして、さっとサムはとうもろこしの壁の向こうへ消えていく。不意を突かれたバッキーはと言うと、僅かに残ったキスの感触にしばらく呆然とその場に佇んでいた。
「あー楽しかった」
 コーンメイズの勝者はいつの間にか合流して二人で迷路を抜けていたキャスとAJの二人で、サムとバッキーは二人にアイスを買ってやり互いの健闘を讃えあった。一通り遊びと食事を満喫した四人は最後に干し草を載せる馬車の荷台に揺られてカボチャ畑まで行き、ハロウィン用のカボチャを選んだ。それぞれランタン用に大きめのものを一つずつ、サラの分、そして装飾用に小さめのものをいくつか。それを車のトランクに積み込んで、帰路へつく。帰りはバッキーが運転手の役目を仰せつかっていた。
「バッキーも楽しかった?」
「もちろん」
 段々と日が傾き、空はすっかり茜色に染まっている。まだ元気が有り余っているらしく、後部座席でワイワイと思い出話をする二人と会話しながら、車を走らせていく。
「おじさんは……
「シー」
 次いでサムにも感想を求めようとしたAJを、そっとキャスが窘めた。ちら、と助手席に視線をやれば、シートに身を沈めてサムが目を閉じ、腕を組んだまま静かに寝息を立てている。
「寝ちゃってる」
「珍しいね」
 そっと覗き込んで様子を確かめコソコソと声を潜めて言葉を交わし合う二人に、忙しかったから疲れていたんだろうなと口添える。この休みに入る前には数日かけて少し遠出の任務についていたし、帰った後も報告だなんだとせわしなくしていたのを見ていた。家に帰ってきて夕食を食べた後、リビングのカウチで船を漕いでいたこともある。
「でも、サムおじさんが居眠りしてるの、初めて見たかも」
 キャスが零した一言に、バッキーは思わず驚いてそうなのかと問う。肯定するようにキャスとAJは何度も頷く。気心の知れた姉と甥っ子たちのいる家では、普段バッキーの前でしているようにゆっくり過ごしているのかと思っていたが。叔父として、年長者として気を張っていたのか、それとも家族の一員として動き続けていたのか。
「サムおじさんも、僕たちみたいに居眠りするんだね」
 ふふ、と楽しげにAJが笑う。
「バッキーが運転してくれるから、安心してるんだよ」
 キャスも眠るサムの横顔を眺めながらどこかほっとしたように笑う。
「よし、じゃあサムがゆっくり眠れるように、サムの代わりに家までの道案内を頼む」
「ラジャー!」
 頼もしい二人の返事を受け、どこか温かな気持ちになりながらバッキーはハンドルを握り直した。