読書の秋というように秋は本を読むのに最適な季節らしく、忍術学園の敷地内ではちらほらいつも元気にマラソンをしている人や徹夜をしすぎて怒られる人までもが縁側に座って本を読んでいる。いつもならわいわいがやがやと騒がしい忍術学園もこんなに静かになるのかと思うほどの静けさだ。
夏から打って変わって涼しい風に過ごしやすい気温が本を読むのに最適な気温なのだろうかと思うが、乱太郎の前にいる彼はそれならば万年秋という季節に囚われているのだろうか?と思うほど毎日、毎日飽きることなく本を読んでいる。二日同じ本の時もあれば、一日ごとに違う本の時もあり、どんな本を読んでいるんだろうと毎回ちらちらと彼の手元を覗いてみるのだが、やはり難しい漢字がずらっと羅列されていて見ただけで頭がくらくらしそうなほどだったので、それ以降はあまり本を覗くようなことはしていない。
でも好きな人が読んでいるものは気になるもので、毎回彼が読んだ本を借りては期限内に読むことができなくて再延長したりしなかったり、彼が好きな読書を好きになるとはどういうことなのだろうか?と思いながら乱太郎は彼の隣でいつものように本を読んでいるのだが、いつも隣にいる彼の恋人である中在家長次に夢中で自分が手に取っている本の内容など微塵も入っていない。
長次と乱太郎がこうして一緒に読書をするようになったのは、よく乱太郎がテストで赤点を取っていることを知った長次が自分と一緒に過ごす時間をどこかに行ったりするのではなく、勉強や読書をして知識を少しずつ蓄えることができるからいいのではないかと提案されたからだった。
乱太郎も赤点ばかり取って補習が増えて長次との時間を減らされたりすることがあったため長次と一緒とは言えど勉強はあまりしたくなかったけど、長次と過ごせる時間が増えるのは嬉しかったし、長次に教えてもらうからにはと勉強は頑張ってやって少しずつではあるが成果は出ており、赤点を回避するぐらいの点数を取っているのだが如何せん読書の時間だけはどうしても集中することができず、いつも隣にいる長次を気にしてばかりで本の内容が右から左に抜けていっている。
(いつも隣にいるのに、先輩は本を見てばかり。)
なぜこんなにも読書の時間だけ乱太郎が集中できないのかというと長次の目線はずっと本に対して向けられており、ちっとも隣にいる恋人である乱太郎のことを見てくれないからだ。
勉強しているときは教えられているとき、回答が合っていたとき、合っていなかったときもこちらに目線を向けてくれてそれ相応の感情を向けてくれるのだが、本を読んでいるときだけは目線すら合わせてもくれず、たった一人の世界に浸って本の活字ばかりに目線を向けている。
自分のことを心配して色んな知識を蓄えさせてくれているのだと分かっているつもりでいるし、乱太郎もそこはちゃんと分かっているのだが、こうも恋人が隣にいるのに何度も放っておかれているなんて自分より読書のほうがよっぽど好きなんじゃないかと思ってしまうわけで、乱太郎はあまり自分の頭に内容が入っていない本を読みながらぷくーっと頬を膨らませた。
乱太郎の頬が膨らんだのが分かったのか長次は一瞬だけ目線を向け、どうかしたか?と声を掛けた。
「な、なんでもありません。」
「そうか。」
そうして終わっていく会話に、自分から本の活字に戻っていく長次の視線に乱太郎はこの気持ちを言えたならばどんなに楽であろうかと少しだけ肩を落とした。でも言ったところで自分が恥ずかしくなるだけであるし、長次にどんな顔をされるのか分からないので言えないが。
だって言えるものか。本ばかりに目線を向けないでちょっとは自分に目線を向けて欲しいだなんて。幼子でもあるまいし。と乱太郎は集中するために長次から背を向けて集中することにした。
集中して本の内容を理解しようと努めたが、どうしても長次が自分に目線をくれないのが気になって本の内容を理解しないままパラパラと本を捲るだけの時間が流れてしまっていた。今日はきっと集中できないだろうと手にしていた本を静かにぱたんと閉じて立ち上がった乱太郎は違う本でも読んで気分転換でもしようと立ち上がった瞬間、ある考えが乱太郎の脳内に過ぎった。
でも、それって気配で気づかれるのでは…?と思って隣にいる長次を見てみたが、彼は現在とても集中して本を読んでいるらしく乱太郎が立ち上がっていることも気づいていないようだった。
(随分と集中していらっしゃるなあ…。)
自分には目もくれずに。と本に少し嫉妬してしまった乱太郎はそのまま彼の耳に自分の口を寄せて、ふう。と息を吹きかけた。その瞬間、長次は驚いて本から乱太郎に目線を向ける。
乱太郎はしてやったり。という意地悪な顔をして、先輩が本ばかり見つめてらっしゃるので私、保健委員会の手伝いにでも行ってきますね!と一瞬で廊下を駆けていってしまった。
取り残されてしまった長次は乱太郎に息を吹きかけられた耳を抑えながら顔を赤くしてもそ…。と言いながら乱太郎を追いかけるために立ち上がった。
いたずらをされてしまったのなら、仕返しをしなければ。と考えている彼の顔はいつものにたりと笑う顔より数倍、いや数百倍怖かった。きっと乱太郎が行ってしまった行き先がよりにもよって自分と同学年であり、長次が要注意人物として常にマークしている善法寺伊作のところなのだから。
易々と行かせてしまってはきっと伊作が乱太郎にスキンシップを取っているかもしれない。それは、恋人として許せない。廊下を走ってはいけないと分かっているが、あの大魔王の手に渡る前に行かなければと思った瞬間にはもう長次の足は走り出しており、医務室方向に歩いている乱太郎を見つけた瞬間、音も立てずに近づき彼を攫ってそのまま自分の自室へと駆けて乱太郎を下ろすと、少し長次が怒っている気配を察したのか乱太郎はプルプルと生まれたての小鹿のように震えながら自分のことを見つめていた。
「…乱太郎。」
「ひ、ひゃいっ…。」
プルプルと震えている乱太郎の顔に自分の顔を近づけた長次はそのまま乱太郎が自分にしたことと同じように彼の耳にふう。と息を吹きかけた。突然耳に息を吹きかけられた乱太郎はひうっ…。と情けない声を漏らして耳を抑えながらそのまま尻もちをついてしまった。
「さっきの仕返し、だ。」
ニヤリとさっき乱太郎がしたような表情をしてみせると乱太郎は真っ赤な顔をさせながら、口をはくはくとさせていた。
「な、なっ…!」
まさか追いかけてくるなど、そして攫われて仕返しをなどされるなど微塵も思っていなかった乱太郎の顔を見てふっと笑みを零した長次に乱太郎はしてやられたことに対してご立腹なのかぷくーっと頬を膨らませても、元はと言えば先輩が悪いんですっ!と長次の顔を背けながら言った。
「私が?」
なにが悪かったんだ?と乱太郎に問いかける長次に先輩なんか知りませんっ!と腕を組んで相当ご立腹な乱太郎。こっちを見てくれないか。と自分のほうに顔を、体を向けさせようとする長次を押し返す乱太郎だったが、いつのまにか長次に手を絡まされて床へと押し倒されてしまい、逃げ場がなくなってしまった。
「…なにが悪かったんだ。」
言わなければずっとこのままだが。いいのか?と自分をずっと見つめてくる長次に観念した乱太郎は顔を真っ赤にさせながら、先輩が、私じゃなくてほ、本ばかり見てるから…。いたずらしたくなったんです。と段々小さな声で発言した。
乱太郎がそう言葉を発してからなにも反応を示さない長次にもしかして自分の声が小さすぎて聞こえていなかったのかな。と思って彼の名前を呼ぼうとした瞬間、長次の顔が近づいてきたかと思えばそのまま触れるだけのキスをされた。
ちゅっ、とリップ音を立てながら離れていく唇を呆然と見つめていると、長次の瞳には今、自分だけが映し出されていることに気が付く。そう、この瞳にずっと自分だけを映してほしかった。ようやく自分の欲しいものがもらえた乱太郎は満足げな顔をして、彼の首に自分の手を回しながら彼の名前を呼んだ。
「長次せんぱい。」
「…なんだ。」
「もっと、」
あなたの瞳に私だけを映して、私だけを見ていてください。と告げた乱太郎に、長次は一瞬驚いた顔をしつつ、ふっと微笑んで心配しなくとも私はお前しか見ていない。と言って乱太郎にキスをしたのだった。
了
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