shirajira
2025-11-03 17:48:56
6133文字
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つける薬はない

リクエストいただいた、ビマヨダ成立後にムチムチしてきたヨダナの無防備な格好を心配するビマと、そんなビマの頭の心配をするヨダナのビマヨダです。

 ムチムチしている。
 ビーマは遠目に見えるマスターに目をやった。休憩のために食堂にやってきたらしいマスターは、周回メンバーに囲まれている。
 やっぱり、ムチムチしている。
 ビーマが深く頷いていると、マスターとその連れがカウンターへと近づいてきた。
「よぉマスター、周回お疲れさん。何にする?」
「んーと、肉の気分なんだよねえ。唐揚げとか、ハンバーグとか」
「ならAランチだな。油淋鶏だ」
「油淋鶏! いいね! それにする!」
「よし、ちょっと待ってな」
 トレーに決められたセットを乗せ、ちらりとビーマはカウンターの向こう側へと目をやった。注文したものが用意されるのを今か今かと待っているマスターの隣に立つ男は――やっぱり、ムチムチしている。
「Aランチ、お待ち!」
「ありがとうビーマ!」
 マスターが去っていく。見るともなしにその背を眺めていると、「おい」とぶすくれた声を掛けられた。
「わし様の注文の番だぞ。よそ見するな」
「ん、今日の俺の担当はDランチだぜ」
「誰もお前の担当なんて聞いておらんわ」
「ドゥリーヨダナのDだな。お前に食べてもらいたい」
…………そこまで言うなら、まあ、そのDランチを食べてやらんでもない」
 もごもごと口ごもる恋人に、ビーマは笑みを浮かべた。多少の口の悪さも、恋人のものであればあばたもえくぼ同然である。
 そう、この男――ビーマと因縁深い、生前いがみ合い殺しあった男、ドゥリーヨダナは、今やビーマの恋人であった。生前の自分が知ったらひっくり返るかもしれないし、もしここにいない兄が知ったら何か脅されているのかと心配するかもしれないが、正真正銘、恋人だ。紆余曲折あって互いに手を取り合った仲なのである。
 何なら既に体の関係まである。幸い相性は最高によかった。男を知らない初な体を育てていくのはとても楽しい。やりがいがある。
 互いに満足できるだけの体力がある相手との行為に、ビーマは溺れた。向こうもそうだろう。今や三日に一度は体を繋げないと落ち着かない。
 トレーに皿を乗せて――今日はかに玉というメニューを担当してみた、卵はふわふわだし餡もうまくできたと自負している――ビーマはちらりと恋人に目をやった。
 ムチムチしている。肌艶はよく、肉付きのいい体を覆う衣服が弾けそうだ。だらしのない体ではない。むしろ逆で、美しい。食べ頃、というワードが頭に浮かぶ。
「ほら、Dランチだ」
「うむ」
 トレーを受け取ろうと伸びてきた手を、ビーマは掴んだ。顔を上げたドゥリーヨダナにだけ聞こえるような声で、囁く。
「今晩空いてるか? 俺の部屋に来いよ」
……お前がわし様の部屋に来るのなら、空けておいてやってもいい」
 澄ました顔でドゥリーヨダナは言うが、期待を隠せず揺れる瞳も、うっすら染まった頬も、ビーマにはよく見えた。思わず笑みが浮かぶ。
「よし、じゃあ決まりだな! 夜のシフトが終わったら行くから、寝ずに待ってろよ?」
「わし様が眠ってしまう前に、お前が来い」
 言い捨てて、トレーを手に取りドゥリーヨダナが去っていく。
 その背中を見送って、何だか付き合う前よりあいつ尻とかでかくなってないか? とビーマは一瞬思った。が、自分たちはサーヴァントである。気のせいであろう。次の客がやってきたので、仕事に集中する。
 労働の後に楽しみがあるのはいい。おまけにビーマは食堂の仕事が好きなのもあり、そのひはただただ気分よくシフトを終えた。


 いや、やっぱ気のせいじゃなくこいつ胸とか尻とか前より育ってねえか?
 ビーマは身支度をしている男を、ベッドの中から頬杖をついて眺めていた。
 情熱的な一夜を過ごした後の、朝である。ドーティだけを下半身に巻いたドゥリーヨダナは、帯を選び、髪を整えと鏡の中の自分に夢中だ。
 何でも今日は普段連れ回されている周回もなく、カルナやアシュヴァッターマンとシミュレーターで遊ぶ約束をしているらしい。
「せっかくだから新しく作らせた帯を……であればアクセサリーは……
 ぶつぶつと呟きながら身につけるものを真剣に選ぶ姿は、まるで女のようだった。さすがに言ったらへそを曲げられるので、言わないが。
 それにビーマは、ドゥリーヨダナが身支度する姿を見るのが嫌いではなかった。生前は知ることすら許されなかったことを許されている、というのはなかなかぐっとくるものがある。たまに意見を聞かれたりするのも嬉しい。
 それはそれとして。
 ムチムチしている。元々ドゥリーヨダナは、ビーマに遜色ないくらいには恵体の持ち主である。しかも着痩せする方だ。ビーマと並ぶと見劣りするなんて言う者もいたが、とんでもない。筋肉の付き方が違うだけで、全裸で並べば決してビーマに見劣りするような体をしていないとわかるだろう。
 その恵まれた体は、一晩の色事――魔力供給の痕跡もまだ色濃く、艶やかに肌を輝かせていた。はちきれんばかりの筋肉が、ドゥリーヨダナが息をし、身動きする度に脈打つ。うなじの後れ毛一つとっても、何だか視線を誘われる。
 端的に言えば色気がだだ漏れていた。
 目の毒だ。思いながらもビーマは目を伏せるようなことはしなかった。だって俺の恋人だし。
 互いに用事がないのであれば昨晩の続きを今すぐ始めたいところだが、残念なことにビーマはこの後厨房シフトがあったし、ドゥリーヨダナは友との用事がある。数日はお預けだ。
 最近どうにもいけない。独占欲のようなものが相手に湧いているのを感じる。明らかに他人と分け合わなくていい――少なくとも兄弟とは――ものを手にするのは久しぶりなせいか? それとも相手がこいつだからか? こいつの強欲さが移ったか?
 そんなことをビーマが考えていると、ドゥリーヨダナが言った。
「ふむ。まあこんなものか」
「は? お前今日、それで過ごすのか?」
 思わずビーマは口を挟んだ。ドゥリーヨダナが不思議そうな顔をして振り返る。
「そうだが? 何だお前、わし様のセンスに文句でもあるのか。普段はろくなコメントもしないし、着れれば何でもいいとかふざけたことしか言わんくせに」
 振り返ったドゥリーヨダナは軽装だった。下はドーティ、それはいい。
 問題は上半身だった。首飾りをして肩布をかけただけ、ほとんど裸と変わらない。
 確かに生前はそんな格好が普通だった。ビーマも、ドゥリーヨダナも。今日は友と過ごすだけだから、そうした理由でドゥリーヨダナがその格好を選んだのは、ビーマにも想像がつく。だが。
「布が足りてねえんじゃねえのか」
「はあ? 何を言っとるんだお前は」
 ドゥリーヨダナが腰に手を当てる。はちきれんばかりの大胸筋とついでに乳首がむんと存在を主張する。
「お前いつももっと着込んでるだろうが」
「そりゃあな。クル族の未来の王として、恥ずかしい格好はできん。戦士として召喚されてるわけだし」
「じゃあ何で今日はそんな格好なんだよ」
「この格好のどこがおかしいと言うんだ?」
 確かに格好自体はおかしくはない。少なくともビーマとドゥリーヨダナの育った文化圏では。
「おかしいっつーか……無防備すぎやしねえか?」
「はあ? 敵襲でもあるかもしれん、ということか? その時は霊衣を変えて鎧を出すし、カルナとアシュヴァッターマンがおるんだぞ、何の危険があると言うんだ」
 そいつらがいてもお前は戦争に負けたじゃねえか。言ったら最後第二次クルクシェートラが始まってしまうため、ビーマは言わなかった。そもそも言いたいのはそんなことではない。
 ビーマが口ごもっていると、さすがに思うところがあったのか、「どうしたんだ? 何か今日のお前、おかしいぞ?」とドゥリーヨダナが顔を覗き込んできた。
「変な物でも食べたか? ……それか、霊基異常かもしれん。医者に診てもらえ。まだ時間があるから、医者が怖いって言うなら……わし様が付き添ってやってもいいし」
 こういう、やはり生前は向けられなかったものを向けられる度、ビーマはどうにもたまらなく嬉しくなるし、手離したくないと思ってしまう。
 誰にも取られたくない。そんなことを考えてしまう。生前はそんなことを思うのは、食べ物に対してばかりだったのに。
 知らなかったことばかりだな。瞬きをする。目の前にあるものが消えることはなく、変わらずドゥリーヨダナは暖かな目でこちらを見ている。それが嬉しい。
 それはそれとして、やっぱり目に毒だと思う。何せ目の前にあるものは幻覚ではないので。何なんだよ布を斜めにかけるな、雄っぱいを強調すんな。恥はどうした恥は。
「あのな」
「うん」
「そういうエロい格好は俺の前だけにしろよ、どうすんだよ、お前を見た興奮したやつに押し倒されたり拐われたりしたら。危機感がなさすぎじゃねえのか」
「は?」
 ポカンと口を開けたドゥリーヨダナは、鏡の方へと振り返った。それからしげしげと自分の体を見下ろして、またビーマに顔を向ける。
「エロい格好? これが?」
「おう」
 ビーマが真面目に頷くと、ドゥリーヨダナがビーマの額に手を当ててきた。「熱があるわけではなさそうだが……何の霊基異常だ……?」などと呟いている。
「別に霊基異常はねえよ」
「いやいやいや……お前、頭大丈夫か? これのどこがエロい格好? 普通の格好だろうが」
 全身がよく見えるようにか、ドゥリーヨダナが両手を広げた。ムチムチっと大胸筋が上下する。肩布で乳首が見え隠れした。
「肌が出すぎだろ」
「お前第一霊基の姿で鏡の前に立ってみろ。それにもっと肌が見えてるやつなんていくらでもいるだろ。それこそカルナやアシュヴァッターマンだって……
 あいつらを基準にするな。特にカルナ。ビーマは思った。何でこいつの周りの男は薄着のやつばかりなんだ。最近たまにどつきあってるらしいイアソンとかいうやつも変に露出をしてるし。
「あいつらはいいんだよ。俺はお前の話をしている。いいか? 箱入り育ちのお前は知らねえかもしれねえが、突然人のモノに欲情して襲いかかってくる男ってのはどこにでもいるんだよ」
 森にはジャヤドラタが、王宮にはキーチャカがいて、かつてビーマたちの妻であるドラウパディーにいやらしいことをしようとしてきたものだ。当時の怒りを思い出してビーマが鼻息を荒くしていると、ドゥリーヨダナが胡乱な目をした。
「お前、わし様がか弱い女子供にでも見えとるのか? 頭大丈夫か? わし様は寛大な心とお尻をもって閨ではお前に上を譲ってやっているが――お前の尻に突っ込んだら最後、わし様のご立派様がケツ圧で潰されそうだからな――最優のサーヴァントにして、誰もが認めた至上の戦士だぞ。お前以外の誰がわし様を押し倒せるんだ」
「相撲部の連中がバフをクソ盛られて魅了にかかってる状態で襲いかかってきたら、お前だって押し倒されるだろ。確かにお前はクリシュナやバララーマも認めた戦士だが、ここはカルデアだ、強い戦士には事欠かねえ」
 金時やオリオンがそんなことをするとは思いたくないが。衝動的に彼らを肉団子にしてしまいたくはないので。
「とにかく、そんな頭のおかしい格好はやめろ。もっと服をちゃんと着ろ。ムチムチを隠せ」
「頭のおかしいのはお前だビーマ。何で普通の格好をしてるのにエロがられなきゃならんのだ! だいたい、わし様の自慢の体が周りに見られることに何の問題がある! 今日はシミュレーターで水遊びの予定だし、着込みたくない! オフの日くらい好きな格好させろ!」
 ドゥリーヨダナが憮然とした顔で腕を組んだ。ムチムチ。大胸筋と二の腕が強調される。
 ビーマは俯いた。確かにドゥリーヨダナの格好自体はおかしくないのだ。ただドゥリーヨダナがムチムチしてしまっているから、何かいかがわしい空気になってしまっているだけで。
 前はこうではなかったように思う。少なくとも付き合い始めた前後は。ということはこのムチムチはビーマのせいでもあるのだろうか? ドゥリーヨダナは自覚がないようだし。
 ドゥリーヨダナは自分の欲に邁進する男である。束縛されるのは嫌だろう。ビーマだって別に愛する人を束縛したいわけではない。ただ心配なだけなのだ。
 愛する人を自由にしてやりながら、けれども危険からは守ってやりたい。牽制したい。エロい目で見られないようにしたい。となれば取れる手段は限られていた。
「ビーマ、今日は仕事を休め。やはりお前はおかしいのだ。医者に診てもらえ。ついっていってやるから」
 宥めるように肩に手を置かれる。ビーマは首を横に振った。
「いや、いい。大丈夫だ。そうだな、お前がこんなことになっちまったのは、俺にも責任がある。お前一人のせいにするのは間違ってた」
「うん? わかればいいのだが……?」
 ビーマはドゥリーヨダナの両肩をがしりと掴んだ。そうして、怪訝な顔をするドゥリーヨダナにある提案をした。


「旦那……聞いてもいいか?」
 どこか気まずそうな顔のアシュヴァッターマンに、ドゥリーヨダナはわざと作った無邪気な顔で「うん?」と返した。目を泳がせながらアシュヴァッターマンが言う。
「その格好なんだが……それ……ビーマの、だよな?」
 ドゥリーヨダナは唇をもにゅもにゅ動かした。やはり照れのようなものは消せない。
 予定通り、今日はオフで軽装だ。下はドーティでおろしたばかりの帯が誇らしげに揺れている。
 問題は上だった。当初は肩布だけで過ごすつもりだったのだが、何故かビーマが難癖をつけてきたのだ。エロいとか肌が出すぎとか。普段惜しげもなく鍛え上げられた豊満な肉体美を衆目の面前に晒しているお前が言うか? という話である。
 ドゥリーヨダナは着飾るのが好きだし、そこまで肌を露出していたいわけでもない。ただ今日はオフで、それも水遊びをする予定だったから、ビーマが求めるような肌を覆うような服を着たい気分ではなかった。そもそもいくら恋人とは言え、ビーマのいいなりになるのは癇に触る。
 そんな中、妥協案としてビーマが出してきたのが――肩布の代わりにビーマの羽織を羽織るというものだった。確かにこれなら当初予定していた格好と、ドゥリーヨダナとしてはそう変わらない。
 濡らしても汚してもいいから、脱ぐなよ、とビーマは言った。その瞳の中に、確かな情を見てしまったので――まあいいか、とドゥリーヨダナは思ってしまった。
 大事にされるのは好きだ。まさかビーマからそんな風に扱われる日が来るとは思わなかったし、やっぱあいつ頭おかしいんじゃ? と思うけども。
「ま、お前たちという先約があったし、緊急というわけでもなさそうだったからな。ビーマのやつを医療室に連れていくのは今度でもいいだろう」
「滑稽なことだ。馬が勝手に蹴りに来るとはな。目がおかしいのだろう」
 カルナはそう言ったが、ドゥリーヨダナはあまり聞いていなかった。ただむっちりとした体を上機嫌に恋人の衣服で包んでいた。