目が覚めたら知らない部屋にいることなど今に始まったことではない。これまで様々なことに巻き込まれすぎてそれだけでは特段驚かなくなってしまったというのが本音だ。
しかし今回問題なのはそこではない。問題は、
「セックスしないと出られない部屋ぁ!?」
作家の叫びが部屋に響いた。天蓋付きのキングサイズのベッドにサイドテーブル、クローゼット、全体的にラグジュアリーな内装。ムーディーな照明は明るさが抑えられており、部屋全体には深く甘ったるいムスクの香りが漂っている。まるでラブホテルか何かのような雰囲気に男二人で変な空気になっていたところ、彼が見つけたウェルカムカード。それには「二人でセックスをしたら扉は開きます♡」と書いてあった。なぜ、こんなことに。思わずこめかみを押さえた。
「困りましたね〜。理人さん、どうします?」
大して困ってなさそうな声音で彼は言う。
「ひとまず扉の破壊を試みるべきだろう」
持ち物を確認する。武器は、無い。何度か扉に蹴りを入れてみたが、破壊できないどころか手応えすらない。衝撃がすべて扉に吸収されているようなそんな感覚だ。
「うわ、すっごく頑丈な扉。言っておきますけど、理人さんで無理ならオレにはもっと無理ですからね?」
「他に脱出方法がないか探すしかないな」
それから小一時間。枕の下、引き出しの中、テーブルの裏側、クローゼットの奥。様々な場所をくまなく探したが、脱出に繋がる手がかりらしきものは何一つ見つからなかった。引き出しの中には避妊具や潤滑剤、アダルトグッズばかりが入っていたし、クローゼットを開けるとあらゆるコスプレ衣装が詰め込まれていた。本当に、ただのラブホテルの一室でしかないことがわかった。
「……あー、もういいや。いいです、はい」
急に糸が切れたように彼はベッドに倒れ込み、大の字になった。
「ヤりましょう、理人さん」
「……はい?」
「だってもう、それしか方法ないんでしょう」
「いや、もう少し粘れば……」
「無駄ですって! これだけ探索したのに見つかったのこのウェルカムカード一枚ですからね!?」
「しかし……」
彼はバッと起き上がるとこちらに腕を伸ばした。掴まれた腕はぐいっと強く引っ張られ、そのままベッドに引きずり込まれる。
「アンタはそんなに嫌ですか、オレとヤるの」
意図せず彼を押し倒すような体勢になってしまい慌てて退こうとするが、どこか不服そうに引き止められる。
「嫌とか、そういう問題では、」
その返答に彼は面白そうに目を細める。
「だったらいいでしょう、別に減るもんじゃありませんし」
橘先生が面白いものを見つけた時の顔だ。こうなった彼は好奇心を満たすまで追求をやめない。それを一番よく知っているのは恐らく自分だ。彼に聞かせるようにわざとらしくため息を吐く。
「……本当に、いいんだな」
「いいですよ〜、あ、理人さんどっちがいいですか?」
「……どっちでも」
「あは、覚悟決まってきましたね! それじゃあ、上は譲りますよ」
「貴方がそれでいいなら」
彼は眉を下げて笑った。
「興味があります、アンタがどうやってオレのことを抱くのか」
彼が手を伸ばしてくる。その指に顎を捉えられる。すうっと顎の下をなぞってまた手を離した。その瞳は熱を孕んでいた。その表情が目に焼き付けられる。彼は期待している。それは好奇心なのか、それとも。──いや、細かいことは今はいい。早くこの部屋から出ることだけを考えよう。余計な思考はシャットアウトしよう。そう割り切って彼の衣服に手をかける。
その時、バンッと勢いよく扉が開いた。──扉が開いた? あれだけ何をしても開かなかった扉が?
二人で思わず扉の方に視線をやる。そこに立っていたのは顔馴染みの情報屋だった。
「巻き込んじまって悪いなお前さん達! 知り合いの魔術師がさぁ……って、」
扉を開けた彼の目に飛び込んできた光景は恐らく、ベッドの上で作家を押し倒している殺し屋、それ以外にないだろう。しかも今まさに事に及ぼうとしているところで。その距離はほぼゼロだ。
「ははーん、なるほど……悪かったな、マジで。完全に助けるタイミング間違えたわ」
それじゃ、と彼は丁寧に再び扉を閉めようとする。
「いや閉めないでくださいよ永田さん!?」
こうして救出にきた情報屋によって行為は未遂に終わり、何事もなく部屋から出ることはできた。なんでも彼の知人が一緒に酒を飲んでいた時にノリと勢いで作った空間に自分達がたまたま飛ばされたらしい。なんて人騒がせな。先生も先生で何事もなかったかのようにけろっとしている。──自分はまだ、あの時の貴方の表情を覚えているというのに。
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