月見
2025-11-02 21:50:20
4371文字
Public シャリエグ
 

大蛇の再生

シャリエグワンドロお題「独占欲」より
本編沿いセクピスパロな話
どうしても蛇の目重種のシャリさんを書きたかった

 長い時を経て、人類は地球と宇宙の二つを住処とするようになった。アースノイドとスペースノイド。未だ多くの確執も横たわりはする二つの在りようを得た人類に、しかしもう一つ大きな、そして生きる場所よりよほど大きな違いとなる区分が、在った。
 猿人と斑類。それが、人類を、人間というものをひそやかに二分するものの名だった。
 それは進化の過程の中で分かたれたもの。
 一般的な、猿から進化を重ねた、人類の凡そ七割を占め、世界の大半がこれこそが人類と認識している猿人。
 そしてもう一つ、犬、熊、猫等様々な動物の因子がそれぞれ人として進化した斑類と呼ばれる存在。彼らは元となった動物の特性を色濃く残し、その血の濃さ、元となる動物の強さ希少さを尊び階級を成す。
 最も濃く血を残す反面繁殖力の低い重種、血と特性は薄いがその分繁殖力の高い軽種、その間に位置する中間種。斑類のコミュニティの中で、当然重種はその血の価値を保つために次も重種を望む。
 そんな斑類の存在は猿人たちには基本的に認識されず、彼らはひそやかに社会に根を張り独自のルールと習性を保ちながら生きている。
 シャリア・ブルもまた、この斑類、更にはその中の所謂『重種』とカテゴライズされる存在だった。


 は、とシャリアはひそかに、そして深く息を吸い、吐く。
 イオマグヌッソでの交戦、その果ての、当初予期していなかった形での生還。
 コックピットを残して大破したキケロガが隻腕となった白騎士によって捕らえられ、否、保護されて帰還したソドンのドックで脱出ポットから出て、ヘルメットを脱ぎ去って吸い込んだ空気。
 コックピットやヘルメットの中に貯蔵されたものと同じはずだが、どこか清々しいような、澱みの無いように感じるそれはシャリアの口を、鼻孔をすり抜け肺を満たす。
 そう、鼻、嗅覚を司る気管を艦内の、ありふれた空気であるそれが通り抜けた瞬間、シャリアは微かでも確かな違和感を覚えた。
……エグザベ少尉?」
 その感覚のまま、嗅ぎ取った匂いを辿るように、シャリアは視線を流す、首を回す。
 その先には無意識に漏らした名のとおり、先ほどまでシャリアと矛を交え、感情を迸らせ、そしてシャリアの生を繋ぎ止めた若きニュータイプの姿があった。若き、斑類のその姿が、在った。

 そう、エグザベ・オリベもまた、ニュータイプであり斑類であり、とはいえ重種たるシャリアとは違う中間種であった。
 彼の頭の上で交錯する思惑により、ひと時の間このソドンでシャリアの部下でもあった青年を、シャリアは存外、個人的に気にかけ、気に入っていた。
 場合によってはいずれこの手で屠らねばならないかもしれないと理解しつつ、彼の純朴さ、善良さ、理知と理性に優秀さを良きものと感じていた。
 そして嗅ぎ分けた先に潜む彼の魂現、しなやかなハウンド。犬神人としての姿もまた、なんとも構い、鍛え、あえて下世話な言葉を選べば愛で甲斐すら覚えていて。
 そのエグザベから、シャリアが好んだ彼自身のものではない獣の匂いが、フェロモンが漂っている。
 ひくり、と無意識にシャリアの口端が歪んだ。
 シャリアは重種だ。そしてエグザベは中間種、それも斑類の中では最も比率が高い反面種の格としては強いものではない犬神人で。
 不均衡な二人は数か月という決して長期間とは言えない期間ながらよく行動を共にしていた。距離が、近かった。
 だからその中で、蛇の特性を持つ蛇の目の重種であるシャリアのフェロモンが、『意図しない』マーキングの如く彼を取り巻いたとしてもきっと不可抗力で。
 エグザベがソドンを去るその時も、彼の身体にはシャリアの気配が纏わりついていた。それは数刻前に命の危機に瀕したエグザベをシャリアがそれなりの、否、かなりの緊迫感をもって救った際に強く強く絡みついてしまったが故かもしれない。
 シャリア自身は己のフェロモンが微かだとしてもしかとエグザベを包んでいることに気付き、おや、と片眉を上げたくなる心地だったが、それを解除するようなことはせずそのまま彼を見送った。
 蛇は、執着心が強いのだ。先に待ち受けている結末がなんであれ、気に入り、気にかけ心を砕いた相手には違いなく。そんな相手に自身の匂いが刻まれている様にはどうしても本能が悦びそれを止めることは無い。
 鈍く輝く灰色の鱗が覆う大蛇が、凛々しくもか弱い猟犬の肢体に絡みついている光景。それはなんとも甘美で、悪くなかった。
 褒められたことではないとシャリアの理性が理解しつつも、本格的なマーキングでもないそれはやがて薄れて消えるだろう見込みを免罪符に、そっと舌先を震わせて放置したのだ。

 そうして二人は分かたれ、再会は機体越し、飛び交う武装越しで。今ようやく、ゼクノヴァの精神感応世界でもない、現実で生身のままの姿を目にして。
 そのエグザベが自分のものでも、彼自身のものでもない匂いを、フェロモンを身に纏っていることを、斑類の敏感な嗅覚は感じ取った。
 シャリアの灰緑の目がきゅうと細まる。エグザベによって光を得たその瞳の奥で、人ではなく獣の瞳孔が引き絞られて戦慄いた。

 重種のものだった。
 シャリアと同じ、それこそ相当に強い重種のもの。その割にどこか不安定にエグザベに纏わりつく、というより引っ掛かっているようなにおいは、猫又のものだろうか。
 知らず力のこもった脚が艦の床を踏み締めエグザベの方へと向いたところで、その主を悟る。

「ニャアン、君も無事か」
 マチュのジークアクスの帰投と共に滑り込んできたジフレドのコアファイター、そこから降りた少女から、エグザベの纏うものと同じフェロモンを感じる。
 エグザベは近付くシャリアに気付いて声をかけるより先に、少女を気にかけ駆け寄っていく。それに、ザリ、と頭の奥で何かが擦れる音がする。あたかも、蛇の鱗が荒々しく擦り合わされるような。
 シャリアの視界の先でエグザベとニャアンと呼ばれた少女は二、三言葉を交わし、その間をマチュが割って入りエグザベは退いて。それでも、エグザベの身体からニャアンの気配が消えることは無かった。





「え、ああそうなんです。彼女、どうも先祖返りらしいんですが難民となってフェロモンの扱い方はほとんど学べないまま、彼女曰く勘だけでどうにかしてきたらしくて。なので僕がその辺りを教えていました」

 あの後、ことの聴取や今後の対応についてなど目まぐるしく時間は過ぎ、結局シャリアもエグザベも一旦処分は保留となっている。特にエグザベは拘束や独房に入れられるということもなく、シャリアの要望の元、本国に付くまでの間はシャリアと行動を共にするだけとなった。
 エグザベ本人はその対応に戸惑っているようだが逆らうこともない、逆らえるはずも無い。共に激戦の果てということでしばし自室で安静にとラシット艦長が言い渡してからの、束の間の休息時間のことだった。
 宙での問答、叱咤の続きのようなやりとりもひと段落し、シャリアはエグザベに纏うフェロモンの理由について問うた。その答えがこの事も無げな回答。
「僕は中間種なので彼女に実践しようとしてもいまいち効くはずもないし学びにはならなかったようで、むしろ彼女に僕で試させた方が呑み込みが良かったんです」
 ニャアンはクロヒョウの先祖がえりとのことで、エグザベよりも圧倒的に種として、魂から滲むフェロモンは強力だった。そんな彼女の不安定なフェロモンを、魂現の扱いをエグザベは教えたという。
他の斑類のフェロモンを感じも影響も受けなくなるブラインドに、典型的なマーキングも、その身で以て。
「フェロモンを発する方面は良かったんですけど、抑えたり消したり、みたいなのは結局苦手なままで、ああ、だから練習のマーキングのも残ってるのか。加減が利かなかったんだなあ」
 もしかしてブラインドも半端に残ってるのかな、などと呑気に呟きながら、エグザベは自身の手首や襟元を嗅ぐようにフンフンと鼻を鳴らした。
 その、平坦さ。自覚の無さ。中間種という位置に居ながら、彼は斑類とは時に思えないくらい、獣の本能を匂わせない。ただあるがままを受け止めるだけで、流すだけで、『人』のように理性的で。

 ──獣としての、危機感が足りない。

 シャリアは一歩、エグザベに近づく。
……中佐?」
「エグザベ少尉、君はもう少し、斑類の、獣のことを知った方が良い」
「は、ぁ?」
 何をいまさら、と心を読まずともエグザベの目には書いてある。知るも何も、自分は斑類であり、自覚して生きてきているのに、と。
 シャリアはわらった。肚の奥で、魂の源が鎌首を上げてシュゥと鳴いている。
「私はこの斑類の本能というモノは時に便利でも好きではありませんでした。でも今、自分が斑類で、重種で良かったと思っていますよ」
 もう一歩、近づく。エグザベは動かない。動けないのかもしれない。
 だって彼の足元は、全身は、大きな灰色の蛇の腹に絡め取られ繋がれているのだから。
「理屈ではない、強い本能によって自分の想いを早々に自覚出来ましたので」
「それは良かった、です、ね?」
 きっと気付いてはいない、浅い呼吸と共にエグザベは間の抜けた労いを口にする。思わずシャリアは笑った。不穏なものでも何もない、軽やかで楽し気な微笑み。
 くすくすと肩を揺らすその様に、エグザベもまた小さな安堵を得たように表情を緩める。それがまたなんとも可笑しくて。

「ねえ知っていますか? 蛇は、蛇の目は、中々どうして執着心が強いんです」
 だから、これと定めたものを自身の全身で締め上げ、絡め取る。
 ぞろり、とシャリアの魂がエグザベの、本人も知らぬ内に表に出た犬耳と尾が伏せて縮こまるか弱くも強く、眩しい魂に、巻き付く。
 そうと気取られぬような巧みな制御で以てエグザベの全てを覆い、もう他の獣の匂いなど付かないように、感じ取れないように。他のすべての獣に、この大蛇の気配を知らしめるように。
「とはいえ本能に溺れて一呑みなんて愚行は決してしません。私、頑張りますね」
 なのでよろしくお願いします。ニコリとシャリアは笑う。努めて友好的に、品良く、茶目っ気すら見せて穏やかに。
 そうして差し出した手をエグザベはどう捉えただろうか。パチパチと大きな目を瞬かせシャリアの手と笑顔を交互に見つめた後、彼なりに納得できる解釈に至ったのだろう、「こちらこそ」と朗らかに手を差し出し、重ねた。


 その瞬間、エグザベを囲み巻き付き絡む巨大な蛇が、その長い尾を自らの口に咥えたことを、シャリア自身だけが感知していた。