ゆい
2025-11-02 21:47:33
3139文字
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【宗みか】知らぬが愛


しゅうくんお誕生日おめでとうございます🌸


「お師さんはお誕生日に何が欲しい?」
五分前に、君から両手で抱えきれない程のプレゼントを貰ったばかりなのだが?」

 疑問符に疑問符を重ねて返したせいか、僕の隣に並んで小さな画面を睨んでいた影片がきょとんとこちらへ視線を寄越す。ソファーの上で膝を抱えるのは行儀が悪いと何度も教えている筈だが、その癖が改められる気配は今夜も無い。そろそろ霜月になるし、一回り大きいサイズのパーカーを更に袖を伸ばして着るくらいなら、横着せず素直にもう一枚羽織れば良いのに。昔よりは体調を崩しづらくなったとは言っても、まだまだ君はあらゆる面で隙が多いから。卸したばかりとさっき自慢されたイヌだかアライグマだかの刺繍が施された靴下を部屋着の裾から認めながら、今にも口を衝きそうな小言を無理やり飲む込む。十の足指が向く先のテーブルには綺麗にラッピングされた影片の心ばかりが堆く積まれ、僕の衣食住全てを祝う気概が目に見える形で示されている。更に無作法に盗み見た画面には俗物であれば二の足を踏みそうな値段と格式の一覧が並び、影片のこの日に懸ける意気込みに色々な意味で肝が冷えた。だが、こんなことで挫けてやる程、僕もいい加減やわではない。影片の金銭感覚を一般常識から乖離させたのは僕なのだから、その責任もその他諸々と一緒に勿論取る。
 気持ちの整理を終えて目だけ動かし見下ろした瞳は色違いに丸く瞬き、無防備な頬や半開きの唇が欠片の憂いも無く僕の答えを待っている。影片は無邪気であればあるだけ質が悪くなることを経験上、僕が一番よく知っていた。現に今だって殆ど無意識で傾けたであろう小首の頼りなさに、分かっていても目が眩んでしまいそうだ。とりあえず汗の滲んできた手で膝に置いたままの羊を握り直す。裁縫技術に文句は無いが配色と顔つきが微妙なこのぬいぐるみだって、君が何日もかけて用意してくれた贈り物の一つだろうに。何故、君の側が不意打ちを受けたような表情を見せるのか全く意味は分からないが、このまま見つめ合っても埒は明かない。
 
「誕生日プレゼントって、一回しか贈っちゃあかんルールとか無いやろ?」
「勿論無いが、これらの開封と鑑賞を済ませてからにしておくれ」
「じゃあ選ぶだけ。お財布と靴ならどっちがえぇ?」
「どちらも間に合っている。それに、何度も言うが君が居ればプレゼントなど不要なのだよ」
「いまそういうのえぇから。おれ、本気で聞いてるんやからお師さんもちゃんと答えて」

 君こそ僕の話をちゃんと聞きたまえ。舌先まで差し迫った悲鳴を何とか飲み込んで、白く膨れた頬を黙って受け止める。どこをどう邪推して揶揄われたと受け取ったのかは知らないが、ここで本音を返しても縒れて拗れることだけはまた分かる。君の思考の飛躍にはどれだけ経っても目を見張るばかりで、僕はその気儘さに望んだり望まなかったりで振り回されている。そうだ、今日だって自分の誕生日だと油断した僕がきっと悪い。君が全身全霊で僕を誑かすいきものだって、重々理解した上で腹を括って手懐けたくせに。
 薄い唇と眉根を大仰に尖らせてこちらを睨む影片を眼差しでひとまず窘めながら、これ以上の散財を防ぐ術は無いものか暫し悩む。その間にも不機嫌の影は額や鼻翼まで広がり、比例するように色違いに瞬く瞳に映る僕の苦渋も深くなっていく。そろそろこの夜も色褪せて終わる。君を独り占め出来るあと数時間くらいはどうか起伏も擦れ違いも無く、隅から隅まで甘さだけで埋め尽くしたい。決意を一つ思い出し、躓く呼吸を整えなるべく澄ました声と表情を意識しながら、烟る眼差しと対峙する。

「一説によると、プレゼントは相手の好きなものや欲しいものでは無く、自分の得意なものを贈ると上手くいくらしい」
なんで?」
「人の嗜好や要求全てを満たすことは難しいからね。その点、初めから己の趣味や特技を活かしておけば、万が一好みから外れた時の言い訳にもなるだろう」
「あんまり楽しい理由や無かったわぁ」
「信じるかどうかは君次第さ」

 聞いて損したと言わんばかりに顔を顰めてみせる影片を横目に笑い、ついでに少し気の緩んだ両手から携帯電話を素早く抜き取る。画面を閉じて二人共が手の届かないテーブルの端まで滑らせても、当の持ち主は悩ましげに睫毛を震わせ俯くだけで気に留めた様子も無い。いい加減温もりが移り過ぎたぬいぐるみもプレゼントの山へと一旦戻し、あわよくばと願いも兼ねて視線を僕達から少しだけ外す。一気に空いた掌達が次の温度を探してはしたなく滲むが、まだそれどころでは無いから爪を立てて一人で結んだ。代わりに、黙り込む旋毛の白さや造花のように整ったまま覗く耳朶の薄さを確認しては、どうかこのまま落ち着いてはくれないかと密かに祈る。だが、そこは期待は裏切ってなんぼと何故か信じてやまない君のことだ。当然、願い虚しくぱっと上がった顔にはしおらしさなど微塵も無く、どこを切り取っても憎らしい程に好ましい麗しさばかり。

「よく考えんでも、おれが得意なことって大体お師さんも得意だったりせぇへん?」
まあ、否定はしないけれど。君の方が僕より上手に出来ることはまだ沢山ある筈だよ」

 訝しげに尋ねる声や核心を掠めた疑問符に少し詰まりながらも何とか取り繕ったまま返事を締める。その声にぱちんと一つ瞬いた影片はその大きな瞳に大それた僕を棲まわせて、再びきちんと黙り込む。少しはみ出た下唇は影片が考えを巡らせ出す時の癖だ。幼さの増した表情を敢え無く晒して、僕にばかりかまける君は文句無しに愛らしい。だが、その分あまりに無防備で、僕以外に付け入る隙を見せないで欲しいとも真摯に思う。君と名のつくあらゆるものを独占したい、それを望み許される関係を手に入れた今でも僕は焦がれている。
 
あやとりの新しい紐、いる?」
「申し訳無いが、以前貰ったものがまだ四つある」
「じゃあもうあげられるもんあらへん‥おれはお師さんのこと大好きなだけの役立たずや
「むしろそれ以外の特技が必要かい?」
「んあっ?っ、わぁ、」

 あまりの隙だらけに業を煮やして、結局柔く呆けた上目を強く抱き寄せてしまう。為す術無く重心を無くした身は子猫のような鳴き声こそ上げるが、抵抗など欠片も見せずに僕の真ん中へぴたりと嵌まった。ソファーが重さの均衡を崩して僕の下で鈍く軋む。抱き竦めた細く豊かな黒髪に顔を埋めれば、お揃いのシャンプーが悪戯に鼻腔を擽り背筋を抜ける。二人共、無理やり捻ったり乱暴に傾いたりと明日にはあちこち痛めてしまいそうな体勢なのに、不思議と離れ難く悩ましい。両手を緩く回してもまだ余る痩身が脈絡の無い抱擁にも強張らなくなったのはいつからだろう。怯えも驕りもせず、当然の権利として流されるままこちらを享受する姿に、僕はいつまで鼻の奥を痛めるのだろう。

「本当に好きなだけでえぇの?やっぱり新しい刺繍糸とかコートの方が嬉しいんやない?」
「僕は君しか欲しくない。君は黙って僕に欲しがられていれば良いのだよ」
無欲なおひと」

 呆れたような拗ねたような声で影片が小さく頼りなく呟く。世界中で今だけ僕ほど強欲な人間は居ないし、いい加減それに気付かない君でも無いだろう。だけど、君は今夜も思惑なんて知らぬ素振りで僕の背中へ手を回す。その温もりに僕がどれだけ救われて祝われているかなんて、いちいち知る必要も無いし悟らせるつもりもさらさら無い。ただ、火を見るよりも明らかにいつまでも僕の隣を始末に負えぬ獣のように歩いておくれ。言葉にするのも野暮な願いをまた一つ飲み込んで、僕も負けじと両腕に力を込めた。